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にわにはにわにわとりが  作者: 高光晶
第二章 思いもよらぬ幸運にはもれなく厄介事がついてくる

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第34羽

 衣装の手配を終え、俺たちは店を後にした。

 オープンカフェで昼食をとった後、そのままアクセサリーを見繕(みつくろ)うため、商店が立ち並ぶ通りへと足を運ぶ。


 相変わらず両腕にはオプション装備がしがみついているので歩きにくいったらない。

 レンタルした衣装は授賞式前日に宿へ届けてもらえるらしいから、余分な荷物を持たなくていいのがせめてもの救いだな。


 しかし、さっきの男が言っていた言葉が気になる。

 てっきり嫉妬(しっと)に狂ったモテない君が(から)んできたのかと思っていたんだが……。


「――てますか? 先生?」

「え? 何?」


 どうやら考えに没頭(ぼっとう)するあまり、ティアが話しかけて来たことに気付かなかったらしい。


「私の話、聞いてましたか?」

「あ、すまん。考え事してた」


 ああ、その冷たい目。やめてくんない?


「まったくもう……」


 まあ冷たいとは言っても、ナンパ男やさっきの男達に向ける視線よりはずいぶんましだけどな。

 どうやらティアの冷たい目にもいくつかの段階があるらしい。

 ナンパ男に向けていたのがレベル二だとしたら、さっきの男達に向けていたのがレベル三。俺にいつも向けてくるのがレベル一といったところだろうか?

 冷たい中にも親愛の情がほんのりと含まれている気がする。果汁ひと桁パーセントの低果汁清涼飲料程度には。


 ……単に俺が冷たい目で見られすぎて慣れてしまったという説もあるのだが。


「さっきから視線を感じるんです」


 え? 今さら何を?


「昨日からさんざん見られてたじゃねえか」

「そういう視線ではありません。害意というか、敵意を含んだ視線です。昨日は確かに見られていましたけれど、敵意までは感じませんでした」


 そりゃお前はそうかもしれないけど、俺の方はビンビンに感じてたっつーの。


「ちょっと誘いをかけてみましょうか……」


 年頃の女の子が『誘ってみる』だなんて……、ちょっとエロい感じがするなあ。

 え? そう思うのは俺だけ?


 ティアは俺の腕を強引に引っぱると、人通りの少ない横道へと入っていく。

 さらに細い道へと進みながら、小声で俺にささやいた。


「ついて来てます。そろそろ仕掛けてくるかと」


 その言葉を肯定するかのように、ゆっくりと歩みを進める俺達の周囲へ、ぽつりぽつりと人影が現れ始める。

 ただの通行人や住人でないことは明らかだった。なぜならその人影の全てが手に武器を持ち、にやけた顔で俺達に目を向けていたからだ。


 ああ、確かにティアの言う通り明確な害意だな、これは。

 やがて足の止まった俺達を男達が囲んでくる。

 この期におよんで奴らの目的が俺達以外にあるなどと考えるのは、よほどおめでたい脳みその持ち主だろう。エンジみたいに。


「何かご用でしょうか?」


 十人以上の武器を持った男に囲まれてもなお、毅然(きぜん)とした態度でティアは問いただす。

 すげえなお前。俺なんかさっきから下半身ガクブルなのに。


「いやなに、ちいとばかしおとなしくしてくれりゃあ、怪我はしなくてすむんだぜ」


 なんだか聞き覚えのあるダミ声だった。

 声のした方へ目をやると、そこにはいたのはスキンヘッドの男。ひょろっとした体型のノッポ男だ。

 すぐ横には坊ちゃんカットの小太り男。


 あれ?

 こいつら昨日ティアをナンパしてきたヤツらじゃね?

 けんもほろろにあしらうティアを強引に連れ去ろうとしたあげく、腕を()められてほうほうのていで逃げ出したあの二人組。


「食事のお誘いなら丁重(ていちょう)にお断りしたはずですが」


 どうやらティアもこの二人組を憶えていたらしい。

 あの断り方が丁重だったかどうかは少々疑問が残るところではあるけども。


「どうにも諦めきれなくてよお。一度くらい付き合ってくれても良いんじゃねえかなあ?」


 ナンパにしては物騒なことだ。

 武器を構え、十人以上で囲んでおいて誘いもクソもねえだろ。


「群れないと女性に声もかけられないような殿方(とのがた)はお断りです」

「へっ、そうかい。じゃあ力尽くでおつきあい願おうか! かかれっ!」


 ノッポの号令で男達が一斉に動き始めた。


「先生は壁を背にして動かないでください! ルイも大人しくしてなさい!」

「ンー」


 不安そうに鳴いたルイが俺の足にしがみついてくる。

 おいおい、動かないでも何もこれじゃあ動きようがありませんがな。


 ティアは俺とルイをかばうように立ちふさがる。

 後ろ手でエプロンドレスの裾をたくし上げた拍子に、普段はロングスカートに隠されている真っ白な太ももがあらわになった。

 なんというラッキーカット……。いや、そうじゃなくて!


