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にわにはにわにわとりが  作者: 高光晶
第十章 にわにはにわにわとりが

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第174羽

 意識が覚醒する。


 いや、少し違うか。

 レバルトとしての意識はもともと確かに存在していた。

 その意識の奥底に眠る、封じられていた意識が新たに浮かび上がってくる。


 流れ込んでくる膨大な知識と記憶に混乱したのも刹那のこと。

 もともと俺が持っていたものを再び受け入れただけだから、大して問題はなかった。


 最も古い記憶は三十万年ほど前のもの。


 それはつまり創世の時代だ。


 生まれたばかりの世界はとても不安定だった。

 必要なものとそうでないものが混在し、秩序などどこにも存在しない、雑多な、それでいて活力に満ちた世界。


 取り扱いを間違えばあっという間に崩れ去ってしまうほどもろくて幼い世界を懸命に支え、つくろい、つなぎ、切り離し、手をかけて永らえさせようと俺は必死だった。


 不純物を取り除き、様々なものをあるべきところへ移し、危険なものは封印した。

 やがて大地が安定し、空が澄みはじめる。

 ようやく努力が実ったと俺は喜んだ。

 そして同時に大きなミスを知らずにおかしていた。


 世界が落ち着きをみせはじめた頃、有頂天になっていた俺は喜びのままに生き物を生み出す。

 最初は意志を持たない極小の生き物を、次に小さな虫たちを、それをついばむ小鳥たちを。

 そして彼らのために、物言わぬ草木を地上の至るところに広げていった。


 だが今振り返って考えればもっと慎重になるべきだったのだ。

 当時の俺は愚かなことに、そんな考えを抱くことはなかった。

 喜びのままに少しずつ大きな生き物を生み出し、やがて他の世界に生きる知的生命体を参考に人間を生み出した。

 生み出した人間たちはその好奇心と知恵を上手く働かせ、文明をどんどんと発展させていった。


 だが千年ほど前、人間の文明で発明されたとある技術が俺を愕然とさせる。


 それが魔法だった。


 言霊によって物理法則や質量保存の法則を無視した成果を生むその力は、あるものを材料として使うことで様々な事象を実現させる。

 その材料こそが人間に魔力と呼ばれているものだった。


 人間は魔力が本来どういうものなのか、そんなことは知らない。知ることができない。

 ただそこにあり、有効活用できるから利用しているだけなのだろう。


 だが俺は知っていた。

 魔力と呼ばれるそれが、創世の時代に発生していた不純物であるということを。


 もともと魔力は世界に不要なものだった。

 その存在は世界の安定を崩しかねない危険なものでもある。


 しかし原初期の世界では非常に濃く漂っていた魔力もそのほとんどが浄化され、世界が安定をみせはじめていた頃には俺の認識から消え去っていた。

 ようやく先の見通しが明るくなった世界を前に、俺は愚かにも浮かれていたのだ。

 それまでの激務で注意力が散漫になっていたのもあるだろう。

 結果として俺は魔力の存在を見落としてしまう。


 確かに原初期に比べれば魔力は比べものにならないほど減少していた。

 大気中に漂う魔力などほとんど問題にならないレベルだったのだ。

 だが魔力は俺が見落としていた場所――生物の中にひっそりと隠れて難を逃れていたのだ。


 気がついた時にはもう遅かった。

 すでに魔力は生物の根幹にかかわる部分へ入り込み、体内細菌のように立ち位置を確立してしまっていた。


 細胞同士をくっつける媒介のような役割を果たしている魔力を無理やりに取り除いてしまった場合、せっかくここまで育て見守ってきた生き物がどうなってしまうか予想もできなかった。

