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封印の神器アラストル  作者: 彩玉
一章 樹海騒乱
28/29

28.樹海調査(最終日)

 黒の少女は、軽やかなステップで森の中を散策していた。彼女の周囲には、夕陽に照らされた巨人たちの無惨な骸が横たわっている。

 巨人たちはたちまち腐り果て、その醜悪な姿を土に還そうとしていた。瘴気に侵された肉体は死後、特別腐りやすくなるのだ。


「ふふ。ふふふ……」


 少女は楽しそうに笑う。水晶越しに見た人間たちの姿を思いだし、彼女は狙い通りの表情が見れたとほくそ笑んでいた。


「只今戻りました」


 声とともに現れた仮面の執事ストゥーは、少女の背後で跪く。少女は無言のまま頷き、畏まる彼に振り返って満足そうに微笑みかけた。


「ストゥー、見たわよね? あの間抜けな驚きっぷり。ほーんと、大・成・功って感じよね」

「は。仰る通りでございます」


 少女は冒険者一行に対して、最後のサプライズと称して樹海内をうろつく山巌大猪(ヒルロックボア)を用いようと、ストゥーに捕獲と制御を命じていた。


 彼女は最初から一行を殺すと決めていた。一人足りとも生きては帰さない、と。だからこそ見世物の締めくくりとして、山巌大猪(ヒルロックボア)を一行にぶつけ戦わせようと画策していたのだ。狂化した山巌大猪となれば、巨人を易々と倒す者たちだろうと無事では済まされない。


 しかし彼女は土壇場になって考えを変えた。驚き、困惑し、途方に暮れる人間たちの表情を目にしたことで、じゅうぶん満足してしまったのだ。

 殺すのは今度にしよう。殺そうと思えばいつでも殺せる。チャンスはいくらでもある。そんな気紛れを起こしたからこそ、彼女は山巌大猪をけしかけることを止め、結果的に一行は九死に一生を得られた。


「どうぞお掛け下さいませ、お嬢様」

「ありがとう」


 ストゥーは何処からか椅子とテーブルを取りだし少女を座らせると、紅茶を用意しだした。

 ティータイムをとるには決して相応しくない光景が周囲に広がっていたが、彼女らは全く意に介さない。この程度のことなど、二人は()()いた。


「それはそうと。彼らが何者か、ちゃーんと掴んでくれたわよね?」

「は。我が配下に調べさせましたところ、彼らは冒険者協会に所属する樹海調査の先遣隊のようです。この森における巨人騒ぎを受け、これが《津波》に関連するものかどうか、三日間この森に点在する観測所を巡回し情報を集めているようです」


 ストゥーは少女のプランに従い、直接魔物たちの召喚を行う傍らで、彼の手足となって動く者たちを使い一行たちの素性を探らせていた。

 一行たちが何者なのか、なぜ二日に渡ってこの樹海に訪れるのか。少女が直接疑問を口にせずとも、彼女の考えを察し汲む執事だからこそ、いつでも応えられるよう万端を整えていた。

 そんな彼の表に出ない仕事ぶりは、主人である少女もじゅうぶんに承知していた。


 彼女は当然のように報告を聞き出し、殺さずにいたことが功を奏したと、彼女は嬉しそうに微笑む。


「ということは、また明日来てくれるのね。ふふ。次はどう遊んであげようかしら」


 明日はどうしてもてあそぼうか。少女は新たに考えを巡らし始めたとき、目の前にある暗い木陰から不意に人影が現れた。


「ご機嫌のようだな。悪魔の嬢ちゃん」


 木陰から現れたのは一人の冒険者ごろつきだった。外見は三十代後半の、無精髭を下顎いっぱいに生やした柄の悪い顔つきをした男。しかし彼は全身からドス黒いオーラ――邪気を放ち身に纏っていた。


「俺が居ない間に好き勝手に遊んでくれちゃって。全く頭にくるぜ」


 前髪をかき上げる男はこめかみに青筋を立て、苛立ったように鋭く睨み付ける。しかし、対する二人は男に気にも留めなかった。ストゥーは静かに横目で彼を捉え、見向きもしない少女は平然と紅茶に口をつけていた。


「あら居たの」

「『あら居たの』じゃねえ。俺は嬢ちゃんが俺たちの邪魔をしないというから、ここに居ることを承知したんだが。……これは一体どういうことか説明してもらおうか」

「わたしは邪魔なんかしていないわよ」


 周囲を示すように両腕を広げ、明らかに怒気を込めた物言いをする男に、一向に彼を見ないまま、少女は何でもないように答える。


「これは全部人間たちが倒したの。私たちは何もしていないわ」

「……何も、してない?」男は顔をひくつかせる。「俺に向かって嘘をつくとは良い度胸をしてるな。ここにある巨人どもを、人間ごときが始末できる訳ねえだろうがッ!」


 怒りを露に、唾を吐きかけるように男は言う。


「それにここだけじゃねえ。寄生魔パラサイトどものこともだ……あれも人間がやったとでも言うのかッ!」


 今しがた戻ってきたというこの男は、この地に残してきたはずの配下たちが一匹残らず見当たらず、それどころか、配下たちが居るはずの場所には乾いた焼け野原だけが残っていたのを目の当たりにしたそうだ。

 手を加え、本来以上の規模にした湿地帯を、二日の不在の間に配下もろとも消し去れる者など、この樹海にはお前たちしか考えられないと、彼は歯を剥き出しにして言い張った。


「『この樹海にが来る。私はその人物に会いに来たのよ』なんて言っていたが……クソ忌々しい。最初から()()を潰す目的で俺を騙していたんだろう!」


 なんて言ったって悪魔は俺たち邪魔デーモンを嫌い、下に見てるからな! そう吼えてかかる男に、少女は可笑しそうに嘲笑う。


「わたしは貴方のことも、貴方たちがやろうとすることも、まったく興味はないわ。でもそうね」


 少女は艶めいた黒髪をいじり、


「貴方が困って泣きべそをかく姿が見れるなら、何かするかも知れないわね」

「……テメェ、殺すぞ」


 刹那。両者の間で激しい攻防が起きた。

 男の影から鞭のようにしなる無数の黒い影が放たれた。空を裂く影は今にも優雅に佇む少女を捕らえ、その細い喉元を切り裂き、小さな体を貫かんと一斉に襲いかかった。しかし、迫る影から少女を庇い立つストゥーは、自身の影から取り出したステッキを用いた卓越した剣捌きによって、全ての攻撃を防ぎ弾き返してみせた。

 わずか十数秒に満たない攻防であったが、その苛烈に極まる攻防は六倍以上に感じられ、また常人の目には捉え切れない速度のものだった。


「ッチ……」


 舌打ちした男が一度攻撃の手を止めると、ようやく少女は彼の顔を見た。彼女の瞳は、見た者を氷付けにするほど冷たい視線を飛ばしていた。


「わたしを下に見るなんて。あなた、死にたいの?」


 少女が嘲笑を含んだ言葉を発した直後、えも言われね殺気がどっと男の身に降りかかった。その可憐で華奢な身体から放たれたとは思えないほどの殺意に、押し潰されそうになった彼は思わずたじろぎ、冷や汗を滲み始めていく。


(ぐ……! 殺気だけでこれほどか!)


