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にわにはにわにわとりが  作者: 高光晶
第十章 にわにはにわにわとりが

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第170羽

「久しぶりだな、残念レビィ」


 人を小馬鹿にしたような物言い。

 やや縦に細長い顔と吊り上がった特徴的なキツネ目。


「バルテオット……、なんでお前がここに?」


 そう。

 そこにいたのは旧貴族家のボンボンにして、学舎時代いつも俺をコケにしてくれたバルテオット・ルオ・ミーズだ。


 以前フィールズ大会で戦って以降、その姿を見たことはなかったのだが、そういえば少し前にラーラがシュレイダーと一緒にいたところを見かけたとか言ってたな。

 見間違いという可能性もあったけど、今この場にいるということは……つまりそういうことなんだろう。


「なんでだと?」


 その瞬間、バルテオットが鬼のような形相を見せて激怒する。


「お前のせいに決まっているだろうが! フィールズ大会で辱めを受けてからというもの、俺の人生はぐちゃぐちゃだ! 街中では見知らぬ人間から指をさして笑われ、家では腫れ物扱いだ! 運営に手を回したことも知られて、仲間からは白い目で見られるし、職場では居場所がなくなった!」


 知らねえよ。前半はともかく後半は自業自得じゃねえか。

 そもそもあそこまでこっちをコケにしてなきゃ、ラーラやニナだってあそこまで質の悪いやり方はしなかっただろうし。


「俺をコケにするこんな世界、もう消え去ってしまえば良いんだ! だから俺はシュレイダー様のお導きで教団に入った。だが世界を作り替える前に残念レビィ、お前にこうして復讐する機会が得られるなんてな! 新しき神はやはり俺たちの味方だ。俺をコケにする古いくそったれな世界は消えて当然だ!」


 フィールズ大会で史上初のギブアップ負けという恥を掻いたバルテオットにとって、大会以後に周囲から向けられる視線は確かに嫌なものだっただろうが……。


「え? それだけのことで?」


「それだけ――だと!」


 いや、だってそうだろ。

 恥を掻いて後ろ指さされたから真っ当な生活を投げ捨ててカルト教団に入信?

 コケにされるから人生がぐちゃぐちゃ?

 自分の思い通りにならない世界だから滅びろってか?


 馬鹿じゃね?


 メンタル弱すぎね?


