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封印の神器アラストル  作者: 彩玉
一章 樹海騒乱
13/29

13.宿探しの途中で

 冒険者協会・メソスチア支部の1階フロントフロアは天井も高く結構な広さだ。この支部所の建物自体が大きいのだから当然だが、白を基調としたシンプルな内装に立派な外観も相まって、どこかの美術館か高級ホテルのように見えてしまう。

 フロントの右隣に見える酒場へと繋がる扉のない出入口から、ガヤガヤと聞こえる乱雑な話し声や香るアルコール臭、受付付近に屯する身なりの悪い冒険者たちがいなければ、ここがギルドの建物なのだと全く分からなかっただろう。

 もしかしたら建設当時には全く別の目的で運用されていたものを後に買い上げたのかもしれない。それならばこの場違い感も納得ができよう。


 そんなことを考えながら、ライコウは人だかりが出来ている受付付近の方へ近づくと、ちょうど小さなどよめきが起きた。ここにいる冒険者らは皆一様に視線を上へと向けている。ライコウもその視線をなぞるように上へと顔を向けた。


「………予想はしていたが、想像以上の被害だな。これは」


 受付上部には黒い掲示板が掲げられている。特殊な魔術でも施されているのか、見えない誰かにチョークで書かれているかのように、白い文字が次々に浮きでては最新の情報を流している。今はちょうど現在時までに判明している樹海での犠牲者の内訳と、巨人との関連が表示されていた。


『……冒険者七十八名、木工職人十八名、行政公認の材木商人二名の死亡者と、冒険者十名、木工職人三名の重傷者、冒険者八名の軽傷者を出した。近衛第4軍の先遣隊により回収、確認された死傷者はどれも本日昼過ぎに出現した巨人らによる被害のものだと断定された。第……』


 計一一九名の死傷者。

 1日にこれだけの犠牲者が出たとなれば、いくら普段から魔物が巣くう樹海とはいえ、惨憺たる被害を出したと言って間違いないだろう。


『……商王会議は直ちに全門の緊急閉門および樹海への立ち入りの禁止を決定。今後一週間は北門を除く全ての門の出入りを制限する方針を固めた。また、商王会議は近衛軍将官及び傭兵社ストラグルの担当者を……』


 新たに、続々と追加表示されていく情報は悲惨な被害を告げる数字を消し去り、新たにとられた王政府の動向を伝えていた。樹海の脅威を長年に渡り受け続けているだけあって、行政の対応は素早い。これならば二次被害なども早い段階で最小限に抑えられるだろう。もしかしたら二次被害など起きないかもしれない。


「はぁ……マジか……」

「どうしようか……」


 そんな矢継ぎ早に情報を伝える掲示板を見つめる冒険者らからは、落胆に満ちた溜め息ばかりがあちこちから多く聞こえてくる。彼らにとっては最も被害を出している仲間の冒険者への悲しみよりも、明日を生きるだけの収入を得る機会が制限されることへの失意が大きいようだ。

 街中の安定した職業と違い、危険を承知で魔物を狩っての生活をしている冒険者にとってはこの規制方針は死活問題だ。だが王政府の決定を無視してまで、のこのこ森に入って巨人に狩られてしまうようなミイラ取りのミイラになるつもりはない。不承不承ながらも、現時点では彼らには従うしか選択肢はなかった。


「ちょ、ちょっと失礼~。通ります~」


 そんな彼らを尻目に、受付カウンターに近づくべく声をかけながら人混みを分け入っていく。ライコウにとっても被害への悲しみよりも、今夜泊まる宿を確保する方が大事だった。


「あああっ! いたあ!」


 人だかりを掻き分けて、目当ての受付カウンターまであと二ムールというそんな時、ちょっとした騒ぎが起きた。

 騒ぎといっても何てことはない。誰か女性の大声が、ライコウから見て一時の方向にいる人だかりを飛び越えた向こう側から聞こえてきたのだ。うるさく誰かを呼び続けるその声に、彼の周辺にいた冒険者たちは何事かと声がした方へと顔を向けていたが、ライコウは我関せずとばかりに気にも留めずスルーした。


