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にわにはにわにわとりが  作者: 高光晶
第三章 快適な住まいにはお金に換えられない価値がある

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第45羽

「あうあうわ……」


 三方から浴びせられたセリフに、パルノはたまらずあたふたとする。口は何かを言おうとするのだが、あわあわ言うばかりで言葉にならない。


「つまり奴隷だから宿には泊まれない、ということですね?」

「は、はいはい! そうです、はい!」


 アルメさんの確認に、過剰なくらい頭を縦に振ってパルノがうなずく。


「でも奴隷なら住む場所はちゃんと保証されてるんだろ? どうして家を出て――」


 と、そこまで言いかけて気がついた。


「お前、まさか自分が手配してもらった家を友達とシェアしてるんじゃないだろうな!?」

「よ、よくおわかりで……」

「それは……」


 アルメさんが眉をしかめる。


「アホかお前は! なんで宿にも泊まれない身で自分のねぐらを明け渡すんだ!? 家の主が追い出されてどうすんだよ!」

「ひぃ! で、でも、少しだけど家賃ももらってるし……」

「はあ!?」


 つまり、その友達にしてみれば居候じゃなくて、対価を支払ってルームシェアしてるわけか。だから強く出られないと……。

 あきれて物も言えねえ。無料で住んでる家に友達を呼び込んで家賃とるとか、役所の職員に知れたら奴隷認定取り消し確実だぞ?


「だから友達のお願いも断り切れなくて……」

「まとめると」


 横からアルメさんが口を挟む。


「住んでる家にはしばらく戻れない。かと言って奴隷だから宿には泊まれない。だから私的に泊めてくれる人を探しているということで間違い無いですか?」

「は、はい!」

「実家に帰ればいいだろうが」

「遠いんです……」

「誰か泊めてくれる友達とかいないのかよ」

「友達……、ひとりだけです……」


 それがルームシェアしてる友達ってことか。なるほど、見ず知らずの他人に「泊めてくれ」と頼み込むほどに追い込まれてる理由はわかった。


「だからお願いします。しばらくお家においてもらえませんか?」


 パルノがアルメさんを拝み倒す。


「はあ……。事情は分かりましたが、泊めるのは無理です。私は部外者立ち入り禁止の職員寮で暮らしていますので、人を泊めることはできないのです」


 アルメさんはため息をついた後、(さと)すように少女のお願いを断った。

 断られたパルノはラーラの方へ向き直して同じように拝み倒す。


「お願いします!」

「うちは狭いので家族三人でいっぱいいっぱいです。他人を泊める余裕はないです」


 少々不機嫌そうにラーラが答える。本心はわからないが、やはり奴隷と関わり合いになるのは嫌なのだろうか。


「あう……。じゃあ、あなたでもいいです! お願いします! 泊めてください!」


 今度は俺に向けて頼み込んできた。

 まさか年頃の女の子に「お願い、泊めて」なんてセリフを言われる日が来ようとは……。若干思い浮かべていたシチュエーションとは違うけど。

 というか「あなた『でも』いいです」って、結構失礼だな、おい。


「無理無理、あー無理。無理が着飾って逆立ちするくらい無理」

「そんなあああ」

「なんです? その表現?」


 うなだれたパルノの横ではラーラがうさんくさそうな目を俺に向けていた。


「第一、若い女の子が若い男の家に『泊めてくれ』なんて簡単に言うもんじゃないだろうに。素直に家へ帰って、友達の厳しい母親とやらにふたりそろって怒られろ」

「レビさん、レビさん。なんだか言い方も内容も、どこかの子持ちお父さんみたいです」


 うるせえ。どうせ中身はいい歳したおっさんだよ。悪かったな。

 しかし奴隷だったのか、こいつ。


 ん? 奴隷? よく考えてみれば……。


「お前、実家があるって事は別に孤児ってわけじゃないんだろ?」

「え……? あ、はい。実家は遠いですけど両親共に元気ですよお」

「見たところ、特別変わったところもないし……。どうやって奴隷になったわけ?」

「そう言われてみれば確かに……」

「そうですよね……」


 俺の疑問にラーラとアルメさんも意を同じくしたようだ。


「ああ、それですか? 私、実は魔力がほとんど無くて……。仕事が見つからないんで奴隷になったんです」

「はあ!?」

「ひゃっ!」


 俺が思わず大声をあげると、パルノは目をつむって身をすくめる。


「つーことは、あれか!? 魔力が少ないと奴隷になれるってことか!?」

「は、はい……。私の場合はそうなんですけど……」

「マジかよ……」


 なんということだ、知らなかった……。

 まさか魔力の少なさが奴隷の条件として認められるとは、これまで考えもしなかった。

 俺、一生の不覚!


 っと、そうとわかったらこんなところで悠長に話し込んでる場合じゃない。


「俺! 役所! 行ってくる!」

「え? レバルトさん?」


 突然立ち上がって宣言する俺を、困惑しながらアルメさんが呼び止める。だがそんなことで俺のはやる心は抑えられない。


「俺! 奴隷になる!」

「レビさん、レビさん。少しは落ち着いたらどうですか?」


 もはやラーラの制止する声も俺には届かない。


 さっそく役所に行って……、あれ? 役所ってどこの役所だ?


