第十四話
あの後、二ツ森の魔物は発見されることは無く聖騎士団は帰っていった。
なんでも別の地域で凶暴な魔物が出たらしくて、そっちの方が優先順位が高いんだって。
痕跡は発見されたけどいまだ正体不明の魔物。
そのせいで二ツ森はいまだに進入禁止ってことになっているみたい。
ラインハルトさん率いる第四騎士団が引き続き巡回を行って、冒険者と共に討伐隊を組む話になっているんだとか。
ついていくだけで銀貨5枚、更には使った香の代金もしっかり払ってくれる上顧客だっただけにちょっと残念だなぁ。
結局打ちにやってきたあの騎士さんとは会うことも無かった。
一体何者だったんだろう。
そんなことを考えながら手を動かしていると、店の扉が開き小さくベルが鳴る。
「いらっしゃいませ、ってなんだイオニスかぁ。」
「なんだはなんだよ、せっかく客を連れてきたのに。」
「え、お客さん?」
「君があの討伐隊に参加していた調香師だね。あの時焚いてもらった駆け足香はとても良かった、是非同じ物をいただきたいんだが、自己使用でも同じような効果が出るのかな。」
イオニスの後ろからなんていうかとっても渋い感じの冒険者が静かに現れた。
まるで若い頃のマスターみたい。
ちょっとかっこいい、かも。
ってそうじゃないお仕事しなきゃ!
「大丈夫です、効果は落ちますが疲労感は増えません。いくつご利用ですか?」
「次の護衛にもって行きたい、五つもらえるかな。」
「はい!全部で銀貨2枚です。」
「え、銀貨2枚?ずいぶんと安いんだね。」
そうかな、駆け足草の値段はそんなに高くないし加工もそこまで難しくない。
銅貨40枚でもちょっと高いかなって思ってたけど、そうでもないのかな?
「まだ駆け出しなので・・・。」
「あの効果ならむしろ安いぐらいだよ、他のは効果は強いんだけど切れるとすぐに足に来るから継続して使えるのはご営業には重宝するんだ。これ、代金ね。」
「え、一枚多いですよ!」
「それだけの価値はあると思うよ。それじゃあ、イオニス助かった。」
「いえ、大丈夫です!」
この前まで一緒にいた粗暴な冒険者とは随分と雰囲気が違う。
そういえばあそこはどうしたんだろう。
「よかったな、気に入ってもらって。」
「え、うん、ありがとうイオニス。さっきの人ってどういう関係なの?」
「この前の討伐隊で一緒になったんだよ。今はあの人達の手伝いをしてるんだぜ。」
「ってことはあの良くない人達とは別れたんだ。」
「あれは討伐隊に参加する為だったし、解散したらいる必要も無いしな。」
そっか、そうだったんだ。
じゃあもうあんな危ない事をすることも無いんだ。
よかった、本当に良かった。
でも、何で討伐隊に参加することにしたんだろう。
私が参加するなんてひと言も言ってなかったのに。
照れくさそうに笑うイオニスは前よりもちょっとかっこよく見える。
どうしてだろう。
「おーい、邪魔するぞってなんだイオニスもいるのかよ。」
「カーマイン、さん。」
「イオニス別にさん付けなんてしなくていいんだから、こんな人。」
「嫌われたもんだな。ま、当然だけど。」
「何しに来たの?」
「決まってるだろ、集金だよ集金。この前はラインハルトに邪魔されたからな、今日はきっちり払ってもらうぞ。」
せっかく楽しい雰囲気だったのにこいつが来たせいで台無しじゃない。
でも借りたのは私だし、借りている以上はちゃんと払うわよ。
「はい、銀貨30枚。確認して。」
「なんだ、今回はあっさりしてるじゃないか。まぁあれだけ金払いのいい仕事をした後だし、当然だけどな。」
「それが無くてもちゃんと準備できてるって言ったでしょ。確認したらさっさと帰ってよ、忙しいんだから。」
「まぁ待てって。」
あいつはもったいぶるようにして手渡した袋から銀貨を取り出していく。
昨日何度も数えたから間違えるはずが無い。
でも確かに今月の支払いにはゆとりがあったのよね。
いつもは結構ギリギリで食事を減らしたりして何とか捻出したこともあるのに、それに比べたら随分と余裕だったし。
「確かに。次もこんな感じでよろしく頼むな。」
「分かってるわよ。お客さんも増えてきたし、次も問題ないんだから。」
「客ねぇ・・・。さっきのは確かホワイトファングのリーダーだろ?なるほど、こいつの紹介か。」
「だったら何だって言うの。」
「別に、ただ俺が紹介したチームをさっさと抜けて、早々に別の所の世話になるなんていい度胸してるなって思っただけだ。よりによって入ったのがあそことか、あてつけかよ。」
「そ、そんなこと無い・・・です。」
「ま、向こうも使い物になら無かったって文句言ってたし良かったんじゃないか?つぶされる前でさ。」
イオニスの様子が明らかにおかしい。
いつもみたいな勢いはないし何かに遠慮しているような感じがする。
それに、カーマインの紹介ってどういうこと?