「いらっしゃいませ。メソスチア支部へようこそ」


 受付カウンターへと辿り着くと、ゆるふわの、癒し系の若い受付嬢が、不安げな表情から瞬時ににこやかな微笑みに切り替わりこちらを出迎えくれた。

 彼女の柔らかな微笑みに、ライコウの背後から、癒される、和む、これで明日も頑張れる……などの感嘆にも似た声が漏れ聞こえてくる。さしずめこの受付嬢は、この支部に通い拠点としている男性冒険者たちのアイドル的存在なのだろう。ライコウ越しに、暖かい視線が彼女に注がれもしていた。


「冒険者のご登録でしょうか?」

「いえ、手頃な宿泊宿を教えて貰えないかと」

「宿泊宿のご紹介ですね。少々お待ちください」


 ゆるふわ嬢はその場で屈むと、カウンター下から厚めの本をよいしょと取り出した。表紙には北街区宿屋一覧と書かれている。彼女はその一覧本を開くとにっこり笑って、


「それではご紹介させて頂く前に、ご希望の条件を教え――」

「……っ……――っと……―――ちょっと!」


 と、受付嬢の説明を遮るように、女性の声が突然割り込んできた。それと同時に背後から、カウンターに寄りかかるライコウの腕を誰かが掴む。後ろを振り返ると、そこには彼の腕を掴んだ人物が、それもどこか見覚えのある少女が立っていた。


「んん? ………ああ! どうも」

「ああ! どうも、じゃなくて。私に気づかなかったの? あんなに大声で貴方を呼んだのに!」

「ん、あれは俺のことだったのか」

「当たり前じゃない。他に誰がいるのよ……」

「名前で読んでくれなきゃ気づきようもない」

「あなたの名前なんて知らないわよ……」


 と、溜め息を漏らしながら答えたのは、樹海外縁で偶然助けた冒険者二人組の片割れ、ハイエルフの少女エリーだった。今はあの時のような全身砂まみれの姿ではなく、同じ革鎧姿ながらサッパリとした清潔感がある。おまけに彼女からふんわりと甘いシャンプーの香りがした。おそらく風呂にでも入ったのだろう。


「そうか風呂………んー……風呂か。入りたいなぁ……」

「い、いきなり何変なこと言い出すのよ……」


 目の前の少女の姿から風呂場を連想して、湯浴みがしたい、疲れをとりたいと口走るライコウに引き気味に困惑するエリーは、そんなことよりも、と言いかけたところで彼女の名を呼ぶもう一人の女性が人混みの中から現れた。


「もう、こんなところにいたのね。いきなり叫んで行ったからびっくりしちゃった」

「あ、ごめんね。思わず体が先に動いちゃって」

「それで。その人が……話に出た彼?」

「そうこの人」


 エリーはライコウの腕を強引に引っ張り、自身の方へ引き寄せると、現れた女性に紹介する。


 エリーと親しげに言葉を交わすこの女性はおそらく彼女の友人なのだろうか。白シャツにジーンズというラフな格好をした、背の高いスラリとした細身の女性だ。白い肌に整った目鼻立ち、深い藍色の艶やかな長髪に、蒼い瞳と同色の輝く目元のが特徴的な美人さんだ。

 鱗、とあるように彼女はヒューマンではない。龍人だ。


 龍人族には二通りの容姿がある。

 一つは、彼女のように目元や首筋など体のどこかに鱗がある以外、人間と外見が変わらない者だ。この者たちの大抵が、瞳か髪と同じ色をした鱗が生えている。

 そしてもう一つは、鹿角が小さく頭部に生え、牛のような耳を生やしている者だ。一見すると獣人族に間違われそうだが、瞳孔は爬虫類のごとく縦に裂かれ瞳の色は黄色い。

 加えて一番の違いが先祖帰り(アーヴォ)と呼ばれていることだ。

 この先祖帰りとは、感情が高ぶった場合において、祖先である龍の頭を発現することを指す。基本的には人の顔かたちに沿った姿が多く、個人差によってまちまちだが、中には完全な龍頭を発現する者もいるという。

