第四話
「おはようございます!」
「おはようアリアちゃん今日も元気だね。」
「えへへ、それだけが取り柄なので!それじゃここに置いておきますね。」
「いつもご苦労様。」
軒先から顔を出したおばさんに挨拶をしてワイルドカウのミルクを玄関先においていく。
さて、次は二軒隣でその次がそのお向かいさん。
腰にぶら下げたかばんの中で牛乳瓶がカチャカチャと音を立ててぶつかり合う。
この地域が終わったらひとまず朝一の分は終了かな。
「ご苦労さん、こっちが今日の分な。それとこっちの二本もって帰っていいぞ。」
「え、いいんですか!」
「旅行に行って留守なんだとさ、なんでも南方に行ってるんだと。いいねぇ、向こうは暖かいそうじゃねぇか。」
「でも行き過ぎると暑いらしいですよ、私はここのほうが好きだなぁ。」
「そりゃ俺も一緒だ。そんじゃまた明日もよろしく頼むな。」
牛乳配達のアルバイト、お給料は安いけど時々こうやって余った分を貰えるのがちょっとうれしいんだよね。
ちなみにお給料は一回銅貨40枚。
とりあえず一本は朝ごはんのときに飲んで、残りはお風呂上りにしようかな。
一仕事終えて大きく伸びをしながら家に向かってると、前からラインハルトさんが歩いてきた。
私に気づいて素敵な笑顔で手を振ってくる。
私服姿ってちょっと新鮮、鎧姿もかっこいいけどこっちもかっこいいなんて反則だよね。
「おはようございますアリアさん、朝からお仕事ですか?」
「はい、今終わったところです。ラインハルトさんはお休みですか?」
「えぇ、私もちょうど夜勤が終わったところです。そうだ、よろしければ朝ごはんをご一緒しませんか?一人で食べるのも寂しいので同席してくださるとうれしいのですが。」
「是非!」
「気の利いたお店ではありませんが、許してください。」
「そんな、どこでも大丈夫です。」
どうしよう、牛乳おまけしてもらっただけじゃなくてラインハルトさんと朝ごはんをご一緒できるなんて。
今日はとってもいい日なのかもしれない。
でもでも、お誘いしてもらったのにあんまり可愛くない服だし、お化粧だってまともにしていない。
うぅ、あんまり見られたくないなぁ。
急に恥ずかしくなってラインハルト様の一歩後ろを歩いて向かったのはマスターのお店。
朝一番なのにお店の中はほぼ満員だった。
「おはようございます。おや、お二人一緒とは珍しい。」
「アリアさんに無理を言いまして朝食をご一緒してもらうことにしたんです。注文は一緒で構いませんか?」
「はい!」
「では先に香茶をお持ちしましょう、少々お待ちください。」
マスターが丁寧にお辞儀をして奥に消える。
本当は大盛りを頼みたいけど、ラインハルトさんの前だし我慢しなきゃ。
「なんだよ、大盛りじゃなくていいのか?」
「ちょっとイオニス、やめてよ。」
せっかくのいい雰囲気だったのに、それを台無しにするように椅子の後ろからイオニスが顔を出してきた。
あわててその口を抑えたけれど、その様子を見ていたラインハルトさんはニコニコと笑っている。
うぅ恥ずかしい。
「お仕事の後はお腹が空きますしそれに良く食べる人は見ていて気持ちがいいです。アリアさんは毎日お仕事をがんばっておられるようですから当然ですね。ですが働きすぎは禁物ですよ、このところ毎日一ツ森に行かれているご様子、まだ魔物も討伐されていませんのでくれぐれも気をつけてください。」
「なんだよ、一人で行ってるのか?あぶねぇなぁ。」
「だって護衛を雇うとお金掛かっちゃうし。」
「そんなの俺に言えばいいだろ。」
「私も休みの日でしたらお手伝いできます、もちろんこれからでもかまいませんが?」
「い、いえ!今日は大丈夫です!他のお仕事もいっぱいしなきゃいけないので、今日はここでがんばります。」
イオニスならともかく夜勤明けのラインハルトさんに護衛してもらうなんて、お仕事あるのは本当だし今日はゆっくりしてもらわないと。
「お待たせしました、モーニングです。」
「あれ、マスター私の分の卵多いよ?」
ラインハルトさんのお皿にはサラダとトーストそれに目玉焼きが一つ。
でも私のには目玉焼きが二つにお肉まで乗っている。
大盛りほどじゃないけど、なんだか食いしん坊みたい。
いや、実際そうなんだけど。
「朝早くから頑張っているご褒美です。それと、今日の夕方ですがまたお手伝いをお願いできますか?」
「夕方なら大丈夫です。」
「なんだここでも働くのか?」
「うん、それにほらもうすぐ月末だから。」
本業の稼ぎが少ない以上他の仕事でお金を稼がないと生活が苦しいんだよね。
特に月末は色々と物入りだから。
本当は森に出て素材をかき集めた方が稼ぎはいいんだけど、ギルドに持っていくとルーちゃんが心配しちゃうから今日はバイトを掛け持ちしてその分稼がないと。
マスターもそれを知ってか、時々こうやってお仕事を頼んでくれる。
お仕事といっても皿洗いとかテーブルの片付けとかだけど、マスターお手製のまかないが出るからそっちの方がたのしみなぐらい。
