第94羽
アルメさんを加えて三人と一匹になった俺たちはそのまま海岸を歩き、いったんティアたちと合流した。
俺とラーラ以外でアルメさんの顔を知っていたのは、何度かいっしょに窓へ同行したことのあるエンジと、幽霊騒ぎの時にさんざん窓で騒いで迷惑をかけたパルノだけだ。ニナやクレスはもちろん、ティアもアルメさんと会うのは初めてだろう。
しかし初対面でも妙に仲良くなってしまうのが女子という生き物。最初の挨拶を終えて十分もたたないうちに和気あいあいと打ち解けていた。ああいうのって男にはよくわからんよな。
そもそもどうしてこんなところでアルメさんと出くわすことになったのか?
話を聞いてみると、近くに窓が保有する職員向けの保養施設があるらしい。福利厚生の一環だとかで、毎年アルメさんのような独身者は同僚と、妻帯者は家族連れで休暇を利用してこの地へバカンスに来るのが定例となっているそうだ。
アルメさんも例にもれず、年に一回は保養施設を利用しているとか。それで今年は窓の仕事がわりと落ち着くこの時期に有給休暇を使って海へやって来たということらしい。
マジかよ。列車使ってサマーバケーションとかどこのリア充だ!?
さすが半公的機関。待遇の白さがハンパじゃないな。うらやましすぎる。
本当は同僚の女性職員といっしょに来るはずだったのが、急な割り込みの仕事が入ってしまったらしく、その女性職員は休暇をずらして現在仕事の真っ最中。到着するのは二日後になる予定だとか。
すでにとってあった列車のチケットをキャンセルすれば、当然キャンセル料がかかってしまう。「自分に合わせなくても良いから先に行って楽しんでいて」と同僚のすすめでアルメさんだけで先行してやって来たそうだ。
だがやって来たのは良いけれど、保養施設でひとりじっとしているのもつまらない。同僚には悪いが水着に着替えて浜辺へ出たところで例のチャラ男たちに捕まったということらしい。
うーん……。
意外にアルメさんって天然な部分があるのかな?
夏の海でアルメさんみたいな美人さんが水着でひとり歩いていたら、どう考えてもああいったナンパ男たちを引き寄せてしまうと思うんだが……。
自分の容姿が他人からどう評価されているか、よくわかっていないのかもしれない。しっかり者のアルメさんにしてはらしくない話だけど、むしろそういうギャップも悪くない。
「そろそろ宿に戻りましょうか」
すでに日は傾き、西の空がうっすらと赤く色付きはじめつつある。
ティアの言葉に異をとなえる者はおらず、俺たちは帰り支度をはじめた。
正直なところルイを探し回るのでかなり時間を費やしてしまった。考えてみれば今日はまったく海に入っていない。まあ明日も明後日もあるのだ。今日は旅の疲れを癒して明日しっかりと楽しむとしよう。
それになんといってもここは海辺の土地。当然夕食のメニューにも地物がふんだんに取り入れられていることだろう。
いくら冷蔵技術が発達して、普段住んでいる内陸の町でも生の魚介類が食べられるとはいえ、現地での新鮮取れたてには比べるべくもない。お魚大好き元日本人としては否が応にも期待せざるを得ない。
そして料理と同時に楽しみなのが宿の売りでもある露天温泉だ。
満点の夜空を見あげながら湯船につかり、浮かべたお盆で日本酒をキュッっと。ああ、考えただけでも頬が緩んでしまう。
え? 温泉で日本酒とかおっさんくさいって?
うるせえな。いいんだよ、実際おっさんなんだし。前世とあわせりゃ三十は軽くこえているんだから、今さら若者ぶってもしょうがないだろ。
「露天風呂ですか? ステキですねえ。保養施設には普通のお風呂しかついていないのでうらやましいです」
俺たちの会話から露天風呂の存在を耳にしたアルメさんが口を挟んできた。
「でしたらアルメさん。露天風呂だけ入りに来れば良いのです」
「え? 宿泊者じゃなくても利用できるんですか、ラーラさん?」
「宿に到着したときチラッと見ましたが、入口のところに『宿泊者:無料 一般利用者:五百円』と料金が書いていましたよ」
へえ。意外に注意して見ているんだな。てっきり空色ツインテールの観察力は食い気限定で発揮される物だとばかり思っていた。
「それなら……、外部の人間も利用できそうな感じですね。ではせっかくですし、露天風呂ご一緒にいただいても良いですか?」
「もちろん大歓迎っす!」
いやいやエンジ、なんでお前が歓迎するんだ?
ほれ見ろ、ラーラが熟成を通り越して腐りかけたバナナを見るような目でお前を突き刺しているじゃないか。
「楽しみっすね、兄貴!」
そこで俺に振るな!
俺まで巻き添えくらうだろうが!
