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にわにはにわにわとりが  作者: 高光晶
第七章 迷子には救いの手を、狂信者には鉄拳を

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第127羽

 最優先で考えなければならないのが、捕らえられているであろう子供の安全だ。

 それがユリアちゃんなのか、それとも全く関係のない子供なのかはわからない。だが例え見知らぬ子供であろうとも、保護に全力を尽くすのは言うまでもないことだろう。


「となると、可能な限り相手に気付かれないよう忍び込みたいな……」


「レビさんレビさん。それでしたらモジャ男を単独で突入させ、相手が迎撃に手間取っている隙をついて私たちが潜入するというのはどうでしょうか?」


「ちょ、ひどいっす」


「いや、ラーラ。エンジが相手に見つかってる時点で、潜入とはもう言えないからな。第一そんなことしたら、エンジがひとりフルボッコになる未来しか見えないだろ」


「なるほど、確かに突入を察知されてしまってはまずいですね……。モジャ男がフルボッコになるのは別に良いとして」


「いや、良くないっすよ!」


「エンジさん。声が大きいですよ」


 ラーラからのぞんざいな扱いに、声が大きくなったエンジへティアが注意する。


「すみません、(あね)さん。……って、あれ? オレが悪いんすか?」


 ひとり首をひねって納得いかない表情のエンジをよそに、俺たちは突入計画を練っていく。


「まずはあの見張りだな。気付かれないように何とか無力化したいところだが……」


 中の様子はティアのおかげである程度把握できている。入口の見張りさえ何とかすれば、内部はそれほど人の目が行き届いていないらしい。

 全員(俺をのぞく)で不意打ちをするというのは確実性が低そうだ。


「モジャ男が失敗する可能性が高そうですしね」


 さらりとラーラが毒を吐く。


 そう言うお前の魔法も、威力が低すぎて不意打ちには向いてないだろうに。見張りを瞬時に無力化するのが難しいという点では、エンジとそれほど変わりない。


 ではユキと出会ったときのように、ティアの氷魔法で見張りを囲んで動けなくしてしまうのはどうだろうか。


「見張りが入口に近すぎますので、氷壁で囲もうとするとおそらく入口も塞がってしまいます。それに相手の意識を狩り取らない限り、大声をあげられる危険がありますよ」


 無力化するのは良いが、空気穴を開けてしまうと声を封じ込めることが出来ない。

 かといって完全に周囲を塞いだり、氷漬けにしてしまうのは避けたいところだ。例え相手が悪人だったとしても、殺してしまうわけにはいかない。


 やはりここは多少の危険を覚悟の上で、一斉に不意打ちをかけるべきだろうか。

 そうして頭をひねっている最中、俺の個人端末がバイブレーションでメッセージの存在を知らせてきた。


《大家さん。よかったら力をお貸ししましょうか?》


 俺の端末に棲みついているローザからのメッセージだった。


「何か良い案があるのか?」


《私の力であの見張りを眠らせることくらい、造作もないことです》


「そんなことができるのか?」


《ふっふっふ。月明かりの一族を(あなど)ってもらっては困りますとも。特に今日は月が明るいですからね。月の光があたる場所までおびき寄せてもらえれば、(あらが)いがたい眠りを彼らに贈ってさしあげますよ》


 何やら自信がありそうだ。


「月の光があたる場所まで、ねえ……」


 見張りのふたりは入口の側に張りついている。岩陰になったその場所へは月の光は届いていないのだ。

 一方で、少し離れた位置には月明かりで照らされた場所があった。問題は彼らをどうやってそこまでおびき寄せるかだが……。


「ではモジャ男が(おとり)となって見張りをおびき寄せ――」


「警戒されるだけだろうが」


 どうしてもエンジを矢面(やおもて)に立たせたいのか、ラーラの無謀な作戦案を俺は即座に却下する。

 エンジだろうが俺だろうが、こんなところでコソコソとしているようなヤツらに人影を見せたら、絶対に警戒されてしまうだろう。


 ではルイならどうか? 見た目子供のルイなら相手を警戒させずにすむかもしれない。


「却下です」


 先ほどの意趣(いしゅ)返しとばかりに、ラーラが俺の案を棄却する。ルイ大好きを本能で貫くラーラが、そんな危険を許すはずもない。ルイに付き添うとか言い出すのが目に見えている。


 ではユキは?