 下手をすると生物の体がそのまま崩壊しかねないだろう。

 生き物だけではない。

 草木のような植物にも、岩や砂といった無機物の中にも魔力は容赦なく入り込んでいるのだ。


 自らの迂闊うかつさを嘆きながらも、俺は魔力に寄生された世界を見守っていくしかなかった。


 幸い人間をはじめとする生き物にも、草木や無機物にも魔力が致命的な影響を与えることはなかった。

 だが安心していたのも束の間。

 俺の心配をよそに人間たちは魔力の活用方法を次々と発展させていき、魔法文明とも呼べるものを着実に進歩させていく。


 昼夜問わず照らされる灯り、人力をはるかに凌駕する力、炎や氷までもを無から生み出す奇跡のようなわざを次々と人間は生み出した。

 それは生き物や物体の中に潜み、ある意味安定していた魔力をかき乱す行為に等しい。


 かき乱された魔力は世界を漂い、流れとなって循環する。

 その過程で魔力の濃い場所が生まれ、そこへ集まった魔力が形をなして物質化する。

 物質化した魔力はさらなる魔力を吸収し続け、周囲に大きな変化をもたらした。

 人間たちがダンジョンと呼ぶ異質な空間が生まれた原因でもある。


 同時に、強い魔力にさらされて体が変異した生き物もいる。

 それらはモンスターと呼ばれて人に仇なす存在として恐れられた。

 モンスターの中から知恵を持つ者も生まれ、やがて巨大なモンスターの群れを率いる魔王が誕生した。


 魔王を討伐するために世界中の戦場で大規模な魔法が使われ、それがまた魔力の乱れを生み出し、新たなダンジョンとモンスター、そして新たな魔王を生み出す。

 もはや悪循環でしかない。


 なんとか世界を安定させようと足掻き続けること数百年。

 しかし一向に状況は好転しなかった。


 そこで俺は方針を転換させる。

 世界中の魔力を制御することを諦め、魔力を完全に消し去ることを検討しはじめたのだ。


 もちろん突然世界中の魔力を消し去ることはできない。

 魔力は世界中のありとあらゆる存在に寄生している。

 もはやそれは世界とは切り離せない一蓮托生の存在になっているかもしれないのだ。


 魔力を突然失った時、生物が、世界がどう変容するのかなど俺にもわからない。

 せっかく三十万年も手塩にかけて育て見守ってきたこの世界を、そんな危険にはさらしたくなかった。


 最初に俺は、魔法のない世界からこの世界と同じ姿をした人間を呼び寄せた。

 まずは魔力のない人間がこの世界で生きていけるのかを確認するためだ。


 もちろん魔力の代わりに俺の神力を分け与え、眷属として送り込むという保険はかけた。

 眷属であればいざというときは俺の住み処に避難できるし、たとえ魔力が生物の生命活動に必須のものだったとしてもその影響を受けることはない。


 もちろん合意の上でこちらに来てもらったし、本人の意志を無視して強引に連れてきたことはない。

 役目を終えたら元の世界、元の時間へ戻すことも約束して、納得してもらった上での協力者だ。

 ただ、誰も彼もが転移特典として特別な力を要求してくるのには辟易したが……。


 彼らが『チート』と呼ぶその特別な力を与える代わりに魔王討伐やダンジョン調査など、ついでに問題解決へと動いてもらう。

 少々荷が重いかと心配も頭をよぎったが、本人たちは「クエストですね!」と喜んでいたからまあ良しとした。


 次に魔法がなくなった場合でも文明や生活のレベルが落ちないですむように、機械文明の技術を取り込もうとした。

 ただこれは俺にとってあまり好ましくないという意味で、想定外の結果をもたらしてしまう。


 魔法の代わりを科学技術で補ってもらえればと思っていたのだが、結果として発展したのは魔法と科学の融合で生み出された新しい技術だ。

 確かに科学と機械はこの世界に大きな恩恵をもたらしたが、結局魔法ありきの技術となってしまったため、俺が当初目論んでいた魔法の置き換えという意味では失敗である。


 こうして俺の試みは成功と失敗を繰り返しながら数百年続いた。

 その中でまたひとつ。新たな試みをはじめようとしたのがそもそもの発端だった。


