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封印の神器アラストル  作者: 彩玉
一章 樹海騒乱
25/29

25.祝福の儀(裏)

「こちらでお待ちください」


 聖堂で一人目の《祝福の儀》が行われようとしていた頃。シスターミリアに連れられたライコウは、階段を上った先にある一室、応接間に通されていた。

 奥にちらりと見える執務室と同様、応接間はシンプルなもので、エメラルドの執務室のような見るからに高そうな調度品は見当たらない。落ち着きのあるこの部屋ならば、いくら長居しても疲れることはないだろう。


 今の彼は、当初着ていた物と異なる青ジャケット・白パンという格好だ。以前、彼が仕事着の予備として〈アイテムボックス〉に入れておいた物を着用している。

 ここに来る途中、彼はみっともない上に失礼だろうと考え、シスターから空き部屋を借りて新しく衣服に着替えておいたのだ。


「お待たせ致しました」


 シスターがピンと真っ直ぐな姿勢をした白髪の老人を連れて戻ってきた。カロッタや、彼の着ているカソックに、赤紫の帯が斜めに入っているからして、この人物がパステル司教なのだろう。

 司教は厳しそうな顔つきをしており、噂通りの生真面目そうな男だ。その実直ぶりが皺の一本一本から感じ取れる。


「貴方様が……」


 司教はライコウの顔を見るなり、一瞬だけ言葉を詰まらせた。が、すぐに平静を取り戻し、何事もなかったように愛想よく彼に近づいた。


「はじめまして。ようこそおいでになりました。私が司教のマリアーノ・オクト・パステルです」

「はじめまして。ライコウ・クラッカートです。この度はパステル司教とお会いできて光栄に思います」

「……それは私とて同じ思いです」


 ライコウは、差し出された皺だらけの手を優しく握った。ただの挨拶だったが、手を握られた司教は深く感じ入った様子で、ライコウの握る手を見つめていた。


「どうぞ、お座りください」


 彼は司教の勧められるままに椅子に座り、司教もまた向かい合うように着席した。


「この度は、このような形で足を運ばせて申し訳ありません。どうか我が非礼をお許し下さい」

「構いません。今の私は暇人ですからね。この地にいる間、お呼び下されば何度でも参りますよ」


 そう冗談めかして微笑み、シスターの淹れた紅茶を一口飲んだ。


「……そう言えば、お願いしたものは用意できましたか?」

「はい。ご要望通り、ご用意致しました。あれは司祭のユイールから手渡されるでしょう」

「有難うございます。ところで、パステル司教はアルカマルの司教を務めているそうですが。どうしてこちらに?」

「それは、あの教会には司教館がないのです。かつて帝国下にあった時代には、宿泊施設と接続されていたそうですが、度重なる戦火で焼け落ち無くなりました。そこで、この地に司教区が置かれた当時より、新設されたホレウム教会を用いているのです」


 過去に何度か同じ質問をされたのか、司教はスラスラと受け応えていた。

 また関連して、周囲の公園が迎賓館跡地・庭園だったとか、三百年前の《津波》を機に、ホレウム教会に騎士団が置かれたなど。軽く触る程度だったが、二つの教会についての歴史を解説してくれた。