「ふむふむ……、なるほど。体のラインぴっちりな競泳水着でも崩れないスタイル。まさにボンッ、キュッ、ボンッ! しかもあのぼにぃーんな感じは紛れもない巨乳カテゴリ属のデカメロン! にっしっし……楽しみだね、お兄ちゃん!」
変な笑い方をするな。手をワシワシさせんな! 極めつけに俺へ同意を求めるな!
「いただだだ! 痛いよお兄ちゃん! ニナの頭はスイカ割りじゃないのぉぉぉ!」
とりあえず愛のアイアンクローで妹の頭を思い切り締め付けておく。
なんでこいつの口からは女子社員に嫌われる中間管理職の親父みたいなセクハラ発言がポンポン出てくるんだろうな? ……育て方を間違えただろうか?
ほれ見ろ、アルメさんがドン引きしているじゃねえか。
「え……と……、じゃあ私は夕食が終わったらそちらの宿に伺いますので、これで……」
ああ、安心してくださいアルメさん。エンジのヤツは俺が責任を持って押さえつけておきますんで。そこにいる残念な妹の方は……、ごめんなさい、さすがに女風呂についてはどうしようもないので自分で何とかしてください。もう俺の手には負えません。
アルメさんと別れ、俺たちは各々シャワーを浴びて着替えた後、宿へと戻っていった。
今回フィールズ大会の賞品として宿泊を手配された宿は、規模としてはそこそこ。海辺からは徒歩十分といったところであろうか? 平屋建ての和風建築で周りを林に囲まれ静かな空気を漂わせる、落ち着いた雰囲気の宿である。
宿泊する部屋は畳とふすま、そして床の間で構成された明らかな日本仕様だった。どう考えても日本人転生者の仕業としか思えないその造り。入口脇の記念碑に『創設者 キョウスケ・ハヤシ』などと彫られているのを見れば、もはや何も言う気がしなくなるのは仕方ないことだろう。
和風建築が異世界からもたらされた文化だとしても、すでにこの世界に日本人の大和魂が持ち込まれること三百年あまり。珍しくはあるものの、立体映信などで情報としては広まっているため、世間に受け入れられているのは今さら言うまでもない。
ちなみにこの世界で言う『大和魂』とは『魔改造』と『変態』というある意味日本人の宿痾とも言える気質をまとめて総称したものらしい。なんか俺の知っている大和魂と激しく違うんだが、歴史的経緯があるので今さら俺ひとりが異を唱えても世の中の認識は変わらないだろう。どうにも納得できねえ。
割り当てられた部屋に戻って着替えを放り投げると、俺は備え付けのマッサージチェアにだらりと身を投げ出す。
なんせ肩のコリと腰の痛みは座って仕事をする人間にとって切っても切れない腐れ縁である。とはいえ本格的なマッサージチェアなど買えるほど金銭的余裕があるわけではない悲しき我が身。せっかくだから宿に泊まっている間は、この文明の利器を存分に活用させてもらおう。
おお、そこそこ。
くー、良いね良いね。
うわぁ、気持ちいいなこれ。
なかなかすごいぞこのマッサージチェア。全部屋へ備えつけられているだけに、安物だろうとたかをくくっていた俺の予想を見事なまでに裏切り、非常に良い仕事をしやがりましたよ。
昼間の疲れもあってマッサージを受けながらウトウトし始めたその時、入口をノックする音が聞こえてきた。
「先生、いらっしゃいますか?」
「ああ、ティアか。入っても良いぞ」
失礼します、と言って部屋に入ってきたのは宿が用意していた浴衣へ身を包んだ銀髪少女ティアである。
浴衣自体は白と藍色を基調にした地味目のデザインだが、それすらもティアがまとえばこうも絵になるものかと感心してしまう。ポニーテールを解かれた長い銀髪が背中にかかり、白い肌と相まって浴衣に溶け込み自然な調和を見せていた。
うむ、普段見慣れない浴衣姿……これはこれで良いな。
「どうしました、先生?」
「……いや、なんでもない」
声をかけてきたティアに対する返事が一瞬遅れてしまう。若干見とれていたらしい。
「他のヤツらは?」
「もうお夕食の準備が整うらしいですから、皆さん大広間に移動していますよ」
夕食にしてはちょっと早い気もするが、まあ宿での食事なんてそんなものだろう。
そう思って外を見れば、すでに夕焼けの時間は終わりを告げ、夜の帳が下りはじめていた。
あれ? 気がつかなかっただけで実は宿に戻ってから結構な時間がたっていたらしい。マッサージチェア恐るべし。
「もうそんな時間か。じゃあ俺も浴衣に着替えて行くから、ティアは先に行っていて良いぞ」
「では着替えをお手伝いします」
「いや、そういうのいいから」
だからなんで頬をふくらませるのかね、キミは?
