第182羽
「つまり今回の魔力暴走事件の犯人はフォルスさんで、フォルスさんが実は先生の弟、当の先生は神様、私は先生の力でアヤさんたちと同じ使徒になった、ということですね?」
かいつまんで事情を話すと、ティアは状況を整理した上で確認してくる。
話が早くて助かるが……。なんだろう、途端にこれまでの苦労が大したことの無いものに聞こえてしまう。
「まあ、メチャクチャ端的にまとめるとそういうことだな」
むしろラーラやエンジの方が状況に混乱しているくらいだ。
よく考えてみればフォルスが弟神だってこと、言ってなかったもんな。
「わかりました。では私のやることはこれまでと変わりありません。先生をお守りするだけです」
「え? そんなにすんなり受け入れられるの? 『使徒って何?』とか普通はそういう疑問が浮かぶんじゃあ……」
「要は神様のアシスタントみたいなものですよね? 今まで通りじゃありませんか」
え? そうか?
物書きのアシスタントと神の使徒って同じようなものなの?
あまりにもすんなりと事態を受け止めるティアにこちらの方が戸惑ってしまった。
「……いやまあ、ゆっくり説明する暇もないからこっちとしては助かるけどさ」
言いながら俺はティアのまとっている服を強化する。
強化したのは安全のためだが、ついでに見た目も変えておく。
ベッドの上から突然召喚されたためティアの着ていた服のデザインは明らかに寝間着。
さすがにそのままではどうかと思ったので、いつものエプロンドレス風に仕立てておいた。
「それで、フォルスさんはどこへ? ……ああ、あそこですね」
キョロキョロと周囲を見回していたティアがある一点に視線を注ぐ。
フォルスが埋もれているクレーターの縁部分だ。
どうやらこのチート娘、さっそく神気を察知することができるようになっているらしい。
普通は使徒でもできるようになるまで数年かかるもんなんだけど。
チートは使徒になってもチートなのか。
俺は手加減無しでフォルスを吹っ飛ばしたが、あいつだって神の片割れだ。
あれだけの攻撃を食らっても、せいぜいしばらく動けなくなるだけだろう。
そろそろ体の自由を取り戻してもおかしくない。
その予想通り、崩れたクレーターの縁が積み重なった岩くれごとゴソリと動きはじめる。
「やってくれたね、兄上」
ガラガラと崩れていく瓦礫の中から傷だらけのフォルスが姿を現した。
「あーあ。その様子だとティアさんを使徒にしちゃったんだね。ルイも取り戻されちゃったし、まいったな……」
「これでもう遠慮は無しだ。俺もいいかげん腹に据えかねてるんでな」
いくら相手がフォルスでも、使徒となった今のティアは簡単に無力化できるほど弱くない。
ルイの周りはローザをはじめとした月明かりの一族が守りを固めている。
フォルスの力には当然及ばないが、俺やアヤたちが駆けつけるまでの数秒なら時間を稼げるだろう。
少なくとも不意打ちでかっさらわれることはない。ラーラやエンジについてもだ。
フォルスはティアを切り札と言っていた。
なら切り札を失ったフォルスには選択肢などほとんど残っていないはずだ。
もちろん油断は禁物だろう。
まだまだフォルスは余裕の表情だ。
なぜなら切り札を失ったとしてもまだヤツには自分の神力という強力な武器があるのだから。
「力は温存しておきたかったんだけどね」
深いため息の後でフォルスは仕方なさそうにそうつぶやいた。
そうだろうとは予想していたが、これで大人しく降参するわけがない。
フォルスの体から強大な神力があふれ出る。
一定の方向性をもった神力の流れは空間のある一点に凝縮し、次第に物質化していった。
視覚で捉えることができるほどに濃くなった神力が巨大な生物の姿に変わりはじめる。
その形状は上位古白竜に似ていたが、あくまでも似ているだけだ。
上位古白竜をモデルにして新たに生み出したと表現した方が妥当だろう。
「あれって、ティアさんがフィールズ大会のときに作ったみたいなドラゴンの……?」
そんなラーラの勘違いを俺は容赦なく訂正する。
「違うぞ。あのときティアが作ったのはドラゴンのゴーレム。今目の前にいるのはゴーレムじゃなくて紛う事なき本物のドラゴンだ」
「ひぃっ!」
「ドラゴン作るとか……マジ神っすねー」
そりゃフォルスも神の片割れだからな。神力さえあればそのくらいのことはできる。
ただ、ゼロからドラゴンを生み出すとなれば、消費する力も半端なものじゃない。
すでに存在している神獣を召喚するのとはわけが違うんだから。
「ま、まだ他にも……!」
驚愕するラーラの言葉通り、フォルスは次々とドラゴンや神獣を生み出している。
おいおい、そんなに神力を消費したら新しい世界を創るのに支障をきたすだろうに……。
「この場は僕の負けだよ、兄上。だけどね――」
フォルスが口では負けを認めながらも、その瞳になおも強い意志を浮かべながらこちらを睨んだ。
「負けたのは今だけだ。もう出し惜しみはしない。ありったけの神力を使ってたたき伏せる」
あ、こいつ腹をくくりやがった。
「兄上にはしばらく眠ってもらおう。他のヤツらは消えれば良い。兄上が眠っている間にまた神力を蓄えればそれで良い話だからね」
フォルスにとって自分の計画を阻むことができる存在は唯一、俺だけだ。
逆に言えば俺さえ何とかしてしまえばあとはどうとでもなる。