 喋り続けて口が渇いたのだろう。司教が紅茶に口をつけた時を見計らい、ライコウは本題を切り出すことにした。


「……それで、パステル司教。私に何か話があって呼びつけたのでしょう?」

「はい。しかしその前に……シスターミリア。こちらにあれを」


 司教がシスターに指示して持って来させたのは、木製の小箱だった。箱の蓋には教会のシンボルが焼き印されている。


「こちらが、グラディウス氏からお預りさせて頂きました『隷時計』です。どうかお確かめください」


 差し出された箱を開けてみると、紫の布に丁寧にくるまれたライコウの銀時計が収められていた。銀時計は変わらず時を刻み続けている。


「確かに。受けとりました」


 彼はその銀時計を取り出し、〈アイテムボックス〉へと仕舞った。その様子を動じることなく見つめる司教は小さく頷いた。


「それでは、本題と参りましょう。この度、貴方様に来ていただいたのは他でもない、樹海に現れた魔族に関するお話です」


 司教は事のあらましはエメラルドから聞いたと前置きしながら、直接戦ったライコウから直接話を聞いて確かめたかったそうだ。

 ライコウは目にしたものを子細に話すと、司教は頷きながら耳を傾けていた。


「そこで私は、この一件をこの地の騎士団に託そうかと思っていましたが」

「聖アグリコラ騎士団は既に出払っていた……」

「はい。そこにギルドからの強い要望も重なり、仕方なく私が、こうして貴殿方に協力して頂いた次第ということです」

「ふぅむ……しかし、貴方様がここに居られたのは正に僥倖というもの。聖霊様のお力添えに感謝しなければいけませんね」


 そう言って、パステル司教は手を握り合わせて感謝の祈りを捧げた。


「パステル司教」ライコウは居直す。

「何でしょう」

「アフマールにおける聖アグリコラ騎士団の動きについてお訊きしたい」


 ライコウは銀時計の所在についてエメラルドから聞かされた時から、司教と会談のチャンスがあると予想して、詳細な動向が判らず終いだった騎士団の情報を司教から直接聞き出そうと考えていた。

 聞き出した上で、派遣先から小隊程度でも樹海こちらに割けないか、打診しやすくなると踏んでいた。


「……今朝までに判明したことで良ければ、お教え致しましょう」

「ありがとうございます」


 パステル司教がまず語った情報は、騎士団とアフマールについてのものだった。


 ホレウムに本拠を置く聖アグリコラ騎士団は、総勢二千名を超える規模の大きい騎士団だ。数ある武装修道会の中では、ゼピュルシア大陸一の規模だろう。

 しかし、所属する戦士の多くは国内外を問わず各地に散っていた。残る商王都メソスチア駐在の団員は六三〇名。うち聖霊騎士と呼べる者は僅かに百名しかおらず、二百名の聖騎士と三百名の従騎士、三十名の非戦闘員からなっているそうだ。


 今回、アフマール東部で発生した魔物の氾濫は、以前より被害のあった醜鬼ゴブリンによる人家への襲撃が端を発していた。

 当初は現地の騎士団員と冒険者らで対応していたが、これまで以上に無いほどに多い数と勢いに押され気味となり、危機を感じた騎士たちは本部への派遣要請を行うに至った。

 緊急の要請を受け派遣されたのは、団長を含めた戦士四百名。魔族に対応できる聖霊騎士全員が出撃していった。


「聖霊騎士はもちろんのこと、聖騎士、従騎士にいたるまで、彼らは醜鬼相手なら苦もなく退けられるほどの実力揃いです。『今回の件は一日も立たず片付けられる。ならば今後、決して襲撃が起きないよう根こそぎ殲滅しよう』そう団長と協議、決定しました」


 次に語られた言葉は、少しでも手を借りたいと考えるライコウにとっては、あまり好ましくないものだった。


「しかし思いの外に、彼らは醜鬼たちに手を焼かされているそうなのです。殲滅に三日とるつもりが六日へと日程を変えたのがその証左。なんでも、普段は居ないはずの大型の魔物を多数連れているそうで、駆除に手間取っているらしいのです」


 普段居ないはずの大型の魔物。それは醜鬼ゴブリンを連れる上位個体の大鬼オーガではなく、作物を食い荒らす牛に似た魔獣ベーモス、翼が生え羽毛に覆われた黒獅子アンズーを指していた。

 どちらの魔獣も普段は他の魔物に与しない。同族であってもあまり群れず、単独行動を好んでいた。にもかかわらず、醜鬼たちに呼応し、死に絶えるまで執拗に襲ってくる。……普通の動物と同じ自己保身を優先する魔獣には、あり得ない行動だった。


「普段ではあり得ない組み合わせに、あり得ない行動ですか……」

「はい。今朝知らされた状況では、平原にいたベーモスはすべて掃討し、残る醜鬼の根城である岩山にて引き続き戦闘を行っているようですが、生き残ったアンズーの奇襲に遭い、膠着しているようなのです」

