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にわにはにわにわとりが  作者: 高光晶
第十章 にわにはにわにわとりが

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第169羽

「レビさんレビさん、あそこ見てください」


 ラーラが指をさして俺の視線を誘導する。


「あれは……シュレイダーか?」


 集団の中央、周囲よりも一段高い台の上に立ってあれこれと指示を出しているのは、白衣の中からはち切れんばかりの筋肉を感じさせるチョビひげのおっさん。

 以前俺たちを学都に呼び寄せて監禁しようとした『偽りの世界』の信者シュレイダーだった。


 そういえば少し前にラーラがシュレイダーらしき人物を見かけたと言ってたな。

 見間違いでも気のせいでもなく、実際に俺たちの住む町に潜伏していたのだろう。


 シュレイダーの名にアヤが反応する。


「ふーん、あれが話に聞いていた人物?」


「間違いない。アヤは面識あるか?」


「いいえ、直接会ったことはないはずだけど……」


「だけど?」


「確かにちょっと妙な感じのする人物ね。普通の人間じゃないわ、あれ」


 真性の転生チート持ちに普通じゃないと言わしめるとか、あのシュレイダーという男、結構ヤバイ人間だったのか?


 それも気になるが、それ以上に気になるのは先ほどから周囲を照らす光の発生源だ。

 てっきり魔光照まこうしょうだとばかり思っていた俺の予想は見事にはずれ、その光源を見た俺たち全員がある意味納得の表情を見せていた。


 やつらがいそいそと運んだり並べたりしているのは艶のあるピンク色の球体。

 そう、疑似中核ぎじちゅうかくだ。


 魔力をぶつければ周辺に魔力暴走をもたらし、物理的に破壊すれば周囲の魔力を消失させるやっかいな代物。

 俺たちをさんざん振り回してくれた人造のダンジョン中核。


 それがひとつやふたつではない。狂信者たちの周囲を取り囲むように無数の疑似中核が並べられている。その数は――。


「千個くらいはありそうね……」


「まるで魚卵の醤油漬けみたいですね」


「いや、ラーラ。その感想はおかしい」


 確かにギッシリと並べられた球体の塊はイクラか明太子かといった感じもするが、その一粒一粒だけでもとんでもない事態を引き起こすとんでもない危険物だ。


 しかもなんか大きくねえ?

 以前見たことがあるのはソフトボールよりちょっと大きいくらいだったけど、遠目にもドッジボールくらいの大きさに見えるぞ。


「あれだけの疑似中核があれば世界の法則だって歪みもするわ」


 珍しくアヤが顔を青くしている。


「あれが本当に原因なんすか?」


 事前に俺から話を聞いていたとはいえ、エンジはまだ半信半疑のようだ。


「お前だってユリアちゃん捜索の時、実際目にしただろうが。あの時は小さな疑似中核ひとつであれだけの魔力暴走が起こったんだぞ」


「ですがレビさん。あの時は確かティアさんの魔法で疑似中核を壊したから暴走が起こったんですよね? 見たところ壊している様子もありませんけど、なんでこれだけの魔力暴走が起こってるんでしょうか?」


「知らねえよ。そもそも疑似中核自体わからんことだらけなんだから」


「彼ら、ひとつひとつの疑似中核に手をかざして何かしているわね。……もしかしたら魔力をぶつけて破壊する以外の方法で魔力暴走を起こせるようにしたのかもしれないわ」


 アヤの言う通りだ。研究を進めた結果、破壊しなくても魔力暴走を発生させられるようになったのかもしれない。

 まあ実際そのあたりはここでボケッと見ていたところでわかりはしない。


「どうしましょうか、お父様?」


 俺の服を引いてクロ子が確認してくる。


「いったん戻って仲間全員を連れてこられれば良いんだが……」


「それは難しいでしょうね。四十一階層で見つけたあの広間だって、もう一度たどり着けるかどうかわからないもの。調査を進めればいずれは確実にあの広間へたどり着けるようになるかもしれないけど、今回はたまたま運が良かっただけでしょう」


「なんだよなあ」


 時間をかけても戦力を増やすことを優先するか、それとも今ここでヤツらを叩くか……。


 この魔力暴走下であれだけ問題なく動き回っているということは、パルノのようにほとんど魔力を持っていない人間たちなのかもしれない。

 奴隷認定を受けられるほどの低魔力であれば、世の中に対する鬱屈した感情からカルト宗教にはまってもおかしくないもんな。俺は前世の記憶があるおかげでそんな不平不満を溜め込むこともなかったが。


 だが問題は連中が俺たちと同じように過剰魔力への対処法を知っていた場合だ。

 見た感じシュレイダー以外はひょろひょろの体つきだからゴリゴリの格闘戦はできそうにないが、もし魔法を使える人間たちだったら過剰魔力で満ちたこの状況は有利に働くだろう。


「戦ったとして、勝算はあるか?」


「お任せくださいお父様。あのように不埒ふらちな輩など、私がお父様に代わって鉄槌を下して見せますとも」


「正直不安要素は多いけど、放って置くわけにもいかないでしょうね。クローディットと私が先行して、あとは月明かりの一族がちゃんとカバーをしてくれれば……」


「レビさんレビさん。あの疑似中核、物理的に破壊すれば魔力が消失するんですよね? だったら彼らを排除するよりも疑似中核を破壊してからさっさと逃げてしまうのではダメなんですか?」


