第十二話
「お、終わった。」
聖騎士団員さんの背中を最後まで見送ることが出来ず、私はその場にへたり込んだ。
静かに扉が閉められる。
あぁ、こういう所が他の騎士団員さんと違うんだなぁ。
他の団員さんって結構荒々しいからバタン!って扉を閉めていくんだよね。
もちろんラインハルトさんはそんなことしないけど。
そのまま床に転がって目を閉じる。
あぁ、地獄のような二日間だった。
明けても暮れても調香調香で今が何時なのかご飯は食べたのかまったくわからなかった。
時々クーちゃんが材料を運んでくるついでに様子を見に来てくれたけど、相手をする暇も無かったし。
途中でどうしても我慢できなくて食事を取ったけど、用意してくれていたんだろうなぁ。
結局材料費も立て替えてくれたし、お礼を言いに行くついでに支払わないと。
でも今は無理。
おやすみなさい。
………
……
…
「おい。」
「ん?」
「そんなところで寝てると風邪引くぞ、ったく女が床の上で寝るなよ。あーあー、代金まで無用心に置きっぱなしじゃねぇか。もっていかれたらどうするんだよ。」
「ん・・・誰?」
「まだ寝ぼけてるのか?」
誰か知っている人の声がする。
でも、まだ眠い。
そのまま寝返りをうつと暖かな何かが体を包んだ。
あぁ、あったかい。
それを抱きしめて胎児のように丸くなる。
出来ればこのままもう少し寝ていたい欲しいんだけど、やっぱり床の上は冷たいし。
ん?
床の上?
そっか、私あのまま寝ちゃったんだ。
流石に二日寝ないのは無理過ぎたなぁ。
でもお金もちゃんともらえたし・・・。
「そうだお金!」
慌てて飛び起きると毛布が足元にずり落ちた。
あれ、私毛布なんてもってきたっけ。
外はもう夕暮れ。
机の上に置かれたお金はそのままだ。
あー良かった。
ほっと胸をなでおろして大きく伸びをする。
半日寝ちゃったけど、おかげで体はずいぶんと楽になった。
おかしいなぁ誰か来たような気がするんだけど。
でも特に変わった様子はないし。
ま、いいか。
バキバキと音を立てる体をほぐしながら台所へ。
何かないかと探してみたけれど、この二日まともに外出していなかったせいでパン一つ残っていなかった。
仕方ない、買いに行くしかないよね。
ひとまず着替えてぼさぼさの髪の毛をさっと束ねて外に出る。
夕暮れの街はどこを見てもオレンジ色。
この色だけはどこにいても同じなんだなぁ。
大勢の人たちが大通りを歩いている。
皆これから家に帰ったりご飯を食べにいくのかな。
そんな人の流れに逆らいながら歩いていると、前からイオニスが歩いてくるのが見えた。
いつも元気なのに今日はずいぶんと疲れている感じ。
あれ、もしかして怪我してる?
「イオニス!ちょっと大丈夫?」
「なんだアリアか。大丈夫だって、こんなの擦り傷だ。」
「何言ってるの!腕が血だらけじゃない、薬草は?」
「使わなくたってツバつけときゃ治るから。」
「おい、イオニスさっさと行くぞ!。」
「は、はい!ってことだからアリアまたな。」
血だらけの手を振ってイオニスは先を歩く他の冒険者を追いかけて行ってしまった。
あんな怪我をするぐらい大変な場所に行ったんだ。
いつもは無茶する前にちゃんと戻ってくるのに。
大丈夫かな。
とりあえずクーちゃんの所で支払いを済ませてその足で冒険者ギルドへ向かう。
イオニスは・・・いないみたい。
「あれ、アリアじゃない。こんな所でどうしたの?」
「ちょうどよかった聞きたいことがあるんだけど。」
「んーじゃあ五分待ってもうすぐ終わりだから。そのままご飯行きましょ。」
「え、大丈夫だよ?」
「そんな大きいお腹の音をさせて何が大丈夫なのやら。良いから待ってなさい。」
タイミングよくって言うかなんていうか、そんなに大きな音はしてないと思うんだけど確かにお腹の虫が小さく鳴いていた。
ギルド内はザワザワしていてこんな小さい音聞こえないはずなのに、恥ずかしいなぁ。
壁の依頼をみたりして時間をつぶしているときっかり五分経ってルーちゃんがやって来た。
「お待たせ、それじゃあ行きましょ。」
「どこに行くの?」
「マスターの所が良いんじゃないかしら、色々知ってそうだし。」
「どういう事?」
「とりあえずご飯食べながらね。」
背中を押されるようにしてギルドを出てその足でマスターのお店へ。
この前と違って今日はたくさんのお客さんで賑わっていた。
私達に気づいたマスターが食器を大量に乗せたお盆を手にこちらへやってくる。
「いらっしゃいませ、これはルゥル様アリア様ようこそお越しくださいました。」
「マスター、カウンター使ってもいい?」
「テーブルでなくてよろしいのですか?」
「今日はあの隅っこの方が都合がいいから。」
「かしこまりました、後でご注文を伺います。」
いつもはテーブル席だけど確かにあそこならお店の中が良く見えるし、他の人からは気付かれにくい。
「それで、話ってのはイオニスの事でしょ。」
「え、何でわかるの?」