「パルノとか言ったな。役所ってどこの役所に行けば良いんだ?」

「あ、え? あの、だ、第六街区の区庁舎です。えと……、並木通りをまっすぐ行って、魔法具屋さんを右に曲がった後で、少し進んで――」

「えーい、まどろっこしい! とりあえず連れていけ! 案内しろ!」


 身振り手振りで役所への道筋を伝えようとするパルノの手を引き、急ぎ足でロビーを横切る。


「え? あ、ちょっと。その、あれ?」

「ちょっと、レバルトさん!」

「レビさん!」


 戸惑いながら俺に引かれるパルノ。その後ろでは、ラーラとアルメさんが何やら言っていたが、俺の耳にはその呼びかけも届くことはなかった。






「ふっふっふ。ここがその役所か」

「はい……、そうです」


 第六街区までやってきた俺は、「あの……」とか「えと……」とか言いあぐねるパルノの案内で役所の建物にたどり着いた。

 目の前には三階建ての無個性な建物が見える。入口はひっきりなしに出入りする人の流れで少々混雑気味のようだった。


「よーし、では参ろうか! パルノとやら!」

「え、ええ? 私も行くんですかあ?」

「現役奴隷と一緒に居た方が話は早いだろ、多分」

「そんなの関係ないと思いますけど……」

「もしかしたらお前の言う通りかも知れん。だがまあ、ここまで来たんだ。ついでにつきあえよ」

「あう……、でも私……泊まるところを……」


 言いよどむパルノを引っぱって、役所の入口を通り抜ける。


「窓口は二階であってるのか?」

「あ、はい……。十一番の窓口です」


 パルノの案内にしたがって、俺は役所の階段を上がる。待合用の椅子が並ぶ先にカウンターがあり、カウンターの上には番号を書いたプレートが天井からぶら下がっていた。


「十一番……、十一番、っと……。お、ここだな」


 幸い順番待ちの人はおらず、すぐにカウンターの職員が対応してくれた。


「こんにちは。ご用件は何でしょうか?」


 窓口に座っていたのは、落ち着いた雰囲気の女性職員だ。アルメさんとは違い、愛想のかけらもない事務的な表情の相手に、俺は胸を張ってハッキリと用件を伝える。


「奴隷にしてください!」

「奴隷申請ですね。最初に申し上げておきますが、申請をしても必ず認定されるわけではありません。そこはご理解ください」

「はい! 全く問題ありません!」


 なんせパルノは『魔力が少ない』から奴隷認定を受けられたのだ。だったら魔力の全く無い俺が認定を受けられないはずがない。


「申請をされるのはおふたり共ですか?」

「あ、いえ……、私はもう認定受けてるんで……」

「ではおひとりだけですね? でしたら……」


 職員は座っているカウンターの下で何やら引き出しを開け、そこから一枚の紙を取り出した。


「まずはこちらの申請用紙にご記入をお願いします。あとは審査に必要となりますので端末をお預かりします」


 俺は首からかけていた個人端末を職員に手渡すと、代わりに申請用紙とペンを受け取ってその場で記入を始める。

 名前、住所、職業や見込み年収、家族構成や、健康状態などを書き込んでいき、申請理由には『魔力僅少により労働困難であるため』を選択した。


 実際魔力が無い俺には職業選択の自由はほとんどないと言っていい。

 窓で探す日雇いの仕事ですら大半は受けられないのだ。奴隷認定の条件となっているのも納得である。

 というかなぜ今まで気がつかなかったのだろうか? 自分のうかつさにほとほと幻滅する。


「記入は終わりましたか?」


 カウンターから離れていた職員が、俺の個人端末を持って戻ってきた。


「こちらは先にお返ししておきますね」


 そう言って渡された端末を受け取り、逆に記入を終えた申請用紙を職員へ手渡す。


「それでは奴隷認定についてご説明させていただきます。ご存知の点も多いかとは思いますが、事前のご説明が規則となっておりますのでご了承ください」

「あいよ」


 それくらいおやすいご用ですとも。


「まず、奴隷は四つにクラス分けされています。援助の度合いにあわせて、ブルー、グリーン、イエロー、レッドと色分けされ、このうちレッドクラスがもっとも厚い援助を受けられます」


 職員さんが説明を始める。


「例えばブルークラスですと減税や公的費用の負担軽減程度ですが、レッドクラスの場合は税金の全額免除、年金や医療保険料の全額免除、住居費用の全額支給、医療費用の全額免除、公的交通機関のフリーパス、個人端末の無料貸与と使用料の全額免除、水道光熱費の無料化、教育機関の授業料免除といった各種減免(げんめん)に加え、生活費として毎月十万円が支給されます。また、認定初年度に限り転居費用が支給され、生活必需品の魔法具が配給されます」