 まさに蛇に睨まれた蛙。その実力差は歴然。彼は少女の殺気に当てられ一歩も動けずにいた。

 男自身、彼女が何者でどこの娘なのか知ってはいた。しかし所詮は小娘と、内心どこか舐めていた気持ちが大きかった。その身の程知らずの考えが、この窮地を招いていた。


「ふん」

「くっ……」


 窒息するかのような殺気から解放され、苦しそうに咳き込み膝をつく男を見下ろして、「()()も聞き分けのない部下を持って大変ね」と全く思ってもいない事を言いながら、少女は白く細い脚を組みかえた。

 彼女はくずごみを見るような目で、さらに言葉を続けた。


「わたしの言ったことは真実よ。信じないのならそれはそれで結構だけれど。ただし言っておくわ。わたしは()()の顔を、ほんの少しだけ立ててあげているの。でなければ今ごろ冥王府行きよ」

「…………」

「これ以上、の面目を潰すようなことは止めることね」


 言外に『何時でも息の根を止められる』と言いのける少女を前に、男は強く歯軋りする。彼は拳を強く握りしめながらゆっくり立ちあがると、


「これで済んだと思うなよ、小娘……」


 少女を睨み返しながら、男は先ほど現れた木陰へと姿を暗ました。


「お嬢様」

「放っておきなさい。あのような邪魔デーモン崩れに構う必要は……」


 と、言いかけたところで、ふと口をつぐみ、少女は人差し指を額に当てニヤリと笑みを浮かべた。


「……いいえ、むしろ彼に構ってあげましょうか。うふふふ。今とってもとぉーっても面白いことを思いついたの。ストゥー、顔を寄せなさい」


 くいくいっと指を掻き、少女はストゥーを呼ぶ。彼が顔を近づけたところで、彼女はそっと耳元に何かを囁いた。よほど楽しいことなのか、口端が笑みで歪んでいた。


「……どうかしら」

「実に素晴らしいお考えです」

「ふふ。そうでしょ。この手筈、貴方に一任するわ。お願いね、スチュワート」

「は。御心のままに」


 胸に手を当て敬礼する彼に全てを任せ、機嫌が良くなった少女は再び紅茶に口をつける。


「……ふふ。楽しみ、ね」


 口内で広がる香りを楽しみつつ、彼女は明日起こるだろう出来事に胸を膨らませ、どんなものが見れるだろうと静かに心踊らせていた。



 ◇◇



 樹海調査、三日目。最終日。


 北門前の広場にて集合していた筈の調査隊の姿は、揃ってメソスチア支部の受付前にあった。彼らは本日行う調査の予定ルートについて、エリシアから変更があったとの連絡を受けて集まっていたのだ。

 受付から変更に関して記された用紙を受け取ると、彼らは速やかに広場へ向かった。


「一ヶ所って……行く必要あんのかよ?」


 手にした一枚の用紙に目を通し、ファウストは眉をひそめる。

 彼らが持つ用紙には、本日赴く最終エリアの地図が載せられていた。その地図の中にある三ヶ所の観測所のうちの二ヶ所に、『行く必要なし』と下に二重線まで引かれて書き込まれている。


「それはそうだが、支部長は随分と上から譲歩を引き出したらしいぞ?」

「なんだ? お前何か知ってるのか」

「少しな。さっき同僚から聞かされたんだが……」


 その同僚の話では、昨日の調査報告を受けたエメラルドが、これ以上危険な目には遭わせられないと商王会議に掛け合ったそうだ。

 あくまでも対《津波》対策として、先遣調査の体裁を取るものだっただけに、想定外の山巌大猪(ヒルロックボア)と遭遇するようでは犠牲者を出しかねないと思い至ったようだ。しかし、


「『譲歩を引き出した』わりには、最後の観測所が深部に近いのがなんとも。この削られた方がまだ外苑に近いですよ」


 そう苦笑いするネイサンの言う通り、最後の観測所は最終エリアの中でも最も奥まった地点にあった。あちこち周回する手間を減らしてくれたのはいいが、深部に近いようではかえって危険度が増したように思えてしまう。


「うーん、これはな、二ヶ所を削る案への交換条件として提示されたらしい。同僚が悔しがってたんだが、なんでも会議で横槍が入ったそうだ」

「横槍?」


 ライコウの言葉にラザは頷く。「最初は調査中止を願い出たんだが、却下されて。代替案としてこの一番深い場所にある観測所を巡らず、この二ヶ所を巡る話になったらしい。それをどうにかもう一ヶ所削るよう、支部長は願い出たらしいんだが……」


 更に譲歩を引き出そうとするエメラルドに、商王会議に出席するなにがしから、まさしく横槍が入ったそうだ。『護衛の者に複数の巨人を倒せる力量があるのなら、何も危険度を必要以上に下げることはない』と指摘され、ならば二ヶ所を巡らない代わりに深部一ヶ所でどうだと提案されてしまった。


 当然、エメラルドは突っぱねた。リスクの具合を見比べて言えば、三ヶ所巡るのと深部一ヶ所とでは大して変わらないと。しかし会議の流れは変わり、当初の二ヶ所を巡る案は取り下げられ、三ヶ所を巡るか、深部一ヶ所かの二者択一を迫られた。

 結果、エメラルドは深部一ヶ所の案を取らざるを得なくなったそうだ。


「誰だよ。そんな嫌がらせした奴はよ」

「それは同僚も分からなかったらしいが、少なくとも、ボスを快く思わない奴の差し金だろうな」

「思わない……ストラグルの連中か!」


 ファウストは苦虫を噛んだような顔つきになる。


「連中は確か会議に参加してたよな。きっとシンシアと組んで支部長ギルマスの揚げ足取りに来てるに違いねえ……」


 くしゃくしゃに用紙を握りしめ、明後日の方向に投げ捨てるファウスト。顔をしかめだす彼を目にし、ライコウはふと疑問を口にした。


闘争ストラグル……て何のことだ?」

「あれ、知らないんですか?」

「知らないな~、そんな物騒な名前は。ひょっとして人の名前か?」

「ストラグルは傭兵社の名前よ」


 ライコウは肩を竦めて答えると、彼の隣に歩くサファイアがネイサンより先に答えた。


「傭兵ギルドから生まれた新進気鋭の軍事商社。それがストラグルよ」

「その軍事商社が何故エメラルド……支部長に嫌がらせをするんだ?」

「彼らはこの街における、冒険者組合の持つ権益を掠めとりたいのよ。でもなかなかガードが堅くてムリ。だから少しでも揚げ足を取って父の邪魔をするの。いつものことよ」


 サファイアもまたファウストと同様に顔をしかめていた。この街に来てまだ日の浅いライコウにとっては知る由もないが、彼女たちエメラルドに親しい者たちにとっては、ストラグル社を苦々しく思っているようだった。


