第20羽
ガレキをつかんだ腕がエンジ達の方向へと振り下ろされる。
ゴーレムは目の前で対峙している俺ではなく、フォルスの治療をするために駆け寄っていたエンジを標的にしていたのだ。
ゴーレムの腕から放たれたガレキは、見た目通りの膂力により勢いをつけてエンジへ飛んでいく。
迫り来る危険に気づいたエンジが、とっさに飛び退こうとした。
だが治療のために屈んでいた状態からでは、どうしてもその動きが一瞬遅れてしまう。
俺の感覚からすれば十分素早く立ち上がったエンジだったが、回避は間に合わずその足を横から容赦なくガレキが襲いかかった。
「エンジ!」
かわし損ねたガレキがエンジのひざ下を直撃する。
衝撃で両足が後ろへはじかれ、腰を支点にして上半身ごとこちら側へ倒れ込んだ。
「うぐああああ!」
エンジの叫びが部屋中にこだまする。
くそっ!
あの様子だと確実に骨は折れてるな。
フォルスに続いてエンジも……。
意識がはっきりしている分、フォルスよりはまだマシだけど、足が動かない時点で完全に戦力外だ。
フォルスの治療は……、まだ手付かずか。
「レビさん! 来ますよ!」
ラーラの警告にゴーレムへと視線を戻す。
ちっ! 容赦無しだな!
ゴーレムは何事もなかったかのように立ち上がると、再び俺を標的にしてその腕を振り上げてきた。
俺は反射的に横へ飛んで避ける。軽い地震を思わせる振動と共に、ゴーレムの太い腕が俺の先ほどまで居た場所へ叩きつけられた。
今のはやばかった! マジでやばかった!
よく避けられたもんだ! すげえぜ俺! ナイスだ俺! 惚れちまいそうだぜ俺!
でもわかってるんだよ、まぐれだって。
次も今みたいにかわせるかって言うと……、無理だな。絶対無理。
そんなに幸運は何度も訪れない。それがモブキャラの限界なんだよ!
どうすれば良い?
既に主力のフォルスは意識不明で回復の見込み無し。
エンジも足をやられて立つことすらできない。
残るは俺、ラーラ、そして戦力になるかどうかも不明なルイの三人だけ。
極めつけに俺とラーラの装甲は紙だ、紙。
いや、むしろあのゴーレムが振るう豪腕の前では脆きこと水に濡れたトイレットペーパーの如しだ。
逃げ場は既に塞がれている。
あったとしても負傷したフォルスとエンジを連れてこのゴーレムから逃げるのは無理だ。
じゃあこいつを倒すしかないのか?
どうやって?
フォルスですら微々たるダメージしか与えられなかった相手に俺の攻撃なんかが通用するか?
いやいや、その前に当てることすら難しい。
ラーラの魔法にしても、動きを阻害するようなものはある程度効果が期待できるが、直接ダメージを与えるようなものはほとんど効いていなかった。
これは……、マジ詰んでるんじゃないか?
背中にじわりと冷たい汗が浮かぶ。
だからってむざむざやられるわけにはいかない。
何とか粘って打開策を……、と必死で考えていたその時だった。
突如後方からものすごい衝撃音が聞こえてきた。
次から次へと、今度は何だよ!?
振り向きたいけど振り向けない。ただでさえギリギリでゴーレムの攻撃を避けてるんだ。
ちょっとでも目を離したら絶対被弾する。
「ラーラ! 何が――」
振り向かないまま叫びかけたところでゴーレムが腕を振り下ろしてきた。
げっ!
避けろ! 避けろ! 避けろ! お願い神様! さっきの奇跡を、もう一度!
