第124羽
「邪神?」
アヤの口からこぼれ出た、不吉な響きの言葉を繰り返す。
「そう、邪神よ」
「さあ。言葉としては知っているけど、アヤが言ってるのはそういう話じゃないんだろ?」
ひとくちに邪神と言っても、ピンとこない。マンガや小説、ゲームだとありふれた存在だろうが、この世界ではあまり耳にしない言葉だ。
「じゃあ、『偽りの世界』という団体は知っているかしら?」
「それって、あのオカルト的な?」
それはいわゆるマイナーな宗教団体の名称だった。詳しいことは知らないが、まともな宗教団体ではないという評判だ。
「オカルト的であることは確かだけど、そういう言い方するところを見ると、あまり詳しいことは知らないようね」
「まあな。終末思想に染まったカルト的な集団、って事くらいしか知らないな」
「そうね。一般的な認識としてはそんなものでしょう」
湯飲みを両手で持ったまま、ティアが会話に割り込んでくる。
「実態は違うとでも言いたいのですか?」
「あなた方が思っているよりもずっと危険な存在よ、彼らは」
ほうじ茶で口を湿らせると、アヤは『偽りの世界』について説明しはじめる。
「彼らの教義では、この世界そのものが『神様が創り損ねた不完全な世界』らしいわ。だからこの世界を壊してもう一度新しく正しい世界を創り直そう、というのが教団の教えなの」
新興宗教が掲げそうな主張だな。
この世界はもうすぐ終わる。だから現世でお金や物に執着しても意味がない。持っている物を教団に寄進すれば徳が高まり、新しい世界に変わったとき生まれ変わることができる。とか、そんな感じなんだろう。
「で、その教団が言うには自分たちが授かっている神様の言葉こそが正しいのであって、世間一般に広まっている神様の教えは間違っている、と」
これまた新興宗教が信者獲得のために言いそうなことだ。
既存の宗教へ対抗するために、新興宗教ってのは大抵過激な主張をするもんだからな。自分たちの信じる神様が正しくて、他の神様は偽物だと言い放つ。地球でも大昔から使われている手法だ。
メジャーどころの宗教ですら、昔は同じような事をしていたのだから。宗教っていうのはもともとそうやって、他の神様を蹴落としながら成長していくものなんだろう。
既存の宗教にしてみれば、そういう危険で過激な主張をする存在は排除したいはずだ。だからあの教えは間違っている、邪教だ。邪教徒が信じている神だから邪神だ。とレッテルをはるわけだ。
もっとも、新興宗教の側から見れば既存の宗教こそが邪教で、既存の神様こそが邪神なんだろうが。
「この世界を創造した神様が失敗したから、それに代わって自分たちの神様が世界を再創造するというのが教団の言い分ね」
「ん? 自分たちの神様とは別に、世界を創造した神様の存在も認めているのか?」
普通は自分たち以外の神様を認めたりしないもんだがな。特に新興宗教は。
「ええ。世界を創造した神様の存在は認めているらしいわ。それどころか、世界を創造した神様の事も特別敵視しているわけではないそうよ。ただ、失敗した神様にはもう任せられない。だから別の神様に主導権を握ってもらおう、という考えらしいわね」
「なんか、聞いてるとそこまで危険なヤツらには思えないんだが」
むしろ既存の神様も認めているあたり、寛容な印象を受けるけど。
「でも彼らは世界を『再創造』と言っているのよ? 世界を『もうひとつ追加で創る』のではなく『今ある世界を創り直す』と主張しているの。それはつまり、新しい世界を創る前にいったん今の世界を壊しましょう、ということよ」
それでも危険じゃないと言えるのか、とアヤが問いかけてくる。
「あー、なるほど。確かにそりゃ危険だ」
「教義が教義なだけに、まともな人間は入信したりしないわ。そのほとんどは生活に困窮する貧民や、この世界に絶望して自暴自棄になった人たちなの。だからこそ、何をしでかすか分からない怖さがあるわ」
「しかし、これまでもその教団は存在していたんだろう? 俺の知る限り、特別大きな問題は起こしていなかったと思うが?」
「これまではね」
これまでは?