 ティアは大腿部につけられたホルダーから短刀を抜き取ると、最初に襲いかかってきた男の腕を横一文字に切り裂く。

 そんなところに短刀隠し持ってたのかよ、この娘は!


 次いで横から襲いかかってくる二人の斬撃(ざんげき)をバックステップでかわすと、地面の小石を蹴り上げて牽制を入れる。

 勢いを止められた男達の懐に素早く潜り込み、胸元からアゴを打ち抜いた。

 もう一人の男へは中段から下段へと振り下ろした蹴りで体勢を崩すと、すかさず短刀の柄で後頭部を強打して撃沈する。


 おい、二人とも死んでねえだろうな?

 ピクリとも動かないんだが……。気絶しただけと信じたい。


 あっという間に三人が戦線離脱したのを見て男達に動揺が走る。


「おや? かかってこないのですか? ずいぶんと大きな口をたたいたわりに、熱烈なアプローチとは言いがたいようですが?」


 挑発するようなティアの言葉に、頭へ血が上ったノッポが息をまく。


「小娘だからって手加減してりゃあ、つけあがりやがって! こうなったら依頼もクソもねえ! 一斉にかかるぞ!」


 残った全員が一斉にティアへ襲いかかる。


 さすがにこれはまずいと思った瞬間、ティアの動きが目に見えて早くなった。

 まるでギアが切り替わったかのようだ。


 正面から斬りかかってきた男の剣を短刀で受け流して体勢を崩すと、横からヤクザキックを入れて左側から斬りかかってくる男達の前へ送り出す。

 エプロンドレスでヤクザキックって、ちょっと斬新だな、おい。


 正面からは残ったノッポと小太り、右側からは二人の男が同時に武器を振り下ろしてくる。

 だがティアはとっさに身を屈ませて真横へと飛び退(すさ)り、すんでのところで男達の攻撃をかわした。

 ティアの姿を一瞬見失って隙ができた男達に、今度は彼女の短刀が容赦(ようしゃ)なく襲いかかり、二人の男は足首を切られてうずくまった。


「ちっ! ただ者じゃねえな、小娘!」


 予想外の手強さに、ノッポの顔にも焦りが見え始める。


「ご冗談を。私はただのアシスタントです」


 答えるティアは笑みを浮かべる余裕もあるようだ。


「ぬかせ!」


 ノッポが正面から斬りかかる。

 その後ろからは小太りがノッポの影に隠れて……、いや、隠れてねえ。全然隠れてねえよ! 体型的に丸見えだよ!


 ノッポの剣撃が空を切る。

 身をかわして体の伸びたティアに、死角となったノッポの背後から小太りが(おど)り出て……、のつもりなんだろうけど丸見えだから! ちっとも死角になってないから!


 そんな俺の脳内突っ込みもむなしく、ノッポの男は会心の攻撃と言わんばかりに笑みを浮かべる。


 だがそんな欠陥(けっかん)だらけの攻撃が当然ティアに通用するわけもない。

 まったくもって惑わされていないティアは、エプロンドレスの裾をひるがえしつつ冷静に対処する。

 (おど)りかかってきた小太りにカウンターで蹴りが入った。

 良い具合にみぞおちへ入った。

 それはもう見事なまでにすっぽりと入った。


 悶絶(もんぜつ)して身動きが取れない小太りを見て、あぜんとしたノッポが思わず声をもらす。


「そ、そんな……。俺達の幻惑コンビネーションがこうも簡単に……」

「どこがですか?」


 返されるのは銀髪少女の冷たい反応である。

 呆然としているノッポが気を取りもどす前に、再びティアが動きだす。


 突然だが、サッカーという競技をご存知だろうか?

 え? 知ってる? 体育の時間にやった?

