第一話
朝。
隣の工房から聞こえてくる金床を叩く音で目を覚ます。
ここに来た頃はあまりの音に文句を言いに行こうと思ったこともあるけれど、親方さんは見た目のわりに優しいし慣れればいい目覚ましになるんだよね。
ベッドの上で大きく伸びをしてから勢いよく飛び起きて洗面所へ、顔を洗ってスッキリしたらそのまま台所へと向かう。
奮発して買った魔道冷蔵庫の中には卵とハム。
確かパンが一枚だけ残っていたはずだから目玉焼きにしてはさんで食べようかな。
竈に火を入れてフライパンに軽く油をひとまわし。
熱が回る前にパジャマを脱いで再びフライパンの前に戻る。
こんな格好をしていたらお母さんにすぐ怒られたけれど、その心配もないんだよね。
みんな元気にしてるかなぁ。
「あつ!」
よそ見をしながら卵を落としたら油がこっちに飛んできた。
うぅ、火傷しちゃった。
火力を下げてハムを入れてから水を入れてふたをしてっと、今のうちに着替えちゃおう。
今日は素材を集めに行かないとだから動きやすくて、でも袖はしっかりとしておかないと。
「おーい、アリアいるか~。」
そんな感じで着替えていると私を呼ぶ声がする。
え、なんで?
出発はまだ先じゃ・・・。
どんどんと何度も扉が叩かれる。
「おーい、入るぞー。」
「ちょ、まだダメ!」
「なんだよいるんじゃねぇか。」
「ちょっと待って、今着替えてるから!」
「んだよ、素材集めに行こうって誘ったのはお前だぞ。こっちだって予定があるんだからな。」
「そんなこと言ったって、いくらなんでも早すぎだよ。」
慌てて着替えていると今度は台所から焦げたようなにおいがしてくる。
あーもう、せっかくの優雅な朝食が!
結局卵はダメになるし髪もぼさぼさのまま、外に出ることになってしまった。
「ひどい格好だな。」
「イオニスのせいでしょ。約束は朝の鐘の時間って言ったじゃない。」
「そうだったか?」
「はぁ、私の朝ごはん。」
「悪かったって、マスターの所で飯おごってやるから機嫌治せよ。」
「大盛だからね。」
女の子の貴重な時間を奪ったんだからそれぐらいして当然よ。
朝の鐘が鳴る前は通りを歩く人もまだまばらだ。
私はこのぐらいが好きだな、あんまり人が多いと目が回っちゃうから。
「おや、二人共いらっしゃい。今日は早いんですね。」
「イオニスが予定よりも早く来たんです。」
「なるほどだからですか。アリアさん、どうぞ洗面所を使って下さい。」
「ありがとうマスター。あ、モーニング大盛で!」
「かしこまりました。」
マスターは今日もかっこいい。
ただかっこいいだけじゃなくて渋かっこいい?
お父さんよりも上だろうけど、服はピシッとしていてスタイルもよくて。
若い頃は絶対にモテたってのが雰囲気だけで分かる。
田舎臭いイオニスなんかと大違いね。
「お前だって田舎者だろ。」
「それは前の話でしょ、私はイオニスみたいにフラフラしてないでちゃんと仕事してるもの。一緒にしないでくれる?」
「俺だって仕事してるっての。そんなこと言うと奢ってやらないからな。」
「男のくせに約束破るんだ。」
「あーもう、これだから女ってやつは!」
そういう所がダメだって言ってるのよ。
もう少しマスターの落ち着いた所を見習ってほしいわよね。
髪の毛よし、スカートよし、リップよし。
準備オッケー!
