表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
にわにはにわにわとりが  作者: 高光晶
第七章 迷子には救いの手を、狂信者には鉄拳を

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

130/197

第123羽

 フォルスの話によると、夏祭りに持ち帰ったガラクタの正体はダンジョンの中核を人工的に製造した疑似(ぎじ)中核というものらしい。

 そんな事を聞いてしまえば、小心者の俺はのほほんと立体パズルのごとく復元を続けられなくなる。


 さっさと捨ててしまおうかとも思ったのだが、そもそもこれ、燃えないゴミで捨てて良いものなんだろうか? 捨て方がわからん。適当にそこら辺へ捨てるわけにもいかないし。


 というか、だからこそ公園の茂みへ隠すようにして不法投棄されていたのかもしれない。

 思ったよりやっかいなものを拾ってしまったんじゃないだろうか? もちろん拾いたくて拾ったわけじゃないんだが……。


「アヤに訊いてみろって言ってたな」


 疑似中核の話を口にしたとき、フォルスが言っていた言葉を思い出す。

 おそらくフォルス自身、疑似中核の事はアヤからでも聞いたのだろう。処分するにせよ、このまま保有するにせよ、一度話を聞いてみた方が良さそうだ。




 ということで明くる日、俺はティアとルイを連れて町の外にある小高い丘へと向かっていた。


「しかし……、何だってこんなところに別荘立てたんだ? いくらこのあたりが安全だと言っても、野犬とか出るだろうに」


 アヤとその仲間が滞在しているというちょっとしたお屋敷を目にして、俺は正直な感想を述べる。

 その別荘へは、町の防壁を出て三十分ほど歩くとたどり着く。


 町の周辺は国が定期的にパトロールをしているため、このあたりも野生の獣はほとんど見かけることがない。以前ユリアちゃんを発見した森のように、一般人でもハイキングでやって来ることがあるだろう場所だ。


 だがそれはあくまでも日中のこと。日が暮れれば月明かりしかない暗闇が広がるし、夜行性の獣がうろつくこともある。わざわざこんな場所に別荘を建てようとする人間の気が知れない。おちおち夜寝てもいられないだろうに。


 そんな俺に、人から聞いた話ですけど、と前置きをしたティアが説明してくれる。


「どこかの貴族が建てた屋敷だと聞いたことがあります」


 なるほど、貴族が建てたなら理解できる話だ。おそらく寝ずの番を雇って安全を確保していたのだろう。庶民の俺からすれば「無難に安全な場所へ建てれば良いものを」と思ってしまうが、貴族の感覚は違うのかもしれない。


 しかし、すでにその貴族も屋敷を手放したのだろう。夏に開催されたフィールズ大会の優勝賞品として、周辺一帯の土地とあわせ、今はアヤたちの所有物となっている。


「町の領主も持てあましてたのかな?」


「そうですね。壁の内側にあるならともかく、この場所で屋敷を維持しようとすればどうしても安全のために人を雇う必要がありますから。年間通してとなれば結構なコストになるでしょう」


 そのへんが、フィールズの賞品として使われた理由なんだろう。

 詳しい事情を知らない一般人からすれば、『土地付きの別荘』という響きはインパクトがある。領主としても、役に立たない問題物件を豪華賞品という名目で有効活用しつつ処分できるというわけだ。


 もちろん手に入れた後の維持は大変だが、フィールズで優勝するくらいのチームなら野犬程度相手にしても問題ないだろうし、広い土地付きだから大規模な練習場としても有効活用できる。


 まあ、難点は不便な立地だな。歩いて三十分程度とはいえ町の外だし、街道とは逆方向だから周辺を歩く人の姿もほとんどない。だからこそ静かな時間を過ごす別荘として建てたのだろうけど。


「ん? アヤかい? 今日は出かけてないから部屋に居るよ」


 別荘にたどり着き、入口の側で鍛錬をしていた男に声をかけると、気のよさそうな笑顔を見せて俺たちを案内してくれた。どうやらフィールズの大会に出場していたメンバーのひとりだったらしい。


