第21羽
「そうだったの……」
俺達の話を聞いて女剣士はようやく合点がいったらしい。
語調もそれまでの堅いものから俺達の不運をいたわるように優しくなった。
彼女の話によれば、ここは魔王が君臨していた時代の古いダンジョンらしい。
魔王の配下が世界各地へ実験的に作ったうちのひとつだとか。
場所を聞いてみると、どうやら第七エトーダンジョンのさらに下層部に位置するダンジョンのようだ。
入口自体は山の中に隠されていて彼女はそこから侵入したのだという。
ただ、まさか娯楽施設となっている第七エトーダンジョンからつながっているとは思っていなかったようだ。
だが俺達にとって、ここで彼女に会えたのはこの上ない幸運だろう。
少なくとも脱出方法に全く手がかりがなかったさっきまでとは違い、このダンジョンに自ら入ってきた人間が目の前に居るのだ。
入ってきたということは入口の位置を知っているわけだし、入口とはすなわち俺達にとっての出口でもある。
「さっき『このフロアに降りてきた』って言ったよな?」
ルイの話をした時に、気にかかった言葉だ。
その言葉通りなら、どこかに上層へ戻る階段があるのだろう。
それが俺達にとってさしあたっての目的地になる。
「ええ、言ったわ」
「俺達はこのダンジョンに飛ばされてきてから、歩いた道を全てマッピングしている。ここに至るまでの分岐は全てしらみつぶしに記録してきたつもりだ。だがどこにも階段やそれに類する移動手段らしきものはなかった」
「それは当然でしょうね」
「どういうことっすか?」
「ここは一方通行なの。上から下におりる階段はある。でも上へあがる階段はないの」
「意味がわかりません。階段が消えるとでも言うのですか?」
「そうよ。おりた途端、階段は霞のように消えてなくなるの。だから一度下の階層へおりると、元には戻れない」
「な……!」
俺達は三人そろって絶句する。
「じゃあどうやって脱出するんだよ!?」
「緊急脱出用の魔法具を使えば出られるわ」
「そんなもん、持ってねえよ……」
「あの……、不躾で申し訳ないのですが、その緊急脱出用の魔法具を譲っていただくことはできませんか? もしくはひとつしかないのでしたら、一度私たちを連れて地上へ戻っていただくわけには? もちろん費用はお支払いしますので」
「ごめんなさい。私も持ってないのよ」
は? どういうことだ?
「え? じゃあどうやって帰るつもりだったんすか?」
「わざわざそんなもの持ってこなくても、最下層にある中核部を破壊すればダンジョンとしての機能は停止するわ。そうしたら一方通行だった階段も現れるし、モンスター達も無害化する。あとは歩いて地上を目指すだけ。ただの散歩と同じよ」
最下層へおりてダンジョンの機能を停止させる。
……って、さらっと言ったな。さらっと。いとも事無げに。
「あなたたちも一緒についてくる?」
「……申し出はありがたいけど、俺達が一緒だと足手まといにしかならないだろ?」
「大丈夫よ。この大きさのダンジョンなら出てくるモンスターも知れてるわ。四、五人ならフォローしながらでも最下層まで行けるわよ」
大したことじゃない、とでも言うような女剣士の自信に俺達は言葉が出てこなかった。
「第一、この階層に留まるのはおすすめ出来ないわ。あのゴーレムもいずれはまた動き始めるでしょうし」
「え? そうなんすか?」
「そうよ。ここはそういう場所だもの。生物型ではなく無生物型のモンスターが多いのも、魔力による再構成が簡単だからよ」
その話が本当なら確かにここに留まるのはまずいだろう。
ゴーレムはもちろんのこと、その前に戦った人形の群れですら、何度も戦いたい相手とは言えない。
しかしまあ――。
「ずいぶんと……、詳しいんだな」
「そりゃあ、この手のダンジョンなら数え切れないほど破壊してきたもの。詳しくもなるわ」
その答えには気負いも虚勢も見られない。ごく自然な自信が感じられた。
「まあ、足手まといじゃないってんなら、俺達としては助かるんだけど……。どっちにしてもフォルスが目を覚ましてからの話だな。俺達だけで勝手に結論は出せないよ」
「フォルスって彼の事ね? 彼がリーダーなの?」
「はい。そうです」
未だ意識が戻らないフォルスに視線を向けて女剣士が訊ね、ラーラがそれを肯定する。
すると女剣士は俺の方を向き、思いもよらないことを口にした。
「私はあなたがリーダーかと思ってたんだけど」
「はあ?」
何を言い出すんだこの女。
「いや、俺はどっちかって言うとおまけというか……。ぶっちゃけ戦力的には一番足手まといなんだが」
「そう? そうかしら? でもねえ……」
女剣士は人さし指を口元にあてて、腑に落ちないといった風につぶやく。
兜の奥からのぞく黒い瞳が俺を見つめていた。
「ねえ、あなた……、って名前もまだ聞いてなかったわね」
そう言われると確かにそうだな。俺達はあわてて互いに自己紹介をする。
女剣士はアヤと名乗った。
さっき聞いた通り、フリーで探索者をしているそうだ。
探索者ってのは、えーと……、何て言ったら良いんだろうな?
特にこれといった定義が有るわけじゃないんだが、人の立ち入らない場所に行って野生のモンスターを討伐したり古代の遺物を探したりする人たちのことをそう呼ぶ。
冒険家とトレジャーハンターと旅人を足して良い感じに割ったような、ってよけいに分からんか。
「ふうん。レバルト君ね。……あなた、どこかで会ったことないかしら?」
「はいい?」
再び何を言い出すんだこの女は。
「いや、そう言われても心当たりはないな……。というか顔がよく分からないし、声と名前だけじゃあ何とも言えないぞ」
「あ、そうよね。ごめんなさい。顔も見せずに私ったら……」
アヤは少し恥ずかしげに言うと、かぶっていた兜を両手で外して素顔をさらす。
俺の目の前に現れたのは短めの黒髪と、同じ色の瞳をした女性だった。
顔立ちはずいぶん懐かしい感じがする。
前世のテレビ画面に映っていそうな整った顔だ。
美人かどうかと言われると……、どうだろうな?
