第九話
素材ヨシ、器具ヨシ、準備ヨシ。
この間の探索で集めた素材を作業台の上に並べてもう一度手順を確認する。
今日作るのは駆け足香と沈静香。
自分の分もあるけれど、今度来る騎士団の皆さんが絶対に使うものを用意しておく。
重要なものはもっとすごい調香師さんに頼むだろうから、私みたいな駆け出しでも出来るやつを丁寧に作ろう。
うん、いつも作っているものだから大丈夫。
まずはドライの魔法で駆け足草を乾燥させて、それを乳鉢に入れて乳棒で細かく砕く。
出来るだけ細かくすることで次にかける香油が染みわたるから最初から手は抜けない。
じっくり、丁寧に、同じ大きさになるように力を一定にしてグルグル回す。
周りの音が聞こえなくなるぐらいに集中するとあっという間に時間が過ぎていた。
「はぁ、出来た。」
「すごい集中力ね。」
「え!ルーちゃん!?」
緊張が解けた瞬間に聞こえてきたルーちゃんの声。
あまりにびっくりして思わず手に持っていた乳棒を落としそうになっちゃった。
危ない危ない。
「何回ノックしても返事がないから悪いと思ったけど勝手に中に入っちゃった。そしたら私に気づかずに作業してるんだもん、私だったらよかったけど次からはちゃんと鍵かけようね。」
「ごめん、気を付ける。」
「いいの勝手に入ったのは私だし。それよりも邪魔かな、邪魔だったら後で来るけど。」
「大丈夫、一度休憩しようと思ってたから。」
緊張するのは粉砕する工程だけで、後は少しぐらいなら気を抜いても大丈夫。
それよりも集中して手を動かしたせいで疲れちゃった。
そうだ、せっかくルーちゃんが来てくれたんだし新しいお菓子を出しちゃおう。
手早く片づけてから台所に行くと、ルーちゃんが横でお湯を沸かしてくれる。
勝手知ったる私のお店。
こうやって気兼ねなく接してくれるのがルーちゃんのいいところだよね。
「あ、美味しそうなケーキ。」
「えへへ、ポムの実で作ったんだ。ほら、売り物にならないちょっとつぶれちゃったやつあるでしょ。」
「それをジャムにしたのね。」
「本当はたっぷり作りたかったんだけど勿体なくて、ごめんね?」
「なんでアリアが謝るのよ。」
ケーキと言っても何も載せていないシフォンにジャムを添えただけだけど、数少ない私の得意技。
自分の為じゃなくて誰かのために作るケーキほど楽しい物はないよね。
ルーちゃんの淹れてくれた香茶と共にケーキを食べる。
はぁ、やっと緊張がほぐれてきた。
「随分と緊張してたけど、特別な依頼?」
「ううん違うけど、失敗できないって思ったつい。」
「聞いたわよ、ラインハルトさんに助けてもらったんだって?」
「え!?誰に聞いたの?」
「ギルドに着た冒険者が教えてくれたのよ。あの借金取りにちょっかい掛けられたところを颯爽と助けてくれたんでしょ?いいなぁ、私もあんなイケメンに助けられた~い。」
助けられた~いって、あの時の私ものすごい大変だったんだけど?
