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にわにはにわにわとりが  作者: 高光晶
第十章 にわにはにわにわとりが

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第166羽

「なんだこれ? まぶしすぎんだろ!」


「うあ、目がくらむっす!」


 階段を降りた途端、目に飛び込んでくるのは白、白、白のまばゆい光。


 いや、これ光なんて生半可なもんじゃねーぞ。

 ナイトビジョン装備してるところに閃光弾食らったみたいなまぶしさだ。


 もちろんナイトビジョン使ったことも閃光弾食らったこともないけどさ。

 それくらいまぶしい。


「レビさんレビさん。目、開けられます?」


「無理だよ無理無理。無理が着飾ってコサックダンスするくらい無理だ。絶対目がつぶれるっての」


「あれえ? 兄貴どこにいるんすか?」


「あー、声の感じだと多分エンジの後ろにいるっぽい」


 とても目を開けられるような状態じゃない。

 普通に声は聞こえるので、耳を頼りにして位置をだいたい確認するくらいだろう。


「お父様、モンスターです!」


「レバルト君たち、気をつけて!」


「いや、気をつけるも何もどうしろと!?」


 クロ子とアヤから警告が飛んでくるが、まともに目を開くこともできない状態では防御も回避もできるわけがない。


「クローディット、右側お願い!」


「了解、アヤたん!」


 ふたりの会話が聞こえたと思ったら、何やら柔らかいものを切ったりつぶしたりするような音が聞こえてくる。

 戦ってるのか? っていうことは、この状態で敵の位置をしっかりと捉えてるってことか?

 チートか? チートだからなのか?


