第33羽
明くる日の俺は、またも右腕にルイ、左腕にティアをぶら下げて学都を歩いていた。
前日と違うのは、その目的と行き先である。
「授賞式で着るドレスをレンタルしに行きますので、一緒に来ていただけますか?」
「は? レンタル? ……あれ? 確か授賞式用のスーツとか荷物に入っているって言わなかったか?」
「先生のスーツは持ってきてますよ。でも女性用のドレスはさすがに嵩張りますし、持ってきてないんです。私は最初からレンタルするつもりでしたので」
以上、朝食のテーブルで俺とティアが交わした会話である。
確かに合理的と言えば合理的だし、ドレスを新調するのではなくレンタルで済ませるあたり、倹約家のティアらしいと言えばティアらしい。
普通の金持ちなら持ち運ぶのが面倒だから現地で新調すれば良い、くらいは普通に言いそうだ。
ただ、それはつまり今日も一日ティアと行動を共にすることが決定した瞬間でもある。
「男よけですから!」
と言いながら俺の腕を取る銀髪少女に、「またかよ、おい」と内心眉をひそめるのも仕方がないだろう。
昨日同様、俺達は周囲から注目を浴びてしまっていた。
いや、そりゃ悪い気はしないぞ?
見目麗しい少女と腕を組んで街中を歩くなんて、前世の俺には経験の無いことだからな。
たとえもう一方の腕に見た目三歳児の愛玩種モンスターがぶら下がっていることを加味したとしても、である。
人もうらやむというのは、まさにこのことだろう。
そしてやはりというか何というか、相変わらずの視線が痛い。
俺たちを見た男どもの憎々しげな視線は遠慮もなく襲いかかってくる。ターゲット俺限定で。
もし嫉妬の視線というものが目に見えるのであれば、きっと俺は今頃全身トゲトゲだらけになっていることであろう。
今なら弁慶やハリネズミの気持ちがちょっとだけわかるような気もする。
俺にとってこの表通りはまるで毒の沼地だな。
あれだよ、あれ。ロールプレイングゲームとかでよく出てくる、歩くとヒットポイントが減っていく沼地。
数歩進むごとにジリジリと俺の中で何かが削られている。
減っていくのは生命力とか体力とかじゃなくて主に精神力の方だけど。
確かにねたましい気持ちもわかるさ。
俺だって日本にいた頃、仲良く手をつないで下校する学生服姿のカップルを見て、後ろから小石を投げつけてやりたくなったことが何度あることか。
だからってあまりにも短絡的過ぎはしませんかね?
小石じゃなくていきなりナイフですか?
「おう、兄ちゃん! 見せつけてくれたじゃねえかよ!」
演劇の台本でも読んでるのかと思うほどテンプレなセリフを向けてくるのは、チンピラ風の男達。
俺は今、刃物をちらつかせる男達に囲まれている。
はて? 何でこんな事になったんだろうな?
今から二時間ほど前に俺達は商業区にたどり着き、貸衣装のお店へと立ち寄った。
授賞式出席の時にティアが着るドレスをレンタルするためだ。
さすが学都。学問や文化のメッカだけあって、今回のような式典も頻繁に開かれているのだろう。
需要があれば供給も増えるというわけで、ドレスひとつとってもなかなかの品揃えだった。
一着一着丁寧に見ては、体に重ねて鏡をのぞく。
気に入ったものがあれば試着する――というルーチンを繰り返すティアに最初こそ付き合っていた俺だったが、さすがに二時間もするとうんざりしてくる。
ルイなんて来客用の椅子に座ってとっくに夢の国へ旅立っていた。
そこで俺は気分転換のために、少し不満げなティアを残して店の外へ新鮮な空気を吸いに出ることにしたのだが……。
店を出た早々にいかつい男達が俺を囲んで今に至る、というわけだ。
もしかしてこいつら俺が店から出てくるの待ってたのか?
いや、しかしいくら「リア充ムカつくぜ!」といっても、待ち伏せしたあげくいきなり囲んでナイフ出すとか……、無いわあ。
「なんだあ? びびってんのかあ? まあそんな顔すんなよ。ちいとばかし顔貸してくれりゃあ、手荒なマネはしねえからよ」
信頼性皆無のセリフだな。
とはいえ……、こちらはひとり、相手は屈強な男が四人。
一対一でも勝てる見込みが無いのに、一対四とか無理にもほどがある。
とりあえず時間を稼ぐか? さっきからチラチラとこちらを見て顔をしかめている通行人もいる。
そのうち警邏隊が駆けつけてくるだろう。
「ま……まあまあ。落ち着いて。まずは話を聞きましょう。人間、相互理解は大事ですよ。いやほんと」
「うるせえ! つべこべ言わずに、いいからちょっと来いってんだよ!」
無抵抗主義を貫こうとした俺の頭をわしづかみにして、リーダー格の男が声を荒げる。
第一のコーーォォォス、レバルト君!