「そのような状態なら、まだ無理ですね……」


 根城攻略が遅々として進まないことを聞き、ライコウはじっと考えていた。

 彼の傍らからは、空になった二人のカップに、シスターが紅茶を注ぐ音が聞こえてくる。


「…………」


 ライコウはじっと考えていた。

 派遣された騎士団が戻って来そうにない事、ではない。それとは別の、彼の中で引っかかっている何かについて、だ。


(あり得ない……か。そういえば、つい最近も……)


 最近も『普段ならあり得ないもの』を見聞きしたな、と思い立ったところで、彼はあることに気づいた。


「……どうか、なされたのですか?」


 深く考えこむライコウの姿を見て、司教は怪訝そうに尋ねる。

 先ほどまで視線を合わせていた彼が、見えない何かを見ようとしているように、どこか一点を見つめていたからだ。


「もしかしたら……」彼は司教に視線を戻す。「樹海に起きた巨人騒ぎと、アフマール東部での醜鬼による襲撃。この二つに何か結びつきがあるのかも知れない」

「なんですと……! それはまことでしょうか」


 驚いたように目を見開く司教に、ライコウはハッキリと肯定しない、曖昧な態度を見せた。


「あくまでも可能性の話です。この二つのうち片方では既に『邪魔デーモン』が関わっています。残りの方もないとは言えない」

「確かにそうですが、彼ら邪魔に策を講じるだけの知能があるのでしょうか。今に伝承される記録では彼らは暴れまわる狂犬でしかないそうですが……」


 邪魔デーモンは、魔族の中でも狂気に満ちた者たちだ。破壊と恐慌、混沌を望み暴れまわる。いつの時代でも、暴虐でもって人々を震え上がらせる彼らは狂犬とたとえられた。

 その比喩は決して間違いとは言えない。邪魔デーモンは目に見える恐怖を好み、単純さ、特にシンプルな手法である殺人と虐殺を好んでいた。ゆえに、彼らには策略というまどろっこしい手法がとれないと言われている。


「確かに、邪魔どもにはそこまでの知能はない。中には犬畜生にも劣る奴もいる。しかし、それらは純粋な邪魔たちに言えます。……他にも、邪魔に成りうる者がいるでしょう?」


 言われて司教は考える。瘴気から生まれる邪魔以外に邪魔になり得る存在とは――。


「……『邪魔堕ち(フォールン)』でしょうか」


 ライコウは頷く。「その通り。『邪魔堕ち(フォールン)』つまり『はずれ悪魔』は純粋な邪魔のような単純バカとは異なります。彼らは悪魔の『人を惑わせる』能力を用いて策士のように振る舞う。純粋バカとは異なる、より大きな恐怖を望むのです」


 同じ魔族でも、悪魔と邪魔では大きな差が存在していた。それは能力といった個体の差ではなく、文化や社会性といった種族の差だ。

 邪魔は恐怖と絶望、それを実行しうるだけの力、自身の能力の向上に執着する。また、彼らは徒党を組むことがあっても、指導者の下で従順に振る舞うことはない。あったとすれば、それは太刀打ちできない強者を前にした時だ。

 対する悪魔が好むのは、何も恐怖心だけとは限らない。嫉妬心や強欲心など、人の行きすぎた負の心を好む。人の心の隙間につけ入り、『魔がさす』よう仕向ける。人と同様に社会性のある秩序を望み暮らすからこそ、人の心が手に取るように理解できるのだ。


 厄介さで言えば、暴虐好きの邪魔よりも、知恵者の悪魔の方が遥かに上と言えるだろう。

 そんな悪魔が邪魔に『堕ちる』ということは、知恵者が暴虐を好み始めたということに他ならない。完全に堕ちれば知能もまた落ちるが、小悪人並みには頭が回る。厄介さはグンと下がるも、面倒には違いない。


「その『邪魔堕ち(フォールン)』が関わっている。騎士団をアフマールへとおびき寄せた、というのですか」

「あり得なくはないでしょう? 何せ聖霊騎士が百人()いる。先程貴方の言った通り、彼らが手練れ揃いだというなら、たとえ高位の悪魔でもじゅうぶん脅威と感じるでしょう」