だが奇跡は二度続かない。
先ほどは脅威の反応を見せた俺の体も、今度ばかりはいつも通りの鈍くささを発揮して、思ったように動いてくれなかった。
ゴーレムの腕がやけにゆっくり動いて見える。
一方で俺の体は重りをつけられたように動かない。
腕が迫る。
俺の胴体よりも太い岩のかたまりが、脳天目がけて近付いてくる。
間に合わねえ。
これは……、無理か……。
諦めかけたその時、迫り来るゴーレムの腕が何かに弾かれて跳ね上がった。
「え?」
弾かれた腕を見れば、何かが突き刺さっていた。
フォルスやエンジの直接攻撃、そしてラーラの魔法攻撃を受けてもほとんど崩れることがなかったゴーレムの腕に、あり得ないほど鮮やかに刺さっているそれは『柄』だった。
いや、柄というのは語弊があるかもしれない。
おそらく柄の先には刃がついているのだろう。
だが本来あるべき刃の部分は、完全にゴーレムの腕に埋まっている。
そのため一見して巨大な腕から柄だけが生えているように見えるのだ。
柄の大きさからいって、投擲用の短剣のようだ。
誰が投げたんだ? ラーラか? まさかルイじゃねえよな?
「縛!」
部屋の中に聞き慣れない女の声が響いた。
その声に反応して、巨大な腕に食い込んだ短剣の柄を中心に複雑な文様が浮かび上がる。
三角形をいくつも重ねたようなその文様は、柄を軸にコマのような回転をし始めると、そのままゴーレムの腕に吸い込まれて消えていった。
文様が消えた後、ゴーレムの腕が力を失ったようにだらんと垂れ下がる。
さっきの文様は妨害魔法の発動式みたいなものだったのか?
「下がってなさい」
またもあの聞き慣れない声がした。
今度は俺のすぐ後ろで。
驚きのあまり思わず振り返ろうとした俺の目の前を、人影が横切っていく。
両手持ちの剣を持った人間だった。
剣士はまたたく間にゴーレムとの間合いを詰めて剣を振りかぶる。
無駄のない動きで一直線に振り下ろされた剣が、まだ自由に動いているゴーレムの片腕に当たる。
そして次の瞬間、音もなくその刃がゴーレムの腕を断ち切った。
「な……!?」
思わず絶句する。
俺達があれだけ苦戦したゴーレムの、巌のごとき硬さを全く感じさせない太刀筋だった。
切り落とされた腕が大きな音を立てて床に落ちる。
その時には既に剣士の第二撃がゴーレムに向けられていた。
腕を切り落とした剣はそのまま下段から切り上げられ、ゴーレムの太い胴体を斜めに切り裂く。
最後に剣士は内部が丸見えになった胴体の傷口へ向けて、突きをくり出す。
それがとどめになった。
突きを食らったゴーレムはゼンマイの切れたおもちゃのように動かなくなり、やがてガラガラと音を立てて崩れ始めた。
目にも止まらぬ三連撃。ゴーレムに反撃の隙すら与えない圧倒的強さだった。
唖然とする俺は身動きすら取れないまま、目の前の剣士を見つめるばかりだ。
俺の目はその剣士に釘付けとなる。身の丈はフォルスと同じくらい。
筋肉がそれほどついているとは思えないすらりとした細身の体。
あんな細い腕でどうやればゴーレムを紙切れのように切り裂く事が出来るのだろうか。
金属製とおぼしき全身鎧で身を包みながらも、その重さを感じさせない身の軽さだった。
顔はよく見えない。頬までカバーした兜のおかげで表情をうかがうことは出来なかった。
剣士はぐるりと部屋を見回すと、すぐさま倒れているフォルス達の元へと歩み寄った。
それを見た俺も状況を思い出す。
そうだ! フォルスの治療を!
