第92羽
「居ねえな……。ったく、どこ行ったんだよアイツ」
俺は海岸沿いに砂浜を探し回っていた。
すでに海水浴客の姿は見えず、周囲に見えるのは地元民らしき格好の人間だけである。
「こんなところまではさすがに来てないか……」
引き返そうとする俺の胸元から、着信音が鳴り響く。
誰かからの連絡か? と思い首から下げた個人端末をのぞき込んだ俺の眼に映る例の『黒い画面』、そして浮かび上がる白い文字。
「ローザか」
《大家さん、あのモンスターを探しているんですよね?》
「ああ。お前、ルイがどこ行ったか知っているのか?」
《ここからもう少し行ったところに、それらしき姿が見えますよ》
「本当か!?」
《ええ、周りをたくさんの人に囲まれていてハッキリとは見えないですけど》
たくさんの人に囲まれている?
「ちなみに囲んでいるのは男か? 女か?」
《男性ばかりですね》
「ちっ!」
愛らしい姿をしたルイのことだ。女の子からチヤホヤされて囲まれることもあるだろう。それならば羨ま――じゃなくて問題ない。
しかし周りを囲んでいるのがたくさんの男、となれば話は変わる。まさかルイを囲んで愛でているわけではなかろう。
俺は足にまとわりつく砂を蹴って、全速力でローザが言う場所へと走る。
五分もかからないうちにたどり着いたその場所には、確かにルイが居た。
そしてローザが言った通り、ルイの周囲をたくさんの男が囲んでいる。
囲んでいるんだが……。
「まあ、確かに男といえば男だな」
海岸でルイを中心にして周囲に人の輪が出来ていた。輪を構成するのは十人ばかりの男たち。その身長はルイよりも十センチから二十センチほど高かった。が、高いと言ってもしょせん比較対象が見た目幼児のルイである。俺からしてみればどいつもこいつもチビばかり。
要するに、男は男でも『男の子』である。
「なんだ、子供のケンカかよ」
息を切らせながらようやくたどり着いた俺は、ホッと肩をなでおろす。
まだ向こうはこちらに気付いていないようだが、声はしっかりと聞こえる距離だ。俺が息を整えている間にも、男の子たちがルイに向けて言っている内容は十分聞き取れた。
「なんとかいえよ!」
「ンー」
「ンーンーばっかりじゃあわかんねえよ!」
まあ、子供同士だから良いってわけでもないか。
聞こえるのは『仲良く遊んでいる』といった感じの言葉ではなかった。
子供同士のケンカに大人が立ち入るのはどうかと思うが、さすがにあの人数差は一方的すぎる。おまけに見たところルイよりも体の大きな子ばかりだ。これなら助け船を出してやっても余計なお節介ではなかろう。
そう判断し、子供達に向かってゆっくりと歩き始めると、子供達の何人かが俺に気付いた。つられてルイも俺の存在に気がつく。
おいおい、なんだその泣きそうな顔は?
お前一応モンスターだろうが。いくら数が多いとはいっても、人間の子供に囲まれたくらいでそんな情けない顔すんなよ。
「ンー!」
よほど心細かったのだろう。ルイはそれまで自分を囲んでいた子供たちの間をすり抜け俺の元へと走り寄ると、しっかりと足にしがみつく。
面白くないのは子供たちだ。大人が出てきたことに少し戸惑いつつも、人数の多さが後押ししたのか、逃げずに俺の方へ近付いてきた。
「なんだよにいちゃん。そいつのしりあいか?」
子供達の中で一番体の大きな男の子がムスッとした顔で問いかけてくる。おそらくこいつが子供達のリーダーなのだろう。
赤茶色の髪を短く切りそろえ、短パンとシャツからのぞく手足は真っ黒に日焼けしていた。地元の子供らしい。
年の頃は八歳くらいか? 魔力が発現しているかしていないか、微妙な時期だな。魔力が発現する前の子供なら俺でもなんとかなるが……、もしこの中に魔力を使える子が何人か混じっていたら逆に俺の方がやられるな。
いくら人数が多いといっても、子供にボコられるとか……勘弁して欲しい。情けなさ過ぎるぞ。
内心の焦りを隠しつつ、表面上は大人の余裕を見せながら答える。
「俺か? 俺はこいつの保護者だ」
「……ほごしゃ? ってなんだ?」
保護者がわからんか……、そうだよな、子供だしな。
「保護者っていうのはな……あー、お父さんとかお母さんとかみたいなもんだ」
「じゃあ、そいつんところのおじさんってこと?」
出た、また俺とルイの親子疑惑だ。
俺ってそんなに老けて見えるんだろうか?