 騎士団に所属する、聖霊騎士の本来の人数から比較すると、ホレウムに残る数は圧倒的に少ない。

 しかし対魔族において、攻撃系統をメインに幅広い聖霊術を修めた聖霊騎士ひとりの働きは聖騎士十人分に相当し、四人揃えば聖霊術〈清浄の嵐(テンペスタス)〉を発動できる。


 聖霊術〈清浄の嵐(テンペスタス)〉は広域型の浄化術だ。ライコウが先日放った〈破滅の豪矢(ペルディティオ)〉と系統と効果が異なるが、瘴気や下級邪魔を一掃する時によく用いられる。

 樹海に蔓延する瘴気すべてを祓うには、時間も手間もかなりかかるが、魔族の勢いを殺ぐならかなり有効な手段には変わりない。


「ただ、邪魔たちが聖霊騎士をこの街から排除する目的が分からない。彼らが何を狙っているのか……」

「それは《津波》を引き起こそうとしてのことではないでしょうか。聖霊騎士の横槍がない今、絶好の機会と言えるかもしれません」


 司教の言う通り、現状では《津波》の誘発こそが狙いだと言えるだろう。

 樹海の魔物たちを瘴気によって狂わせ、どこからか連れてきただろうサイクロプス・ディグを攻城兵器として煽動して、この城壁に囲まれた王都を襲撃する。

 じゅうぶんに考えうる最悪のシナリオだった。


(……だが、本当にそれだけだろうか)


 ライコウは司教の考えを肯定しながらも、どうしても腑に落ちなかった。

 何かしらの根拠がある訳ではない。長年培ったのようなものだ。だが単に疑り深すぎる、考えすぎるのかも知れないと、彼は考えを腹の底に押し込むように紅茶を飲んだ。


「……ですが、彼らからすれば『誤算だった』でしょうね」


 それまでの厳しい表情が安堵に変わったような、穏やかな視線で司教はライコウを見据える。


「まさか、『多重受護者(アマデウス)』が聖霊騎士たちと入れ代わるように入ってきたとは、露ほどにも想像出来なかったでしょうから」

「安心するには気が早いですよ。もちろん協力しますが、私は()のように振る舞う気は……ん?」


 そう言ってライコウは、司教に釘を刺そうとするが、廊下に響き渡る早足の足音に気をとられた。足音は次第に大きくなり、彼らがいるこの部屋の前で止まった。


「パステル司教。バートルードです。少しよろしいでしょうか」


 ノックの後に続く女性の声――バートルードと名乗る女性が司教を訪ねて来たようだった。司教はシスターに応対するよう指示した。


「シスター。パステル司教は居られますか?」

「司教は居りますが、今、来客中なので……」

「来客中……? そうですか。では終わるまで外で待たせてもらいます」


 廊下での会話が済み、シスターは扉を開けて戻ってきた。入ってくる彼女の頭越しにちらりと人影が見える。甲冑を着た茶髪の女性だ。


「……彼女は?」

「彼女は聖騎士ルナ・バートルード。聖騎士・従騎士百人からなる守備隊を束ねる隊長です。今は騎士団の団長代理を務めています」

「その守備隊長が訪れたということは、何かあったのかも知れませんね……」


 ライコウは扉から目を離し、司教に視線を向ける。


「さて、パステル司教。あまり長居をして彼女を待たせ続けるのも何ですから、二言三言言って帰ります」

「そうですか。私としてはもっと貴方様とお話がしたかったのですが、そのように仰るのであれば、致し方ありませんね」

「有難うございます。では、司教にお願いしたいことがあるのですが……」


 ライコウは現状考えうる最悪を想定して、司教にいくつか頼みごとをした。わざわざ言われなくとも司教ならば手を打ってくれるだろうが、念押しとして言う。


 ひとつは国王への報告。残留するニ百人の戦士たちがいかに強力でも、圧倒的な数には太刀打ちできない。当然、軍との連携が必要だ。

 そもそも教会やメソスチア支部の間だけで共有していい話ではないが、魔族に懐疑的な者が政府にいたとしても、影響力の大きいパステル司教の言葉ならば無下にできない。


 もうひとつは国内にいる聖霊騎士の召集。アフマールに派遣された聖霊騎士を除く、各地に散った者たちを少しでも充てる必要がある。


「国外、樹海に面する諸国にいる聖霊騎士たちにも周知致しましょう。すでに他の教区長たちに邪魔出現に関する書簡を送っております。さらに使者を送れば迅速に対応してくれるでしょう」

