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にわにはにわにわとりが  作者: 高光晶
第七章 迷子には救いの手を、狂信者には鉄拳を

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第126羽

 いきなり身軽になった俺は、気を取り直して周辺の捜索に乗り出す。

 ウサギを抱いて捜索する気満々だったツインテール娘が不満げな表情を見せていたが、そんなことは俺の知ったことじゃあない。


「探すっていっても、どこを探せばいいんすかね?」


 パートナーは頭上に鳥の巣を持つ男、エンジだ。

 ツルツルと滑る俺の肩よりも、エンジのモジャ頭の方がよほど居心地良いだろうに。どうしてフクロウは向こうを選ばなかったのだろうか。


 え?

 フクロウは木の(ウロ)を巣にするんじゃないか、って?

 そうなのか? よく知らんが。


「兄貴。ボーッとしてないで、さっさと行くっすよ」


「ああ、すまん。すぐ行く」


 エンジに(うなが)され、俺はその後を追いかけた。

 見上げれば、木々の合間からのぞく空にティアの放った使い魔があわただしく飛んでいる。

 空には星が瞬き、静寂が支配する森の中。俺とエンジは手に持った懐中電灯の明かりをたよりに進んでいく。


 エンジのセリフではないが、捜索とはいっても実際は手探り状態に近い。どこをどう探せば良いのかなんて俺にもわかりはしないのだ。

 なんせこの森にユリアちゃんがいるかどうかも、ハッキリしていないのだ。一晩中探し回ったあげく、結局ユリアちゃんは近所の警邏(けいら)隊に保護されていました、なんてオチかもしれない。


 やがて捜索開始から四十分ほどが経過した。

 森に入って約一時間。少し疲れを感じはじめた頃、突然近くの茂みがガサリと音を立てる。


「エンジ!」


「ハイっす!」


 とっさにふたりとも戦闘態勢を取る。


 エンジが小剣を抜き放ち、茂みに向けて構える間、俺は後方に下がって明かりで音のした方向を照らす。

 危険な生き物は駆除されているとはいえ、野生の獣が生きている場所だ。油断はできない。


 葉をこすりあわせて音をかき鳴らす茂みを四つの瞳が凝視する中、現れたのはなんだか見覚えのあるモフモフだった。


「ん? お前、さっきの……」


 それは、少し前まで俺の足もとをまとわりついていたキツネらしき動物だった。

 警戒を解いた俺たちの前へトコトコと歩いてくると、そいつは(くわ)えていた何かをポトリと地面へ落とす。


「なんだこれ? ……靴?」


「小さいっすね。子供用っすか?」


 それは子供用と思われる靴のかたわれだった。赤とピンク色をあしらった、女の子が好きそうなデザインの靴だ。


「兄貴、これってもしかして……」


 靴はまだ新しい。少なくとも持ち主の手を離れてから、何日も風雨にさらされたものとは思えなかった。


「ああ……。ティアたちに確認してもらおう」


 持ち主の手を離れて間もない靴があるということは、当然持ち主が近くにいるということである。

 すぐに上空を飛んでいるティアの使い魔を招き寄せ、手がかり発見の報を伝える。


 確認のため、ティアがやって来るのを待つこと十分。


「ラーラさんたちも、もうすぐこちらへ来ると思います」


 息ひとつ切らさずやって来たティアが言う。

 キツネらしきモフモフが咥えてきた靴を、ティアが手に持って検分する。


「見覚えがあります。確かユリアちゃんがこれと同じような靴を履いていたことがあったと……」


 もちろんユリアちゃん本人の靴かどうかはわかりませんけど、とティアは付け加えるが、こんな森の奥へやって来る子供などそうそういるものではないだろう。しかもまだ新しい靴だ。ユリアちゃんの物である可能性は高いと思う。


 どうやら本当に手がかりを持って来たらしいキツネもどきのモフモフへ視線を送る。

 そいつは俺の足に身体をこすりつけるようなしぐさで、今もまとわり続けている。もしかして、コイツはキツネじゃなくてネコなのだろうか?