俺はあわててフォルス達のところへと駆け寄った。
後ろからラーラとルイの足音も聞こえている。
近くに寄って見たフォルスの状態は酷いものだった。
腕はあらぬ方向へねじ曲がり、血だまりは体をすっぽりと覆うほど広がっている。
左の脇腹も大きく陥没していた。おそらく肋骨も折れているのだろう。
意識はないようだが、幸いなことに息はある。
苦しそうではあるが浅い呼吸を繰り返していた。
エンジの方も決して軽い負傷ではない。
だがフォルスと違って意識はあるし、出血はない。おそらく傷薬を自分で使ったのだろう。
足の骨が砕けているらしく、立つことはできないが、応急治療布を使えば歩けるようになるかもしれない。
「エンジ、すまんがフォルスの治療を優先するからな」
「もち、ろんっす……」
俺は手に持った応急治療布を広げ、すぐさまフォルスの傷口へとあてがおうとした。
「離れていなさい」
だがそんな俺を、兜の中から聞こえてくる女の声が押しとどめる。
「邪魔すんな――」
「癒」
助けてもらった恩も忘れ、食ってかかりそうになる俺の言葉をさえぎって、女が何やら唱えた。
女の体が淡く光りを放つ。
その光はやがていくつもの小さな球体を成し、重力に逆らってふわりと浮いたかと思うと、吸い込まれるようにフォルスとエンジの体に溶けていった。
いくつもの光がフォルスの腕に、脇腹へと流れていく。同時にエンジの足にもだ。
幻想的なその光景に俺は状況を忘れて見入ってしまった。
数秒間続いたその光が消えた時、俺たちは嘘のような光景を目にすることとなる。
あれほど深かったフォルスとエンジの傷が完全に癒えていたのだ。フォルスの呼吸も深く落ち着いたものに変化しており、先ほどまでの危機的状態が嘘のようだった。
「これで大丈夫。もうじき彼の目も覚めるわ」
女剣士のやわらかい声が耳に入る。
「す、すごい! あの重傷を一度に全快させるなんて。しかも二人同時に! もしかしてあなたは神職の方なんですか!?」
ラーラが驚き問いかけた。
「神職ではないわ。フリーで活動しているただの探索者よ。ひとり旅だから、必要に迫られて多少の回復魔法は習得しているけれどね。私の本職はこっち」
そう言って彼女は両手持ちの剣を俺達に見せた後、その剣身を鞘へおさめる。
「あっ、そうです! お礼が遅れて申し訳ありません。危ないところを助けていただきありがとうございました。そればかりかフォルさん達の治療までしていただいて……」
剣を見て助けられたことを思い出したラーラが、あわてて女剣士にお辞儀をしながら礼を口にする。
そうだ、俺も唖然としている場合じゃない。考えてみればまだ礼のひとつも言ってないじゃないか。
「本当に助かった。ありがとう」
「感謝感激感涙歓喜っす! マジでマジヤバイかと思ったっす!」
「ンー!」
俺に続いてエンジも感謝を口にする。ルイは……、多分同じように礼を言ってるんだろうな、多分。
「気にしないで、たまたま通りかかっただけだもの。……あら?」
兜のせいでよく見えないが、微笑んでいる様子の女剣士がルイを見て驚きの声をあげた。
「どこに行ったかと思えば、こんなところに居たの?」
そう言ってルイの頭を撫でる。
どういうことだ? この人、ルイのことを知っているのか?
「あの……、この子とはお知り合いですか?」
ラーラも同じ疑問を抱いて口にする。
「ええ、まあ知り合いって言うほどじゃないんだけど……。このダンジョンに潜ってしばらくした頃に私の後をくっついて来てたのよ。ただ、このフロアに降りてきた後にはぐれちゃって、ちょっと心配してたの。正直私もこの子のことはあまりよくわからないわ」
「そうなんですか……」
「ンー」
「それはそうと、あなたたち」
女剣士の声が少し厳しい口調に変わった。
「ちょっと感心しないわね。そんな軽装でこのダンジョンに挑むなんて、見通しが甘すぎるわよ」
「いや、俺達は――」
フォルスが目を覚ますまでの間、俺達が置かれた状況とここに至るまでの経緯を説明する。
第七エトーダンジョンの第五階層で転移の仕掛けに引っかかったこと。現在自分達がどこに居るのかわからないこと。
出口を探して探索中であることをかいつまんで話した。