 その程度で世界の滅びとか願うんだったら、お前からコケにされ続けた学舎生活の中で、俺は十回くらい世界を呪わないといけないじゃないか。アホくさ。


「なるほど、これがいわゆる豆腐メンタルってやつっすね」


「これほど馬鹿馬鹿しい理由でカルト教団に入る人間も珍しいでしょうね」


 俺の内心を代弁するかのようにエンジとラーラが正直な感想を口にする。


「お前らまで俺を馬鹿にするのか!」


「いや、だって馬鹿馬鹿しいし」


「ふざけるなあ!」


 別にあおるつもりはなかったんだが、純粋に思っていたことを口にするとそれだけでバルテオットが憤慨する。

 ただでさえ吊り上がっている目をさらに吊り上げ飛びかかって来ると、周囲の狂信者たちも同時に動き出した。


「ローザ、頼むぞ!」


 俺の命綱、端末居候幽霊のローザに向けて援護を頼み、ピロリンと端末の着信音が響くのを耳にしながらポーチから取りだした煙幕球を投げつける。


「エンジ、ラーラ! あまり俺から離れるなよ!」


「らじゃっす!」


「わかりました!」


 人数差はいかんともしがたいが、こちらにはローザもいる。

 相手によほどの手練てだれでもいない限りはしばらく持ちこたえられるはずだ。


「エア・ハンマー!」


 先手を打ったのは味方。

 発動速度だけなら学舎でも指折りだったラーラの魔法が炸裂する。


「ぐへっ!」


 狂信者のひとりがまともに脇腹へ重い一撃を受けてもんどりうつ。


「これでも食らえ!」


 ポーチから取りだした氷結球ひょうけつきゅうをバルテオットの側に投げつける。

 割れた球体を中心にして周囲が急激に冷却された。


「ちっ!」


 悪態をつきながらバルテオットが飛び退き、ベルトから抜いたダガーを俺に向けて投げつけてくる。

 ピロリーンと俺の端末から音が鳴り、次の瞬間にはダガーが不可視の何かに弾かれてあさっての方へ飛んで行った。


「いいぞ、ローザ!」


 ピロリンピロリーンと連続して端末がメッセージの着信音を軽快に奏でる。

 だが悪いなローザ、さすがに今は端末の画面を覗いてメッセージ内容を確認する暇は無いんだ。


「囲め!」


「新入りが指図さしずすんじゃねーよ!」


 バルテオットが声を張り上げるも、別の狂信者が怒鳴り返す。


 どうやらこの集団においてはバルテオットも立場を確立できていないらしい。連携がとれてないのは俺たちにとって好都合だ。

 おまけにどいつもこいつも戦い慣れして無さそうな雰囲気がある。

 それが証拠に正面から鉄の棒を手に殴りかかってくるふたりの狂信者を、エンジは涼しい顔でさばいていた。


「そんなひょろひょろ、当たらないっすよ!」


 有り余る魔力で普段ならあり得ないほど身体強化をしたエンジが、ひょいと狂信者の攻撃を避ける。

 魔力が有り余っているのは相手も同じはずなんだが、その動きはどうにも精彩を欠いている。


 もしかしたら疑似中核に魔力を注いでいるようなあいつらの行動に原因があるのだろうか? わからんけど。


「エレクトリックシャワー!」


 いつもよりも数倍の広さにラーラの魔法が降り注ぐ。


 こっちは有り余る魔力を思う存分使っているようだ。

 楽しそうで結構なことだが、ローザみたいにラリったりしないだろうな?


 そこへ追い打ちのように俺の投げつけた氷結球が破裂する。

 今度は回避に失敗したバルテオットの足が靴ごと床に貼り付いた。


 気が付いて見れば十人ほどいた狂信者のうち、立っているのはバルテオットひとり。

 それも足はもう動かせない。


「な、何で俺が残念レビィなんかに!?」


 劣勢を悟ったバルテオットが忌々(いまいま)しそうに俺を睨む。


「そうやって人を見下してばっかりいるから、足もとをすくわれるんじゃねえのか?」


「レビィごときが偉そうに!」


 まあそうだろうな。

 自分をかえりみることができるなら、こんなひねくれた人間にはなっていないだろう。

 俺がどうこう言ったところでその考えが変わるわけもない。


「うるさいですよ、エア・ハンマー!」


 なおもゴチャゴチャと罵声をあびせてくるバルテオットに、ラーラの無慈悲な魔法が直撃する。


「ぐげっ」


 腹部に重い一撃を食らったバルテオットはそのまま床へ倒れこんで動かなくなった。


「おいおい、殺してねえだろうな?」


「……手加減はしました」


 ならどうして目をそらす。

 おいこら、俺の目を見ろラーラ。


「そんなことよりレビさん、まだ戦いは終わっていませんよ」


 あ、こいつあからさまに話をそらしやがった。


 確かに俺たちが相手したのは狂信者集団の一部でしかない。

 だが残りの相手をしているのはアヤとクロ子のふたりだ。

 あのふたりなら俺たちのサポートなんて必要ないだろう。


「もう終わりそうじゃねえか」


 見ればもはや雌雄は決している。


 クロ子と対峙しているシュレイダーこそまだ抵抗しているが、アヤが相手をしていた残りの狂信者は全員が床に首を残して埋まっていた。

 さすが転生チート。


 雑魚を片付けたアヤがクロ子と並んでシュレイダーに迫る。


「まだ抵抗する?」


 圧倒的優位な立場の人間だけに許される上から目線の問いかけ。


 シュレイダーがどれだけの力を持っているのかは知らないが、さすがにアヤとクロ子のふたりを相手取るほどの力はないだろう。

 そんな力があったら学都の時も逃げ出したりしないはずだ。


「ぐ……」


 追い詰められたシュレイダーが言葉を詰まらせる。

 だがまさにチェックメイトという表現がピッタリなその状況に、突然割って入る声がした。


「情けないな、シュレイダー」


 それは声優になればお姉様方から圧倒的な人気を集めそうなイケメンボイス。



 ああ嫌だ。



 現実ってのはとことん人の期待を裏切り続け、悪い予感だけは的中するものらしい。


「お前は結局その程度か?」


 俺はこの声を知っている。

 聞き慣れた声と言ってもいい。


 同時にこんなところでは聞きたくなかった声だ。


 気のせいであればどれだけ良かっただろう。

 だがそんな俺の願いをよそに、現実は今目の前にあった。


 聞き覚えのある声の主を探して視線を動かした先で、俺は見たくもない人物の姿を見つけてしまう。


「え……、あれは……」


 同じようにその姿を捉えたラーラが目を丸くしていた。


 俺だって驚いている。

 だがどこかでこの事態に納得している自分がいるのも否定できないことだった。


 赤みがかった茶髪とブラウンの瞳、すらりとした長身と無駄の無い筋肉が形作る理想の体型。

 容姿端麗、成績優秀、品行方正のリアルイケメンチートがそこにいる。


 予想通り?


 ああそうだな。

 俺だって薄々感付いてはいたさ。


 それでも信じたくなかった。

 俺にとっては大事な友人だ。

 バルテオットのように見下してくることもなく、他の同級生たちのように馬鹿にすることもなく、昔から俺と対等につきあってくれた自慢の友人だ。


 その友人が俺の知らない表情を浮かべ、俺の知らない冷たい声を口にしながら目の前に現れた。


 自分の中で大事な何かが失われるのを実感しながら、俺は苦々しくその友人の名を口にする。


「フォルス……」


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