「まあ、マスクを付けていたから見覚えがないのは当然だろうけど」


 声を立てて男が笑う。


 男の案内で通されたのは別荘の二階にある一室。他の部屋よりワンランク華美な装飾の施された扉を開いて中に入ると、アヤが執務机に向かって書類整理をしていた。


「アヤ。客だぞ」


「客?」


 男に声をかけられてアヤが顔をあげる。黒い瞳が俺の目にまっすぐ向けられた。


「あら、レバルト君じゃない。どうしたの、突然?」


 ほんの少し浮かんだ驚きの表情が、男心を魅了しそうな微笑みへとすぐに変わる。


「じゃあ、俺は鍛錬にもどるからな」


「ありがとう。ジェイク」


 案内を終えて立ち去る男に、アヤが礼を述べた。


「とりあえず座ってちょうだい。お茶を出すわね」


 アヤは俺たちを座らせ部屋の奥へ入っていくと、数分ほどしてからトレイに人数分の湯飲みをのせて戻ってきた。


「はいどうぞ」


「わりいな」


「ありがとうございます。いただきます」


「ンー」


 テーブルの上に置かれたのは取っ手のない肉厚の湯飲み。中身はどうやらほうじ茶のようだ。


「それで? 突然どうしたの? これまで一度も訪ねてくることなんてなかったのに」


 お互いに湯飲みへ口をつけ、一息ついたところでアヤが切り出した。


 俺は疑似中核の破片を取り出して、夏祭りの一件からフォルスに聞いた話までをかいつまんで説明する。

 口を挟むことなく話を聞いていたアヤは、破片を手に取ってじっくりと見つめると、短くため息をついて言った。


「町のど真ん中。夏祭り真っ最中の公園にねえ……」


 整った形の眉が寄せられる。


「確かに疑似中核の破片ね。誰がどんな目的で公園の茂みへ置いていたのかは、わからないけど」


「これ、俺が持っていても問題ないのか? 捨てた方が良いならそうするけど、普通にゴミとして捨てて良いもんなのか?」


「そうね……」


 アヤは目を閉じて考え込む。化粧品のCMに出てくる女優さんみたいな美人顔だ。


「壊れているから持っていても危険はないわ。でも使えないとは言え、『疑似中核を持っている』ということを人に知られない方が今は良いわね」


「今は、というのはどうしてですか?」


 それまで黙っていたティアが唐突に会話へ参加する。


「もともと疑似中核を作るのは難しいことじゃないのよ。ダンジョンを生成するとはいっても、何百年も土地から魔力を吸収するか、あるいは私やあなたレベルの人間が魔力を何年も注ぎ込む必要があるわけだし」


 えーと、つまり俺のとなりに座っている銀髪少女なら、数年でダンジョン生成が出来るって事ですか? それはそれでちょっと引くんですが。


「これまではわざわざそんな事のために、疑似中核を作ろうなんて人間はいなかったのだけれど……。余計な事を発見した人間がいたみたいなのよ」


「余計なこと、ってのは?」


「別の利用方法――悪用方法と言い換えた方が良いかもしれないわ」


 一拍おくように、アヤは湯飲みを両手で持って口をつける。


「最近になって疑似中核を意図的に暴走させる方法が広まりはじめたの。特定の手順を踏むと、魔力を見境なく急激に吸収したり、吸収した魔力を一気に放出することがわかったみたいね」


 ん?

 魔力を見境なく吸収?


「なあ、アヤ。それってもしかして……」


「そうよ。ここのところ立体映信のニュースで連日報じられている魔力暴走事件、十中八九は疑似中核が原因ね。たぶん研究中の疑似中核を制御するのに失敗したんでしょうよ」


 なんとまあ。こいつが事件の原因だったのか。

 俺は疑似中核のかけらを持ちあげて、しげしげと眺める。見た目にはキレイな桜色の破片だが、実は取扱注意の危険物だったらしい。


「でも、それならどうしてニュースでは『原因不明』と?」


 ティアの疑問ももっともだ。

 事件が起こった場所に研究施設があれば、そこで行っていた研究や実験も調査するだろう。むしろ未だに原因不明とされているのはおかしい。


「原因不明にしておきたいんでしょうね」


「どういうことだ?」


「国はとっくに疑似中核が原因なんて知っていると思うわ。それでもまだ公表できない、またはしたくない理由があるんじゃないかしら。建前としては余計な混乱を広げたくないと言ったところでしょうけど」


「建前ってことは、本音の部分もあるわけか?」


 アヤが首を縦に振る。短い黒髪がかすかに揺れた。


「今のうちに国や軍でも研究を進めておきたいっていうのが本音じゃないかしら。制御方法が分かればきっと革新的な兵器が出来上がると思うわ」


 なるほど。

 この世界において武力とは魔力の強さである。魔力のない武力など、ソフトウェアがインストールされていないパソコンのようなものだ。……俺のことだけどな!