「……そうでしたか。では司教にお任せします」


 エメラルドから話を受けてから、一日も経たない間に迅速に対応したパステル司教の手腕に、ライコウは舌を巻く。

 彼の対応力は《津波》に曝され続ける街の教区長だからこそなのか、それとも彼個人の力なのか。いずれにせよ、とても頼り甲斐がある人物だ。


「それと、引き続きギルドと派遣団との連絡を取り続けてください。緊密な連携こそが、魔族への最大の打撃になるでしょう」

「はい。そのように致しましょう」


 ライコウは頷くと、紅茶を飲み干し席を立つ。話すべきことは話した。今は長居は無用だ。


「他の皆さままでの道案内は、シスターミリアにさせましょう」

「どうも有難うございます。ですが、道は覚えていますし、私は独りで大丈夫ですよ」


 彼はシスターの帰り道までの案内を断り、部屋の入り口近くに近づく。


「それではクラカッカート様。いずれまたお会いしましょう」

「はい。いずれまた」

「クラカッカート様、またのお越しの際には私のローズパイを振舞いましょう」


 そう言うシスターの言葉に、忘れていたとばかりに司教は思わず相好を崩す。


「そうでした。その時はシスターミリアのローズパイをご馳走致しましょう。彼女の作るローズパイは絶品なのですよ」

「はい。楽しみにしておきます」


 ライコウは彼を見送るシスターミリアと司教に一礼して部屋を出た。扉の脇にて直立不動でいる女騎士バートルードと視線が合う。


「待て」


 彼女に背を向け、独り歩き出すライコウをバートルードは呼び止めた。


「なんでしょう」

「その身に溢れ出る高い魔力……貴殿は受護者だな? 見かけない顔だが。どこの聖霊騎士だ」


 やや不遜な物言いをする彼女を、ライコウはじっと横目で見つめた。


「……なんだ? 私の顔に何かついてるのか?」

「……いいえ、ついてませんよ。それと、俺は聖霊騎士ではありません」

「聖霊騎士ではない? それでは……」


 と、何か言おうとした女騎士の前に、扉を開けたシスターミリアが現れ二人の間に分け入った。


「バートルード隊長、お待たせしました。どうぞ中へお入りください」


 彼女はシスターに促され、司教のいる部屋へと入っていく。が、彼女は最後までライコウへの視線を外すことはなかった。



 ◇◇



「おおお、力がみなぎって来たぜ~!」


 《祝福の儀》を終え、内陣から降りたファウストは腕を曲げ伸ばしする。サファイアが感じたような不思議な力をその身で感じ取っているのだ。


「これにて《祝福の儀》は終了とさせて頂きます。皆さまご苦労様でした」

「司祭のお三方、大変お疲れ様でした」

「ご協力に感謝します」


 儀式の終わりを告げるユイール司祭らに、エリシアは労いの言葉を、エメラルドは礼を口にする。

 するとユイール司祭は、我々はただ司教に命じられただけで、当然の行いをしたまでだと微笑んだ。他の司祭も同じくと頷いている。


「それと、お二人には渡すものがあります」


 彼は聖堂内に置かれたテーブルから、二つの長方形の箱を持ち出してきた。

 司祭は蓋を開け中身を見せる。中には純白の帯が収められていた。聖霊教会と聖アグリコラ騎士団のシンボルが刺繍されている。


「これは?」

「これは〈みそぎのストラ〉と呼ばれるストラです。樹海調査に行かれるという調査員の方々にお与えください。このストラには、瘴気から身を守る結界と浄化が施されているのです」