 しばらくして、相変わらず混んでいる大通り――混みはしたが明らかに人通りの数が減っていた――を抜け広場に出ると、一行はすぐに馬車のある場所へ足を運んだ。

 北門のすぐ近くにある停車場には、彼らが乗り込む馬車の他にもいくつかの荷馬車や駅馬車、馬が並んでいる。どれも荷車の車輪に固定がされ、繋がれた馬は暇そうにしている。

 その車列の左端、北門に最も近い位置にライコウたちがおとといから利用する馬車があった。その馬車のさらに左奥では、空き箱に座り、談笑する御者たちの姿があった。


「おやじさん、待たせたな」

「よう、遅かったな」


 他の御者が屯している中に、すっかり顔馴染みになったおやじを見つけライコウが声をかけると、おやじは嬉しそうな顔をして立ち上がった。


「ちょっと支部にな」

「そうか、そうか。ま、早く乗ってくれ。こんな辛気くさいところには居たくねえ」

「辛気くさい?」

「何のことかしら……」


 おやじの言った言葉に、ライコウとサファイアは首をひねる。が、おやじはさっさと出発の準備に取りかかった為、一行は速やかに車に乗り込んだ。

 北門の衛兵の誘導に従い、彼らの馬車が北門の下をくぐり始めた時、おやじはあるものを目にして嫌そうに顔をしかめた。


「おやじさん、どうした?」

「ああ? ああ。あれだよ」おやじが顎で指し示す。「昨日から特に増えたんだ。備えてくれるのは有り難いが、こうも見せびらかすのは頂けないね」


 おやじが話しているのは、停留する荷車にライフルの入った箱を積み入れる作業のことだった。箱にはSCという焼き印がされている。

 普段、停留場には樹海と街を行き来する馬車が多く停まっていたが、ここ数日、特に昨日以降はどれも軍が借り上げたらしく、荷車に多くの銃・弾薬の箱を積んでいっているそうだ。


「俺はよ、この今にでも戦争が起きそうなこの光景が嫌でたまらないんだよ」


 かつて故郷が紛争に巻き込まれ、戦火から逃れてこの地へ移り住んで来たというおやじは、とても嫌そうに語った。長きに渡って魔物の脅威にさらされるこの地方の事情はじゅうぶんに理解しているし、脅威から市民を守るための軍備を否定するつもりは全くない。ただ物々しい雰囲気に昔を思い出して嫌になる、はやく平穏な日々に戻ってもらいたいものだ、と。


「愚痴を聞かせてすまんな。ちょいとスピードをあげっから、元の座席に戻んな」


 そうして馬車が門をくぐり終えると、彼は北門から逃げ出すように砂漠のある方面へ馬を走らせた。



 それから数時間後。砂漠を通る道中、魔物の相手をして予定より遅れてしまった調査隊一行は、昨日と同じ西中部エリアの外苑に到着した。最後のエリアは、この西中部エリアを突っ切った先、北東の方角にあるのだ。


「それじゃ、頑張れよ~!」


 街の方へ引き返した馬車に手を振り、一行は早速森に立ち入っていく。森は相変わらず暗く、小鳥のさえずりもない静けさに満ちていた。


「おやじさん、やけに親身だったな」

「そうね。昨日のあれを見て……じゃない?」

 

 馬車が来た道を引き返す前、御者のおやじは一行に道中の無事を地天に祈ってくれた。昨日の大猪の姿が忘れられなかったのだろう、わざわざ酒を用意して、捧げ物として地面に撒いていたほどだった。


「今日は遂に最終日だ。さっさと行って、さっさと帰って、みんなで酒を飲もう!」


 人一倍強く思いが込められたラザの言葉に、一同は笑いながらも強く頷いた。これまでとは異なり、予め狙われていると分かっている以上、彼らはより気を引き締めて行かなければならなかった。


 彼らは鬱蒼とした森のなかを突き進む。と、行く先々には瘴気が漂っていた。瘴気はさほど濃くもなく、周囲に魔物の姿もないため、一行は黙ってラザが指し示す獣道を歩いていたのだが……


「ッチ! なんつう濃さだ。普通の人間なら、たちまち気が狂っていただろうよ」


 一行の行く手には、これまでに無いほどの濃霧――濃い瘴気が立ち込めていた。立ち込める瘴気の先は一切見えず、この先に道が続いているのか続いていないのかさえ分からない。

 さらに、瘴気が森の奥から吹き抜ける微風に乗って一行を囲い込もうと、ゆっくりと彼らの方向へ近づいて来ていた。


「これは……いくら平気だからといって、無理に突っ込む訳には行かないですね。確実に迷いますよ、これ」

「おいライコウ、お前の聖霊術でちゃちゃっと出来ねえのかよ」

「できる。ギル、俺と持ち場を交換してくれないか」


 今にも迫ってくる濃い瘴気に、思わず口周りを押さえるネイサンとファウスト。そんな二人の要望に応じ、ライコウはラザとカーラの間を通ってファウストと入れ代わる形で隊列の前に出た。


「…………」


 一行の中でも、最も瘴気に慣れているライコウでさえ、目の前の瘴気に思わず眉をひそめた。


「ネイサン。突然だが浄化術ピューリファイを使えるか?」

「えっ、浄化術ピューリファイですか? 風属性のなら、もちろん使えますけど……」


 浄化術ピューリファイとは、まさしく穢れを払う魔術のことだ。瘴気そのものや、狂化などの精神異常を除去するだけでなく、死霊系の魔物にも有効な教会由来の魔術だ。

 しかし、ひとつに浄化術と言っても、闇属性を除く五つの属性――光・火・地 ・水・風のそれぞれの属性に対応し、その用途や程度によって分岐され、様々な浄化術が存在していた。


 ライコウはネイサンが聖霊の加護を受けて、どれほどまで力を発揮出来ているか見たいと言い出し、浄化術を発動するよう勧めた。


「え? えーと、ならやってみますね……」


 突然のことで多少首を傾げながらも、ネイサンはライコウの目の前で浄化術〈大空の清浄ファーマメントクリーン〉を発動した。〈大空の清浄〉は掲げられた杖の頭から、強風となって濃霧の中を吹き荒れる。その風に付属された浄化効果により一度は瘴気が打ち祓われ退くも、すぐに瘴気が舞い戻ってきていた。


「うーん。見ての通り、僕のではこれを退かせることは出来ないようですね」

「……そうか……」


 と、ライコウは少し腑に落ちない顔をしながら、片手を前につき出した。


「〈浄化フェブリオー〉」


 そう一言唱えた瞬間、周囲に漂っていた濃霧が綺麗さっぱり消失した。ライコウを中心にして、直径三十ムール圏内の瘴気が、まるで空間を空けて退くように一瞬にして浄化されていったのだ。

 これを目にしたネイサンは、背後にいた四人と同様に感嘆を漏らしていた。


「聖霊術って凄いですね。いや、ライコウさんが凄いのかな?」

「俺の場合はどっちもだな」彼はネイサンをちらりと見る。「ここまで程では無いにしろ、普通の浄化術でも、今のネイサンならこの半分ぐらいは出来る筈なんだけれどな……」

「僕が……ですか?」


 きょとんとするネイサンに、歩き始めたライコウは小さく頷く。


「魔族を退しりぞける性質とは別に、聖霊の力はとんでもなく強力なんだ。君たち三人の場合は儀式によって備わった力の配分が程好く調整されてはいるけれど、それでもかなりの力を使える筈なんだ」

「僕がうまく力を引き出せていないと言いたいんですね? でも、それは聖霊術が使えないから仕方ないと思うんですけれど……」


 確かに、聖霊の力を効率良く引き出せる聖霊術を使えないのであれば、ネイサンの言うことはもっともな意見だった。しかしライコウは、聖霊術によらなくとも力は引き出せると語った。