「近づいてくるどころか、逃げ出すか応援を呼ぶかのどちらかでしょう」


 ティアがもっともな意見を述べる。

 そりゃそうか。森の奥でネコと遭遇して、わざわざ近づこうなんて物好きはそうそういないよな。まして日に日に身体が大きくなり、成体に近づいてきたユキは見慣れない人間からすれば恐怖の対象だろう。


「じゃあ、どうしたもんかな。いかにもな手段だけど、小石でも投げて音を立ててみるか? ……ん、なんだ?」


 無難な方法しか浮かばない俺の足もとで、何かがモゾモゾと動いた。

 なんだろうと思って視線を下に向けると、そこにいたのは白いモフモフという名のウサギ。もとい、ウサギという名の白モフモフだ。


「お前、いつの間に?」


 見かけないと思ったら、こんなところに居たようだ。いつの間に近づいて来たのか、ウサギは俺の足もとでうずくまっていた。


 一同の視線を独り占めにしたウサギは、俺に顔を向けヒクヒクと鼻を動かしたかと思うと、突然茂みから飛び出して見張りたちのいる方向へ跳ねていった。その向かう先にあるのは、木々の合間を縫って差し込む月明かりが照らす一角。


「何のつもりだ?」


「さあ」


 俺の問いかけに、またもモフモフの機会を逃したラーラが不機嫌に答える。


 俺たちが見守る中、ウサギはやがて月明かりの中にその姿をさらす。


「おい」


「なんだ?」


「アレ見ろよ」


 それをに気付いたのだろう。岩陰にいた見張りたちの話し声が聞こえてくる。


「ウサギ? 別に珍しくもないだろ」


「そりゃそうだけど。普通は逃げるだろうに、あんなところでのんびりうずくまってやがる」


「確かに変だな。人間が怖くないのかな?」


「もしかして、撫でられるかな?」


 どうやら見張りのひとりはラーラと同じくモフモフに目がないらしい。


「おい、見張り中だろ」


「ちょっとだけだよ。野生のウサギを撫でるなんて、なかなか出来ないだろ?」


「ったく、しょうがねえな……」


 ひとりは嬉々(きき)として、もうひとりは渋々といった感じで、見張りたちがウサギに近づいていく。近づいてくるふたりに気付いても、ウサギはじっとその場にうずくまって逃げようとしなかった。

 やがて見張りのふたりが、月明かりで照らされた一角に足を踏み入れる。


「レビさん、今がチャンスですよ」


 ラーラの言う通りだ。ウサギに触れようと岩陰を離れた見張りたちは、木々の合間から差し込む月の光へその姿をさらしていた。


「行けるか? ローザ」


《お任せください》


 端末にローザの返信が表示されると同時に、見張りのふたりを照らす月明かりが輝きを増す。幾条もの月明かりを束ねたような強い光が、一瞬だけ陽光にも匹敵するほどのまばゆさを見せた。


「あ、効いたみたいっすよ」


 その輝きがおさまるのにあわせて、見張りのふたりがバタリと地面に倒れこむ。


「あれは……、眠っているのか?」


《ええ、単に深い眠りへ落ちているだけです。でも普通の眠りとは違って、簡単には目が覚めません。夜明けまでは眠り続けるはずですよ》


 へえ、やるじゃないか。ただのなんちゃって幽霊じゃなかったんだな。見直したよ。


《なんせ月明かりの一族ですからね! ……って、幽霊じゃないっていつも言ってるでしょう!》


 相変わらず意味不明な自画自賛をスルーして、俺はティアたちと潜入の段取りを確認する。


 現時点でもティアの使い魔が複数入り込んでいる。そこから得られる情報を元に、捕らえられている子供を救出するのが最優先の目的だ。


 大事なのは相手――面倒なので敵と称する――に気付かれないこと。

 先頭に目と耳の良いエンジが立ち、その後ろに俺とティアが続く。ラーラはルイとユキを連れて後方からついてくるという形だ。


「よし、行くぞ」


「はい、先生」


「了解っす」


「んー」


「にゃあ」


「ああ、私のモフモフが……」


 約一名、モフモフとの別れを惜しんで上の空となっているツインテール以外が、短い返事を口にする。


 おい、ラーラ。いい加減に切り替えろ。さすがに敵のアジトへ潜入するときまでモフモフ軍団を連れて行くわけにはいかんだろうが。ただでさえ四人とモンスター一体にネコ一匹の大所帯なんだから。


 入口の側で大人しく待機する二羽と一匹を置いて、俺たちはティアのナビゲートを頼りに敵のアジトへと足を踏み入れた。


 アジトの中は思っていた以上に人の手が入っている。壁や床は平らに加工され、外部につながる窓さえついていれば、ビルの内部と勘違いしてしまいそうなほどだった。


 入口付近は真っ暗だったが、しばらく進むと一定間隔ごとに魔光照が配置され、とても洞窟の中とは思えないほど明るい。

 しばらく奥へ進んでいくと、少しずつ通路の左右へ木製の扉が姿を見せはじめる。


「あちらの方は人影がありませんでした。まずは人間の気配がない場所から捜索を進めませんか?」


 使い魔経由で敵の位置を把握しているティアがそう提案する。


「そうだな。敵の気配があるところは後にしよう」


 人の気配に注意を払いながら慎重に、時には大胆に内部を進んでいく。

 元は洞窟だったのだろう。道は途中で枝分かれをしつつ、奥へ奥へと続いている。時折扉があったが、周辺に人の気配がないことから、まずは最奥を目指すことにした。


「ここが突き当たりみたいっすね」


 先頭を進んでいたエンジが口にするまでもなく、長く続いていた洞窟の終わりが俺たちの正面を塞いでいた。


「じゃあ、ここから元の方向へ戻りながら、途中の部屋をひとつずつ確認しよう」


 そうすれば少なくとも背後から奇襲を受けたり、挟み撃ちにあう危険は減る。


 え? 出口を塞がれて追い詰められるんじゃないかって?