 確かに魔力消失や増大を思いのままに制御できれば、戦いにおいて常に主導権を握ることができる。実現すればかなり有効な兵器となるだろう。


 過去にそういった効果を発揮した物が皆無というわけじゃない。だがそれらはいずれも神器と呼ばれる希少な一点物であり、扱うにも莫大な魔力が必要だ。

 もし疑似中核の制御に成功して、神器並の効果を発揮する道具が一般の魔法使いにも使えるとなれば、戦争が一変する可能性すらある。


「今だったら制御に失敗して魔力暴走を引き起こしても、一連の事件として報道されるからマスコミや一般市民の追求を免れるでしょうね」


 それが本当ならひどい話だ。死人が出ていないとはいえ、社会の混乱を国の都合で黙認しているのだから。


「それに――」


「それに?」


「国や軍、まっとうな研究機関ならまだ良いけれど、疑似中核のことが広く知られれば、悪用しようとする人間もきっと大勢出てくるでしょう? 対処方法が見つかるまでは、あまり広めたくないのかもしれないわ」


「しかし、たとえ原因が疑似中核だと知られてもそうそう簡単に作れる物ではないのでしょう? そこまで(かたく)なに隠そうとする必要はないと思うのですが?」


「それがねえ……。簡単に作れちゃうのよ」


 え? そうなの?


「もともと重要視されていなかった物だから、製造方法も別に機密情報というわけじゃないのよ。材料だってありふれた物だもの。まほろば樹の若芽に魔力を帯びた赤土、銀糸にカヌラ貝に強化プラスティック、あとは――」


 は? ちょっと待て!


「ちょ、ちょっと! ちょっとストップ!」


「――緑泉液と……、え? 何?」


 言葉をさえぎられたアヤが小首をかしげる。


「ちょっと待ってくれ。今カヌラ貝って言ったか?」


「ええ、言ったわよ。疑似中核の材料でしょ?」


「カヌラ貝って疑似中核の材料になるのか?」


「そうよ。ほら、この桜色。カヌラ貝の色素由来だもの」


 そう言ってアヤが疑似中核の破片を指さす。


 確かに言われてみれば……。


 そうか。疑似中核の破片を見たとき、何か引っかかるものを感じたのはこの色か。今の今まで気が付かなかったが、間違いなくカヌラ貝の桜色と同じだ。

 窓のアルメさんも、最近カヌラ貝の収集依頼が多いと言っていたじゃないか。


「もしかして最近カヌラ貝の値段が上がってるのは……?」


「ええ、疑似中核のせいでしょうね。他の素材も軒並み値上がりしているらしいわ」


 そうだったのか……。ようやくカヌラバブルの疑問が解けた。

 海でカヌラ貝を収集している子供たちも「おかねとこうかんしてくれるおじさんがいる」と言っていたが、その『おじさん』も決して趣味で貝殻集めをしていたわけじゃないのだろう。


 作り方が秘匿(ひとく)されているわけでもなく、材料もお金を出せば手に入る。となれば研究や制御方法を確立しようと手を出して、魔力暴走事件を引き起こす人間や組織が後を絶たないのも納得だ。


「偶然発見したのか、誰かの研究成果なのかはわからないけど、余計なものを広めてくれたものだわ」


 困り顔でアヤがぼやく。

 原材料を国が売買規制でもすれば簡単に製造できなくなるだろうが、アヤの話を聞く限り国に期待は出来ない。


「国の方もまだまだ調査段階で、完全な制御は出来ないみたい。制御技術を確立するまでは、公に規制するつもりはないんじゃないかしら。国も軍も含め、今はどこの研究機関もやっきになってコントロールする方法を模索しているでしょうね。迷惑な話だわ」


「疑似中核が世にあふれたからって、なんでアヤが迷惑を――、あ……そうか」


 確かアヤはダンジョンの中核を破壊してあちこちを回っていたはずだ。もし疑似中核の制御方法が確立され、これまでよりもずっと安易に、そして効率的な方法で人為的にダンジョンを増やされたら……。

 そもそもアヤがダンジョンの中核を壊して回っているのは――。


「思い出した? 私が中核を破壊して回っているのは、集中しすぎた魔力を拡散させるため。疑似中核を制御してあちこちで魔力を集められたりすれば、これまでの努力が水の泡だわ」


 確かにその通りだ。暴走して強い魔力を吹き出す疑似中核の問題には、無関心でいられないだろう。だからこれほどまでに疑似中核と魔力暴走事件の情報を集めているのだ。


「もっとも、それを抜きにしても今回の件は問題なのよ」


 目を閉じて視線を隠すと、アヤはそう言った。


「俺からすれば、魔力暴走事件が今後も解決の見込なく続くというだけで、十分おなかいっぱいだけど。この上まだ悪い話が出てくるのか?」


 俺の問いかけに、アヤはまぶたを閉じたまま口を開く。


「レバルト君は『邪神』って聞いたことがある?」



誤字修正 2022/08/07 例え → たとえ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