「聖霊の力を宿した。それはすなわち、君本来の魔力とは別に、力が同居しているだけに過ぎないんだ。つまり、その力だけを意識して引き出そうとすれば」

「自ずと聖霊の力も使いこなせる……と」

「その通り」


 先頭にいたハクを下がらせたまま、ライコウは行く手を塞ぐ瘴気の幕を次々と浄化していく。

 ネイサンは隣でその作業を眺めながら、今になって、いきなり彼が何故そんな事を言い出したのか疑問に思い尋ねてみた。すると、ライコウは万が一に備えてのことだと答えた。


「万が一?」ネイサンは眉をひそめる。

「そうだ。ネイサン、この先に何が待ち構えているか分かるか?」


 ライコウは濃く立ち込める瘴気を指さした。


「昨日のようにただの魔物や腐人ゾンビ、巨人が出てくるかもしれない。だがそれだけなら、これまでのように対処しきれる。そうだろう?」

「ですね」ネイサンは頷く。

「しかし魔族に目をつけられている以上、そうも言ってられない。この先で邪魔デーモンや悪魔と直接戦うことになるかもしれない」

「…………」ネイサンはライコウを見る。

「この先に何があろうが、俺が出来る限り護れるよう立ち振舞うし、そのつもりだ。だが俺の身体はひとつだ。庇い切れないこともある」

「……結界のこととかですか?」

「それもある。要するに俺に何かあっても、冷静に自力で窮地を脱せるようにして欲しいということだ」


 珍しく弱気とも受け取れる発言をしたライコウにネイサンは驚いた。が、ライコウがあまり深刻そうな表情をせず、普段通りの調子だった為に、ちょっとした助言だと受け止めることにした。


「そんな事、言われるまでもないですよ」


 自身に満ちたネイサンの表情に、ライコウは安心したように微笑む。


「そっか。ならいいんだ」


 それからおよそ二時間半以上。瘴気を浄化しながら突き進み、入りくんだ獣道を歩いて行って何度目かの休憩を取った一行は、これまでと様子が変わった地域に出ていたことに気づいた。


「ここは……何か違うように見えますね」


 浄化され、見通しが良くなった周囲を見回していたネイサンが呟いた。周囲の樹々は変わらず天高く伸びているが、樹皮の色が黒紫色で、妙に生命力溢れているように感じられる。


「ここいらは魔樹の森なんだ。この黒っぽい樹はオークの魔樹だな」


 魔樹とは、特別魔素の濃い地域に自生した特殊な樹木だ。通常の樹木の場合、魔素が濃いと枯れてしまうことがあるが、枯れることなく、その中で順応したものが魔樹として変態する。

 常時、樹皮内で魔素を水や栄養化合物と同様に地中から大気へ、大気から地中へと循環している為、次第に木部は魔素に対して親和性が高くなる。なかには死んだ維管束が魔力回路として形成される場合もあり、弓や杖といった魔道具の製材としてよく重用されている。


「天然の魔樹がこんなにも……」


 ラザから魔樹と聞かされて、ネイサンは途端に目を輝かせる。


「僕の【風精杖シルフィワンド】は人工樹で出来てるんですけれど、天然の魔樹だと伝説レジェンド級に格上げされるんですよ。うわ~、持って帰りたい……」


 市場に出回る魔樹の木材は、その大抵が人工的に植樹されたものであり、天然ものは高値で取引されていた。その理由に、前世紀までに世界にある天然の魔樹のほとんどが採り尽くされてしまった為だと言われている。

 しかしこの樹海のように、数百年に渡って特殊な事情から開拓を厳しく規制されている地では、未だ数多く自生していた。


 そんな、言わば錬金の森とも言える光景に、ネイサンは心の声を駄々漏れにしていたが、ラザが笑って首を横に振った。


「残念だがダメだぞ。ここは手出し無用の樹海だ。細い小枝を折っただけでも重罪になる」

「分かっていましたけれど、結構厳しいですよね」

「最初は《津波》を恐れての規制が、今では政治的な意味合いが強いって話だからな。クワバラクワバラ、だ。ただ……」


 と、ラザはニンマリ笑う。そんな彼の顔を見て、同じくして笑うファウストが代わって言葉を引き継いだ。


「バレなきゃ問題ない……ってか?」

「それって犯罪者の考えですよ!」


 そう思わず叫ぶネイサンに、一同は大笑いした。


「ふふ……でも、今は大笑いしてる場合じゃない」

「確かにカーラの言う通りだな。……ラザ、俺たちが魔樹の森に入ったということは、観測所に近いと言っていいんだよな?」


 若干の笑いが残り、満面の笑みになりながらも、護衛者たちが警戒を解いた訳ではなかった。今も引き続き探索スキル『索敵サーチ』を張って周囲を探っている。探って何もないと分かっているからこそ、笑えていたのだ。

 カーラの注意を受け、ライコウがラザに確認すると彼は強く頷いた。


「ああ。魔樹の森は樹海の深部から伸びている。観測所はその魔樹の縁にあるから、もうすぐと言っていいだろう」


 その後、五分の休憩を経て一行は近くにあるという観測所を目指し出発した。しかし目的地までの道のりは、もはや獣道どころか道などなく、ラザの記憶を頼りに突き進んでいくのみだった。


「……本当に合っているの?」

「心配すんなって。ほら、あれ見てみろ」


 道に迷ったのではと心配するカーラを他所に、ラザは笑って前方を指さした。彼の指さした先には、瘴気に閉ざされて薄ら見えないが、観測所を四方に区切る柱の一本がすっくと立っていた。


「はぁ~。やっと僕たち目的地に着いたんですね! 疲れた~」

「おいおいネイサン、俺たちの仕事はまだ終わってねーんだぜ? ほれほれライコウ……」

「はいはい。分かってるって」


 切り開かれた敷地に入り、ファウストに急かされるように柱の側に立たされたライコウは、苦笑いしつつ前方に手を翳した。


「祓い給え……〈浄化フェブリオー〉」


 これまでと同様、立ち込めていた濃い瘴気は瞬時に打ち消されていく。そうしてすべての瘴気が祓われた時、


「っ!」


 ライコウは弾けるように腰に下げていた魔剣【乾光】を引き抜いた。



 ◇◇



「よお、待ってたぜ」


 一切の瘴気が祓われ、見通しの良くなった観測所の前には、ひとりの男が待ち構えていた。

 男は一見すれば柄の悪い冒険者、いや傭兵崩れと言った方が近いかも知れない。()()()()()()を纏わなければ、ただの破落戸ごろつきだった。


「何もんだ、おまえ……」


 剣を抜いたライコウに続くように、三人の護衛者たちは武器を構え、ラザとカーラを庇うように前に出る。

 彼らは別にライコウが剣を構えたから構えた訳ではない。この目の前の男が何者か分からずとも、彼らのトップランカーの勘、武芸者の勘が危険だと知らせていた。


「何者だって? おいおい、お前らは人に名前を尋ねるとき刃物をチラつかせるものなのか?」

「時と場合によるな」


 クックッと、薄気味悪く笑う男に向かってライコウが静かに前に出る。彼の背後では、頭を低く下げたハクが恐ろしげな唸り声をあげていた。


「お~? お前が話に聞いた聖霊騎士サマか。相棒といい、手下といい。お前には随分とこの俺に借りがあるようだな」

「相棒……そうか。お前があのサソリ野郎のか。あいつには無駄に手を焼かされて参ったよ」


 互いに睨み、殺気を飛ばし合い、二人にしか分からない会話をし始める彼らに、護衛者の三人は男を警戒しながらも困惑する。


「ライコウ、私たちは……」

「動かない方がいい。あの男は()()()()上の邪魔デーモンだ。この前の寄生魔パラサイトのようには行かない」

「…………」


 彼の背中から何かを感じ取り、サファイアは思わず口をつぐむ。今まで見たことのない彼の様子に、如何にこの状況が深刻なのか、彼女は思い知らされた気がした。


 そんなやり取りを眺め、話を聴いていた目の前の男は嬉しそうに高笑いし始めた。


「そうかそうか。やっぱりお前らが俺の配下を殺った犯人か! いけ好かない奴だが、教えてくれたあの仮面には感謝しないとな。ま、その前に……だ」


 男は笑って指を鳴らすと、


「くっ!」

「これは……!」


 地面が激しく揺れ、爆音轟かせて巨人たちが姿を現した。男の前に二体、一行の背後に二体。計四体のサイクロプス・ディグが地中から這い出し、一行を脅かすように囲い込んだ。

