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にわにはにわにわとりが  作者: 高光晶
第四章 強いチームには大抵の場合補欠という切り札がいる

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第87羽

「な、何を言ってるんだレビ……君は? 僕はフォルスなんて名前じゃ無いよ」


 いや、お前今レビィって言いかけただろうが!


 遠めがね越しではよくわからなかったが、こうして至近距離で目にするとよくわかる。

 俺よりも頭半分ほど高い身長に、無駄のないすらりとした体型。赤みがかった茶髪は見慣れた色だった。これで赤の他人だったら逆に驚くさ。


「ってことは、やっぱり今ティアと戦っている全身鎧はアヤか?」


 確かフォルスはアヤに同行して旅へ出ていたはず。そのフォルスがここに居ると言うことは、やはり予想通りあの全身鎧はアヤなのだろう。


 アヤのこと、あんた憶えてる?


 そうそう、俺やフォルス達がダンジョンの転移騒動でゴーレム相手に絶体絶命のピンチだったとき、助けてくれたティア並のチート女(多分日本人)だよ。


 あの特徴的な魔法といい、ティアを手玉に取るほどの戦闘能力といい、おそらくアヤなんだろうなー、とは思っていたが、フォルスがここに居るのならその予想もほぼ確定と言って良いだろう。


「下手な芝居はやめろよ。お前フォルスだろう?」


 だが当のフォルスはあくまでもしらを切るつもりだった。


「僕は異邦人の一員、『烈光』だ」


 それは確か、学舎時代につけられたお前の異名だよな。『烈光のフォルス』って。

 俺が向けるジト目に一瞬(ひる)んだフォルスは、ごまかすように言い放つ。


「と、とにかく君に恨みは無いが、これも試合だからね。観念してくれるか、な!」


 フォルスの腰が落ち、言い終わると同時に剣をこちらへ向けて突進してきた。


 以前の俺ならきっと()(すべ)も無く剣に突き刺されていたことだろう。だがダンジョンの一件、そして学都行きの一件と、ここのところ身の危険にさらされていたこともあり、危機回避のスキルだけは人並みに習得できたようだ。


 華麗、というわけにはいかないが、かろうじてフォルスの突きをかわした俺は、回転レシーブの要領で距離を取り、体勢を整えた。


 まさか完全にかわされるとは思わなかったのだろう。目元が隠れているせいでその表情はハッキリとしないが、フォルスは驚いているようだった。マスクで隠れていない口がポカンと半開きになっている。


「す、すごいじゃないか!? いつの間にそんな回避術を身につけたんだい!?」

「ふん、俺だってそれなりに苦労してんだよ」


 もっとも、フォルスが本気で攻撃していたら避けきれなかった。さっきの突きはかなり手加減していたはずだ。

 加えてフォルスの攻撃タイミング――呼吸と言っても良い――もなんとなくだが感知できた。何度も一緒にダンジョンへ潜った仲だからこそ、それがわかったのだろう。


「お前の方もずいぶんと人間離れした(わざ)を身につけたみたいだな」


 言いながら俺の視線がフォルスの履いている靴へと向く。


「ん? これかい? これは旅先で仕事を受けた時に報酬でもらったんだよ。正直役に立たない魔法具だったんだけど、準々決勝でレビィが空浮(そらう)きの魔法具使っているのを見てさ。ちょっと面白そうだったからマネしてみたんだ。驚いた?」


 もはや正体を隠すつもりも無くなったのか、堂々と俺の名を口にするフォルス。


「えーっと……、ようするにお前はフォルスって事で良いんだよな?」

「何を言っているんだい? 僕はチーム異邦人の一角、『烈光』さ」


 まだ続けんのかよ、その小芝居。


「じゃあフォルスの事はとりあえず置いておくとして、……あそこでティアと斬り結んでいるのはアヤなんだろう?」

「いや、あそこにいるのは我が異邦人チームのリーダー『アヤヒメ』だ」


 偽名の意味無えー!


「だからアヤなんだろ!?」

「アヤヒメだよ」

「自分でアヤって言ってんじゃねえか!?」


 うわっ、なんだこれ?

 フォルスってこんな面倒くさいやつだったっけ?


「それにしてもティアさんがあんなに戦える人とは思わなかったよ。しばらくいない間に白氷銀華(フロノレス)なんて異名までついているし」


 俺の指摘を完全スルーしてフォルスがしれっと話題を変える。


 なにそれ、俺にツッコミ入れろって言ってんの? どこをどう聞いても、前からティアの事を知っている風の言い方だよな?