「そんなに働いて大丈夫ですか?」
「大丈夫です!そのためにいっぱい食べてるので。」
「何かありましたら遠慮なく相談して下さい、私に出来ることであれば骨身を惜しみません。」
「お、俺だって手伝ってやるから遠慮なく言えよ!」
「ありがとう。それじゃあとりあえず後ろの食事片付けよっか。」
「げっ。」
後ろの机には食べさしの朝食が残されたまま。
話に参加したかったのかもしれないけど、マスターのご飯を残すなんて許さないんだから。
その後は市場でお野菜を運んで、昼からは冒険者ギルドの倉庫で素材の整理、夕方にマスターのお店に戻って家に着いたのは夜遅くになっちゃった。
思ったよりもお客さんが多くて一日中動き回った足はパンパン、でもその甲斐あって今日は外に素材を集めに行くよりも稼ぐことが出来たけど。
お金だけじゃなくてお野菜とか素材の傷んでいるやつとかももらえたので、やっぱりついていたのかもしれない。
「あー、疲れた。」
鍵を開け扉に手をかけたその時だった。
ドンという音がして、入るのを邪魔するように長い足が入り口をふさぐ。
村と違って王都の人はみんないい人ばかりだし、よそ者の私にも優しくしてくれる。
でも、皆が皆優しいとは限らない。
私みたいなのを食い物にしてお金を稼いでいるような悪い人もいる。
数少ない知り合いの中でも一番会いたくないやつが私の行く手を遮っていた。
「ずいぶんと遅い帰宅じゃないか。」
「なによ、返済日はまだ先でしょ。」
「まだ先だがちゃんと支払えるかどうか調べるのも仕事なんでね。とはいえ、その感じだと今月は問題なさそうだな、ご苦労さん。」
「用はそれだけ?疲れているから早く休みたいんだけど。」
「まぁそんなにカッカするなって、労ってやってるだけじゃないか。」
「それなら早く家に返してよ、足どけて。」
邪魔な足をどかそうとしてもびくともしない。
はぁ、ここまでは最高の一日だったのに最後の最後で最悪の日になっちゃった。
なんで今日みたいな日に出てくるかな。
何も悪いことしてないのに。
「おーこわ、せっかくいい話を持ってきてやったのに。」
「いい話だったためしなんてないじゃない。」
「まぁ聞けって、二ツ森の魔物だけどラインハルト達の手に負えないって事で聖騎士団が出るらしい。その時に森に詳しい道案内を募集するそうだ。門番と違って教会直属の聖騎士団ともなれば金払いは最高、近々お達しが出るみたいだから忘れず手を上げるんだな。調香師っていえばそれなりに優遇してくれるだろうさ。」
「何でそんな美味しい話教えてくれるの?自分が行けばいいじゃない。」
「そりゃ大事な顧客のアフターフォローも大事な仕事だからだよ。」
「嘘ばっかり、しっかり稼がせてそのお金を回収したいだけでしょ。今月もちゃんと返すから早く足どけて、早くしないと大声出すから。」
そこまで言ってやっとカーマインは足をどけてくれた。
この街で一番会いたくない男。
私も何でこんな男からお金を借りたんだろう。
あの時はお店を出したくて必死で手伝ってくれるのならば誰だってよかったわけだけど、時間を遡るれるのなら昔の自分にこの男だけはやめておけって言ってあげたい。
極悪金貸しのカーマイン。
長身でスラッとしていて頭も良くて、ラインハルトさんに負けず劣らず顔もいい。
黒い長髪は黒陽石みたいに深くて見た目だけで言えば最高なんだけど、その中身は狡賢くてしつこくて、ともかく全部が最低の高利貸し。
こいつからお金を借りたら、骨までしゃぶられて最後は娼館に売られるとまで言われてる。
最初はものすごい優しくて親身になってくれて、王都に来て右も左も分からない私をいっぱい助けてくれて。
でもそれも全て自分から金を借りさせる為だったの。
人の弱みに付け込んで、ホント最低。
でも、私はそんなやつに負けたりしない。
しっかり稼いでお店も軌道に乗せて、今にぎゃふんといわせてやるんだから。
「ま、今日は良く休むんだな。明日又来るから次は茶でも出してくれよ。」
「絶対いや!」
取っ手を掴んで勢いよき扉を閉め、がちゃりと鍵をかける。
最高の一日が最低の一日に変わってしまう前に視界から消してしまいたかった。
私がこんなにも必死にお金を稼いでいるのも全部カーマインに借金を返す為。
一回でも滞ったらどうなるか分からない。
それが怖くて無理をしてでもお金を稼がないといけない。
はぁ、安心したらお腹すいてきちゃった。
「でも、今日はもう寝よう。」
明日も朝一番で牛乳配達、それから洗濯屋さんとギルドのお手伝いが待っている。
本当は本業で稼ぎたいんだけど今の私じゃ実力も知名度も何もかもがまだまだ足りない。
でも、だからといって諦めたりはしない。
お仕事で稼げないのならアルバイトをしてでもお金を稼いでお店を維持してみせるんだから。
絶対に昔みたいなことにはならない。
大丈夫、大丈夫、大丈夫。
そう自分に言い聞かせて私はベッドに倒れこんだ。