それにルーちゃんなら絡まれても自分で何とかできるじゃない。
可愛いのに強いとか反則だよね。
「結構怖かったんだから。」
「ふふ、ごめんごめん。それで、何かされなかった?」
「うん。今すぐ今月の分返せって言われただけ。」
「なにそれ!善良な金貸しとか言っといてやってることはチンピラと同じじゃない。次にアリアに手を出したら冒険者をけしかけてやるんだから。」
「それは流石にダメでしょ。」
「いいのよ、私のアリアにちょっかい出したんだから!」
私の為に怒ってくれるなんてルーちゃんは優しいなぁ。
でも暴力はいけないと思うな暴力は。
私もついイオニスに出ちゃうけど、冒険者に囲ませるのはどうかと思うなぁ。
「それじゃあやるね。」
「うん、頑張って!」
「頑張るほどじゃないけど、でも頑張るね。」
おやつタイムを終え、残りの作業に取り掛かる。
さっき細かくした駆け足草の上に特別な香油をかけながら少しずつ練っていく。
その時に微量の魔力を流しながら香油と素材を混ぜ合わせる事で、仕上がった時の効果が変わってくる。
いつもはレレモンの香油を使うんだけど、騎士団の皆さんが使うからあまり不快にならないニードルウッドの香りに変更しておく。
ニードルウッドは一ツ森二ツ森どっちにも生えているから匂いが混ざっても違和感がないはず。
魔物の中には匂いに敏感なのもいるし、警戒されないようにしないとね。
「あ、いつもと違う。」
「うんちょっとね。」
「私こっちの匂いの方が好きかも、森の中にいるみたいで落ち着く。」
「え、そう?」
「うん、生まれた街が森の中だったからかなぁ。」
てっきり王都の生まれだと思っていたのにちょっと意外。
でもルーちゃんってエルフィーだから森って言われても違和感ないんだよね。
私なんて何もないド田舎だから、あったのは小川とちっちゃな森ぐらい。
ちっちゃい頃は大森林ぐらいすごい所だったらってずっと思ってたなぁ。
「いつここに来たの?」
「四歳だったかなぁ、気付いたら王都にいたから。」
「お父さんもお母さんも冒険者だったよね。」
「そうよ、ランク表には名前があるから死んでないと思うけど。今頃どこで何してるのかなぁ。」
話に聞いただけだけど、結構な実力者らしい。
でも娘には冒険者になって欲しくなかったみたいで、小さなルーちゃんをギルドに預けて冒険に出ていたって聞いたことがある。
その流れでルーちゃんはギルドの職員になったはず。
私みたいにフラフラせずきっちり自分の仕事をしているなんて、すごいなぁ。
「お父さんお母さんもすごいけど、ルーちゃんもすごいよね。」
「私が?」
「うん、怖い冒険者にも物おじしないし、ズバズバいうのがかっこいい。」
「かっこいいかぁ・・・。私はアリアみたいに可愛い方が良かったなぁ。」
「え!私が可愛い!?」
「そうよ、ちっちゃくって元気いっぱいで、それなのに自分でお店をもってちゃんとお仕事して。私みたいに流れで仕事をしてるのと大違い、そりゃカーマインだって手を出すわよ。」
私が可愛い?
いやいや、可愛いのはルーちゃんやクーちゃんみたいな人のことを言うんだよ。
たまに依頼しに来てくれる冒険者が言ってたもの、可愛いって。
私なんて一度もそんなこと言われたことないし。
むしろ逆。
可愛くない。
可愛くないよ、私は。
「アリア?」
「そ、そんな事ないよ。むしろルーちゃんの方が可愛い!すっごく可愛い!」
「何よ急に。」
「ふふ、いいからいいから。それじゃあ最後までやっちゃうね。」
今は作業に集中集中っと。
香油を混ぜながらある程度硬くなってきたら三角錐の形に成形して、最後にもう一度魔力を込める。
こうすることで私が使わなくても火を点けるだけで一定の効果が出てくれるの。
体の中から魔力が抜ける感覚に耐えながら、一つまた一つと形を作って魔力を込める。
あとは一晩乾燥させておしまい。
「でーきた。」
「お疲れ様。大丈夫、魔力足りてる?」
「このぐらいなら大丈夫。ご飯を食べたらすぐに治っちゃうから。」
「アリアは本当に食べるのが好きよね。」
「だって食べてる時が一番幸せなんだもん。」
お菓子もご飯もどっちを食べても幸せな気分になる。
でも一番おいしいのは、一人じゃなくて誰かと食べるご飯だよね。
「じゃあアリアをもっと幸せにしちゃおうかな。」
「え?」
「だって私、今日の夜ご飯を誘いに来たんだもの。あとでクリスも一緒に来るけどいいわよね?」
「行く!」
「じゃあ決まり、そうとなったら早く着替えちゃったら?すごい格好よ。」
「ちょ、ちょっと待ってて!すぐに着替えるから!」
「そんなに焦らなくてもご飯は逃げないわよ、待っててあげるから。」
慌てて立ち上がったら椅子に足をぶつけちゃった。
倒れる椅子をそのままに急ぎ部屋に戻って服を脱ぐ。
二人とのご飯なんてとっても楽しみ。
あー、何着ていこう!出来るだけ可愛いの、可愛いのにしないと二人に釣り合わないよね。
私はドレッサーをひっくり返しながら似合いの服を探すのだった。