本人が言っているように、俺を封じた後でゆっくりと神力を蓄えることもできるのだから。
大きな翼を広げた鳥型の神獣、巨岩のような見た目をした猪型の神獣、全身を水晶の棘で包まれた馬型の神獣――。
多種多様な見た目の神獣がフォルスの神力と引き換えに姿を現していた。
おいおい、どれだけ生み出すつもりなんだよ。
俺でも一度に三体以上もの神獣を生み出したことなんてないぞ。
「ふぅ……」
フォルスが額に汗をかいて息をつく。
多くの神獣を生み出すためにかなり無理をしたであろう事は容易に想像がつく。
「無茶をする」
「無茶をしないと兄上には勝てそうにないからね」
「ふんっ、だからって思い通りにはさせないがな」
ティアもルイも無事だったとはいえ、これ以上フォルスの好きにさせるわけにはいかない。
しかし今回生み出された神獣はさっき俺たちが撃退した神獣と質が違う。
上位古白竜のように長い年月をかけて神力を身につけてきたのではなく、創造された瞬間から俺たちをねじ伏せるための力を与えられている戦いのプロだ。
おまけに骨の髄までフォルスの神力で作られた純度百パーセントの僕でもある。
言うまでもなく油断は禁物だった。
「それでも僕は負けられない」
フォルスの静かなつぶやきを合図に神獣たちが襲いかかってくる。
「先生、あのドラゴンはお任せください!」
真っ先に飛び出したのはティアだ。
神獣の中でも一番危険度が高そうなドラゴンへ立ち向かっていく。
新しい使徒に妙な頼もしさを感じてしまうのは気のせいだろうか。
「神様、私たちも」
「行っきまーす!」
新入りに負けてなるものかとアヤが飛び出し、その後ろから大槌を抱えたクロ子が続いた。
ラーラやエンジもローザたち月明かりの一族の援護を受けつつ戦闘状態に入っている。
俺もボケッとしていられないな。
当然俺が相手にするのはフォルス本人だ。
というか、俺じゃないとフォルスの相手はできないだろう。
それは当然向こうも同じ考えらしい。
フォルスが剣の形をした神器を手に真っ直ぐ突っ込んで来た。
「神力の使いすぎじゃないのか?」
勢いに任せた一太刀を俺も剣型の神器で受け止める。
「こうでもしないと使徒が邪魔でしかたないからね!」
フォルスの神力は大幅に低下している。
今ならほとんど俺と変わらないレベルだ。
新たな命を生み出すのはとても大量の神力を必要とする。
しかも時間をかけるならともかく、今この場ですぐさま成体として生み出したのだからなおさらだ。
「対等の神力なら俺に勝てるとでも!?」
「勝たなきゃいけないんだよ、兄上!」
二合、三合と剣を打ち合わせながら俺たちは叩きつけるような会話を続ける。
そこへ横から羊型の神獣がウォーターカッターのように鋭い水流を放ってきたため、俺はとっさに空中へ退避した。
「邪魔だ!」
待ち受けていたグリフォン型の神獣が襲いかかってくるが、俺は慌てることなく剣を持っていない方の片手から神力を衝撃波に変えて叩きつける。
グリフォン型の神獣は意外に頑丈らしく、吹き飛んでいった先で平然と立ち上がった。
「ちっ、鬱陶しいな」
「余所見していて良いの?」
一瞬視線を外していた隙にフォルスが下から肉薄してくるが、すぐに俺は地面と平行に体の向きを変えてその剣撃を弾く。
ついでにフォルスの腰を足蹴にして無理やり距離をとったところで、神力を矢の形に変えて百本近く放った。
まばゆく輝いた神力の矢が放射状に広がった後、その軌道を湾曲させフォルス目がけて飛んでいく。
フォルスは空中に浮いたまま左右に回避行動をとるが、残念ながらその程度で逃げられるほど甘くはない。
上位古白竜の必中ブレス同様、この矢は命中するまで相手を追いかけ続けるからな。
「っと!」
回避不能とすぐに悟ったフォルスは、タイミングをずらすために移動を続けながらも神力で小型の盾を多数作り出し、あえて矢を受け止めた。
光の矢がなおも襲いかかる中、フォルスが反撃の一手を繰り出してくる。
手数よりも威力を重視した光の槍を神力で作り出すとこちらへ放つ。
「舐めるなよ!」
幾本かの矢を巻き込みながら直進してくる槍を俺は神器のひと振りでたたき壊した。
しかしフォルスの攻勢はまだ終わらない。
今度は複数の球体を作り飛ばしてくる。
十個にも満たない球体は直接ぶつかって来るわけでもなく、宙に浮いたまま俺の周囲を遠巻きに囲むと突然破裂した。
球体が瞬時に視界を阻む煙幕となり、俺の周囲を曇らせる。
目くらましか!?
「子供だましだ!」
「その割には隙があるよ!」
次の瞬間、フォルスの剣が俺の胸を背後から貫いた。
串刺しになった俺の顔に笑みが浮かぶ。
「ダミー!?」
その意味を瞬時に理解してフォルスが叫んだ。
そう。
フォルスの剣が捉えたのは俺が神力をベースにして作りだしたただの紛い物。
残念だったな、それは分身だ! っていうやつさ。
いっぺんやってみたかったんだよなー、これ。
当然ただ攻撃を身代わりとして受け止めるだけに作ったわけじゃない。
それだけの用途で神力を無駄遣いするのは俺らしくないし、――だいいち疑似餌には釣り針が付きものだろ?
「ちっ!」
俺の性格をよく知っているフォルスがすぐさま距離を取ろうとするが、当然そんな余裕を与えるわけもない。
ダミーが周囲一帯を巻き込んで爆発した。