「レバルト君たちはじっとしてて、私とクローディットで対応できるから」


「すまん、頼む!」


 安全なところへ移動しようにも、さっき降りてきた階段の場所すら見えなくなってる。

 今の俺たちにできることはアヤたちの邪魔にならないようじっとしていることくらいだ。


 しばらく続いてた戦闘の音が止み、近づいて来た足音がクロ子とアヤの声に取って代わる。


「もう大丈夫です、お父様」


「モンスターは全部追い払ったわ」


「そうか……。正直俺にはモンスターの姿どころか壁も床も見えないから何とも言えないが。というか、ふたりはこのまぶしさでも見えてるのか?」


「いいえ、見えてはいないわよ」


「えーと……、じゃあどうやってモンスターと戦ってたんですか?」


 正面から届くアヤの返事に、今度は俺の後方からラーラの問いが飛んできた。


「目を閉じても音とか振動とか、空気の揺れとかで位置は判断できるから」


 なるほど、要するにチートだって事だけはわかった。


「しかし、これどうするよ。真っ暗ってんなら灯りをつければ良いけど、まさかまぶしくて何も見えないなんてのは想定外だ」


「サングラスをかければまぶしくないのでは?」


「そりゃそうだろうよ。じゃあ試みに聞くが、お前はサングラス持って来てんのか、ラーラ?」


「レビさんみたいな変わり者と一緒にしないでください」


「お前にだけは言われたくない」


 少なくとも俺はお前さんより常識人の自覚はあるぞ。


「まあ、ダンジョンへ潜るのにサングラス持参してるヤツなんていないだろう」


 普通は暗くて困ることはあっても、明るすぎて困る事なんてないからな。


「そうね……、ちょっと試してみましょうか」


 まぶた越しでも真っ白としか言うほかない視界の中でアヤが魔法を使う声が聞こえた。


「遮」


 どんな魔法を使ったのか、次第にまぶしさが和らいでいく。


「もう目を開けても大丈夫よ」


 そう促されて恐る恐るまぶたを上げると、まず目に飛び込んできたのは白い背景に浮かび上がる和風美人アヤの顔。

 ぐるりと首を回せばクロ子やラーラ、エンジの姿も見つけることが出来た。


「なんだこりゃ?」


 不思議なのはその背景だ。

 遠方を見ればどこまでも続く真っ白な光の世界。

 その中にぽっかりと空いた穴のように、俺たちの周囲だけが見えている。


「さっきレバルト君が言ったじゃない。『真っ暗なら灯りをつければ良い』って。だから逆に私たちを包むような影の球体を作ってみたの」


「へえ……なるほど」


 それがこの不思議な光景って事か。

 俺たちを中心にして光とは逆に影の状態を作り出し、『闇を光で照らす』ならぬ『光を闇で照らした』わけだ。


 うーむ。じっくり見ても摩訶不思議な感じは拭えないなあ。

 そもそもどうやって何も無いところに影を作り出すのか……。

 うん、考えたところで俺にわかるわけもないな。


 光で閉ざされたフロア全体の中、俺たちの周囲十メートル程だけまばゆさが緩和されて視界を確保できている。

 もちろんその先は真っ暗闇ならぬ真っ白光だ。


「ちなみに、さっき襲ってきたモンスターってのは?」


「これですよ、お父様」


 俺の疑問にクロ子がひょろっとした長い物体を持ってくる。


「植物?」


 クロ子が手に持って見せてくれたのは、太さ一センチから二センチくらいのツタみたいな植物だった。


「植物系のモンスターでしょうか?」


 後ろからラーラが覗き込んでくる。


「でしょうね。数は多いけど動きは遅いし簡単に切れるから、見えてさえいれば大して危険な相手じゃ無いわ」


 アヤの言う『大した相手じゃ無い』をどこまで信じて良いものかわからないが、確かに弱いモンスター相手でもこちらの視界が全くゼロの状態では危険極まりないだろう。

 逆に言えば視界が確保できれば格段に危険度は下がる。


 むしろこのフロアに限って言えばやっかいなのはモンスターそのものじゃなくて、視界を奪うトラップの方だ。


「これ、情報共有しておいた方が良くないか? 対策なしに放り込まれたら他のパーティも危険だろ」


 さすがに光を闇で照らすみたいな非常識魔法、普通の魔法使いは使えないと思うし。


「多分大丈夫だと思うわ。上の階にメッセージを残しておけば、この階段から下りたパーティには伝わると思うし、他の階段から下りたとしても視界が閉ざされたくらいであの程度のモンスターに遅れを取るメンバーはいないから」


 なるほど。

 俺には全く理解できない境地だが、アヤと肩をならべて戦ってきた彼らならそれくらいは容易いと。


「強いモンスターが出るなら危ないかもしれないけど、多分一戦して上の階に後退するくらいなら大丈夫よ」


 まあ長年一緒に戦ってきたアヤがそう言うんなら大丈夫なんだろう。


「じゃあ俺たちはこのまま調査続行ってことで良いのか?」


「そうね。モンスターも大した事無さそうだし、さっさと進みましょう」


 そのまま俺たちは四十階層の調査を開始した。


 結論から言うと、フロア全体がまぶしいくらいでさほど手こずることも無く四十一階層への階段を見つけることが出来た。

 やはり最大の障害は視界を奪われるという点にあったらしい。

 それ以外にはこれといったトラップもなく、行く手を阻むモンスターも数こそ多いもののエンジやラーラでも対応できるほどの弱さだった。


 一番困ったのは多分マッピングを担当する俺だろう。

 距離が開くほどまぶしくて見えなくなる特殊な環境下では、普段通りの感覚が通用しない。

 マップを書き込むにしても距離感がつかめないのはとてもやりづらかった。


 調査そのものは順調に進み、二日ほどでフロア全体のマッピングも完了する。

 とは言ってもほとんど俺たちのパーティがマップをつぶして回ったんだが……。


 どうもこのフロア、サングラスをかけた程度では遮断できないほどのまぶしさだったらしい。

 他のパーティは最初サングラスを、それが効果を発揮しないとみるや溶接用のマスクを着用したのだが、それでようやく壁やモンスターがおぼろげに見える程度なんだとか。

 その話を聞いて、思った以上に凶悪なトラップだったんだと背筋が寒くなった。

 同時に魔法ひとつでそのトラップを無効化してしまうアヤのチートさが浮き彫りになったが。


 そんなわけでまともに調査できるのはアヤがいる俺たちのパーティだけとなってしまったのだ。

 幸いまぶしい以外はこれといった障害もなく、フロアの造りも複雑なものではなかったから調査も二日だけですんだ。


「いやあ、まぶしいだけですんで良かったっすね。一方通行のトラップと同時だったりしたらマジヤバかったっす」


「……お前さあ。そういうことは思っても口にするんじゃねえよ」


「もっと下層に行けばそういうフロアもあるかもしれないわね……」


 思ったことをそのまま口にするエンジへ俺がジト目を向ける横で、アヤは真剣に考え込む。


 警戒は必要だろうと認識を統一したところで、俺たちは四十一階層へと突入した。

 四十階層とは打って変わって暗闇に包まれたフロアが目の前に広がる。


 さあて、ここはどんなモンスターやトラップが待ち構えていることやら。


2021/03/30 誤字修正 対した → 大した

※誤字報告ありがとうございます。

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