第五話
「なぁ、いいだろ。」
「駄目。」
「えー、いいだろちょっとだけ。」
「だからダメって言ってるでしょ。あ、こら触らないで!」
「あっ。」
「もぉ、だからいったじゃない!イオニスが思っている以上に繊細なんだからね!」
すねたような顔でそっぽを向くイオニスを怒鳴りながら、私は崩れた香を成形しなおした。
まだ乾いてないって何度も言ってるのに何で触っちゃうかな。
子供じゃないんだからいい加減我慢を覚えてくれたらいいのに。
見た目には簡単かもしれないけど、これを作るのかなり大変なんだからね。
「悪かったって。」
「いいわよもう、でも次やったらお昼はイオニスの奢りだからね。」
「そんなのでいいのか?」
「え、じゃあ夕食もよろしく。」
なんだろう、この前から随分と優しいじゃない。
てっきりお香を使ってほしいのかと思っていたんだけどそういうわけじゃなさそうだし。
変に優しくされると調子狂っちゃうなぁ。
そんなことを考えながら、成形した香に精油を振りかけて固着させていく。
今作っているのは嫌魔草を使った魔除けの香。
魔物が嫌う臭いを出して魔物を寄せ付けないようにするごくありふれたものだけど、もちろんこれにも実力による効果の差はあって、上手い人が作ると強い魔物だって近づいて来なくなる。
でも私が作ったのはせいぜいコボレートを遠ざける程度。
あ、でも臭いに弱いオオカミとかは近づいてこないかな。
コボレートはむしろ自分で対処できるけど、オオカミになると動きが早すぎて私なんかが出会ったらあっという間に食べられてしまう。
そんな魔物に会わなくなるだけでも作る価値は十分にあるんだから。
「これで終わりっと。」
「終わったか?じゃあ。」
「次は道具を洗って、それから別に準備しておいた素材を香油になじませて、あとは・・・。」
「なぁ、まだかかるのか?」
「まだかかるから用があるなら待ってって言ってるじゃない、待てないんだったらさっさと帰ってよ。」
「いい、待つ。」
まったく、そこにいられるだけでも気が散るんだけどなぁ。
拗ねた子供みたいに頬を膨らませて、座っていた椅子をぎしぎしと前後に揺らし始めた。
はぁ、もう少し大人の振る舞いをしたら女の子にももっとモテるんだろうけど、おこちゃまなのよねイオニスって。
年も近いし田舎から出てきたという部分でも親しみを感じるけど、他の女の子が言うようにキャーキャー言うのがよくわからない。
だってイオニスだよ?
万年Eランクで気は利くけど抜けてるところも多くて、子供っぽくてすぐ遊びたがる。
ラインハルトさんと比べたら雲泥の差よね。
タダで素材採取を手伝ってくれるのは助かるし、こうやってご飯もおごってくれるし。
でも何でここまでしてくれるんだろう。
うーん。
あ、わかったかも!
「別に待たなくても次の冒険にはちゃんとお香使ってあげるから。」
「何の話だ?」
「え、違った?てっきりそれ目当てかなって。」
「そんなわけないだろ!もういい、帰る!」
急に怒り出したイオニスはドカドカと大きな足音を立てながら出て行ってしまった。
なによ、そんなに怒らなくたっていいじゃない。
まぁそのおかげで静かになったけど。
さ、早く終わらせてクーちゃんのお店に行かなきゃ。」
私は気合を入れなおして、残りの作業に集中した。
「それはアリアが悪い。」
「え!なんで!?」
「イオニス君期待してたんじゃないかなぁ、一緒に出掛けるの。」
「いや期待されても困るよ。まだまだ作業もあるって言ってあったし、それで怒られても・・・。」
「はぁ、そこからかぁ。」
全部作業を終えて足りない素材を買いに素材屋に向かったわけだけど、イオニスの事を話したら逆に怒られちゃった。
え、なんで?
「あのね、イオニス君はアリアと買い物がしたかったの。わかる?」
「それはまぁ。」
「一緒に買い物して欲しい物とか買ってあげちゃって、お昼を一緒に食べてあわよくば晩御飯も!
!って思ってるわけよ。」
「え、ちょっと待ってなんで私そんなに良くしてもらってるの!?」
「そりゃ気があるからでしょ。」
え、イオニスが私に!?
なんで!?
