第121羽
ダンディ様を見送った後、日が暮れる前に夕食を作り終えるとティアはいつものように実家へ帰っていった。
トレスト翁が家に滞在する間くらい、そっちを優先してくれても良いんだが、律儀に俺の飯を作って行くところが彼女らしい。
さすがに晩餐の席には出席しないとまずいらしく、今日は俺も久しぶりにひとりきりの食事をしていた。
『――とのことで、国内の漁業関係者へ与える影響は非常に大きいと見られています。では次のニュースです。夏以降全国各地で発生している魔力暴走事件の続報です。昨晩未明、イトール国クライスト市南部の住宅街で大規模な魔力消失が発生したと、現地メディアが報じました』
そんなわけで、俺は立体映信を見ながらティアの作ってくれたチンジャオロースをパクついている。
うん、このタケノコが絶妙な食感をかもしだしていて非常に美味い。
最初はバラエティ番組でも見ようと思っていたのだが、この時間帯はどのチャンネルも示し合わせたようにニュースばかりやっている。せめてフィールズの中継でもあれば良かったのに。
『未明ということもあり混乱は少なく、現在のところ死者は出ていない模様ですが、夜間勤務の警邏隊に数名の負傷者が出ているとのことです。他の魔力暴走事件同様に原因は今のところわかっていませんが、事件発生を受けて住民からは早急な対応が求められています』
ニュースキャスターが隣国で発生した事件について報じている。
どうも、ここのところ多発している魔力暴走事件のニュースらしい。
《大家さん。立体映信見ながら食事なんて行儀が悪いですよ?》
ああ、そういえばひとりきりじゃなかったか。
俺は端末の黒い画面に表示された白文字をながめながら思い出す。
「良いだろ別に。どうせ俺以外にゃ誰もいないんだから」
ティアは食事中に立体映信を見たり、本を開いたりすると良い顔をしない。育ちの良いお嬢様だけに、そういうところはしっかりと躾されてきたのだろう。
俺だって立体映信見ながら飯を食うのは行儀が悪いとわかっているさ。
でもわかるだろ?
たまには普段やらないような事をして、生活に刺激が欲しいというか、変化が欲しいというか。ティアがいないときくらい、そういうのも良いじゃないか。
『この事態に対して専門家は深刻な懸念を抱いており、国主導での調査と原因究明を呼びかけています。しかしながら幸いなことに死者が出ていないという状況が、皮肉にも政府の対応を遅らせていると指摘する声も出ており、被害地域の住民は――』
俺が巻き込まれたレストランと夏祭り会場での魔力消失事件。
どうやらこの町だけで発生している問題ではなかったようだ。
立体映信のニュースでは連日のように発生する事件を報じていた。
国外でも類似の事件が多発しているらしく、俺が遭遇した魔力消失と同じ現象はもちろんのこと、魔力が局地的に異常な高まりを見せるというケースも発生しているらしい。それらはまとめて『魔力暴走事件』と呼ばれ、ここ数日立体映信の話題を独占している状態だった。
ただ、現在のところ深刻な被害が出ていないこともあり、国は本腰を入れて対応するつもりがないらしい。
大勢の犠牲者が出れば話は別なんだろうが、現在のところ大きな混乱にも至っておらず、どちらかというと怪奇現象のような扱いだ。一部の専門家が警鐘を鳴らしているらしいが、それもノイジーマイノリティが騒いでいるように見られていた。
俺としては自分が二回も巻き込まれたわけだし、無関心ではいられない。例え魔力が消失しようと、もともと魔力が使えない俺にとって何の影響もないが、まわりの人間にとってはそう言うわけにもいかないのだ。
そういえば――。
「なあ、ローザ。お前って魔力消失するとどうなるんだ? レストランのときはどうだった?」
《私ですか?》
レストランのときは俺が前もって「大人しくしていろ」と釘を刺していたこともあり、全くその存在を感じさせなかった。だがもしかしたら大人しくしていたのではなく、魔力がない状態では活動そのものが出来なかったのかもしれない。
《どうなるんでしょうね? 確かに魔力がなくなったら困るでしょうけど》
以前俺が考えた仮説『幽霊は魔力でしか知覚できない存在である』が正しいなら、魔力の消失は幽霊そのものの存在消失につながるのではないだろうか? もしくは一時的に知覚できなくなる可能性も考えられる。
「消えるわけじゃないのか?」
《え? なんで消えるんですか? 魔力は魔力ですよ。私の存在とは関係ないじゃないですか》
「そうなのか……?」
《変な事を言う大家さんですね。当たり前でしょう》
当たり前……、なのか? よくわからん。
俺は何とも言えないモヤモヤ感を残しつつも、そのまま立体映信から垂れ流されるニュースを見ながら食事を続けた。
翌日。
我がレバルト邸は連日の来客を迎えていた。
「るいちゃん、ゆきちゃん、あーそーぼ♪」
最近我が家へ、ルイとユキ目当てにやって来るユリアちゃん。
最初の頃こそ母親のタニアさんが同行していたが、やがてひとりで遊びに来ては、うちの庭で珍種たちと戯れるようになった。
今だって、大して広くもない家の中を、ルイたちといっしょに走り回っている。
「れびさんちゃん、ルイちゃんみなかった?」
「いや、この部屋には居ないぞ」
「ほんとー?」
今日は家を使ったかくれんぼに勤しんでいるらしい。
なんとか『レビさんちゃんおじちゃん』のおじちゃん部分だけは削ってもらうことに成功したが、なかなかそこから進展がない。いまだに俺の名は『レビさんちゃん』とキテレツな状態を維持している。