朝食をしっかり食べているうちにマスターがお弁当を作ってくれていた。
こういうところが違うんだよね。
それをもって二人で城門まで移動する。
今日は近くの森まで素材を取りに行く約束だ、魔物は少ないけれどいないわけじゃない。
本当は私一人でも行けるんだけど・・・。
「おや、お出かけですか?」
「おはようございますラインハルトさん。」
サラッサラの金髪に整った顔、なによりあのブルーの瞳が最高に素敵。
今日はラインハルトさんが門番だったんだ。
「おはようございますアリアさん。その様子ですと素材を集めに行かれるんですね。」
「そうです!」
「二ツ森に魔物が出るとの知らせが入りました、行かれるのでしたら一ツ森がよろしいでしょう。宜しければご一緒しましょうか?」
「そんな!ラインハルトさんもお仕事ですよね。」
「王都の民を守るのが騎士団員の仕事ですから。」
あーもう、何から何までかっこいい!
マスターも渋かっこいいけれど、ラインハルトさんは立ち振る舞いから違うのよね。
丁寧だし女の子だからって下に見てこないし、何より優しい。
長身の上にすらっと細くて、でも魔物と戦うとなったら一太刀でオークをしとめてしまうんだって。
イオニスとは大違い。
「隊長それは勘弁してください、また副隊長に怒られます。」
「そんなことしなくても俺がいるから大丈夫だって、さっさと行こうぜ。」
「イオニス君、くれぐれも無茶はしないように。」
「分ってるっての。」
「では二人とも気を付けて、いってらっしゃい。」
流石に一緒に行くのは別の門番さんに止められてしまった。
仕方ないよね、お仕事中だし。
ライウンハルトさんが言うようにここから先は気を付けないといけない。
いくら街のすぐそばでも魔物が出ないとも限らない。
王都の中と外は別世界だ。
最近は魔物の数が増えてるって聞くし、油断は禁物だよね。
一ツ森は城門を出て街道を30分ほど進んだ所にある比較的開けた森。
珍しい素材とかはないけれど、薬草とか毒消しの実とかよく使う素材は大体ここで集まるんだよね。
「なぁ、今日は何を探すんだ?」
「ブルブルベリーと駆け足草、それとポムの実を出来るだけたくさん。」
「駆け足草は俺の依頼と一緒か、報酬は山分けでいいんだよな。」
「え、いいの?」
「そのかわり・・・。」
「はいはい分ってるわよ、調香してほしいんでしょ。」
まったく、お香だってただじゃないんだからね。
「へへ、話しが早いな。」
「風は・・・よし、それじゃあ準備するからそこに座って。」
良い所にあった切り株にイオニスを座らせて、カバンから道具を取り出す。
小皿に親指程の三角形のお香を乗せて、切り株を囲うように三つ設置。
それぞれに火をつけると、お香から白い煙がのぼりはじめた。
「いい匂いだな。」
「静かにして。」
「お、おぅ。」
「駆けるは風の如く、その身を素早く動かせ。」
立ち上る煙にがイオニスの周りに集まり、私の言葉と共に霧散する。
その途端に少しだけ体の力が抜ける感じがしたけど、これぐらいは問題ない。
「これでよしっと。」
「今日もいい感じだ、流石だな。」
「フフン、もっと褒めていいのよ。」
「それじゃあどっちがたくさん集めるか競争な、巻けたら今日の晩飯はおごりってことで。」
「あ、ちょっとずるい!」
私の文句をかき消すように、あっという間にイオニスは森の奥へと消えてしまった。
まったく護衛が勝手にどこかに行ってどうするのよ。
それに競争って、私はもう田舎娘じゃないんだからそんな子供みたいなことしないんだからね。
同じ切り株に座り、さっきと同じようにお香を並べる。
「守るは亀の甲羅の如く、その身を硬く守護せよ。」
それぞれに火をつけ、煙が自分に集まってきたのを感じながら静かに呟く。
お守り程度だけど、護衛がいないんじゃ仕方がない。
魔物に襲われても時間さえ稼げば何とかなる。
煙を払って準備完了。
さぁ、今日の夕食の為にも頑張らなくっちゃ!