 だがファウストは不敵に笑った。彼は胸を張り、拳を強く突き合わせ、魔力を更に高める。


「へっ! 巨人なんざ見せられて、俺達がビビるって思ってんのか? トップランカー舐めんなよ!」

「フン。俺がいつ、今遊ばせるって言ったよ」


 顎を上げた男が見下した目付きで嗤うと、


「えっ、何……きゃあああっ!」

「えっ、あっ、うわあああ!」


 いつの間に仕込んでいたのか。ラザとカーラの足元に忍び寄っていたつるが、二人の悲鳴と同時に全身に絡みつき、男の元へと引きずり込んでいく。


「「助けて(くれ)!!」」


 一瞬、ファウストは目の前で何が起きたのか分からずにいた。が、彼はとりあえず思考よりも先に強引に身体を動かし、すぐ近くにいたラザをむんずと掴んだ。


「ふんぬううう! サファイアアア!」

「はああっ!」


 彼と同じく、咄嗟にカーラの腕を掴んでいたサファイアは、大剣【ほむら】を振るい二人に絡みつく蔓を焼き切った。が、


「そんなことで、俺の触手から逃れた~とかおめでたいこと思ってんの?」


 地中から無数のつるが飛び出し、あっという間にカーラに再び絡みつくと、彼女を一瞬にして地中へと引きずり込んだ。


「カーラ!」


 ここまで僅か数秒。息もつかせぬ早業だ。彼女へと伸ばしたサファイアの手が、空しく空を掴む。


「カーラを……カーラをどこにやったの!」

「ハハッ、心配するなよ龍人の女。人質はちゃーんとここにいる」


 男は指を鳴らすと、彼の背後から蔓に絡まったカーラが磔の如く現れた。手足は縛られ、ご丁寧にも猿轡のように彼女の口を蔓で縛っている。


「テメェ!」

「おっと。動くなよ? 動いたらどうなるか……」


 男はカーラを指さし不敵に笑う。新たに一本の蔓がカーラの背後から現れ、彼女の首に巻きついた。蔓はゆっくりとじっくりと締め上げる。カーラは痛みにもがいて暴れようとするが、手足を縛る蔓が許さない。

 苦しみ悶えるカーラを目にして、ファウストとサファイアの両人は激昂しかけるが、ライコウが片手を上げて制した。


「落ち着け。こういう時こそ冷静になるんだ」

「ぐ…………てんめぇ、殺してやる…………!」

「お前らは、俺の計画を台無しにしかけた借りを作ったんだ。お礼のひとつぐらい、しないとな?」

「いらねえよ、そんなもん……!」


 練り上げた魔力を拳に溜めたファウストが、吐き捨てるように答える。彼の他にも、ネイサンとハク、そして怒りに燃えるサファイアがそれぞれ臨戦態勢を整えていた。


「くひっ。そんなこと言って、お礼を受けとる気満々じゃないか」


 ライコウを除き、魔力を高める三人と一頭をじろじろと見て、男は首を傾けた。


「ほう。そこの聖霊騎士以外にも、あの忌々しい力を感じるな……だがお前らは後だ」男は巨人たちへ手を掲げる。「おっと。言い忘れたが殺すなよ? こいつらを殺したら……分かるよな? くひひっ。せいぜい人質を気にかけながら、思う存分遊ぶことだな」


 そう言って高笑いする男は、「殺せ」ではなく「いたぶれ」と言って巨人たちに命令を下した。


「くっ! ライコウ! ラザを!」

「ああ、分かってる!」


 迫る巨人らの元へと飛び出すファウストに応じ、ライコウはすぐに強化型結界〈二重五芒盾ジ・ペンタスクートゥム〉を展開し、ラザを球状の結界内に閉じ込めた。

 蔓が絡み付いたままの彼は、捕まるカーラを見てライコウにすがり付くように壁に張り付いた。


「ライコウ……あんた強いんだろう? 頼む、カーラを救ってくれよ……!」

「ああ、無論だとも。すぐに救ってみるさ」


 強く頷いたライコウは、懸命に巨人へ立ち向かう三人たちを尻目に、毅然とした態度で男へ振り返った。


「そうそう。それだよ」男はライコウを指さした。「俺の最大の懸案は聖霊術を使うお前だよ。笑ってばかりで役立たずの相棒を殺し、俺の可愛い配下を俺が見繕った保養地ごと焼き殺した。……それにの見立てでは、そこの雑魚を殺したところで、お前に生き残られたら計画が確実にパーになるんだと。それを聴いたら生かしちゃおけないよな、フツー?」

「フン。何だか知らないが、他人の評価を鵜呑みにするのは、実に邪魔デーモンらしい馬鹿っぷりだ」

「おっ、言うねえ。好きだぜ、そういう虚勢……」


 男は胸を張り、ゆっくりと両手を広げる。今にも飛び立とうとするぐらい伸ばした時、彼の袖口から無数の蔓が這い出てきた。


「しかしなあ、俺は今、マジで頭にキテるんだ。計画が破綻仕掛けてるってのによ、()()は小娘を殺すなと言うし、俺に『期待してる』とか言うんだぜ?」


 顔面だけでなく、見える肌すべての血管が根の如く浮き立つと、血管から突き破るように無数の蔓が這いだし蠢き、肉体を食らうように男の全身を覆った。


「ダからよ……俺はいマ、大暴れシたい気分ナんだよ!」


 完成につる人形と化した男は、身体から無限に生み出した無数の蔓の触手を蛇のように動かし、ライコウを捕らえ、切り裂き、貫かんと襲いかかった。

 しかし彼はこれを冷静に受け流し、常人には見えないはずの猛攻を、すべて弾き返すどころかバラバラに斬って捨てた。


「ッチ! テメェ、仮面ト同じか? 本当に人間カよ」

「この程度で驚くとはまだまだだな。世にいる剣豪は、俺でも遠く足元にも及ばない程強いんだぜ?」


 ライコウは歩術スキル『瞬進インスタント』で跳ぶように蔓人形の攻撃を避けながら、


「〈炎よ(フランマ)〉」


 聖霊術で炎を生み出し、地面から襲いかかる触手をことごとく焼き払う。そうして間合いが詰まってきた時、ライコウは炎を全身に纏って蔓人形へと突進した。


「ハハッ、馬鹿め。そンなあかラさマな攻撃ガ俺に通用スルかッ!」


 勢い良く突進し、横一線に斬り払った剣を、嘲笑いながら蔓人形はひらりと躱してしまう。しかし、


はなからお前なんか相手にしてねーよ」

「なにぃ!」


 ライコウは剣身に纏っていた炎を斬撃と共に()()()の元へ放ち、彼女ごと張られた蔓を焼き上げた。


「いやっ、いやああっ、あつ……あつ……くない?」


 激しく炎に巻かれたカーラは、当然パニックに陥りかけた。が、不思議と身体のどこにも焼けるような痛みがない。それどころか、どこか心地よい暖かみを感じていることに気づく。