イオニスは自分からあそこに入ったってルーちゃん言ってたのに。
「どういうことよ。」
「どうもこうも『お前が討伐隊に入るぞ』って教えてやったら、自分も入りたいからどこでもいいから紹介してくれって頼まれたのさ。だから懇意にしてるチームを紹介した、それだけだ。」
「ちょ、約束が違うじゃないですか!アリアには言わないって。」
「そんな事言ったか?お前はただ入るからには何でもするって言っただけだろ?口止めされた覚えは無い。」
「ねぇ、イオニスどういうこと?」
「べ、別にお前には関係ない話だって。じゃあ俺行くから。一ツ森に行くときは絶対に一人で行くなよ、わかったな!」
そう言い残して店を飛び出しちゃった。
イオニスがあの良くない人達と一緒にいたのは私のせいなの?
私が討伐隊に入ったから?
でも別に私は前で戦うわけじゃないし、お金を貰って参加してただけで・・・。
「あーあ、行っちまいやがった。」
「あんたのせいじゃない。」
「何で俺のせいなんだよ。あいつが勝手に思い込んで勝手に逃げただけだろ?人のせいにするなよな。」
「そ、そうかもしれないけど・・・。」
「お前も口の利き方には気をつけろよ、今は毎月30枚の支払いで許してやってるけど増額してもいいんだからな?」
そういって私をにらんだ目は氷のように冷たくて、いとも簡単に私の心を貫いてしまった。
怖い。
思わず一歩後ろに下がってしまったけど、すぐにいつものような軽薄な顔に戻った。
「ったく、そんな顔するなよ冗談だって。」
「ごめん、なさい。」
「だから謝るなっていってるだろ。金さえ払ってくれたらお前は上客、来月もよろしく頼むな。」
そういってあいつは私の肩をポンポンと叩いて帰っていった。
カランと小さな音を立てて扉が閉まる。
さっきまでのにぎやかさが嘘のように、店の中はシンと静まり返ってしまった。
なんだろうまるで嵐みたい。
がーっときてがーっと帰っていって、残ったのは荒らされた心だけ。
この感情をどう処理すればいいんだろう。
いろんな考えが頭の中をぐるぐる回ってまともに頭が働かない。
そうだ、こんなときは甘いものを食べよう。
そしたら少しはいい考えが浮かぶかもしれない。
「そうだ思い出した。」
「な、なによ!」
「あの人から渡すように頼まれた物だ、報酬だとさ。」
出て行ったはずのあいつが再びドアを開け、顔だけ出してこちらに向かって何かを投げてきた。
あわてて受け取ると、手の中で硬い物が何個もぶつかる音がする。
これは、お金?
「報酬?それにあの人ってだれよ。」
「あの人はあの人だよ、同行の許可貰っただろ。」
「あ、あの人!」
「そうその人。じゃあ確かに渡したからな。」
そういうとすばやく顔を引っ込めて、再び扉が閉められる。
残ったのは皮袋が一つ。
中には銀貨が5枚。
一体何の報酬で、そしてあの人は誰なのか。
それはまたわからないまま。
素直に喜べない報酬を手に私は立ち尽くすのだった。