日本人の感覚で言えば間違い無く美人なんだが、この世界での感覚で言えば変わった面立ちと見られるのだろうか。
日本だったら美人女優として芸能界で活躍してそうだ。
というか完全に日本人だよな、この女。
アヤ、あや……。
綾とか彩とか亜矢とかなんだろうなあ。
俺と同じように転生とか、あるいは転移してきたクチか?
もしそうだったら、前世で会ったことがあるのかもしれない。
でも俺の方はその辺りの記憶がおぼろげだしな。
なんせ家族の名前も思い出せないくらいだ。
このアヤという女と面識があったとしても簡単には思い出せそうにない。
そもそも向こうが俺に対して見覚えがあるというのもおかしな話だ。
転生する前に鏡で見ていた自分の顔は、なんとなくだが憶えている。今の顔とは似ても似つかない顔だった。
なぜなら今の顔は明らかに日本人とかけ離れているからだ。
いわゆるアジア系の顔立ちではない。
だからといって欧米系というわけでもないんだが……。
少なくとも自分の顔が一般的な日本人の顔立ちと全く異なるというのは確信を持って言える。
そんな俺の顔を見て、見覚えがあるとはどういうことだろうか?
そこから導き出される答え。つまるところ俺の返事はこうだ。
「やっぱり人違いじゃないか? 俺には心当たりがない」
「そう……かしら」
どうやらアヤの方も確たる自信があったわけではないようだ。
ふと既視感がしたという程度なのだろう。
それでこの話はおしまいにした。
俺にしたってラーラやエンジの前で前世の話なんてするつもりは毛頭ない。
アヤの為人もまだわからないのに、自分の秘密を打ち明けるわけにもいかないしな。
俺達はその後も休憩がてらアヤと話し込んだ。
アヤの話によると、彼女はひとりで世界中のダンジョンを渡り歩いているそうだ。
魔王の時代に数多く作られたダンジョンは、一部が娯楽施設として流用されているものの、そのほとんどが未だに調査も行われず放置されている。
実害が出ていないため、誰も率先して調べようとは思わないのだろう。
ただ、今現在脅威でないからといって、将来的に問題が発生しないとのんきに考えるのはどうなのか?
と危惧する人々も一定数は存在する。得体の知れないダンジョンへの警戒心を持った人間も居るには居るのだ。
ところがいざ現実に目を向けてみると、その存在する位置や入口すら定かではないダンジョンは探すだけでも一苦労。
さらにモンスターや罠といった危険が残存するかもしれない内部を探索となれば、必要な費用は膨大な額になる。一体誰が好き好んでそんな負担を引き受けるだろうか。
結局行き着くところは『金がない』というシンプルかつ明快な問題点であった。
ダンジョンを探索することで利益が出るのならば民間企業が先を競ってやってくれるだろう。
だが現実はそうじゃない。ダンジョンを攻略したところで手に入るのは、モンスターの死骸と魔王の手下が集めていたのであろう朽ち果てた武器防具――それも大量生産品――だけだ。
ごくまれに歴史的価値のある資料が発見されることもあるが、そんなことはごく稀だし、命がけで長い月日を費やすほどの価値はない。
ときおり国家が公共事業代わりにダンジョンの調査や封印をすることもあるが、それも年度末に予算が余った時の帳尻あわせだ。
三月になるとやたら工事が増える日本の道路行政と同じだな。世界が違っても役人が考えることは一緒らしい。
だからアヤのように、何の得にもならないのに個人でダンジョンの探索をしているというのは珍しい。奇妙であるとすら言える。
まあ、普段聞くことのないダンジョン探索の体験談は、聞いててそれなりに楽しかった。
とりあえず『俺的視点で美人』のアヤ相手なので、俺としては眼福だったしな。
エンジやラーラの目から見るとどういう評価になるのかは分からないけど。
思いのほか楽しそうだったのはルイだ。
こいつ、やっぱり人間の言葉が分かってるんじゃないのか?
そうやってしばらくアヤの話を聞いていると、ようやくフォルスが意識を取りもどした。
「あのゴーレムを、一瞬で……?」
自分が倒れた後の経緯を聞いたフォルスが、驚きの声をあげる。
俺達には全く歯が立たなかったゴーレムをいとも容易く粉砕したアヤの力量に衝撃を受けていた。
こやつの驚く顔というのも新鮮だな。
「僕もまだまだ、だね……」
そして自嘲するようにつぶやいた。
あー、これって、あれだろ?
挫折を知らなかったエリート君が初めて味わう敗北感ってやつ?
で、これでポッキリ折れてダメになるパターンと、これをバネにしてさらに強くなるパターンに分かれるわけね。
当然フォルスは後者なんだろうな。チートだし。
フォルスとアヤが互いに自己紹介をすませた後、先ほどまで話していた内容をフォルスへと説明する。
このままアヤについて行くという例の話だ。
当然フォルスも自分達が足を引っぱるのではないかと憂慮したが、結局はアヤに押し切られた。
「大丈夫、大丈夫。さっきのゴーレムなら二、三十体くらい出てきても一分で片付くから」
アヤが朗らかにそう宣言する。
彼女のそんな自信満々の自己評価に俺達は若干引きながらも、彼女の後ろを遅れないようついて行くのだった。