むしろ嫌われる要素ばっかりだと思うんだけど、一緒に出掛けても護衛料払わないし、さらにはお香だって渋っちゃうこともあるし。
さっきだって用事があったのにずっと待たせて、さらには怒らせちゃったわけだし。
それで私に?
「ないない、それはないよ。」
「あるわよ、この恋愛マスタークリスが保証してあげる。」
「え、いつからマスターになったの?」
「えっとね、昨日から?」
素材屋の看板娘クリスちゃん、通称くーちゃん。
綺麗な栗色の髪をくるくるにしてて、背も小さくてまるでお人形みたいに可愛いいの。
私みたいに手がボロボロじゃなくていつもニコニコしてて、話し方も大人っぽくて。
るーちゃんとも仲が良くて、よく二人で恋愛話を楽しそうにしている。
今までに何人もの男の人と付き合ってきただけあって、私が知らないような事をいっぱい知ってる。
二人とも王都でできた私の大切な友達。
でも、流石にそれはハズレだとおもうなぁ。
「昨日の今日じゃ信用できないんですけど。」
「えー、じゃあどうしてアリアに構うのよ。興味なかったら護衛だって引き受けてくれないわよ。今でもタダで護衛してくれてるんでしょ?」
「うん、まぁ。」
「じゃあやっぱり気になるの、好きなの。好きだから色々してあげたくなるの。わかるなぁ、私も彼に色々してあげたくなっちゃうもん。」
「え、彼氏とは別れたんじゃなかったの?」
「それは前の彼氏でしょ、新しい彼よ彼、昨日告白されちゃったのよねー。見せたかったなぁ、真っ赤なバラの花びらを手にしてね、付き合ってくださいだなんて。きゃーもう恥ずかしいなぁ。」
頬に手を当てながらくねくねと体を左右にふって恥じらうくーちゃん。
カウンターの後ろに鮮やかなバラの花束が飾ってあったのはそれだったんだ。
仮にクーちゃんの言うことが本当だったとして、私がイオニスと?
全く想像できないなぁ。
それならラインハルトさんのほうが・・・。
「アリア。」
「なに?」
「それならラインハルト様の方がなんて思ったでしょ。」
「え!なんでわかるの!?」
「そんな高望みしないで現実を見た方がいいよ。貴族のお嬢様型がラインハルト様を狙ってるんだから、駆け出し調香師なんかじゃ足元にも及ばないわ。」
「わ、わかってるわよそんなこと!」
そんなこと言われなくてもわかってる。
この前は偶然ご飯に誘ってくれただけで、ラインハルトさんが私みたいな田舎娘を選んでくれるはずがない。
私なんかよりもっとふさわしい人がいるわけで、そういう意味では私にお似合いなのはイオニスってことになるのかなぁ。
確かにいいところはあるけれど、うん、やっぱりそういうのとは違うんだよね。
「あはは、怒らないでよ。はい、頼まれていた嫌魔草とコフィーの実ね。それと集中香をまた持ってきてもらえる?素材は別に渡すから。」
「え、前のなくなっちゃったの?」
「ちょっと難しい作業が続いたから。一応まだ在庫はあるから、でもできるだけ早いと助かるかな。」
「無理しちゃだめだよ、使い過ぎは禁物なんだから。」
「だからアリアにお願してるんじゃない。アリアのだけなのよね、使った後に疲れないのって。他のだと夜寝れなかったり疲れたりするから。」
それは私の効果が弱いからじゃないかなぁ。
でも後に残らないに越したことはない。
集中力を高める集中香は主に職人さんなんかが使っているんだけど、使いすぎると不眠とか頭痛とかが出てきてしまう。
私も使うけど、あまり使いすぎないに越したことはないんだよね。
「じゃあ、明日まで待ってね。」
「え、そんなに早くじゃなくてもいいのに。」
「知ってるでしょ暇なの。」
「ふふ知ってた。でもイオニス君とごはん行ってあげなよ、今も待ってるんじゃないかなぁ。」
「晩御飯食べさせてっていいに行くの?そっちのほうが嫌だよ。」
イオニスの気持ちはわかってる。
でもたとえそうだとしても、それを利用するのは何か嫌だ。
ちゃんと仕事をしてしっかり稼いで、お互いに対等な立場で楽しみたいじゃない。
そしたらちゃんと告白してくれるかもしれないし・・・。
でもなぁ、イオニスが花束かぁ。
あまりの似合わなさに想像するだけで思わず笑ってしまうのだった。