時間稼ぎ自由形。競技終了です。
記録、五秒。
「いて! いてててて!」
時間稼ぎの試みもむなしく、男はそのままハンドボールのように俺の頭をつかんで連行しようとした。
儚くも俺の脳内にドナドナの伴奏が流れ始めたその時だ。
「何をしてらっしゃるのですか?」
聞き慣れた声が耳に入ったのはそんなタイミングである。
「邪魔すんじゃね……え……」
俺の頭をホールドしながら声のしてきた方を向き、リーダー格の男が文句を言いかけて言葉に詰まる。
その視線の先に居たのはひとりの少女。
銀髪ロングストレートの髪がさらりと揺れた。
言うまでもなくティアである。
だがその衣装はいつものエプロンドレスでは無い。
ティアが身にまとっているのは勿忘草色のグラデーションが鮮やかに映える、ワンピースタイプのドレスだ。
腰のくびれがハッキリとわかるスレンダーラインとアメリカンスリーブで露出した両肩が、着る者の魅力をより引き立てていた。
突如現れた物言う花に、俺を含めた男五人が言葉を失う。ごく短いながらも沈黙が辺りを支配した。
その沈黙を作り出したのが目の前の銀髪少女なら、沈黙を切り裂いたのもその少女である。
「先生から手を放してください」
だがその言葉を聞いた男達の反応は薄い。というか口が開きっぱなしだから、多分耳に入ってはいても脳にまで到達していないのだろう。
「聞こえませんでしたか? 手を放してくださいと言っているのですが」
感情のこもらない冷たい声で問いかけるティアに、ようやく我を取りもどしたリーダー格の男が声を荒げた。
「じゃますんじゃねえ! 女は引っ込んでろ!」
「警告は……、しましたよ」
ティアの声色がさらに剣呑な調子へと変化する。
「我望む。永久を奏でる白乙女の息吹よ。咎人に汝の凍てつく抱擁を! フロストシェクル!」
詠唱の終了と同時に、男達の武器を持った腕が青白く輝く。
青白い輝きが腕にまとわりつくモヤのように見えたのも一瞬のこと、次の瞬間には腕に向かって収束すると、吸い込まれるように消えていった。
「ひいっ!」
リーダー格の男が驚いて俺の頭を手放す。
見ればリーダー格の男はもちろんのこと、男達全員の肘から手首にかけて、うっすらと霜が付着しているのが見えた。
先ほどティアが使った魔法の効果である。
「俺の、俺の腕があ!」
「凍ってる、動かねえ!」
「うわあああ!」
白く染まった自分の腕を見て、次々と悲鳴をあげる男達。
「早く手当てしないと、腕ごと切り落とす必要に迫られますよ」
追い打ちをかけるように、さらっとティアが恐ろしいことを言う。
逆に言えば、すぐに治療すれば大丈夫という意味でもあるが。
それを聞いた男達は顔を青くし、俺を放置して蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「くそお! こんなの聞いてねえぞ!」
リーダー格の男もそんな言葉を残して走り去っていく。
ん? 聞いてねえ?
「先生。やはりおひとりでは危険です。中でお待ちになってください」
俺はリーダー格が残した言葉に一瞬引っかかりを覚えた。
だが腕を引きながら声をかけてくるティアへ、すぐに意識と目を奪われる。
普段の衣装とは正反対の、きらびやかなドレスへ身を包んだティアは『どこのどちら様?』と自らの目を疑ってしまいかねないほど輝いて見えた。
これはまずい。この攻撃力はマジでやばい。
っていうか、俺は授賞式の時、これを同伴して出席せねばならんのか?
授賞式当日、周囲の反応を想像して暗たんとした表情を浮かべる。
そんな俺をティアは貸衣装店の中へと強制連行し、目の届くところへ座らせると、衣装選びへと戻っていった。
時間をかけすぎたことが今回のトラブルを招いたと反省したのだろう。
それまでじっくりと時間をかけて衣装選びをしていたティアは、優柔不断と離別したかのようにそそくさと衣装を決定した。
結局男達を撃退したときに着ていた勿忘草色のドレスにするらしい。
まあ、似合っているから別に良いんだけどな。
2021/07/07 誤字修正 良いながら → 言いながら
※誤字報告ありがとうございます。
2025/02/20 誤字修正 例え → たとえ