「きゃあっ!」

「よっと。大丈夫か?」

「う、うん。ありがとう……でもこれは……」


 手足を縛っていた蔓が焼け、それによって落ちてきたカーラをライコウはしっかりと抱き止める。未だに炎に巻かれていることに戸惑う彼女を尻目に、ライコウは蔓人形から離れるように後退した。


「いよしっ! これで心置きなくブチのめすぜ! いくぞ!」


 ライコウがカーラを保護したことで、苦戦を強いられていたファウストらが活気づく。彼らは鬱憤を晴らすかのように攻勢にでると、巨人らを押し返し、瞬く間にして仕留めていった。


「ヴルルァッ!」


 サポートとして振舞っていたハクが、とどめに最後の巨人の頭を深々と掻っ切るのを見届けると、サファイアは蠢く蔓人形に向けて大剣【焔】を真っ直ぐ振り上げた。


「あなたは決して許さない。ここで灰になりなさい」


 彼女はアンカーのように力強く地面を踏み込み、【焔】に魔力を注ぎこむ。大剣の剣身が今にも熔け出しそうに灼熱に赫いたその時、渾身の術技が発動した。


「擬の太刀 絶体ノ炎龍斬アブソリュート・フレイム!」


 降り下ろされた【焔】の斬撃は、大地を割れんばかりの衝撃を伴い、炎龍となって蔓人形へ一直線に襲いかかる。


「くひっ」


 嗤う蔓人形は己から龍を遠ざけ逸らそうと、無数の細い蔓を張り巡らせ、幾重にも頑丈な盾を作り出すが、炎龍にことごとく食い破られていく。

 張り巡らしていたのが仇になったのか、火が蔓伝いに燃え広がってしまい、遂に逃げ場の無くなった蔓人形は、怒れる炎に巻かれるに至った。


「ぐわああああッ! 焼ケる! こノ俺があああッ!」


 激しく身体を燃やされる蔓人形。彼は悶えもがき苦しんだ後、ピタリと動きを止め、崩れるように焼け落ちた。


「……終った……のね……」


 未だ残り火があるも、ぶすぶすと煙る残骸を目にしたサファイアはそっと胸を撫で下ろす。


「ですね……!」

「ふぅ~。サファイア、いい仕事したな」


 同じくホッとした表情を見せるファウストとネイサンに笑顔を向けられ、彼女はやっと終ったのだと()()()()()



 が、



「三人とも!」


 蔓人形を挟んで反対側にいたライコウが、カーラを抱き抱えたまま慌てた様子で戻ってきた。


「今から結界を張り直す! 気休めにしかならないが、とりあえず二人と一緒に中に入ってくれ!」

「おいおいおい。お前も見ただろう。あの蔓人形は今焼け死んだんだぞ? 何慌ててんだ」


 何事かと驚くファウストに、カーラを降ろし結界を一度解くライコウは頭を振る。


「残念だがあれは蔓人形フェイクだ。本体は別にいる。それに忘れたのか? 下位ロウ邪魔デーモンは倒せても、それ以上は――」


 突然、彼の言葉を遮るように、彼らの足元の下を何かが這いずる轟音が轟く。


「今の……何……」

「ッチ! いいか、俺が奴を引き付けて出来るだけ時間を稼ぐ。頃合いを見て結界を解くから、全速力でこの場から離れてくれ。いいな?」


 一方的に、有無を言わさずに告げるライコウは、彼らを包み込む結界を張り直そうと両手を掲げ……


「えっ……?」



 突如として、ライコウの姿が消えた。



 強風吹くなか忽然と姿を消した彼に、ネイサンは思わず呆けた声を出してしまうが、今はそれどころではなかった。


「ネイサン! 離れろおおおお!」


 力強く襟を掴まれ、投げ飛ばされたネイサンは後方へ吹っ飛んだ。訳も分からず投げ出された彼は、転げ回るなかで自分が立っていた場所に太い幹――否、異様に太く捻れた蔦が天を突くようにうねる姿を目撃した。


「…………ハッ」


 動揺していたネイサンは我に返り、慌てて周囲に視線を走らせる。目の前の蔦と同じものが見渡す限りに乱立していた。その乱立し暴れ回る光景の中で、ファウストがラザを、サファイアがカーラを連れて弾き飛ばされないように逃げ惑っていた。


「な、何が起きてるんですか……!」

「くひっ。知リたいカ……?」


 ネイサンは声がした方へすぐに視線を向けた。彼はこの直後から、見るべきではなかったと酷く後悔する羽目になった。


「ひっ……」


 うねる蔦たちの間を抜けた向こう側。先ほどまで石積小屋のあった場所。そこには巨大でおぞましい人の顔が、人の顔を象った蠢く蔓の塊が、彼に向かってにんまりと微笑んでいた。


「よぉ」

「ひいいいいいいいいいっ……ひっ……ひおあっ!」


 恐怖で腰が抜けて、彼は思わず尻餅をついた状態で後ずさる。何が何としてもその場から離れようと試みた本能による行動だったが、直後、彼は再び強い衝撃と身体が宙に浮く感覚に襲われた。


「ラ、ライコウさん?」


 一瞬、彼の視界の中にライコウの後ろ姿が映った。羽織っていた白い外套はなく、白鎧の輝きは失われ。鎧はたくさんの土と血と諸々に汚されていた。


 しかし、ネイサンが次に彼を目にする時まで、それ以上ライコウの様子を伺い知ることは無かった。彼と共にどこからか現れたハクが、ネイサンをくわえて蔓を足場に何処かへ連れ去って行ったからだ。



 ◇◇



「くひっ。くひぁはははは」


 地上に姿を表した邪魔デーモンは、目の前の光景に恍惚としていた。


 己を倒したと、己の迫真の演技で騙されていると知らずにホッとしていた馬鹿どもが、一転して必死に逃げ惑うさまを見て彼は嘲笑っていた。


 その中で、邪魔はある少年に目をつけた。少年は気が動転し恐怖に染まりかけていた。恐怖に染まる魂は魔族にとってご馳走だ。恐怖に染まり、生を諦める絶望の一歩手前でようやく魂は極上に熟す。

 邪魔は己好みの恐怖を育もうと、少年を脅かし精神的に追い詰めようとした。しかしそこへ、


「お~? お前、よく生きていたな」


 恐怖で半べそをかく少年の前に、白鎧の男が庇うように現れた。先ほど邪魔が不意打ちで空中へと弾き飛ばし、次いで触手つるごと地面へ叩き潰したはずの聖霊騎士だった。


「まぁな。俺は不死身なんだ」


 彼は弾き飛ばされた直後から状況を把握し、叩き込まれる直前で結界〈五芒盾ペンタスクートゥム〉を自身に張って衝撃を出来る限り和らげていた。

 いくら高性能の鎧を着用しようとも、身体に伝わる衝撃は防ぎようもない。結界を張らなければ、ライコウは即死級の衝撃を受けていただろう。


 頭から血を流すライコウは、不敵に笑んでみせながら〈アイテムボックス〉から銀槍【蒼炎】を取り出し構えた。


「不死身、か。くひっ。そレで、ソんなボロボろの姿デ何が出来るンダ?」


 ひたすら蠢く巨大な顔が、彼を向いて嗤いだす。


「聴いテイたぞ。『俺ガ時間を稼グ』? くヒャはっ! 無駄だ無駄ダ。俺が何故こノ地ヲ()()に任サレたのか。分かラナいようなラ見せテヤル」


 そう言って邪魔は、彼らがいるこの場をぐるりと囲むべく、魔樹の森の中から新たに巨大な触手つるを生み出した。隙を見て逃げていた他の者たちの前に、触手は外に逃がすまいと鈍重な音を立てて立ちはだかる。


