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にわにはにわにわとりが  作者: 高光晶
第十章 にわにはにわにわとりが

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第161羽

「ダメに決まってんだろうが」


「ですよねー」


 テヘッとでも言いそうな軽さでクロ子が返事する。


「とはいえずっとクロ子に抑えてもらうわけにもいかんしなあ」


「でしたらこの子、しばらく眠ってもらいましょうか?」


「それ、永眠とかいう意味じゃないよな?」


「そんなわけないじゃないですか」


「ちゃんと生命活動が維持されて、体に回復不可能な傷を負わせず、事態が沈静化したら速やかに目覚めさせることができるなら良いぞ」


「むー。お父様、わたしのこと信用してないんですか? マイナス七ポイントです」


 信用できるとでも思っているのだろうか、この電波シスターは。

 あと、そのポイントシステム相変わらず意味分かんねえからな。でも俺は突っ込んでやらねーぞ。


「取り返しのつかない状態にならない、ってんなら眠らせてくれ。もちろんユキを正気に戻すことができるんならそれが一番だが」


「今の状態では無理です。魔力にあてられてますから」


 暴れるユキを押さえ込んだままそう答えると、クロ子は手をかざす。

 その状態から繰り出されたのは何の変哲も無いチョップ。

 だが軽く放たれたようにしか見えない一撃がユキの首の後ろあたりに加えられると、瞬時にその効果が現れた。


 必死に手足をバタつかせていたユキがぐったりと力を失い大人しくなる。

 なんだよそれ。あれか? ドラマとかでよく見る頸椎けいついトンってやつか?