 さらに待つこと十分。ルイを背に乗せたユキを伴って、ラーラがやって来た。


「この靴がユリアちゃんの物なんですか?」


「それはわからんが、可能性は高いだろう」


 やって来るなり靴を見たラーラが俺に問いかけるが、俺だって確信を持っているわけではない。ただ、ユリアちゃん以外の子供がこんな森の奥までやって来るというのも考えにくい。

 そんな俺の考えを聞いて、ラーラもなるほどと納得した。


「とりあえずユキに匂いを追わせてみますか?」


「そうだな……って、その必要はなさそうだぞ」


 ラーラの案に同意しかけた俺は、すぐさまその言葉を撤回する。

 それまで俺の足もとにいたキツネっぽいモフモフが、一言「わん」と鳴いてゆっくりと歩きはじめたかと思うと、少し離れた場所でこちらを伺うように立ち止まって振り向く。


「どうやら案内するつもりのようですね」


 ティアがキツネの言いたいであろう事を代弁した。

 っていうか、「わん」って……。お前まさか犬なのか? キツネかと思ったらネコっぽい犬でしたみたいなオチかよ、おい。


「どうしたんですか、レビさん? ボーっとしてると置いて行きますよ?」


 空色ツインテ娘に促され、俺は慌てて後を追いかけた。

 そうしてキツネのようなネコっぽい犬らしきモフモフの先導で、俺たちは森の中を進む。


 茂みをかき分け、坂をくだり、しばらく歩いたその先にいたのは先ほど俺の肩で滑りながらもなんとか踏ん張っていたあのフクロウだった。


「ホーッ、ホーッ」


 俺たちの姿を見て、フクロウが遅いぞとばかりに鳴く。

 その足には何やらペンダントらしき物が引っかかっている。


「何か……、持ってるな」


 近づいて見ると、それは銀色の鎖に何かのプレートがついた物だった。

 プレートには平行四辺形を組み合わせた幾何学(きかがく)的な図形が描かれ、その周囲を囲むように文字が彫ってある


「『世界をあるべき姿に』? なんだこりゃ?」


 俺がプレートを手に取った途端、フクロウは鎖から足を離して飛んでいき、少し離れた別の枝へと留まる。


「もしかして、またついて来いっていうパターンっすかね?」


 エンジがフクロウの意図を推測する。


「それっぽいな。アイツも同じ方向へ行こうとしてるし」


 そう言って、俺はキツネっぽいモフモフへ視線をやる。


「今のところ手がかりはこの靴だけです。あの子たちがどこへ行こうとしているのか分かりませんが、ひとまず行ってみましょう」


 ティアの言う通り、子供用の靴という有力な手がかりをたどるならば、アイツらの案内を無視するわけにはいかない。

 反対する者もいないため、俺たちは周囲に注意を払いながらフクロウの後を追っていった。


 フクロウはどんどん森の奥へと進んでいく。

 一体どこまで奥へ連れて行くのだろうか、そんなことをぼんやりと考えていた俺は、突然静かな森へ鳴り響いた着信音に肩を跳ね上げる。


「うふぁっ! ビックリした……。なんだ? メッセージか?」


 こんな森の奥だと通信は届かないはずだが、と思って端末をのぞき込めば、そこに表示されたのは真っ黒な背景に白い文字の見慣れた画面。ローザからのメッセージだった。


《大家さん、ちょっと良いですか?》


「なんだ、ローザかよ」


《あ、ひどいです。そんな言い方されると傷つきますよ、私》


「で? こんな時に何だ?」


《むう……。扱いに物申したいところですが、それは後にしましょう》


 その姿は俺の目に映らないが、見えていたらきっとふくれっ面でもしているのだろう。

 不満そうな言葉を挟んで、ローザからのメッセージが表示される。


《この先に人の気配がしますよ》


「人の気配? ユリアちゃんのか?」


《いいえ。残念ながら子供ではありません。大人、しかも気配はふたり分です》


 ふたり分? こんなところに夜間入り込む人間が、俺たち以外にいるとは思えないが……。


「ティア、使い魔を放って確認してもらえるか?」


「はい、先生」


 短く返事をしたティアの手から真っ白な小鳥が一羽飛び立ち、進行方向にである闇の中へと消え去っていった。


「どうだ?」


「………………確かにいるようです。この先にある岩壁に人間がふたり立っています。ただ、明かりをつけていないみたいで、ハッキリとした姿はわかりません」


「明かりをつけてない?」


 なんだそりゃ?