「そりゃわかるわよ。私達でもちょっとした話題になってるから。」
「さっきすれ違ったんだけど、腕にケガしてたの。ねぇ、私が籠ってる間に何があったの?」
「何がっていうのはわからないんだけど、突然イオニスが先輩冒険者に頭を下げて仲間に入れてもらったみたい。雑用っていうか色々と大変みたいよ、ギルドでも怒鳴られてたし。」
「一人の方が都合がいいって言ってたのに・・・。」
イオニスはいつも一人で探索をしていた。
たまに実力の近い知り合いと一緒に出ることはあっても、決して無茶はしないし無謀な依頼を受けたりはしない。
良い言い方をすれば慎重派、冒険者風に言えばビビリ。
それでも命を取られるぐらいならコツコツやっていく方がいいって自分で言っていたはずなのに。
そのイオニスがあんな粗暴な人達の下で使われているなんて正直信じられない。
「万年Eランクって言われるのが嫌になったとか、弱味を握られたとか色々言われてるけどこっちとしてもトラブルが無いんじゃ介入する事も出来ないのよね。出来ればアリアから色々と聞いてほしいぐらいよ。」
「私が聞けたらそれがいいんだろうけど、イオニスはすぐかっこつけるから。」
「そこがいい所なんだけどね。」
イオニスに何があったのかはわからない、でも普通の状況ではないのは確か。
最後に合ったのはお店であの三人組に絡まれた時だけど、そういえばあの後から姿が見えなかったのよね。
で、お礼を言う前にあの依頼を受けちゃって・・・。
この二日で何かがあったのは間違いない。
お願いだから無茶だけはしないでほしいな。
「お待たせしました、ご注文をどうぞ。」
「私はエールとボアのステーキ、焼き方はレアでしっかりと。アリアは?」
「私は果実水で同じ物をお願いします。」
「それだけでいいの?」
「お腹はすいてるけど、いきなり食べたらお腹もびっくりするから。」
「畏まりましたすぐにお飲み物をお持ちします。」
マスターに注文してしばらくして新しいお客さんが大勢入ってきた。
その人達は勝手に入り口付近の席を動かして占拠してしまう。
その中にイオニスの姿があった。
「来たわね。」
「え、知ってたの?」
「さっき依頼を達成したところだから、打ち上げするのは決まってここなの。ここからなら向こうがよく見えるでしょ。」
「だから奥がいいって言ったんだ。」
てっきり他の人に見られたくないのかと思ったけど、それと加えてイオニス達の様子を見る為だったんだ。
さすがルーちゃん、ぬかりないなぁ。
「ギルドでもそうだったけどちょっと横暴すぎるわね、あまりひどいようなら今度注意しないと。」
「どんな人たちなの?」
「『ヒュドラの触手』っていうチームでね、他の冒険者と馴染めないような粗暴な人達が集まってるのよ。実力はそれなりなんだけどあまりいい顔されていないわね。そして、今度の盗伐にも参加することになってるわ。」
「討伐って?」
「アリアも呼ばれたでしょ、二ツ森の奴よ。」
確か聖騎士団と第四騎士団、それと冒険者ギルドの合同作戦って話だったよね。
それにこの人たちも参加するんだ。
ということはイオニスも?
「そうなんだ。」
「冒険者は周辺の警戒って話になってるけど、あの人達が素直にいう事を聞くとは思えないのよね。あ、また怒鳴られてる。」
「ひどい、水をかけるなんて。」
何か不手際をしたわけじゃないのに、水をかけられ下に落ちた何かを拾わされている。
そしてその上からまたお水をかける。
イオニスが何したっていうのよ。
思わず立ち上がりそうになったのをルーちゃんが無理やり引き留めてくる。
「ダメよアリア。」
「どうして、あんなのやめさせなきゃ。」
「彼は自分であの場所にいることを選んだの、だからそれを私達がどうこう言うことはできないわ。」
「でも・・・。」
「イヤなら抜けるでしょ、でもそれをしないのには何か理由があるはず。」
そうかもしれないけど・・・。
イオニスはグッとこらえるように水を滴らせながら再び席に着いた。
その様子を見て他の冒険者が笑っている。
悔しい。
自分の知り合いがあんな風にバカにされてるなんて。
そしてそれをただ見ている事しかできないなんて。
「お待たせしました。」
「わ、美味しそう。」
「あちらの方々には私から声をかけておきます。ですので、アリア様はどうぞ安心してお召し上がりください。」
「ありがとうマスター。」
「男にはやらねばらならない時もあるのです、イオニス様は立派にそれをこなしておられる。どうぞ見守ってあげてください。」
美味しそうなお肉がカウンターに並べられる。
やらねばらないときって何だろう。
男の人ってほんとめんどくさいよね。
マスターに注意されて冒険者たちはバツの悪そうな顔をして文句を言っている。
イオニスはちょっとほっとした感じで少し離れて彼らを見ていた。
何かをする為にわかっての場所にいる。
それが何かはわからないけど、私は静かにそれを見守る事しかできなかった。