「そう単純な話なら良いけどさ。そういうわけにはいかないだろ、アヤ?」


「そうね。まず疑似中核を物理的に破壊したとして、それでこちらの思い通りに魔力消失が起こるとは限らないわ。私たちの知る疑似中核は魔力暴走を起こす時に砕け散ってなくなるもの。今あそこにある疑似中核は私たちの知るそれと別物である可能性が高いでしょうね」


 そもそも一度魔力暴走を起こした疑似中核が、そのまま魔力消失を引き起こせるかどうかだってわかりゃしない。

 それこそ実験してみないとわからないだろう。


「次にあれだけの疑似中核を短い時間で破壊する手段がないわ」


 ひとつふたつならなんとかなるかもしれないが、千個にも達しようかという疑似中核を一度に破壊するのは無理だ。

 時間をかければできるだろうけど、当然それをヤツらが黙って見ているわけもない。

 大規模魔法をぶっ放すんなら話は別だが、疑似中核に魔法をぶつければ魔力暴走を引き起こすのだから、今の状況では意味がないもんな。


「最後にいくらここで疑似中核を破壊したところで、彼らがまた同じ事態を引き起こすだけよ」


 結局のところここにある疑似中核を全部破壊できたところで、一時的に状況が改善するだけの話だ。

 問題の根源を絶たない限り、そのうち同じ事が繰り返されるだろう。


 結局このままヤツらを放置できないという結論に至り、俺たちは突入を決断する。


「最初に私とラーラさんの魔法で可能な限り無力化するわ。その間にクローディットは敵の首魁を抑えて。私は周囲の敵を掃討するから、レバルト君とラーラさんは無理のない範囲で援護を、エンジ君はレバルト君とラーラさんの守りをお願い」


「任せて」


「わかった」


「わかりました」


「了解っす」


 役割分担を決めて手はずを整える。

 敵に気付かれないよう慎重に距離を詰めて、まずはアヤとラーラが不意打ちの一手を指した。


「痺!」


「バインド!」


 完全に奇襲となったふたりの魔法により、無防備だった敵がバタバタと倒れていく。

 アヤの麻痺魔法で十人ほどが硬直し、ラーラの拘束魔法でひとりが身動き取れなくなった。


「クロ子、いっきまーす!」


 陽気な掛け声と共にクロ子が大槌を手に突撃する。目指すはシュレイダーだ。


 途中、ラーラの拘束魔法によりもがいていた敵を行きがけの駄賃代わりに一発殴っていく。

 ぐでりと体を横たえた敵は意識を失ったらしく、そのまま動かなくなった。


 ……死んでねえよな?


「な、なんだ!?」


「敵だ!」


聖球せいきゅうを守れ!」


 敵が混乱する。その間にクロ子がシュレイダーに接近し、大槌を振り下ろした。

 意外なことにシュレイダーはその一撃をひらりとかわす。


 学都ではさっさと逃げ出したシュレイダーだが、もしかして結構戦える人間なのか?

 確かに見た目マッチョな戦士風の体つきだけど。


「また貴様か!」


 素早くクロ子と距離を取ったシュレイダーが吐き捨てるように言った。

 他方ではアヤが残る狂信者たちを次々と無力化していく。


「埋!」


 一体どういう仕組みなのかはわからないが、アヤが魔法を唱えるたびに敵の体が床に沈み込んでいく。

 硬い床がまるで沼のように人体を飲み込むと、首から上だけを残して再びもとの床に戻った。

 ……あれ、呼吸できるのかな?


 え? さっさと殺せば良いのに、って?

 いやいや。いくらテロ行為同然の事件を引き起こしたカルト集団とはいえ、そう簡単に殺すわけにはいかんだろ。ここは法治国家なんだから。


「黒髪の女かあ!」


 それを見ていたシュレイダーが憎々しげにアヤを睨む。


「何をしている! くたびれた神の手先など、さっさと殺してしまえ!」


 シュレイダーの号令に、それまで慌てふためくだけだった狂信者たちの動きが変わる。

 態勢を整えて五人ほどで小集団を構成すると、互いをフォローするように位置取りをしながらアヤに対峙しはじめた。


 もっともそれであの転生チートが止められるわけもない。

 狂信者たちは次々と無力化されていく。シュレイダー自身もクロ子につきまとわれ、ほとんど防戦一方だ。


「後ろのヤツを狙え!」


 狂信者の中からそんな声が聞こえた。


 うん、まあそうだろうな。


 アヤにしろクロ子にしろ、普通の人間が太刀打ちできる相手じゃない。

 その点俺やラーラはかなり与しやすい相手だろうし、エンジも潤沢な魔力で身体強化をして能力アップしているとはいえ、アヤたちに比べればまだ常人の範囲だ。

 俺たちが狙われるのも当然と言える。


 前方から俺たちに向けて十人ほどの集団が襲いかかってきた。

 その中に見覚えのある顔を見つけ、俺は驚愕に目を見開く。


「お前は……!」


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