……いやいやいや、相手は子供だ。単に俺がお父さんみたいなものと言ったから、そのまま真に受けているだけだって。
「そんな事はどうでも良い。それよりお前ら、自分よりも小さな子をよってたかっていじめるなんて、ひどいだろう」
子供同士、一対一のケンカなら黙って見ていても良いが、さすがに集団いじめはダメだぞ。
しかしまいったな。こんな時、どういう落としどころにすれば良いんだろ? ケンカの仲裁、しかも子供同士のなんてやったことないし。
俺が内心頭を抱えていると、男の子の口から意外な言葉が出てくる。
「いじめてねえよ!」
「ん? だってお前らルイを囲んで怒鳴っていたじゃないか」
「だってそいつ『ンー』ばっかりでなんもいわねえんだもん!」
よくよく話を聞いてみると、子供たちは単にルイがまともに受け答えできないことにイラだっていただけのようだ。ルイがしゃべれないことを説明してやると、すんなりと納得してくれた。
「じゃあ、おじさんからいってやってよ。そいつがもってるカヌラのかいがら、うってくれって」
「貝殻?」
よく見ればルイの手には網状の袋が握られている。そして袋には、表面が桜色で大きさが三センチくらいの貝殻が詰まっていた。
きれいな桜色だが、これといってなんの変哲もないただの貝殻。俺自身は初めて見るが、その辺の砂浜を探せばいくらでも見つかりそうなシロモノだった。
「いっこ、じゅうえんでかうからさ」
ああ、なるほど。この子たちは桜色の貝殻を集めている。で、ルイがたくさん持っているのに気がついて買い取ろうとした。でもルイはお金なんて興味が無いから交換したくない。でもしゃべれないからそれが伝わらない。で、イライラした子供たちが声を張り上げていた、と。そういうことか。
「ああ、そういうことならお金よりお菓子とかの方がこいつは喜ぶぞ?」
「おかしか? んっと、それじゃあおれのおやつもってくるからそれとこうかんな!」
お菓子、という単語を聞いてルイがパッと顔を輝かせる。現金なやつめ。いや、金よりお菓子を選んだのだから『現菓子』なやつめ、と言うべきか。
俺の足を盾にして陰でおどおどとしていたルイは、スタスタと子供達の方へ歩いて行くと、袋を持ったまま手を突き出した。
「ンー」
はいどうぞ。と言っているのだろう。
その目は『はやくお菓子をよこせ』と訴えていた。
「おかしもってきてからだ。まだそれはうけとらない」
子供達のリーダーは意外にしっかりとした子だった。交換する品が手元にないから受け取れない……と。ふむ、なかなか誠実なやつじゃないか。
「まってろ、おかしもってくる」
そう言い放ち、海とは逆方向へリーダーが走りはじめるのにあわせて、「おれも」「ぼくも」と他の子供たちも散らばっていった。
子供たちが戻ってくるまでの間、俺は個人端末を使ってルイ発見の報をみんなへ入れる。
「よかったです。お迎えにあがりましょうか? それともこちらでお待ちしていた方がいいですか?」
「おおおー! さっすがお兄ちゃん! あとでナデナデしてあげるよっ!」
「ヤッベエ兄貴! 探知能力、神っすね!」
「三分で行きますから! ルイが私を求めて寂しがっているのが聞こえます! ルイ、ルイ、すぐに行きますから待っているのですよ!」
ん? 何?
確か通信機能って俺には使えないんじゃなかったっけ? ってか?
ああ、これか。
そうなんだよなあ。確かに少し前までは音声通信機能なんてもの、俺には使えなかったんだ。
もともと魔力がない俺は、端末にあらかじめ充填しておいた魔力を利用するしかない。
だが端末に溜め込んだ魔力だけでは、機能の全てを使うことなどできないのだ。例え魔力がフル充填されていても、音声通信なんて使ったら一分もたたずに魔力切れとなってしまう。普通は自分の魔力を流しながら使うものだからな。
しかし常時魔力を消費するような機能を除くと、端末に充填された魔力だけで何とかなる場合もある。それは身分証明機能だったり、お財布機能だったり、公共交通機関の切符機能だったり、つまり読み取り装置側で魔力供給がされている場合に限る。
もちろん通信機能となるとそうはいかない。音声通信時はリアルタイムで魔力が消費されてしまう。一方、同じ通信機能でもメッセージ通信は魔力の消費が少ないため、端末に溜め込んだ魔力だけでもそれなりに使用できる。俺の場合、ティアに魔力を充填してもらえば三日くらいは使えていた。
そんな理由で、以前は通信端末での連絡時にメッセージ送信くらいしか使っていなかったのだが……。例の幽霊騒ぎをすぎたころから、いつのまにか音声通信も魔力補充無しで使えるようになっていたのだ。なぜか。
原因はよくわかっていない。
時期的に考えてローザが俺の端末に住み着いたというのがタイミングとしては一番濃厚だが……。ローザのせいで端末の性質が変化したのか、それともローザの魔力が端末に供給されているのか、謎である。
ローザに訊ねてみたこともあるのだが、
《それはそうでしょう。なんたって私、月明かりの一族ですから!》
というわけのわからない回答が得られただけだった。
なんだそりゃ?
みんなに連絡を入れてから三分もしないうちに駆けつけてきたのは、ゴブリン大好きっ子ラーラだ。
海の上をウェイクボードさながらの勢いで、波をかき分けながらやってきた。魔力消費量など知ったことではないといった感じの恐ろしい速度である。無駄なところで高性能な魔女っ子だった。空色ツインテールをなびかせて突っ込んで来る人間暴走機関車に、身の危険を感じて思わず逃げ出しそうになったことは内緒である。
ルイに抱きついて頬ずりをする残念なツインテ魔女を視界の端に置きながら待つこと五分。
やがてぽつりぽつりと子供たちが戻ってくる。思い思いにお菓子を家から持ってきたようだった。
「じゃあ、これとおまえのかいがらこうかんな!」
「ンー!」
記念に持ち帰るひとつだけを除き、全ての貝殻をお菓子と交換してルイはご満悦である。
しかし……、と俺は子供たちが持っているカヌラ貝なる貝殻を見る。確かにキレイな貝殻だとは思うが、そこまで希少な物とも思えない。子供たちがお金やお菓子と交換してまで集める理由がなにかあるのだろうか?
そう俺が口にすると、こんな答えが返ってきた。
「たくさんあつめると、おかねとこうかんしてくれるおじさんがいるんだ!」
ふーん、貝殻の収集家でもいるのかね? それにしたって大量に買い取る必要などあるのだろうか?
まあいいか。俺たちには関係ないことだし。
ちょっとした騒動にはなったが、大きなトラブルは起こらなかった。ルイはお菓子をたくさん手に入れて大喜び。終わりよければ全て良しってところかな。