 新しい試みとは『魔力を持たず、神力も持たない人間がこの世界で生きていけるかの検証』である。

 もちろん人間で試す前に、最初は小さな微生物や無機物から、植物、昆虫、小動物と段階を踏んで検証はすんでいた。

 いずれも魔力の無い世界から連れてきて、細心の注意を払いながらこちらの世界に投入している。

 結果、人間以外の生物を含む物体や物質は、魔力が無くても生きていけることがわかっていた。


 検証の最終段階として俺はひとりの人間に交渉を持ち掛けた。

 この世界の事情を説明し、魔力のない人間が生きていけることを検証するために、こちらの世界で『魔力を持たない人間として転生し、寿命で死ぬまで暮らして欲しい』と。


 もちろん役目を終えた後は元の体に戻して元の場所、元の時間へ戻すことを約束した。

 事故や病気で死んでしまった場合、あるいは魔力が無いことで何らかの問題が発生して寿命を待たずに死んでしまった場合も同様だ。

 ただ、今回は以前送り込んだ転移者のようにチートは授けられない。

 魔力の無い、力を持たない人間でなければ検証の意味がないからだ。


 そう説明したとき、俺が交渉を持ち掛けた人間は心底嫌そうな顔でこう言った。


「それって、要は人体実験って事だろ? しかも魔力ありきの文明社会で魔力ゼロとか、何の罰ゲームだよ。おまけにチート無しって……」


 肉体も精神も活力にあふれた若い彼は、最初こそ「異世界転移キター!」と喜んでいた。

 しかし俺の説明を聞き終えてそれがぬか喜びだとわかるなり、見るからに気分を落ち込ませる。


 干渉は極力しないが安全については保証するし、今の記憶も引き継げるからその知識や思考能力は大きなアドバンテージになる、と俺は彼を説得する。

 しかしその説明も彼にとっては響かないようで、言葉でも表情でも否定的な態度を隠そうとはしなかった。 


「は? チートは無理だけど記憶は引き継げる? あったり前だろうが! まわりの人間がみんな魔法使えて、灯りのスイッチひとつ魔力が無いと操作出来ない世界で魔力ゼロの上記憶まで無かったら人生ハードモードどころじゃねえだろ! 思春期に自殺するレベルじゃねえか!」


 それからもなんとか納得して引き受けてもらえるよう時間をかけて懇切丁寧に説明を続けるが、彼の態度は一向に軟化しなかった。

 むしろ時間をかければかけるほど彼は意固地になってしまう。


「とにかく断る。俺にとって何のメリットもない。チートで俺つえーできるんなら考えてもよかったけど、何が悲しくてそんなセルフ拷問みたいな人生を歩まなきゃならんのだ。だいいち神様なんだったら、よそから魔力のない人間を連れてこなくても、魔力を持たない人間を最初から作れば良いじゃないか」


 新たにゼロから人間を生み出すことはできる。

 だがそれは三十万年かけて育ってきた今の人間とは根本的に異なるものだ。

 確かに今いる全ての人間を滅ぼして、新たな人間を世界中へくことは可能だろう。

 やろうと思えば世界を壊す手段などいくらでもある。


 しかし人間もそれ以外の生物たちも、俺にとっては愛しい我が子同然だ。

 ようやくここまで育った我が子たちをそんな理由で消し去る事など俺にはできない。

 失敗したからといってリセットで全部やり直すなどという傲慢は、たとえ神であろうと許されることではない。


 俺の周りにいる眷属や使徒たちも、魔力はなくとも神力を持っている。

 一度神力を得た者はその存在が消滅するまで神力を失うことはない。

 だから人間の代わりに今回の検証をしてもらうことはできなかった。だからこそ、まったく魔力に汚染されていない人間を別の世界から連れてくる必要があるのだ。


「結局そこが一番ムカつくんだよ。人に苦労の多い役目を押しつけて自分だけ高みの見物ってのが気にくわねえ。あんたその世界の神様なんだろ? さっきの話じゃ、自分のしくじりでこの状況を生んだって言ってたじゃねえか。だったらテメエで体はって責任取れや。よその世界の人間を引っぱってきて苦行を押しつけるんじゃねえよ。自分の体で検証すりゃ良いだろうが。この世界の責任者なんだろ、あんたは!」