加えて家主に対する遠慮というものが全く感じられないが、それはまあ仕方ない。ユリアちゃんにとって、この家は『るいちゃんのおうち』である。
ティアの事は『おかしをくれるやさしいおねえちゃん』くらいの評価はもらっているのだろうが、俺はそこにいる置物くらいにしか思っていないのだろう。
今も「れびさんちゃん、どいて」と俺をソファーから押しのける。
ユリアちゃんはソファーの隙間をのぞいては、ルイやユキが隠れていないか確認しているようだった。
いくらルイが正体不明のモンスターだからといって、ソファーの中に隠れられるほど高い隠密性を保持しているとは思えないんだが……。
「いなーい」
誰にともなく宣言すると、楽しそうな声をあげながら客間の方へと走って行った。
「ふう。まあルイも楽しそうだから良いけど」
大きくため息をついて再びソファーへ腰を落としたとき、玄関のチャイムが鳴り珍しい客が姿を現した。本当に昨日今日と来客が多い。千客万来とはこのことだな。
「やあ、レビィ。しばらく来ないうちにずいぶん賑やかな家になったみたいだね」
やって来たのは赤みがかった茶髪のイケメンチート男、フォルスである。
フォルスはリビングのソファーに腰を下ろすなり、幼児と希少モンスターと猛獣の声が響きわたる屋内をそう評した。
「まあな。いつの間にか我が家は珍獣のたむろする私設動物園じみてきたよ」
「はは。レビィは昔から動物に好かれるからね」
「俺としては動物よりも可愛い女の子に好かれたいとは思ってるんだけどな。それで、今日はどうしたんだ? エンジじゃあるまいし、いきなりやって来るなんて珍しい」
「うん、それなんだけどさ――」
フォルスは改まったように身を乗り出すと、少々まじめな顔で尋ねてきた。
「ちょっと小耳に挟んだんだけど、魔力消失事件に巻き込まれたんだって?」
「ああ、その話か。運の悪いことにな。見事な巻き込まれっぷりで我ながら笑ってしまうけど。まあ怪我もなかったし、今のところ笑い話で済んでるよ。なんだ、心配して来てくれたのか?」
「そりゃあもちろんだよ。無事だって言うのはラーラに聞いたけど、念のため自分でも確認しておきたかったからね」
まったく、ティアに負けずコイツも律儀なことだ。こういうマメなところ、俺にはマネできないな。
もしかしてチートを入手するにはこういうマメさが必要なのか? ……いや、関係ないか。うちの残念な妹を見てればわかる。
「心配してくれるのは嬉しいが、ホントに大した事なかったからな。怪我人は出てたみたいだけど、あれにしたって勝手に騒いで暗闇で自爆したヤツが多かっただけの話だし」
「突然のアクシデントでまわりがパニックになる中、冷静に行動するのはなかなか難しいよ。レビィはそういうところ、しっかりしてるから。――ああ、ティアさんありがとう。ティアさんの入れてくれるお茶はおいしいよね。これを飲むためだけでもレビィの家に来る価値があるよ」
話の途中でお茶を差し出すティアへ、臆面もなくチート男が賛辞を送る。
対してティアの反応はそっけない。
「どういたしまして」
微笑みながら最低限の答えだけを返し、俺のとなりへ腰掛ける。
「それで、どうだったんだい? 事件が起こったときの様子を聞かせてくれないかな?」
珍しいな。ラーラやニナならともかく、フォルスが他人の巻き込まれた事件について話を聞かせて欲しいなんて。
「どうって言われてもなあ……。立体映信のニュースで言ってることと同じだぞ」
そう断りを入れて、俺は当日の話をしはじめた。
夏祭りの一件もラーラから耳にしているらしく、事件が発生する直前の兆候から発生時の状況、魔力が消失していた時間の長さや回復していくまでの過程を詳細に訊かれる。
「なるほどね。前兆は全く感じられず、突然魔力が消失したと……。その後、まず魔力が回復して、後から魔法具も機能を取りもどしたわけか……」
フォルスが口元に手をあてて考え込む。
そのまま何気なく視線をさまよわせていたフォルスの目が、一点にとどまり驚きで見開かれた。
「ん? どうした、フォルス?」
不審に思ってその視線を追う。
その先にあったのは、壁際に設置した木製のサイドボード。その上に置かれた桜色の物体だった。
それは夏祭りの際にルイが見つけ、運悪く警邏の男によって誤解されたあげく持ち帰りを余儀なくされた、例のガラクタだ。パズル代わりに組み上げようとして、三分の一ほど復元した状態で置いてある。
「あれがどうかしたのか?」
「……レビィ。あれはどこで拾ったんだい?」
「あれか? 夏祭りのときに会場の茂みからルイが見つけてきたんだよ。警邏隊の人間に俺が捨てたと勘違いされちまってな。結局持ち帰らされたんだが」
「そうか……」
「で? あれが何か問題なのか?」
「いや、なんでもない」
「何でもないって事は無いだろう?」
あんだけ凝視しておいて「なんでもない」などと、いくらなんでも苦しすぎる。
「まいったな、レビィは時々鋭いんだから」
いや、俺じゃなくても普通に気づくってば。
「はあ。アヤさんに怒られちゃうかな」
大きく息をはいてフォルスが眉をさげる。
「なんでそこでアヤが出てくるんだよ?」
「あまり他言して良いものじゃないからね」
リアルチート男は苦笑しながら口ごもる。
「もったいぶるなよ。結局あれは何なんだ?」
焦れったい態度に俺が催促すると、フォルスは渋々といった風に答えた。
「うーん……。多分だけど、疑似中核だと思う」
「疑似……中核?」
ようやくその口から出てきたのは、聞き慣れない単語だった。