 そしたらそのときはあれですよ。我が軍の誇る銀髪チート娘投入の一択ですがな。


 ましてこちらには成長して身体も大きくなった元野生のネコもいるんだ。相手にフォルスやアヤ級のチートがいない限りは蹴散らせるだろう。


 まぁそれも、捕らえられている子供の安全が確保できていたらというのが前提だけどな。


 俺たちは先ほど来た道を引き返しながら、途中にある扉を開いて部屋の中を確認していく。

 中の様子を伺うのは耳の良いエンジの役目だ。

 なんだかんだと残念な男だが、気配を探ったり様子を伺ったりするのは得意らしい。聞き耳を立てて中の様子を確認しては、音を立てずにゆっくりと扉を開いていく。


「ここも無人っすね」


 一応事前にティアの使い魔で周辺に人影がなかったことは確認済みだ。しかしティアの使い魔も扉をすり抜けることが出来るわけではないし、視覚や聴覚の共有はできても気配を探るなどの微妙な感覚は共有できないらしい。


 最終的に頼りとするのは人間の鋭敏な感覚である。そして、その感覚が鋭いエンジは斥候としてうってつけの人物だろう。しっかりと役目を果たしてくれいていた。

 そこまでバッチリ気配が読めるのに、どうしてコイツは空色ツインテール娘の地雷だけ、ああも見事に踏み抜くんだろうな? それが不思議でならない。


「ガラクタ置き場ですか?」


 足を踏み入れたラーラが、室内の雑然とした状況を見て言う。

 部屋の中には、至るところへホコリにまみれた物体が放置されていた。ボロボロになった棚へ並べられているものもあるが、ほとんどは乱暴に積み重ねられているだけの状態だ。


「ゴミ捨て場とか廃棄物置き場って感じだよな」


「そうですね」


 どう見ても丁寧に扱われているとは言いがたい見た目に、ティアも同意する。


「ま、見たところ子供も居そうにないし、さっさと次の部屋へ行くか」


 続いて入った部屋は、いくぶんマシな状態だった。

 部屋の中央に机があり、左右の壁には本棚が並べられている。先ほどとは違い、ホコリもかぶっていないところを見ると、現在進行形で誰かが使っている部屋なのだろう。


「とても整理されているとは言えませんけど」


 普段レバルト邸の美化を一手に担っているアシスタント少女が、不合格とばかりにその環境を評する。


「なんすか、ここ? 書斎っすかね?」


「書斎っていうのとはちょっと違う気がするな。棚に並んでいるのも書籍というよりは……、研究資料って感じか?」


 製本された書籍も目に入るが、大半は大量の紙をファイリングしたものだった。書棚と言うよりも資料保管棚と言った方が近い気がする。


 ただ、普通は棚に並べた状態で内容が把握できるよう、ファイルの背表紙にタイトルなり資料名を書くものだろうが、ここにあるファイルはどれもその記述がない。棚にびっしりとまっさらな背表紙が並んでいた。


 まあ、ファイルの色や場所で本人はある程度中身が把握できるんだろう。これだけ大量のファイルがあったら、いちいち背表紙に書き込んでいくのも大変だろうしな。


 そんな事を考えながら、俺は何気なく一冊のファイルを手に取った。


「先生、何をしているんですか? あまりのんびりとはしていられませんから、早く次の部屋を調べましょう」


 ゆっくりしている状況じゃないのは十分理解している。ただ、特に理由があるわけじゃないが、なんとなくこのファイルが気にかかったのだ。


「ん? ああ……、すまん。ちょっと気になってな」


 ティアへ適当な返事を返しながら、俺はファイルのページをパラパラとめくって目を通す。その瞬間――。


「えっ!?」


 高速で移りかわっていく内容を眺めていた俺の目が、とあるページで無視できない記述を発見した。


「どうしましたか、レビさん?」


「ンー?」


 ルイを連れたラーラが、ひょこひょこと近づいて来て俺の手元をのぞきこむ。

 開いた資料のページにはこう書かれていた。



『夏祭り会場での聖球起動実験計画および起動時に周囲へ及ぼす影響の考察』



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