「どうダ! オ前らハもう逃ゲラれなイ!」邪魔は高らかに宣言する。「オ前らハここデ恐怖に染マりなガラ、俺ノ苗床としテ死に逝くノだ! くひっ。くヒャはっ! くヒゃはははは」

「……一部、解除」

「あ?」


 ボソリと。何かを呟いたライコウに邪魔は気を取られた。が、邪魔が視線を向けた時には彼は居らず、あるのは光漂うもやと強烈な忌々しい……


「グ、おおおおおおおお!?」


 大きく蠢いていた邪魔は、顔を構成する蔓をごっそり削られて後方へ大きく吹き飛んだ。削られた蔓はバラバラに飛び散り、そのすべてが蒼白い火によって灰へと変えられていく。


「……言いたいことはそれだけか?」


 蒼白い炎を身に纏ったライコウは、燃え盛る銀槍を振り回す。


「お前にはしばらく、俺に釘付けになって貰おうか」


 そうして彼は邪魔に微笑みを――『狂奔フィーレス()微笑スマイル』を見せつけた。


「――――ぬグッ!?」


 ライコウの思わせ振りな発言を聴いて、邪魔はすぐに他へと意識を移そうとするも、すべての意識を彼に向けるよう強制されるのを感じた。


「挑発スキルか……良いダロう! オ前を殺シてからモ決して遅くハない」


 自信満々に意地悪く嗤う邪魔は、ライコウ目掛けて大木並みの蔓を叩きこむ。その度に大地は激しく揺さぶられ、何もかも微塵にして土煙ごと巻き上げていく。


「はあああッ!」


 対するライコウは襲いかかる蔓を掻い潜り、蔓を足場に【蒼炎】を振るって斬り開く。時折避け損ねて弾き飛ばされるも、彼は風魔術によって次々に襲いかかる猛攻を躱していき、猛然と槍を奮って闘い続けていく……



 ライコウが邪魔デーモンを相手に戦い始めた頃。隙を見て少しでも距離をとろうと逃げていた他の者たちは、目の前で立ち塞がる壁に苦心していた。

 壁は恐ろしく太い蔓が、うずたかく重ねられるようにして出来ていた。一見してよじ登れば越えられそうだったが、これは邪魔の一部。壁から新たに蔓が生え伸び、彼らを捕らえようと蛇の如く首をもたげていた。


「またかこの野郎! サファイア!」

「はっ!」


 非戦闘員の二人を狙おうと、蛇さながらに地を這い忍び寄っていた蔓をファウストが取り押さえ、そこをサファイアが断ち切っていく。

 立ち塞がる壁を切り崩そうとする度に狙われ、二人はこのやり取りを何度か繰り返していた。


「ッチ……全く埒が明かねえな……」

「はぁはぁ、そうね……彼が引き付けているのに……」


 汗をかき、息を切らし始める二人は轟音が響く背後へと振り返る。木々の間から常に吹き付ける土臭い強風が、戦闘の激しさを物語っていた。


「くそっ、こんなところで……」

「ギルさん! サファイアさん! うわっ」


 と、そこへネイサンがハクにくわえられて運ばれてきた。彼は少し乱暴に落とされたが、すぐに立ち上がって四人の元へ駆け寄った。


「ネイサン無事だったのね」

「はい。ハクのお陰で……て、そんなことよりも、皆さん早くここから離れないと!」

「そんなことは分かってるがよ……」


 ファウストが頭を掻きむしりながら、これまでの経緯を説明する。ネイサンは話を聞いてしばらく考え込むなり、ひとつ良さそうな考えを思い付いたと言い出した。


「考え?」

「はい。ここにいる全員の協力が必要なんです」



 ◇◇



「くヒャははははッ! ソの抵抗がイツまデ持つか見物ダナ!」


 荒れ狂う戦場で邪魔の嗤い声が響き渡る。邪魔の言う通り、ライコウの抵抗がいつまで持つかが、この時間稼ぎの肝であった。最初から防戦一方だった闘いは、じりじりと彼を追い詰めていく。


(まだか……)


 顔をしかめるライコウは、空中で身を捻らせながら水魔術〈霧氷フロスト〉を発動、四方から迫る蔓を凍らせ【蒼炎】で切り裂き、出来たブロックを嗤う邪魔の口の中へと叩き込んだ。


 闘い始めてから早十数分。気を緩めぬままの苛烈を極めた攻防のなか、とうに切れていても可笑しくないライコウの体力・持久力は、内より溢れ出す力を使って強引に引き延ばして維持していた。


(まだなのか! 遅いぞネイサン!)


 ライコウはハクからネイサンたちの動きを、こっそり念話を介して報告して貰っていた。何か彼らが対処不能に陥った時に備えて、ハクを介して連絡を取り合おうと考えていたのだ。

 その報告の中で、今彼らが置かれた状況を打破しようとネイサンが何か思いついたと聴き、ライコウはそれに合わせて、一気に攻勢へと打って出る気でいた。もちろん、邪魔の気を逸らさない為だ。


(『狂奔フィーレス()微笑スマイル』を何時までも掛け続けられる訳にはいかない。早くしてくれ――――)


 時間稼ぎと同時に引き付け役として、彼はスキルが切れるだろう頃合いを見計らって、スキルを邪魔に必ず掛け直していた。しかし、繰り返し何度も同じスキルを掛け続けると、掛け続けられる側は耐性がつき、効果がなくなってしまう。そろそろ限界だと彼は感じていた。

 幸い目の前の邪魔はその素振りを見せず、むしろ彼の必死の姿を楽しむように意識を彼だけに向けていた。未だに効果が続いているか、それとも見逃せるだけ自信があるということだろう。


「くっ!」


 邪魔の顔から飛んできた細めの蔓がライコウの片足を捕らえ、太い蔓の上にいた彼を地面に引きずり落とした。彼はすぐさま足に絡み付く蔓を切り、転がるようにして頭上から降り注ぐ太い蔓を回避する。


(おかしい。思っていた以上に強力な邪魔デーモンだ……)


 風魔術〈竜嵐トロンベ〉で周囲の蔓を吹き飛ばし、邪魔の本体が隠されているだろう蔓の顔に、火魔術〈爆炎塊フレアランプ〉を放つ。しかし、邪魔は無数の蔓を駆使してこれを防ぎ、一向に中身を曝す真似を許さなかった。


 ライコウはこの邪魔を最初に目にした時から、邪魔の等級が子爵級ヴァイカウントに相当するだろうと見ていた。

 子爵級といえば中位ミドル邪魔デーモンの最上位。そこそこ上の邪魔だ。力を一部解放した今のライコウならば、倒しうるクラスだ。


 それがどうして、今ではじりじりと追い詰めてられている。その上、ここまで大規模に能力を行使するなど、中位邪魔では出来ない力業をこなしていた。


(こいつ、そういえば色々言ってたな……)