 同じ龍人族でありながら、これほどにまで特徴が異なるのは、龍人が人か龍かのどちらに寄っているかにあった。角あり(龍人族のなかでは角が生えている者のことをいう)は祖先である龍神に寄り、角なしは人間に寄っていると云われている。

 だがそういった外見的特徴以外に違いはなく、龍人としての能力に大して差はないらしい。


(見た目、二十歳ぐらいだが……あてにはならないよな)


 目の前にいる龍人の女性は二十代のはじめごろに見えるが、実際の年齢は外見だけでは窺い知れない。隣に立つ妖精エルフ族のエリーと同じく、龍人族もまた長命長寿の種族なのだ。


「貴方がエリーたちを助けてくれた方ですね? はじめまして、私はエリーの友人のサファイアと言います」

「はじめまして。ライコウです。どうぞよろしく」


 ライコウはサファイアとの挨拶を交すと、彼女から差し出された手を軽く握った。彼女の手は白く細い女性らしい美しい手をしていた。

 が、見た目に反して彼女の手のひらは硬く、硬い豆がいくつも出来ていた。彼女は手練れだ。ライコウはそう直感した。


「エリーから話を聞いて是非お礼が言いたくて。私の大切な友人を助けてくれてありがとう」

「いいってことさ。当たり前のことをしただけだ」


 正直ついでだった。という本音を飲み込み、大したことはしていないという態度をとるライコウに、二人は顔を見合せ、「ね、言った通りでしょ」とエリーが言い、「そうね。ふふ」とサファイアがにこにこと笑っていた。

 自身について言われているのだろうが、ライコウにとっては何を言っているのかさっぱりだった。


「ねぇ、良かったら今から一緒に飲まない? ちょうどあっちに行こうとしてたの」エリーは酒場を指差し、「あのあと森で何があったのか聞きたいし」

「それについて私も興味があるわ。樹海の状況を知りたいの」

「あー……すまないんだが」ライコウは申しなさげに「また今度にしてもらってもいいか?外で連れを待たせていて。それに今から宿探しをしようかと」

「宿? どんなのが良いの?」サファイアは少し小首を傾げ訊ねる。

「飯が美味くてリーズナブルなのを。あと公衆浴場の近くがいいね」

「それならうってつけの宿があるわ」エリーは胸を張り「私の泊まってる宿とかどう?」

「それ良いわね。私も彼処ならオススメするわ」

「エリーさんとこの?」

「エリーでいいわよ。……そう、私のとこの宿。出される料理は絶品だし、それに」

「それに?」

「それに……」


 彼女はまたももったいぶってから楽しそうに小声で囁いた。部屋にお風呂が付いてるの、と。

 周囲は割と騒がしく、小声では聞き取りにくい環境であったが、その言葉は先程までライコウが欲していたものであったからか、不思議と明瞭に聞こえた。

 お風呂。恋しいお風呂。もう二日は入っていない。嗚呼、お風呂。とまあ内心テンションが急上昇するライコウではあったが、途中から急速に冷静になり始める。風呂付きの部屋だなんて高いのでは、と。


 ここメソルド王国を含む西側諸国では、個人所有の浴室というのは一般的には馴染みがない。持っているとすれば王族か富豪くらいの資産家ぐらいで、庶民は大衆浴場を利用するのがスタンダードだ。そういった状況なだけに、浴場付き宿でも高くつくのに、各部屋に浴室があるというのは全くリーズナブル感が感じられない。