 ユイール司祭が提供した〈禊のストラ〉は、聖職者が身につける祭儀用のものではなく、聖職者が直接、瘴気に満ちた地へ赴く際に用いる防具の一種だった。

 ストラには、特集な方法で聖霊術の結界と浄化の術式が編み込まれ、それ自体が魔道具として機能するアイテムだ。首に掛けるか、掛けた状態で胴に巻き付けて着用する。


「よろしいのですか? お借りしても」

「はい。これもパステル司教のご指示によるものです。どうぞ気兼ねなくお使いください」


 箱を受けとり尋ねるエリシアに、彼は変わらず微笑んでいた。


「あれ、ライコウは……?」


 沸き上がる力への気持ちが落ち着き、ふと周囲を見渡したサファイアは、いつの間にかライコウが姿を消していたことに気づいた。


「そう言えば居ませんね……どこに行ったんでしょうか」

「うーん。側廊に……って居ない。ちょっと訊いてみるわね」


 サファイアとネイサンは、ライコウを捜して聖堂内を見回っていると、


「何してんだ? かくれんぼか」

「……いくら僕がまだ子どもでも、聖堂で遊びませんし、そもそもかくれんぼなんてしませんよ」

「悪かったって。そんなに睨むことはないだろ。で、何捜してんだ?」

「……何って、ライコウさんが居ないんですよ」

「ああ」ファウストは遅れて気づく。「奴さん、どうせ便所にでも行ったんだろ。そんなに気になるならエリシアに聞いてみたらどうだ?」


 ちょうど話を終えたエリシアを指さすも、当の人物が彼らの背後から現れた。


「終わってたみたいだね」

「わっ! いつの間に! どこ行ってたんですか」

「うん。ちょっとお手洗いに」

「ほれ見ろ。俺の言ったとおりだ。で、何で着替えてんだ? まさか引っかけたのか」

「何でだよ。おっさんと一緒にするな」

「俺は引っかけねーよ」


 ファウストたちの会話が耳に入り、ライコウが戻ってきたことに気づいたエメラルドは、同じく気づいた女性二人とともに、箱を脇に抱えて近づいてきた。


「よっ、戻ってたか。どうだった?」

「聞いていたよりも、ずっと柔和だったな。色々と話も出来たし、彼自身、頼りになるだろう」

「そうか。で、騎士団の方は?」

「芳しくない。だから人員の補填を頼んできた。今後はそっちの負担が軽くなるよう協力してくれる」

「それは願ってもない朗報だ」


 何の話かと首を捻ている、事情を知らない三人を放置して、彼らはさらに話を進める。


「そっちは滞りなく済ませたようだな。よかった」

「いや。儀式は無事に済んだんだがよ、途中邪魔があった」


 ファウストが会話に割り込む。少し不満げな顔つきをしていた。


「何かあったのか?」

「ガードレールとか言う女騎士が」

「ガートルードよ」サファイアが訂正する。「団長代理を名乗る女騎士が来て一悶着なりかけたの。でもすぐに出ていったわ。すごく失礼な人だった」


 同じく不愉快そうな彼女を見て、エメラルドを除く全員が同意するように頷いていた。


「俺も執務室前でさっき会ったな。聞けば、彼女は守備隊の隊長らしい」

「隊長か~。てことは強いんだな」ファウストはにっと笑う。「今度会ったらどっちが上か、拳突き合わせて思い知らせてやるぜ。見下したことを後悔させてやる」

「ギル。あなたが言うと犯罪臭しかしないわ」


 ライコウが合流し、改めて司祭たちに礼を言った後の帰り際。


「是非、私たちの転移室をご利用ください」


 会館まで歩くには時間がかかるだろうと、ユイール司祭の厚意で、教会の転移装置で支部に送ってもらえることになった。

 教会の職員とエリシアによって、支部と教会、ふたつの転移装置の同期を済ませ、一行はようやく支部へと戻った。


「ふい~。腹ァ減ったな。支部長ギルマス、何か奢ってくれよ」

「はあ? 何で俺が」


 メソスチア支部の転移室には、元からいた支部職員の他に、ライコウ、エメラルド、ファウスト、の三人の姿があった。彼らは後からくる三人を待っている。

