第69羽
『おおーっと! ファーストアタックはオルボ学院だあー! 奇襲による爆炎がトレンク学舎チームを襲う! しかしトレンク学舎も素晴らしい反応! チームリーダーのニナ選手が咄嗟に障壁を展開してこれを防いだあー!』
『見事な障壁展開でしたね。エー、展開が遅れれば二、三名は脱落してもおかしくなかったですよ』
実況の音声をかき消さんばかりに客席から歓声があがる。
やるじゃないか、ニナのヤツ。さっきの爆発音から考えて、相当威力のある魔法を喰らっただろうに、報告では軽傷がふたりだけだという話だからな。
『さあ、すでに奇襲のアドバンテージは失われて、トレンク学舎も立ち直っています。双方共に戦闘を続行する模様です』
相手も足を止めて殴り合いを選択したか。
それには地力で勝っているという自信があるからだろうが……。問題は相手の戦力がどれくらいか、というところだな。
報告では見えている範囲で四人ということだったけど、それが全てというわけではないだろう。おそらくまだ姿を隠している選手がどこかに居るはずだ。
奇襲を受けたニナたちには姿を隠す余裕はなかっただろうが、先手を取った側には伏兵を配置する余裕があったと考えるべきだ。
「姉ちゃん! 三分で駆けつけるから、それまで持ちこたえて! 優勢になっても追い払わずに引きつけていてよ!」
「出来たらねー!」
歌うように軽い調子の返事が聞こえた直後、A小隊メンバーのあわてる声が聞こえてきた。
「ああ、ニナ先輩! ひとりで突っ込まないでください!」
「ちょ、姉ちゃん、人の話聞いてんの!?」
無駄だクレス。ニナに自重とか控えめとか手加減とか、そういった類いの行動を期待するんじゃない。
『トレンク学舎のニナ選手、オルボ学院陣営へ突っ込んだ! 迎え撃ったのはリュウゼ選手です!』
『リュウゼ選手は学生選抜に選ばれるほどの好プレイヤーですからね。軽はずみな接触は危険ですよ』
『おおっと、これはすごい! ニナ選手、リュウゼ選手相手に互角の戦いを見せています! ……いや、もしかするとこれはリュウゼ選手、押されているんじゃないですか、マーベルさん?』
『そうですね。非常に良い攻撃をくり出していますよ。これほどの選手がどうして今まで無名だったのでしょうかね?』
はんっ! うちの(残念)チート妹なめんなよ!
『こうなると最初の奇襲を防がれたのが非常に悔やまれます、オルボ学院チーム。ここからどういう試合運びに――おおっと! ここでトレンク学舎チーム、ひとり脱落したあー!』
あー、そうか。チームメイトはチートじゃなかったもんな……。
これで味方は四人、敵は四人(と隠れているかもしれない+α)か。
「レ、レバルトさぁん」
唐突にパルノから通信が入る。
「どうした、パルノ? 何かあったか!?」
「こっちに戻ってこないんですかあ?」
「今それどころじゃねえだろ!」
お前は寂しいと死んじまうウサギかっての!?
「まだひとりで監視を続けてくれ!」
「ふぁい……」
さてと、相手はどう動く?
定石通りなら攻撃に一小隊、本陣の防衛に一小隊といったところだろう。だが定石は定石。現に俺たちだって本陣をパルノひとりに任せて二小隊とも攻撃に出ているんだからな。
「クレス。あとどれくらいで着く?」
「今……、見えた!」
どうやらB小隊が到着したらしい。
「エンジさんは周囲に伏兵がいないか索敵を! ティアさん、ラーラさんは僕と一緒に魔法で奇襲してく――」
「あっ! 来た来た! クレス遅ーい!」
「バカっ! 姉ちゃん、せっかく奇襲のチャンスだったのに!」
「バカって何よー! どうせこのお兄さんには気づかれてたよ!」
へえ、ニナと斬り結びながらもクレスたちの接近に気づいていたのか。さすが全国大会準優勝は伊達じゃないな。
『おおっと! ここでトレンク学舎チームの増援が到着! 一気に形勢が傾くか!?』
これで味方は九人。ほぼ全員が集まったわけだ。
対する敵は今のところ四人。多少実力差があろうとも、この人数差は大きい。
敵の本陣がどこにあるかはわからないが、すぐに移動を開始しても駆けつけるまでには数分かかるはずだ。
それまでの間に敵の数を減らせれば、以降の試合展開は格段に有利となるだろう。
戦闘中のエリアはこちらに圧倒的有利。敵の増援は来たとしてもまだ先の話だ。増援が来るまでの時間で人数差にものを言わせて押し切り、やってきた増援を時間差で各個撃破するのも良い。増援が来ないなら来ないで、以後は数的有利を活かした状態で戦える。
何も問題はない。
……ないよな?