 まあ、そうだろうな。なんせ世界三大スポーツイベントのひとつがサッカーの大会ってくらいだからな。

 えーと、後の二つはなんだっけ? まあ今はいいや。


 んでな、俺の兄貴が中学時代にサッカー部だったわけよ。

 そうそう、前にも話したろ?

 夏休みに三ヶ月かけて日本縦断したはいいけど、単位落としまくって危うく留年しかけたっていうあの兄貴。


 その兄貴がサッカー部の顧問(こもん)から指導を受けた時の話なんだがな。

 当時の顧問というのがユニークというか一風変わった人だったらしく、「いいか、おまえら! 強い球を蹴る時は思い切りが大事だぞ! 嫌いなやつの股間(こかん)を蹴るつもりで振り抜け! つぶすつもりで振り抜くんだ!」と、親たちが(まゆ)をひそめるような指導の仕方をしていたそうだ。


 さすがに俺もそれ聞いた時には「ひでえ顧問だな」って笑ったよ。

 つぶすつもりで振り抜けって……、殺したいくらい大嫌いな相手じゃなきゃそうそうできねえよ。

 同じ男だからその痛みもつらさも身にしみてわかっちまうしな。


 だけどその顧問が今この場にいたら、きっとこういうに違いない。

 「そうだ! いいぞ! それだ! その振りだ!」ってな。


 俺は今、幻の右を目にした。


 軸となる左足はしっかりと大地を捕らえ、いったん体の後ろへと持ちあげた右足は腰を中心として遠心力と共に加速し、前方へとその運動量を伝えていく。

 助走によって得られた慣性が右足へと伝えられる勢いをさらに増大させ、インパクトの瞬間に全てのエネルギーをその一点へ解放するのだ。



 ――ノッポの股間へと。



 勢いよく振り抜かれたティアの右足が、ノッポの急所へクリティカルヒットしていた。


 武器を取り落としてノッポが悶絶する。


「○※×*◇@△□+※×◇!」


 声にならないノッポの絶叫が人通りのない路地にこだまする。


 うわあああぁぁ。ひでえ!

 見てるこっちが痛くなるわ!

 まさかとは思うが……、(つぶ)れてないだろうな?


 それを見て残りの男達がおびえの表情を浮かべる。

 そりゃおびえるだろうさ、あんなの見せられたら。

 味方の俺でも寒気がするのに。


 おそらく最大戦闘力を有していたのはノッポと小太りの二人だったのだろう。

 五体満足だった残りの男達はノッポ&小太りが鎮圧(ちんあつ)されるやいなや、若干足をもつれさせながら逃げていった。うんうん、正しい判断だと思うよ。


「他愛もないですね」


 すまし顔でそうつぶやくと、ティアは氷の(かせ)を作りだし、次々と男達を拘束していく。

 腕や足首を切られた男達は、傷口を凍らせて無理やり止血していた。

 乱暴なようだがとりあえず出血が止まれば良いのだ。どうせすぐに救急隊が到着するだろう。


「怪我してないか? ティア」

「平気です。あの程度で負傷するほど華奢(きゃしゃ)ではありませんので」

「いや、お前……。武器を持った十人以上の男に囲まれて無傷って、『あの程度』ですむような話じゃないぞ? しかも魔法も使わずに短刀と格闘術だけだったし」


 急所蹴りは格闘術とは違うのかもしれないが……。

 いや、古武術とかならそういった技も普通にありそうだな。


「魔法は使ってましたよ? 途中から身体能力強化にあてていましたから」


 途中で目に見えて動きが早くなったのはそれが原因か。

 しかし、いつの間にこんなに化け物じみた戦闘力を身につけてたんだ、この娘は?


 普通に考えれば、いくら強いと言っても一人で複数人を相手にするのは無謀(むぼう)というものだ。

 二人を相手に勝てるとしたら相当な手練(てだ)れだし、三人相手にして勝てるのならそれはもう達人と言っても良いだろう。

 時代劇の殺陣(たて)みたいに、何十人もの相手をバッタバッタとたたきのめすなんてのはフィクションだからできる話であって、現実はそこまで甘くない。


 確かにこの世界においては、保有魔力次第で超人的な力が得られる。

 とはいえ相手だって条件は同じなのだ。

 ああも圧倒的な力量差が出るというのは、ティアがいかに規格外であるかということを示している。


 加えて幻の右からくり出されるあの強烈なシュート……。


 いろんな意味でティアの恐ろしさを知った日である。


2018/01/05 誤字修正 眉をしかめる → 眉をひそめる

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