「生活必需品?」

「保冷庫とか映信機とか……、あとは魔光照や冷暖房器具といった物です」


 至れり尽くせりだな。


「ただし、メリットばかりではありません。納税の義務がなく、逆に税金による支援で生活するわけですから、いくつかの権利は制限を受けることになります」

「例えばどんな?」

「まず、選挙権が無効になります。当然被選挙権もありません。次に配給された家財以外の私有財産が持てなくなります。現金の貯蓄は可能ですが、貯蓄額が一定を超えると奴隷認定が取り消される場合があります。また、氏名が奴隷認定者のリストに掲載され、役所において住所とあわせて一般に公開されます」

「え!? 名前と住所が公開されるの!?」

「はい。奴隷への生活費支給や各種減免(げんめん)措置(そち)は税金でまかなわれています。言わば奴隷は被扶養者(ひふようしゃ)であり、納税者全員が扶養者(ふようしゃ)と言えます。奴隷に対して差別的な言動や扱いをすることは許されませんが、その人数や所在を知る権利が納税者にはあります。もちろん奴隷自身にはこのリストの閲覧権(えつらんけん)がありません」


 名前を公表されるのが嫌なら奴隷認定を返上しろ、支援が欲しけりゃルールを受け入れろってことか。


「確か奴隷は宿に泊まれないんだよな?」


 横目にパルノを見ながら訊ねてみる。


「はい、宿泊できません。そもそも宿泊する必要がありませんから。災害などによって住居が使えなくなった場合は例外的に許可が下りますが、基本的には宿泊費用を負担するだけの金銭的余裕がある方は奴隷認定不要と判断しております。ちなみに町の中を移動するのは自由ですが、町の外へ出る場合には外出申請書の提出と担当部署の許可が必要となります」


 奴隷になれば働かなくても生活できるけど、その反面、権利や自由の一部に制限を受けるということだな。


「奴隷認定の返上はいつでも可能です。私どもとしても、できる限り早く支援を必要としない生活基盤を整えていただきたいと思いますし、そのためのお手伝いもさせていただいております」


 まあ、確かに。あまりにも奴隷が増えてしまうと予算の方が追いつかなくなるだろう。


「奴隷認定についてのご説明は以上の通りです。続いて認定基準ですが……、レバルトさんの申請理由は『魔力僅少(きんしょう)』ですか。それでしたら話は早いですね。ここで魔力量検査が可能ですが、すぐに検査されますか?」


 俺がうなずいて肯定の意思を示すと、職員は奥の方から計測器を持ってきた。

 カウンターの上に置かれたその計測器は、パッと見たところ、血圧測定器のような形状をしている。もしかしたらどこかの日本人が作った物なのかもしれない。


「では、こちらに腕を通してください。はい、それで良いですよ。じっとしててくださいね」


 俺は職員の指示通り大人しく腕を差し出す。

 何やら電子的な音が鳴って、測定器が俺の魔力を測り始める。


「結果が出るまでにご説明しますね。一般的に魔力の数値はだいたい千ポイント前後です。この魔力が三百ポイントを下回ると、日々の生活に支障をきたすと言われています。奴隷認定の基準では、三百ポイント未満百五十ポイント以上がブルークラスの対象となります。百五十ポイント未満七十ポイント以上がグリーン、七十ポイント未満三十ポイント以上がイエロー、そして三十ポイントに満たない場合はレッドクラスと認定されます」


 ほうほう、なるほど。


「ちなみにパルノは魔力いくらだったんだ?」

「わ、私は二十六ポイントでした」


 ということはレッドクラスか。もしかして俺より良い生活してるんじゃないのか、こいつ?

 そうこうしているうちに、計測が終わったようだ。安っぽいジングルにあわせて小さなディスプレイ部分へ数字が表示された。


『ゼロ』と。


「あ、あら? 故障かしら? ちょっと待ってくださいね、もう一度測らせてください」


 数字を見た職員が慌てて再計測を始める。

 いや、大丈夫、それで合ってるよ。でも慌てっぷりが面白いのでそのまま何も言わずに見守ることにした。

 再び計測結果が『ゼロ』と表示される。


「おかしいわね。ホントに壊れちゃったのかしら……」

「え? え? え? なんで? なんで?」


 横にいるパルノも目を丸くしていた。これはなかなか愉快な光景だ。

 当然三度目の計測もゼロを表示する。

 さすがにもう潮時だろうな。


「合ってるよ、それで。俺、魔力ゼロだから」

「ゼロって……、魔力が全く無いって事ですか?」

「え? ゼロ……、ですかあ?」


 驚きの表情で確認してくる職員と、何を言われたかいまいち理解していない感じのパルノであった。


「そう、ゼロ。だから計測器の故障じゃないと思う」

「……」

「……」


 最初に硬直状態から立ち直ったのは職員の方だった。


「あ……、で、では少々お待ちいただけますでしょうか?」


 多少言葉を詰まらせながら、計測器を抱えて奥へと走って行った。普段は見せないであろう無表情な職員のうろたえぶりに、周りの人間も何事かと様子をうかがっていた。

 うわあ、面白いわこれ。最初に応対した時のすまし顔が見る影もない。


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