…………。
いや、残りの敵がどこに居るのか確認しないうちは油断禁物か。
「おい、エンジ」
「なんすか、兄貴?」
「伏兵はいたか?」
「いたらのんきに返事なんかしてられないっす。ばっちり見当たらないっすよ」
伏兵がいない、か……。ということはあそこにいるのは四人だけってことか?
エンジとの会話を終えた途端、会場中を大きなどよめきが走る。
『ここであたり一面を吹雪が包んで、戦場が白く染まった! これはトレンク学舎チームの魔法攻撃だあ! マーベルさん、これはかなり高度な魔法ですよね!?』
『そうですね。プロの試合でもそうそう出てこない大技ですよ! 通常、学生同士の戦いで見るようなものではありませんね!』
『オルボ学院の選手が障壁を張って必死に耐える! だがこれは果たして耐えきれるのか!?』
実況の声に西側を向いてみれば、木々の緑一色だったフィールドが、戦場となっているあたりのエリアだけ白く染まっていた。
『耐えた! 耐えた! 耐えたあああーっ! あの魔法をきっちりと耐えきりました、オルボ学院チーム! 当然無傷ではありませんが、ひとりとして脱落していません!』
大歓声が客席から聞こえてきた。その合間を縫い、ヘッドセットからボソリとつぶやくティアの声が聞こえてくる。
「ちょっと威力を抑えすぎましたか……」
うん、やっぱりあの娘は敵にしちゃダメだな。さらっと怖いこと言ってるわ。
「ごめんねー! うにゃあってなってるところに追い打ちかけるのも戦術だし!」
「ですです。チャンスはしっかりと活用するものです」
相手に落ち着く間も与えず、残念妹とドジッ子魔女がティアに続く。
『しかしそこへトレンク学舎チームがたたみかける! さすがにギリギリの状態だったのか!? あっという間に二名脱落だー!』
これで九対二。いくら相手が優秀なプレイヤーでも、ティアやニナを相手に、しかもこの人数差は勝てないだろう。というか普通なら戦おうとは思わないはずだ。
『それでもオルボ学院の戦意は衰えない! なおも武器を構えて徹底抗戦の模様!』
はあ? どういうことだ?
ティアの魔法を見て力の差がわからないわけでもないだろうに。
「ティア!」
「はい、先生。次で仕留めます」
「あ……、あー、いや。そうじゃなくてな。相手は逃げようとする気配もないのか?」
三秒ほど間が開いて、返答が届く。
「そうですね。まだ引くつもりはないようです」
「変だな」
「変ですね」
そこまで状況が悪化したなら、体勢を立て直す為に引こうとするはずだ。というかクレスたちB小隊が到着した時点で撤退していてもおかしくない。
その上で留まっているということは……。
「囮か?」
「ええ、囮でしょう」
どうやらティアも同じ考えのようだ。
囮で俺たちの戦力を引きつけておいて別働隊を動かしているとしたら、狙いは当然本陣だろう。実際俺たちの戦力は完全に一箇所へ集中している。今本陣へ強襲をかけられたらひとたまりもない。
しかし本陣の場所がバレていない今の状況なら、残りの二人を早急に片付けてしまえばこちらが有利となる。
だったら今優先すべきは取り囲んでいる二人の殲滅だろうか――。
「レ、レバルトさああん!」
と、そこで俺の思考をパルノの声が中断させる。
「なんだ、パルノ? 正直なところもう聞く気も失せたが、一応聞いてやる。何かあったのか?」
どうせまた「寂しい」とか言い出すんだろう? 仏の顔も三度までっていうからな。さすがの俺もうんざりしてくる。悪いが今はお前の話し相手をしている暇はないぞ。
「わ、私いつまでひとりで居れば良いんですかあ?」
「言いたいことはそれだけか? オーバー」
「わ、わわわわ! だってだって、さっきもティアさんの魔法で草が揺れて……、敵かと思ってすごく怖かったんですからね!」
「魔法の余波で草が揺れるくらいあたりまえだろ? そんなのでいちいち反応してたら俺だって――」
……ん? 草が揺れた?
「おい、パルノ。今なんて言った?」
「ど、どうせ私は恐がりですよお」
「それは良いから。魔法で草が揺れたって言ったか?」
「は、はい……。実況の人が言ってたじゃないですかあ。吹雪の魔法って。あれ、多分ティアさんですよね? そのせいでしょうけど、ちょっとだけ草が音を立てて揺れたんですよお」
そんな余波あったか?
いや、少なくとも俺のところには来ていない。
距離的に考えればパルノよりも俺の方が戦闘エリアに近いはず。それも誤差程度ではなくかなりの距離が、だ。
ということは………………。
ちっ、そう言うことか!
「ティア! 今すぐ本陣に戻れ!」
2015/11/28 訂正 どうやらBチームが到着したらしい → どうやらB小隊が到着したらしい