 ともかく助かった事は間違いない。

 いくら相手がクロ子でも、人として感謝は表すべきだろう。


「助かった。ありがとうクロ子」


「い、いいえ! お父様のお役に立てるのならこのクローディット、この程度はお安い御用です! 犠牲になった白ネコも本望でしょう!」


「犠牲って……、え? 殺してないよな? ユキは無事なんだよな!?」


「大丈夫ですよ。過剰な魔力を浴びている間は眠ったままです」


「そ、そうか……。眠ってるだけなら、うん。まあそれで良い」


 どういう原理かわからないが、どうせ聞いたところで魔法も使えない俺に理解できるとは思えないしな。


「しかし、良いタイミングで来てくれたな」


「まあこんな状況ですし」


 クロ子の言う『こんな状況』は改めて説明するまでもないよな。

 家から一歩外に出ればこの町がどれだけおかしな状況下にあるのか、馬鹿でもわかるはずだ。


「この町で何が起こってるんだか……」


「お父様。今起こっている問題はこの町だけのことではありませんよ?」


「は?」


立体映信りったいえいしんはご覧になってないのですか?」


「いや、俺もさっきまでパルノと外にいたからな」


 多少落ち着きを取りもどしながらも、なおも泣き続けているパルノをあやしながらクロ子へ答える。

 ティアを送り届けるために外へ出ていた上、家に戻ってくるなりパルノの足が消えるわ、ユキが襲いかかって来るわで立体映信どころじゃなかった。


「何か事件でもあったのか?」


 俺がいない間、立体映信のあるリビングで待機していたエンジなら何か知っているかもしれないと思って訊ねる。


 ラーラ? あいつはユキが心配らしくルイと一緒に白いモフモフを心配そうになで回している。

 心配そうな表情を別にすればやっている事はいつも通りだけど。


「ちびっ子が『ミラクルもふもふ動物園』見たいってチャンネル勝手に替えたから、ニュースは見てないっす」


 あの空色ツインテールはこの異常事態にも自分の欲望を優先するのか……。

 いや、もしかしたら自らの精神を安定させるために気の紛れる番組を選んだのかもしれないが。


「ちょっとチャンネル替えてくれるか?」


 ちなみにリモコンは魔力に反応するタイプなので俺には扱えない。


「っす」


 短い返事を残してエンジがリモコンを操作する。

 ニュースチャンネルに立体映信が切り替わった途端、見覚えのある光景が飛び込んできた。


『ごらんください、これは一体何が起こっているのでしょうか!?』


 何かで鋭利に切り取られたような断面をあらわにする建物。

 突然前触れもなく現れる炎や雷。

 雪のように降り積もる黒い何か。

 そして道端でうずくまる大勢の人達。


『空もこのように異常な色で染まっています』


 カメラが動いて上に向けられると、立体映信に映し出されるのは緑色と紫色でマーブル模様になった空だ。

 さっき俺が目にした空とは色も模様も違うが、尋常ではないという点は共通しているだろう。


『体調不良を訴える人、意識を失う人も続出しており、救護の手さえ回らない状況のようです。我が局でも大部分が自力で動く事もできず、我々撮影スタッフは急遽複数の部署からかき集められた人員で構成されています』


 おそらくこのレポーターもカメラマンも保有魔力がかなり小さいのだろう。

 人並みの魔力を持っていたらきっと立っていられる状態ではないはずだ。


『ああっ! カメラさん!』


 レポーターが声を張り上げると同時に映像が大きく揺れて見当違いの方向を映し出す。

 どうやらカメラが地面に落ちたらしい。


『しっかりしてください!』


 レポーターの声だけが画面外から聞こえてくる。

 カメラマンに何か問題が起こったのだろう。

 気を失ったか、それともパルノのように手足のいずれかを失ったか。


 エンジに頼んで他のニュースチャンネルに切り替えてもらったが、どの局も各地で発生した異常事態を報道していた。

 それも同じ箇所の出来事ではない。

 俺たちの住んでいる町を含め、世界で同時多発的に極大の魔力暴走が発生しているらしい。


「これは……ひどいな」


 各地の惨状を目にして思わず呻く。


「お父様。実はわたし、アヤたんから頼まれてここに来たんです」


「アヤから?」


「アヤたんが『月明かりの一族を借りたい』と」


「月明かりっていうと、ローザをか?」


「そうです。どうにも人手が足りないからって」


 人手が足りない?

 どういうことだ? アヤは異変の原因に心当たりがあるのか?


 いや、心当たりなんて俺もひとつしか思い浮かばない。

 あんただってさんざん見てきたはずだ。


 そう。

 人為的に魔力暴走を起こせるあの『疑似中核』だよ。


 今まで起こってきた暴走とはレベルが違うが、アヤが動くとなれば関連性は高いのだろう。

 そりゃこの状況を変える事ができるのであれば、ローザをアヤのもとへ派遣するのもやぶさかではないが……。


「ということらしいんだが、どうするローザ?」


《危険ではありませんか?》


 目に見えない幽霊へ問いかけると、ローザにしては慎重な意見が返ってきた。


「危険かどうかはわからんが、もちろん無理強いするつもりはない。自分で決めてもらって構わないぞ」


 あくまでもローザは俺の端末に居候しているだけで、俺の部下でも手下でもない。

 本人の意向を無視して命令する権利などないのだ。ましてや危険が想定されるとなれば当然だろう。

 だがそんな俺の気遣いは完全にズレていたらしい。


《いえ、危険なのは主様ですよ?》


「は? なんで俺が危険なんだ?」


 ローザの言葉に意味がわからず問い返す。


《だって私が行くってことは主様が行くって事ですよね?》


「なんで俺まで行く必要があるんだ。この端末をクロ子に預ければ良いんじゃないか? お前、この端末に取り憑いてるんだろう?」


《確かに私は主様の端末を依り代にしていますが、それは主様が身につけているからこそですよ? 主様の手から離れれば、依り代としては役に立ちませんし》


「え……。ってことは何か? 俺も一緒に行かなきゃならんってことなのか?」


《そういうことになりますね》


「大丈夫です! お父様に近付く不届きな輩は全てこのわたしが蹴散らして見せますから!」


 予想外の話に戸惑う俺と、平然とメッセージを返すローザ。

 そしてフンスーと鼻息荒く笑顔で宣言するクロ子。


 あれ?

