第十五話
「はぁ。」
別につきたいわけじゃないのにため息がまた漏れてしまう。
作業を進めないといけないのに思ったように集中できないせいだ。
それもこれも全部あいつのせい。
イオニスがあんなアブナイ事をしていたのは自分が原因だったなんて。
思えば変だったんだよね、討伐隊に参加するって教えていないのに知ってたんだから。
多分っていうか間違いなくあの酔っ払い達に絡まれた時にイオニスに教えたんだと思う。
でも、あの時はまだ試験の前で通るかなんてわからなかったわけなんだけど、推薦した手前絶対合格する内容だったのかもしれない。
もしそうだとしたら認められたって一人で舞い上がっていた私がバカみたいじゃない。
全部ぜーんぶ、悪いのはあの借金取りのせい。
カーマインが余計な事をしなければイオニスは怪我しなかったしこんな気持ちにならなかった。
でもなぁ、あれのお陰で生活に少しゆとりができたわけだし、さらには冒険者のお客さんも増えた。
アレがなかったらと思うと・・・。
「やめやめ、今日はもう終わり!」
自分用に加工していた眠り茸をその場に放り出す。
こんな気持ちでいい香ができるはずがない。
むしゃくしゃした時はそう、体を動かすに限る。
エプロンとマスクを外して、私は寝室に飛び込み服を着替えた。
靴ひもをしっかり結んで準備完了。
「これでよし!」
「あら、アリアじゃないどこに行くの?」
「走るの!」
「走る?なんで?」
「走りたいから。」
店の前でバッタリ出会ったクーちゃんが驚いた顔で私を見る。
いいでしょ、そんな気分なんだから。
モヤモヤしている気持ちは体を動かせばスッキリするはず。
流石に丸腰で外には出られないので、王都をぐるりと囲む城壁の周りをまわることにした。
私のいた田舎と違って王都は本当に大きい。
他の国にはもっと大きな街もあるらしいけど、私にはこれでも大きすぎるぐらい。
人の多い大通りを避けて東門へ。
一ツ森に行くときは南門を使うのでこっちに行くのはちょっと新鮮な気分になる。
「おや、アリアさん。」
「ラインハルトさんこんにちは。」
「そんな恰好でどうされました?」
「ちょっと気分転換に城壁の周りを走ろうかとおもって。」
「体を動かすのはいい事です、でも無理はしないでくださいね。」
「はい!ありがとうございます!」
まさかこっちでラインハルトさんに会えるなんて思わなかった。
第四騎士団は引き続き魔物討伐の任についているはずなのに、でもちょっとうれしい。
ルンルン気分で城壁に沿って走り始めた私だったけど、北側を回り終えたぐらいで少しずつ後悔しはじめた。
広い。
思っている以上にこの街は広い。
大通りを抜ければ各門まではそんなに時間かからないから気づかなかったけど、今思えば外周を回る事なんて今までなかったかもしれない。
うぅ、足が痛い。
何とか東門まで到達できたので、城門付近で休憩することにした。
「あー、美味しい!」
簡易井戸で水をもらって喉に流し込む。
冷たい水がお腹の中に広がっていくのがわかる。
ラインハルトさんに頑張るといった手前一周はしてしまいたいけど、正直心が折れそう。
うぅヘタレな私でごめんなさい。
「ねぇきいた?」
「聞いた聞いた、一ツ森に魔物が出たんでしょ?」
「若い冒険者が一人犠牲になったんですって。」
「こんな近くでなんて嫌ねぇ。」
「巡回していた騎士団が追い払ったらしいんだけど、ほんと早く何とかしてほしいわ。」
水を片手にぼんやりとしていると、前を歩く奥様達が何やら気になることを話していた。
いまだ魔物は見つからず、ついに一ツ森にも魔物が出たみたい。
若い冒険者が犠牲にって、まさかイオニスじゃないよね?
心の奥の方がザワザワする。
ダメ、これ以上考えたらいけない。
そうわかっていても私は考えるのを辞められない。
「走らなきゃ。」
そんな気持ちを振り払うために私は再び立ち上がるとさっきよりも速いペースで南門の方へと走り出した。
心臓がバクバクいってる。
呼吸が上がり喉が痛い。
でも止まれない。
止まったらまた変なことを考えてしまう。
巡回していた兵士さんが何事かという顔で私の方を見たけれど、それを無視して走り続ける。
そして何とか南門までたどり着いたところで、私はついに限界を迎えた。
膝に両手をつき、うつむいた顔から汗が滝のように流れていく。
足はガクガクするし頭はふフラフラ。
あまりの不審者っぷりに近くの商人らしき人が離れていったぐらい。
「おい、アリア何やってんだこんなところで。」
「イオ、ニス?」
「すっごい汗だな、なんだよ運動か?慣れないことはやめた方がいいと思うぞ。」
死んだはずのイオニスが目の前にいる。
ううん、別に死んだわけじゃないしそもそもイオニスが被害にあったなんて誰も言ってない。
妄想して勝手に思い込んだだけ。
「無事なのね。」
「見てわかるだろ、護衛って言っても街道沿いじゃほぼ魔物は出ないしな。ほんと大丈夫か?」
「うん、大丈夫。」
「そっか。今日は無理だけど明日なら採集にも付き合えるから行くなら声かけろよ。じゃあ俺もう行くから。」
私の肩をポンポンと叩いてイオニスは中に入っていった。
よかった本当に良かった。
あいつが余計な事をしたけれど、イオニスはいつもと変わっていなかった。
変に意識していたのは私だけ。
イオニスの気持ちはわかってる。
この前もそれを利用するみたいで遠慮しちゃったけれど、それだと余計に気を遣わせる結果になっちゃった。
だから遠慮しちゃいけない。
助けがいるならお願いすればいい。
そしたらいつもみたいに嫌な顔せず手伝ってくれる。
イオニスはそういう男の子だ。
私みたいに嫌な女の子よりももっといい子が、それこそクーちゃんみたいに素敵な人がいると思うんだけどそれをいうと怒るんだろうな。
間違いなく。
呼吸が落ち着くと同時にモヤモヤしていた気持ちはどこかに飛んでいっていた。
スッキリとした気持ちと安心感が胸のあたりに満ちている。
はぁ、結局ウジウジしてるのは私だけなのよね。
もっと簡単に割り切ればいいのにってクーちゃんなら言うんだろうけど、そこまでサバサバできないんだ、私って。
だから悩んでウジウジして、でもこうやって一つずつ心に折り合いをつけていくことで前に進むことができる。
もう大丈夫。
明日からはいつもみたいに朝からバカな話して、一緒に採集に出て競争して、そんな日々を過ごせるはず。
「さて、かーえろっと。」
汗だくの顔を上げて私は大通りへと戻った。
帰ったら眠り茸を加工して安眠香にしてしまおう。
自分で使うことはもうないと思うけど、案外売れるんだよね。
やっぱり走ってよかった。
そう思っていた翌日。
ものすごい筋肉痛に襲われて、朝一番にやってきたイオニスに思いっきり馬鹿にされてしまった。