「いや、俺もフォルスがそんな三文芝居うつヤツだとは思わなかったよ」

「フォルス? そんな男がどこに居るんだい? 変なことを言うなあ、レビィは」

「だからお前、ごまかすつもりが有るのか無いのかハッキリしろよ!」


 ああ、イライラする。


 なんだ? このエンジやラーラを相手にしているような感覚は?

 ホントにこいつフォルスか? 段々自信がなくなってきたぞ。


「もしかして……、ホントにフォルスじゃ無いのか?」

「え? 違うの? そんなに僕変わったかな?」


 どっちだよ!


「あー、もういいよ! お前はフォルス! そしてあそこにいるのはアヤ! もう決まり! 決定! 確定! 異論は認めん! ややこしくなるから反論も受付終了ー!」

「え? もう終わりなの? んー、もう良いか」


 ゼエゼエと息を切らしながら断言する俺に向けて、フォルスが気になることを言う。


「……もう?」

「うん。もういいや」


「どういう意味だ?」

「だっていくらフィールズの試合とは言っても、女の子や友人に剣を向けるのはあんまり気がすすまないし、出来れば攻撃したくないんだよね」


 いや、さっき剣先向けて突っ込んできたよな、お前。


「幸いその女の子は跳弾(ちょうだん)(まぎ)れさせた安息の魔法で無力化できたし、レビィひとりなら牽制(けんせい)の攻撃だけでなんとかなるかなって……。避けてくれて助かったよ」


 え? 安息の魔法? どさくさにまぎれてそんなことしていたのか?

 確かにフィールド内で跳弾を受けて気絶するのはおかしいと思ったけど。


 というか、フォルスは何を言いたいんだ? わけがわからん。


「えーっと、つまりどういうことだ?」

「レビィのことだから、こっちがボケ倒せばきっとツッコミ入れてくれるんじゃ無いかと思ったんだよ」


「ツッコミ?」

「うん。そうすれば会話が引き延ばせるよね? で、時間を稼げば結果的に――」


 フォルスがそこまで口にしたとき、試合終了を伝える音がスタジアム中に響きわたった。



『ここで三分経過あああああ! 異邦人チームがトレンク学舎チームの本陣を占拠して試合終了だあああああ!』



 え?


 えええ!?


 えええええぇぇぇぇぇ!?


「こうなるよね?」


 いたずらっぽく笑ったフォルスが指差す先。そこには俺たちの本陣を示す旗が立っていた。


 その旗とフォルスの距離は約二メートル。

 完全に占拠判定距離内だった。


「いやあ、良かった。レビィと戦いたくなんて無かったし。うまくいくかどうかは賭けだったけど、なんとかなるもんだね」

「も、もしかしてフォルス。さっきのとぼけた演技は……わざとか?」

「うん。どうだった? なかなかの演技だったでしょ?」


 俺は驚きのあまり言葉を失う。


「レビィって妙に勘が鋭いから、本音を言うといつ気付かれるか内心ヒヤヒヤしていたんだけどね」


 そう言ってフォルスは安堵(あんど)したような表情を見せる。



 完全に……、完全にしてやられた。


 攻撃を避けられたふりをしながら本陣の占拠判定範囲にさりげなく移動し、俺の性格を逆に利用して会話を引き延ばすことで占拠時間を稼ぐ。加えて俺にツッコミを続けさせることでそれを(さと)らせないとは……。

 ガックリとヒザをつき、両手で体を支える俺の格好は見事なまでに『打ちのめされた男』の典型的なポーズである。


 俺の勘だって、そういつもいつも発揮できるほど便利なものじゃ無い。なんせ『勘』だからな。

 ことあるごとに勘が働くなら、バルテオットとの戦いでも追い詰められる前にさっさと逃げ出している。


「ごめんね、レビィ」


 申し訳なさそうに謝るフォルスの声を耳にしながら、俺はそのままの体勢で控え室へ転送されていった。






 控え室に転送された後もうなだれたままの俺に、聞き慣れたアシスタントの声が落ち込んだ調子で言う。


「申し訳ありませんでした、先生。すぐに駆けつけられなくて……」


 顔を上げれば、そこにいるのは沈んだ表情で(うつむ)いている銀髪少女。

 そうだよな、ガックリ来ているのは俺だけじゃ無い。いつまでも両手を地にくっつけているわけにはいかないか。


 俺はゆっくりと立ち上がり、意気消沈というオーラを体全体にまとわせたティアへ声をかけた。


「いや、お前は何も悪くない。相手がアレじゃあなあ……」


 実際、相手がアヤでなければティアもあそこまで苦戦することは無かっただろう。だがあの女は正直底が知れない。何というか、ティアと同じ匂いがプンプンするのだ。


 ましてフォルスがあんな方法でこちらを強襲してくるとは思いもしなかった。あの魔法具を事前に知っていれば予測できたかも知れないが、現実として知らないものは警戒しようも無いのだ。