「これからは違う、とでも?」
ティアが俺と同じ疑問を口にする。
「すでに問題が起こっているわ。疑似中核という物騒な物を作る方法と技術が、彼らの手に渡っているのだから」
ふう、と息を吐いてアヤが言う。
なるほど、カルト教団が爆弾製造方法を得たようなものか。
「彼らは神様から教わったと嘯いているらしいけれど……」
別に秘匿されているわけでもないらしいので、どこかで情報を入手したのだろう。
「終末思想を持ち、この世界をいったん壊しましょうと言っているような人たちが、疑似中核という危険物を手に入れて大人しくしていると思う?」
「……疑似中核を使って破壊活動に走ると?」
いろいろとチートなところがあるティアだが、育ち自体は良家のお嬢様だ。テロ行為に走る過激な組織というものに実感がわかないのだろう。
満たされた暮らしをしている人間は、好き好んで秩序を壊す行為なんてしないからな。
「実際、これまで起きた魔力暴走事故の中には、そうとしか思えないケースがいくつもあるわ。もしかしたら夏祭りの件だって彼らの仕業かもしれない」
それが本当なら、確かに軽視して良い問題ではないだろう。だが、アヤは治安維持を使命とする警邏隊ではないのだ。
「それはそれで問題だろうが、だったら国の治安部隊や警邏に情報を提供して任せれば良いんじゃないか? そいつら、破壊活動に疑似中核を使うことはあっても、ダンジョンを作ろうなんて考えないだろう? アヤにとってはそれほど関係ないと思うけど」
「はあ……。そうでもないのよ、これが」
今度はハッキリとしたため息をアヤがこぼす。
「あの人たちがいろいろやらかしてくれると、困る方がいるのよ」
「困る方?」
「私の恩……人。詳しくは言えないけど私がダンジョンの中核を壊して回っているのは、その方のお手伝いをするためなの」
それは初耳だった。
てっきりアヤが主体となって活動しているのだとばかり思っていた。
「彼らのやることなすこと、大抵は私の恩人にとって好ましくないことばかりなのよね。レバルト君は『大きな問題を起こしていない』って言ったけど、それは表面上の話。実際にはいろいろやってくれてるのよ。おかげでその度にこちらは西へ東へ行ったり来たり。ことあるごとにこちらの邪魔もしてくれるし。今も何を企んでいるのか分からないけど、疑似中核を利用して何か事を起こそうとしている可能性は十分考えられるわ」
ふーん。世間一般に知られているより、ずっとやっかいな集団ってことなのか?
「そんなときに、壊れているとはいえ疑似中核を持っていることが世間に知られたら、先生がその一味として誤解されかねないと言うことですね」
ティアの説明に、俺はようやくアヤが『疑似中核を持っていることを今は知られない方が良い』と言った意味を理解した。
「ええ、そうよ。しかも疑似中核を使って良からぬことを考えそうなのは『偽りの世界』だけじゃない。魔力至上主義者や地下犯罪組織だって、動いているって話だわ。疑似中核を持っているなんて知られたら、いらぬ疑いの目を向けられることになるわよ」
それはごめんだな。
やれやれ。ただのゴミかと思ったら、とんだ地雷だった。余計な騒ぎを引き寄せないうちに、さっさと庭にでも埋めてしまおうか。
あまり楽しくないお話をアヤから聞いた俺たちは、日が暮れる前に町へと帰った。
さっそくとばかりに疑似中核の破片を埋める為、穴掘りに取りかかった俺だったが、いざスコップを庭へ突き刺そうとしたところで予期せぬ来客を迎える。
「うちの……! うちのユリア来てませんか!?」
息を切らせてやって来たのは、エプロンを着けたまま髪を振り乱して走ってきたらしいご婦人。ここのところ我が家を遊び場にしているユリアちゃんのお母さんだった。
2017/08/23 脱字修正 入手したのだろう → 入手したのだろう。