 ひとけの無い場所で明かりもつけずになんて、怪しいですって自分から言っているようなもんだぞ。


「ユリアちゃんの行方と何か関係があるのでしょうか?」


 ラーラがあごに手をあてて思案する。


「分かりませんが、この子たちが」とティアがキツネたちを見て言う「向かおうとしているのも同じ方角です。無関係とも思えません」


「どうするんすか? 兄貴?」


 どうすると言われても、答えは決まっている。

 もともと動物たちが案内しようとしている先へ進んでいるのだ。今さらそこを避ける必要などないだろう。


 迷子を探しに来ただけのはずなのに、ちょっと予想外の方向へ事態が進展している気もするが、今のところ他に有力な手がかりもない。


「ティア、明かりを消してくれ。ここからは相手に気づかれないよう、注意しながら進もう」


 相手がどんな人間なのか。なぜこんなところに居るのか。明かりを消してまで人目を避ける理由は何か。ユリアちゃんの迷子に関係しているのか。わからない事が多すぎる。

 だが少なくともまともな人間たちとは思えない。敵対するかどうかは分からないが、わざわざこちらの存在を知らせて選択肢を狭める必要も無いだろう。


 明かりを消してしばらく暗闇に目を慣らした後、俺たちは木々の合間から差し込む月明かりだけを頼りに無言で進んでいく。

 やがて道案内役をしていたフクロウが枝に留まって動かなくなったとき、エンジが人影を発見して小声で伝えてきた。


「あっちの岩陰にふたり立ってるっす」


 茂みの中からのぞいてみる。

 確かに人間だ。岩の影に立っているためハッキリとは見えないが、腰には剣をさげている。予想はついていたことだが、こんなところで人目を避けて武装した人間――まともな(やから)じゃなさそうだ。


「ふたりの後ろ……、岩壁の中に入れるのか?」


 闇になれた目をこらすと、ふたりが立っている後ろにポッカリと空いた穴が見える。人が三人並べるほどの穴は、岩壁の奥深くまで続いているようだった。


「あの中にユリアちゃんがいるのでしょうか?」


 ラーラがツインテールを揺らしながら、誰にともなく問いかける。


「わからん。ティア、すまんが偵察頼む」


 再びティアの使い魔が飛び立った。

 見張りと思われるふたりの頭上を通りすぎ、白い小鳥が岩壁の穴へ吸い込まれていった。


「これは……」


 さほど時間をおかずにティアがつぶやく。


「どうした?」


「入口はごく自然な形の穴でしたが、中は人工的にくりぬかれているようです。床も壁も平らに切り取られていて、窓がないこと以外は普通の建物と変わりがありません。あちこちに木の扉がつけてあって、廊下には魔光照がかけられています」


 予想外の答えに、俺はラーラやエンジたちと顔を見合わせる。


「人間はどれくらいいる?」


「……今のところ、廊下に人影は見当たりません。ただ、広さを考えると十人や二十人いてもおかしくないと思います」


 さて、どうしたもんかね……。


 これまで分かっている事だけで判断すれば、これは確実に厄介事の匂いがする。関わり合いになら無い方が良いだろう。だが一方で、ユリアちゃんの行方を探すという目的から考えると、無視できない相手だ。


 現在唯一の手がかりである動物たちの案内先は、どうやらあの洞窟で間違いなさそうだ。

 手を出すべきか、それとも他の手がかりを探すべきか、いったん戻って警邏に通報するべきか……。


「ではまず、あの見張りをどうやって無力化するかですが……。ラーラさんは拘束(こうそく)魔法使えましたよね?」


「使えますけど、声を出すのまでは防げませんよ。仲間を呼ばれては元も子もありませんから、確実に仕留める必要があるでしょう」


「ひとりだけなら、オレが後ろから忍び寄って気絶させるっすよ」


 俺が思案にふけっていると、いつの間にか他の三人が好き勝手なことを口にしはじめる。

 なんか俺抜きで突入作戦が練られていた。


「いや、ちょっ。まてよ。まだあいつらがユリアちゃんに関係しているとは限らないだろ?」


「何を言っているのです、レビさん。こんな森の奥にいて、しかも人目を忍んでる時点でろくな人たちではありません。例えユリアちゃんの行方不明に関係が無かったとしても、手加減無用です」


 なんだその無茶な理屈は!?


「ご心配なく先生。内部は狭いですから、一度に相手する人数はせいぜい四、五人程度です。その程度の人数に遅れを取るようでは、先生のアシスタントは名乗れませんので」


 意味不明な理論で自信満々に胸を張る、我が銀髪アシスタント少女。

 いや、確かに多少人数差があっても、ティアに勝てるヤツなんてそうそういないだろうけどさ。俺が気にしてるのは勝ち負けとかそういうことじゃなくてだな。


「それに――」


 銀髪少女がその唇を俺の耳に寄せ、小さな声でささやく。


「先ほど飛ばした斥候が、中で会話している人間を見つけました。『捕まえた子供はどうした?』『とりあえず倉庫に放り込んである』という言葉が交わされていましたので、ほぼ間違いないかと」


 ……ったく、それを先に言えよ。


 『あの子供』というのがユリアちゃんを指しているのかは分からないが、どうやら子供がひとり捕まっているらしい。

 ってことは、まあ。あれだな。


「遠慮は無用ってことか」


 俺は頭をかきむしって、ティアたちの顔を順に見回した。


「じゃあ、まあ……。突入の段取りを考えるとしよう」


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