 この娘は俺をいっぱい食わせる気か。そんな目で彼女を見つめると、思ったような反応が得られなかったのか意外そうに首を傾げた。


「あれ、気にいらない?」

「いやそうじゃなくて。絶対高いだろ」

「全然!」彼女は笑って首を横に振った。「驚くほど安い! って訳ではないけれど。少し値段がするけれど、じゅうぶん安いわよ」

「いくらぐらい……」

「一泊二食で50シャハル硬貨六枚からかな。どう? 安いでしょ。他の人には教えたくないけれど、貴方になら教えてもいいかなって思ったの」


 地域にもよるが、ここ北街区の冒険者向け宿の宿代の相場は、一泊二食の条件で50Shシャハル銀貨二枚・25(ケント)白銅貨三十枚~50Sh銀貨四枚・10c白銅貨四十枚だそうだ。

 50シャハル二枚(または10ギラー一枚)以下の激安宿もあるが、激安店ほど最低限欲しい安眠は期待できない。その相場からみれば彼女のいう通り少し高い程度、だが個室風呂付きとなるととてもじゃないが信じられないぐらい安い。どうしたものか。

 そんな迷いを察してか「嘘じゃない。私も保証するわ」とサファイアも推した。

 彼女はライコウの後ろをチラリと見て、


「ユリアもそうだと頷いてるわ」

「ユリア?」ライコウは突然でてきた謎の女性の名に首を傾げる。

「ユリアって誰……」

「私です!」と、声がした方、受付へと振り返るとあのゆるふわ嬢が手を小さく上げ主張していた。

「私がユリアです」

「ユリアさん……も推すんです?」

「はい! エリーさんを助けて下さった方に嘘はつきません!」


 ふんす、と自信ありげに言われてしまったからには信じない訳には行かない。ここは騙されたと思って行ってみるべきだろう。むしろここまで疑ってしまった自身が情けなく思い、それについて詫びながらエリーに教えてくれるよう頭を下げることにした。

 彼女はいやいや! とパタパタと手を振り、「当然の反応よ! 私もサファイアから教えて貰った時はそうだったし!」気にしないで、とフォローしてくれた。


「それじゃ、今から一緒に宿まで案内するわね。サファイア、また今度ね」

「ええまた今度。その時は彼も一緒に」


 ライコウとエリーはサファイアたちに別れを告げると、泊まる当てのついた宿屋に向かうべく支部所を後にした。すると、呼ぶまでもなくハクが尻尾を振って駆け寄ってきた。こうして見るとただのペットにしか見えない。


「いい子にして待っていたか?」

「ヴォフ!」


 もちろん! と言っているように聞こえる鳴き声を聞き、ハクの頭を優しく撫でていると、いつの間にかエリーが遠巻きにこちらを見ていた。現れた狼に怖がっているかと思えば、手がわきわきしている。どうもそうでもないらしい。


「この()は?」

「さっき話していた連れだよ。相棒のハクだ」

「ヴフ」

「こ、この子が私達を助けてくれた契約獣? なんか想像してたのと全然違う……」

「どんなのだと?」

「具体的にって訳じゃないけど、もっと大きくて恐ろしげな魔獣かと。それがこんな……こんなに……かわいかったなんて!」


 自身を撫で上げるライコウの手に、気持ち良さそうな表情のまま頭を預け、尻尾を振り続けるハクの狼らしからぬ愛くるしい態度(もはや犬)に胸打たれたのか、エリーはワナワナと震えている。

 そんな姿に苦笑しながら触ってみるかと訊ねてみると、返事もせずぞぞぞと瞬時に距離を詰め、頭や背中を撫でていた。普通の動物ならばこの動きに驚いて逃げ出すか怒って襲うかしそうなものだが、さすが魔獣の頂点たる神獣に連なる白金狼(プラチナウルフ)。抱きつかれても全く動じない。どんとこいと構えているようにも見える。


 思う存分堪能したのか、それとも我に戻ったのか。エリーはいきなりすっくと立ち上がると、満足した表情でライコウに振り返り声をかける。


「さて、行きましょうか!」

「よろしくお願いします」

「ふふん、任せといて!」


 上機嫌に鼻歌を歌い始めるエリー先導のもと、ライコウはハクを連れて今夜泊まる宿へと歩き出し、ガス灯の暖かな光に照らされたほの暗い街角へと消えていった。







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