 歩術スキル『瞬進インスタント』で回避し、回復薬ポーションで持久力の回復を促しながら逃げ続ける。邪魔がそろそろ限界なのだろうと嘲笑っているが、彼は尻目に懸けて取り合わない。


(この地を任された……この地……樹海……)


 ライコウは休まず動き続けながら、邪魔の言っていた言葉を思いだし意識の底で考え続ける。


(配下……は寄生魔パラサイト……苗床…………)


 考え続ける。この邪魔の自信は、この力は一体どこから生まれているのか。何を源にして、如何にして力を引き出しているのか。


 彼に向けて投げ飛ばされた魔樹を、水魔術で氷付けにして切り裂いた時、蔓が張り付いた木片が彼の視界に入ってきた。蔓からは、毛が生えたように、細い触手が根を降ろしている。まるで根毛のようだ。


()()()()()? ……っ! まさかこいつ――)


 辿り着いた答えに黙して驚く。目の前の邪魔に悟られないように、ライコウは身体に蒼白い炎をより一層激しく纏った時、待ち望んだ一報が飛び込んできた。


 ((コウ、今からやるよ))

 ((分かった。タイミングを教えてくれ……))


 ライコウは四方と頭上から迫る蔓を再度〈竜嵐〉で吹き飛ばし、手にしていた【蒼炎】を身体の中心に合わせるように突き立てる。


「くヒャはっ! 何をシヨうと俺にハ――――!」


 嘲笑う邪魔の視線はライコウに釘付けとなる。挑発スキルを掛けられたのではない。スキルの効果は切れ、完全な耐性もついた。

 しかし邪魔は視線を逸らすことは出来なかった。目の前の男が、ライコウが、これまで見せたことがないほどの鮮やかな蒼い炎に巻かれながら、両手を突き出し笑っていたのだ。


厳命する(アドゥジュラムステー)……燃やし尽くせ〈地獄の炎渦イーンフェル・トゥルボー〉」



 ◇◇



 激しく土煙が舞い、恐ろしく太い蔓が時々飛ぶ戦場の外側で、ファウスト、サファイア、ネイサンの三人は壁を前にネイサンの考えを速やかに実行に移していたのだが……


「ぬぐう! なんつー硬い蔓なんだ!」


 襲いかかる蔓をネイサンが風魔術で吹き飛ばし、その間に他の二人が術技をもって壁を打ち破る。ラザとカーラはハクの背中に乗り、近寄る触手をハクが生み出す炎によって断ち切る。

 これがネイサンの思いついた方法だったが、想像以上に頑丈な壁は、手練れである二人をもってしても全くびくともしなかった。


「私の術技が通用しないなんて……どうするの?」

「うーん……」


 サファイアに困った顔を向けられ、ネイサンはどうしたらよいか考え込む。


(これは普通の蔓じゃない。あの邪魔の触手、身体の一部なんだ……)


 彼は邪魔の、あのおぞましい蠢く顔を思いだしてしまい、打ち消すように頭をブンブン振った。


(忘れよう、忘れよう……そんなことより、邪魔を退くにはどうすれば。聖霊術は無理だから……)


 ネイサンは必死に考えるが、どうしても思い付かない。彼は次第に頭を抱え始め、混乱しかけた時、一際大きな音が背後から鳴り響いた。


「っ! ライコウさん……」


 森の向こうで竜巻が起こっていた。手合わせの時に見たものと同じことから、すぐにライコウが魔術で起こしたものだと分かった。


「ネイサン、焦らなくていいのよ」


 と、隣にいたサファイアが彼の肩を掴んだ。


「ライコウには申し訳ないけれど、今は彼が時間を稼いでくれてるわ。だから冷静に考えて」

「そう……ですね。焦ったら余計に時間とりますもんね」


 一緒に考えましょう。と言うサファイアと共に何か手はないかと考えていると、


「あっ! ねぇ、最初に瘴気を浄化した時なにか話してたでしょう? その時彼、なにか言ってなかった?」

「さっき……?」


 きょとんとするネイサンは、彼女が何を言っているのか分からず首を傾げていた。が、頭の中で電撃に打たれたかのように突然思い出した。


「そうだ力! 力ですよ! 力が足りないんですよ!」

「ネイサン?」

「どうしたんだ突然……」


 いきなり『力』だと叫び出す彼に、顔を見合わせていた二人だが、この壁を突破するには聖霊の力が必要だと力説され次第に納得したように頷きだす。


「ライコウさんが言っていたんです。僕らが上手く力を引き出せていないんじゃないかって。正に今がそうなんですよ。だから……」

「だから、より意識して力を引き出して、術技に乗せればいいってことか」

「分かったわ。やってみましょう」


 三人は頷き合い、今度は深く集中してから突破を試みる。彼らは自身の内側へと意識を向け、儀式の際得られたあの感覚を思い出す。

 奥底から湧きだし、力強くみなぎる、得も言われない暖かな力。その力の高まりを感じた時、彼らは本来備わった聖霊の力を引き出すことに成功した。


「行ってください!」


 杖を掲げ、ネイサンは風魔術を行使する。吹き起こされた風はこれまでよりも力強く、向かってきた無数の蔓を吹き飛ばし切り刻む。


「はああああっ! 〈三重炎斬(トライフレイム)〉!」

「うおおおおっ! 〈双砕拳デュアル〉!」


 駆ける二人は術技を同時に発動、渾身の一撃を壁に叩き込む。これまでと全く同じ筈だった術技は、聖霊の力によって威力がさらに跳ね上がり、びくともしなかった壁を木っ端微塵に吹き飛ばした。


「よっし! 巻き込まれねぇうちに行くぞ!」


 ようやく突破口を開いたことへの感動もなく、彼らは急いでハクに飛び乗り、森の奥へと逃走する。壁を破壊した以上の騒音が、背後の森の向こう――ライコウの居る方向から轟いていたのだ。

 その方向からは蒼く燃える一本の巨大な火柱が、腰をくねらせるように動いているのが見えていた。急いで離れなければ、巻き添えに遭うかもしれなかった。


「振り落とされるなよ!」


 ハクの駆ける足音に負けずに、ファウストが声を張り上げる。互いに互いを掴み、支え、必死に逃れようとハクに身を任せていた。


 その後彼らは、ハクの駿足によってかなりの距離を開けていた。魔樹の森を抜け、どこにいるか分からない森の中に行き着いた。瘴気が漂ってはいるが、穏やかな雰囲気だ。


「?」


 ファウストの背中に掴まっていたネイサンは、ハクの息や足音の他に、頭上から何かの音がすることに気づいた。初めは聞き間違いかと思っていたが、その音は次第に大きくなっていく。何かが羽ばたいているような音だ。


「…………」

「…………」


 ネイサンは少し頭を上げると、後ろに掴まっていたサファイアと視線が合った。彼女もまた同じく頭上の音に気づいていたのだ。


 互いにアイコンタクトを取り、二人は頭上を見上げると、


「「なっ!」」


 二人は揃って口を開ける。彼らの遥か頭上――生い茂る茂みの更に上空で、アンズーの群れが羽ばたいていた。




また長くなりまして、すみません!(つづく!)

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