 これって、完全に俺も一緒に行く流れ?

 マジかよ。


 だがまあ確かにこの状況を放置して置くわけにもいかない。

 ラーラとエンジはともかくとして、ティアは意識不明の状態だし、パルノは両足を失っている。

 ユキも今はクロ子のおかげで大人しく眠っているが、目を覚ませば再び俺たちに牙をむくはずだ。

 そもそも町がこの状態では日常生活もなにもあったもんじゃない。


 このままじゃまずいってのは言うまでもないだろう。

 ローザは危険だと言ったが、実際に何をするのかアヤの口から聞いたわけでもないのだ。

 どの程度の危険があるのかはまだわからないし、現状を打破するためなら多少の危険は受け入れるしかない。


「わかった、とりあえずアヤに話だけでも聞いてみよう。判断するのはそれからだ」


 俺は覚悟を決めてクロ子にそう告げるが、その前にやらなきゃならない事がいくつかあった。


「とはいえパルノをこのままここに残して置くわけにはいかない。ルイとユキのこともある」


 足を失ったパルノをひとりにはできない。

 といっていつまでもラーラとエンジをここに止めておくのも無理だ。こいつらにだって帰る家と家族がいる。口には出さないが心配だろう。

 そうするとルイだって残しておけないし、眠らされているとはいえユキも放置できない。


「レビさんレビさん。ルイとユキはうちで預かりますよ。良ければパルノさんも」


 ラーラがそう申し出る。

 初対面の頃はずいぶんパルノに強く当たっていたラーラだが、近頃はあのとげとげしかった口撃もなりをひそめている。

 パルノが自立して働くようになった頃から少しずつ歩み寄りができているようだ。


「ルイとパルノの事はお願いしたいが……さすがにユキはなあ」


 過剰な魔力を浴びている間は眠ったままだとクロ子は言ったが、万が一目を覚ました場合、周囲の人間を襲う可能性がある。

 ラーラの家へ預けるのはちょっとリスクが高い。


「それでしたら白ネコはアヤたんのところへ連れて行けばどうでしょうか? あの別荘なら地下牢とかあると思いますし」


 地下牢があるのかよ、あの別荘……。


 まあ、ラーラの家に預けるよりはまだ安心か。

 少なくとも町の外にある別荘だし、住んでいるのは腕っ節の強いアヤの仲間ばかりだろうからな。


「よし、そうしよう。じゃあまずはルイとパルノをラーラの家まで送って、その後でエンジを家まで送ったら俺とクロ子とローザでアヤのところへ向かうぞ」


「え、別に送ってもらわなくても大丈夫っすよ?」


「今は普通の状況じゃないからな。念には念を入れてだ」


「ンー?」


 それまで俺たちのやり取りを大人しく聞いていたルイがどんぐりのような黒い瞳で俺を見上げる。

 その小さな手が不安そうに俺の服をつまんでいた。


「すまんなルイ。しばらくラーラの家で大人しくしていてくれるか?」


「ンー」


 悲しげな表情を浮かべながらもルイが頷く。


「良い子だ」


 サラサラの薄茶髪を軽くなでていた俺の目に、違和感が飛び込む。


「なんだ? あざ……?」


 それはルイの腕に現れていた痣らしきもの。


 いつの間に?

 昨日まではこんな痣なかったはずだが……。さっきの地震でどこかにぶつけたか?


「ルイ、痛くないのか?」


「ンー?」


 様子を見る限り、痛みがあるわけでは無さそうだ。

 まあ出血しているわけでもないし、大丈夫か。……大丈夫だよな?


 あれ?

 なんだこの喉元に引っかかるような気持ち悪さは。

 異常な事態に見舞われて、ナーバスになってんのかな?


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