「ではお待ちしていますので急いで着替えてくださいね」
ハイハイ。待たせすぎて俺抜きで先に乾杯とかされていると悲しいからな。急いで着替えますよっと。
ティアを部屋から追い出して、俺は部屋に置かれていた浴衣にそでを通す。
普段着ている服と比べると隙間が多くてスースーするが、ゆったりとして開放感のある着心地に元日本人の俺はなんだか懐かしさを覚える。温泉宿と言ったらやっぱりこれだな。
そそくさと着替えて部屋を出ると、入口のそばでティアが俺を待っていた。
「先に行っていれば良かったのに」
「向こうで待っていても、ここで待っていても、待つことに変わりはありませんから」
そういうもんかねえ? ま、悪い気はしないけどさ。
あまりみんなを待たせるのも申し訳ないから、そのあたり突っ込みは控えてさっさと大広間へ移動することにした。
すれ違う他の客は、俺と並び立って歩く銀髪浴衣少女をたいてい二度見していく。その後で「おい、あれ」とか「男連れじゃなけりゃ……」とか野郎どものつぶやきが聞こえてくるが、いちいち反応するときりがないので俺もティアも完全スルーである。
というか、うちのアシスタントに色目使っているんじゃねえよ。どいつもこいつも油断ならねえな。
とか考えていたらティアがもの言いたげな目で笑顔を向けてくる。
なあティア。やっぱり俺の考えていること見えているんじゃねえのか?
大広間へと到着すると、俺とティアを除いた全員が席に座っていた。テーブルではなく畳に座る座敷である。
うんうん。やっぱり温泉宿と言ったら座敷で食事だよな。テーブルとイスというのも悪くはないが、あれはやっぱり情緒に欠ける。否定するつもりはないが、俺は断然座敷派だ。
えーと、俺たちの座る席は……。ありゃ?
「あ、兄貴。こっちの席はもういっぱいっす」
だよな。見りゃあわかるよ。
エンジたち六人が部屋の端っこにある席を占有している。端っこ良いよな、端っこ。落ち着くし。
問題はその席が六人分で埋まっているってことだ。となりにも席は続いているのだが、そこは別の団体さんがすでに座っている。よって俺とティアが座る席はそこにない。
「しゃあねえな、別の席にするか」
「そうですね。あのあたりにしますか?」
ちなみに座敷内の席であればどこに座っても同じ料理が出てくるらしく、席の指定はないとのこと。なんだかちょっと村八分っぽくて悲しいけど、ひとりきりじゃないからまだマシか。
エンジたちから少し離れた場所に俺が腰を落ち着けると、当たり前のようにティアがとなりに座ってくる。
「ンー?」
それを見たルイが俺の方を見て何やら鳴いたかと思うと、それまでべったりとくっついていたラーラの手を払い、トタトタと走って俺のとなりにちょこんと座る。
「ンー」
座布団に座って俺の顔を見上げ、希少種ゴブリンがニパッと笑った。
なんだこの愛らしい生き物?
「ルイ……! わ、私よりレビさんを選ぶというのですか!?」
この世の終わりを目にしたかのような驚愕を見せるラーラ。
「じゃあ私もそちらに」
かと思えばあっさりと立ち直り、すぐさまルイのとなりに席を移動してくるあたり、自分の欲望には非常に素直な女である。
「えー! お兄ちゃんそっち座るの!? じゃあニナも!」
そっち座るも何も、俺が座るスペース無かっただろうが。相変わらずわけのわからない理屈で妹が俺の正面に席を移動してくる。
「しょうが無いな、姉ちゃんも……」
やれやれといった感じでクレスがニナのとなりに位置替えをしてきた。
「あ、あれ? いや、ちょ、ちょっと待ってくださいよ。わ、私もそっちに……」
あっという間にいなくなった周囲のメンバーを追って、情けない顔をしながらパルノが俺たちの席にやってくる。
「あれ? なんでオレひとりぼっちなんすか? あれ? いつの間に?」
またたく間にボッチとなってしまった黒髪モジャ男が首を左右に振って困惑していた。
しゃあねえなあ。いいからお前もこっち来いよ。
「あ、良いっすか? さすが兄貴。旅行に来てボッチ飯とかヤバイっすから、正直助かるっす」
結局八人全員がいっしょに座ることとなった。
なんだこの意味がないくだり? 最初から八人座れる席に陣取ってりゃ良かったものを……。
「ごめんねティアさん。ルイちゃんがお兄ちゃんの方に行くとは思わなかったよ……」
「いえ、ルイはなんだかんだといって先生に一番懐いていますし、仕方ありません」
呆れた俺のとなりと正面で、自称アシスタントと残念な妹が何やら意味ありげな会話をしていたのがちと気になるんだが……。