「なあティア」

「はい」

「本陣侵入の警告音って鳴っていたか?」


 長い銀髪をかすかに揺らしながら、ティアがわずかにあごを引く。


「鳴っていました。申し訳ありません、すぐに駆けつけたかったのですが……」

「あ、いや、そういう意味で言ったんじゃ無いんだ。気にしないでくれ」


 ということは俺がフォルスとの会話――というツッコミ――に集中しすぎて、気付かなかっただけか……。

 集中力があるのは良いことかもしれないけど、それで周りの状況に気が配れなくなるのは俺の欠点だな。


 周囲を見渡すと、チームメンバーたちのいずれもが肩を落としていた。普段底抜けに明るいニナですらしょんぼりとしている。


 ――約一名を除いて。


「いやー、負けたっすね! 完全に完敗っすね!」


 お前はこんな時でもブレないんだな。


 約一名を除いて暗く沈んだチームメイトたち。その原因は単に試合で負けたことだけじゃあない。問題はその負け方だった。

 聞けば、フォルスが本陣を占拠したときには、すでに大半のメンバーが控え室送りになっていたらしい。


 その時点で残っていたのは俺、ティア、ニナ、クレス、そしてフォルスが言うところの『安息の魔法』とやらで意識を失っていたパルノだった。


 接敵直後こそ互角に戦っていたように見えた主戦場だったが、どうも話を聞く限りそれ自体が作戦の一環(いっかん)だったようだ。

 アヤが参戦した後、急激に相手からの攻撃が激しくなり、こちらの攻撃がことごとく防がれるようになったという。


 タイミング的にフォルスがこちらの本陣目がけて空を駆けだした頃だろうから、おそらくはフォルスの動きから目をそらすことと、戦力を前線に釘付けとするのが目的だろう。

 最初から主戦力を前線へおびき出して、本陣を強襲するという作戦だったということか。


 結局攻勢を強めた異邦人チームに、我がチームメンバーは次々と撃破され、まざまざとその力量差を思い知らされたようだ。

 相手の作戦に翻弄(ほんろう)され、個人の力量差も歴然(れきぜん)。エンジの言う通り、完敗だった。


 そんなわけで本陣を守りきれず謝る俺を、責める者は誰ひとりとしていない。むしろ救援に向かえず申し訳ないと口をそろえて謝られた。


 しばらくは暗い雰囲気の(ただよ)っていた控え室だが、いつまでも落ち込んだところで(えき)はないのだ。


「まあ、四強に入れたんだから上出来かな」

「来年もがんばろうね」

「いや、次は冬の全国大会だろ」

「四強の賞品ってなんだっけ?」


 ポツリポツリとではあるが、部活メンバーたちの口から前向きな言葉が出てくる。


 ん? 賞品とか出るのか?


「レビさん、レビさん。私の賞品は賢人堂の『季節限定フルーツ盛りだくさんプレミアムケーキセット』が良いです」


 横から俺の服をつまみながら、食い意地の張った魔女っ子が要求してきた。


「いや、俺が賞品決めるわけじゃ無いから」

「……な、何という孔明の罠!」


 そう言ってラーラが驚愕の表情を浮かべる。


 いや、罠でも何でもねえって。


 というか何だよ『孔明の罠』とか。

 誰だ、そんな日本発祥の表現教えたのは?


 …………そりゃ、俺しかいねえよな。


 不満げな顔のまま、空色ツインテールは控え室を出て行った。おそらく託児施設に預けているルイを迎えに行くのだろう。

 食い気が満たされないとわかるや、次はルイへ向かってまっしぐら。相変わらず自分の欲望に忠実な女だった。


「とりあえずみんな疲れただろうし、今日はもう解散しようか」

「勝手に帰っていいのか?」

「うん、兄ちゃんたちは先に帰って良いよ。代表者は残っておく必要があるんだけど、チームリーダーがあれじゃあね……」


 そう言ってクレスがニナへと視線を向ける。

 ニナは控え室の(すみ)で壁に向かって体育座りをし、何やら悲しげな歌をくちずさんでいた。よほど納得のいかない負け方だったのだろう。普段の天真爛漫(てんしんらんまん)な様子はかけらも見当たらなかった。


「僕が代わりに応対をするよ。ついでに帰るとき姉ちゃんも持って帰るから、兄ちゃんたちは気にしないで帰って良いよ」

「そうか。悪いな、クレス」


 そんなこんなで、俺たちはその場をクレスに任せ、各々(おのおの)家路(いえじ)につくこととした。


2016/04/10 誤字修正 救援に迎えず → 救援に向かえず

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