 教会のとは異なり、支部の転移装置が旧式なものだけあって、一度の転移に送れる最大定員数は四人だった。そこで、六人を半分に分けて転移することにしたのだ。


 ファウストはライコウの肩に腕を回し、さも当然かのように彼に指を指した。


「そんなもん、コイツへの詫びだよ。あんたの我が儘に付き合わされたんだ。それぐらいしてくれたっていいだろう」

「……そう言って、俺をダシに使ってあんたが食べたいだけだろ」

「良いじゃねえか。払うのは支部長だ。せっかくの賭けは流れちまったし、ちっとは協力しろよ」

「おいおい。俺はまだ奢るとは言ってないぞ……」


 その後、遅れて転移してきた女性陣による強いアシストにより、エメラルドはレストラン《兎馬亭》にて全員分の昼食代を支払う羽目となった。



 ◇◇



 思いの外、親睦を兼ねた昼食会が盛り上がった――主に思春期真っ盛りのネイサンが犠牲となった――為、ライコウが宿に戻ったのは日が暮れだしてきた頃だった。

 彼と同じく、ファウストもまた天晴亭に泊まっていたが、彼は寝込んだ友人を見てから帰ると言って一緒に帰宿することはなかった。


「ワフワフッ!」


 柔らかな灯りが点いた宿の玄関扉を開けた時、真っ先に彼を出迎えたのはハクだった。

 昨日とは異なり、いきなり飛び付くような真似はしなかったが、それでも嬉しそうに尻尾を振り、跳ねるように小躍りしていた。


 ((コウ、おかえり! 遅いよ!))

「ただいま。待ってたのか……ん?」


 頭を押し付けるように甘えてくるハクを撫でていると、ハクが首に赤い首輪をしているのに気づいた。よくある革製のものではなく、手編みの可愛らしいものだった。


「お帰りなさい!」

「お帰り~」


 そこへ、ビール瓶を持ったマリアが厨房から現れた。何かの料理が盛られた皿を持ったエリーも一緒だ。

 ライコウはカウンター席に座ったエリーの隣に座ると、他の客にビールを届け終えたマリアがカウンターに立った。


「ライコウさん、預かったものは全部部屋に置いておいたから。後で確認してね」

「分かった。ありがとう」

「何食べる?」

「今はとりあえずビールだけでいいかな」


 ライコウはそう注文すると、彼の隣の空席にハクが飛び乗った。ちょこんと器用に座っている。


「ねね。どう思う?」

「っ! 何が……」


 満面の笑みで顔を近づけてきたエリーに、ライコウは反射的にやや仰け反った。

 彼女の顔があまりにも近く、それに驚いてしまっての行動だったが、どうやら彼女は気づいていないらしい。


「何って……気づかなかった? 首輪のことよ」

「……ああ、それか。気づいてたよ。可愛いよね」

「でしょでしょ!」


 彼女は嬉しそうに頷く。「実はね……それ、私が作ったんだ~。今のままのハクちゃんも凄く可愛いけれど、やっぱり女の子だし、ちょっとくらい着飾った方がいいかな~と思って瞳の色に合わせてみたんだけど。迷惑だったかな……」

「そんなことないよ。むしろ、そこまでハクを気にかけてくれて、有難いくらいさ」

「当然よ! こんないい子そうそう居ないもの!」


 出されたビールを飲みつつ、ハクへの愛情を熱く語りだすエリーの言葉を、ライコウはぼんやりと聞き流していた。


(明日から調査か……)


 彼は三日の間に行われる、先遣の樹海調査について考えていた。

 聖霊の加護や浄化アイテムと、集団行動をする上で最低限のものを用意できた。が、彼の中ではそれでも足りないと考えていた。


(いざとなれぱ……力を……)


 平穏無事とはいかなくとも、無事に調査を終わらさなければ。そうライコウは独り考えながら、ビールを一気に飲み干した。



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