 彼の言うことはもっともだった。

 傲慢であってはならないと口にしながらも、それでもやはり俺は傲慢だったのだろう。

 自分の身をはれと言った彼の言葉に、ようやくそれを気付かされた。


 俺は考える。

 彼の言う通り、自分自身が魔力を持たない人間としてこの世界で生きる術を。


 まず邪魔になるのは神力だ。

 俺の持つ神力は眷属や使徒の持つそれとは比べものにならないほど大きい。

 だからそれを一時的にどこかへ移しておく必要があった。


 適当な器ではだめだ。

 俺の力を受け入れられるほどの器などどこにもないが、ならば新しく作り出せば良い。

 一見してそれとわからないような生き物の形を作り、俺の力をそちらへ預ける。

 あとは人間になった俺の側へその生き物を置いておけば、いざというときは力を取り戻すのも簡単だ。


 もうひとつの大きな問題は人間として生きていくための体だろう。

 当然ゼロから新たに作りだしたのでは検証の意味がない。

 だからこれには彼の協力が必要だった。


「あん? 俺の体を貸して欲しい?」


 転生とはいってもその肉体の元となるのは魔力の無い世界で育った彼の体だ。

 姿形は変わるし赤ん坊から成長させることになるが、それでも元は彼自身の体でなければならない。

 そうじゃなければわざわざ他の世界から人間を連れてくるなどという、迂遠うえんなことをする必要はないのだ。


 神力を含めた俺の力を抜き取り、精神だけを彼の体に宿らせる。

 そして適当な人間の家庭に入り込んで魔力を持たないひとりの人間として一生を過ごせば良い。


「いや、そしたら俺はどうなるんだよ? 俺の体をあんたが使うってことは、俺は体が無い状態になっちまうんだろ?」


 そこは問題ないだろう。

 俺の精神が抜けた体を代わりに使ってもらえば良い。

 ただし、俺が一生を終えるまでの間、彼にはこの場に残っておいてもらう必要がある。

 行方不明になられたんじゃあ、体を返すのも元の世界へ送るのも無理だからだ。


 もちろん不自由はさせない。

 ここでは生理的な欲求からも解放されるため、睡眠も食事も必要ないし、性欲とも当然無縁だ。

 擬似的に食事を楽しむのは別に構わないし、彼がいた世界の娯楽へもアクセス出来るように手配できる。

 なんならこの世界をのぞき見て、それこそ彼の言う『高みの見物』をしてもらっても良い。


「ふーん……、悪い話じゃ無いかもな。つまりあんたが寿命で死ぬまでの間、俺はここでネットありテレビありの悠々自適な引きこもり生活してりゃ良いってことだろ?」


 表現に若干不安が残るが、概ねその考えであっていた。


「だけどさ、俺があんたの体を使って悪さするとか思わないのか?」


 それは心配していない。

 神力と能力が抜けた俺の体なんてものは、しょせん丈夫さだけが取り柄の器だ。

 そもそも二十万年前から俺に仕えてくれている爺をここの管理者として残すつもりだ。

 勝手な振る舞いをすればあの爺が黙っちゃいないだろう。


 ああ、世界を観察するだけの力は残しておこうか。

 暇つぶしに使えるだろうし。


「まあ、そういうことなら俺は構わないぞ。別に不利益も無さそうだし。……ああ、数十年単位の引きこもり生活しちまうと、元の世界に戻ったとき普通の生活がおくれなくなるかもしれないけど」


 それについては、彼が望むのなら元の世界へ戻すときに記憶を消去しても良い。

 どちらにしても数十年先の話だろう。


 そんなこんなで俺は彼の体を借り、自ら魔力ゼロ人間の検証を行うことになった。

 魔力ゼロの体に適応しやすいよう彼の同意を得て記憶の一部を借り受ける。

 ただし彼の名前や彼にかかわる人物、地名、団体名などの固有名詞はわからないよう手を入れて。

 名は存在そのものの価値であり財産だ。それは彼だけのものであり、たとえ体や記憶の一部を借り受けたとしても、俺が勝手に使って良いものではない。


 余計な先入観に囚われないよう、自分自身の記憶も封じておいた方が良いと判断した。

 彼の記憶を借り受けるのだから、これで俺は自分の事を転生してきたただの人間だと認識することだろう。


 一応連絡の手段だけは残しておいた方が良いだろうと判断して、彼の言葉が俺に届くよう、そして俺の言葉も彼に届くようにする。

 なおかつそれに違和感を抱かないよう少し手を入れた。


 あとは不測の事態が発生した場合や、緊急時のために記憶の記憶を解く方法も決めるべきだと言うと、彼はこんな事を口にした。


「じゃあ神様に『助けて』って祈るとかにしたらどう? 俺の記憶を借りるって事は、俺と同じような性格になりそうじゃね? 正直神様とか全然信じて無かったし、神頼みなんてするやつの気はしれないけど、そんな俺が神様にすがるってよっぽどのことじゃん。緊急事態の判断基準にはなるだろ?」


 この時はしっくりこなかったものだが、今になって思えばまさに彼の言う通りだった。

 彼の記憶を借り受けた俺の思考はかなり変質している。

 こんな状況に陥っても、神頼みなんて選択肢が彼に言われるまで浮かばなかったくらいだ。


 記憶を取りもどした今、なんとも違和感がぬぐえないでいるが、以前の俺も俺だし、彼の影響を相当に受けている今の俺もやっぱり俺であることに変わりない。

 たとえ今の俺が大分彼寄りの思考をしていたとしてもだ。

 というか、以前の俺は自分の事も『私』と呼んでいたしな。


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― 新着の感想 ―
[一言] んー。フォルスも基本的に目指す方針は同じだった(少なくとも今までは)と考えると、あの異常を起こしてる装置の意味は、この創造者?の捨てた選択肢としての意味合いがあったのかな… しかし、こうし…
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