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にわにはにわにわとりが  作者: 高光晶
第七章 迷子には救いの手を、狂信者には鉄拳を

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第117羽

「ほーい。んじゃ、制限時間は五分な。はい、開始!」


 俺の声を合図にしてラーラたちが動きはじめる。


「オブストラクション!」


 攻撃魔法の使用を制限されたラーラが、手始めに相手の動きを妨げる魔法を唱えた。


「にゃにゃ!」


「行くっすよ!」


 正面から子ネコのユキが突進し、やや左から回り込むようにしてエンジが駆け出す。


「まあがんばれやー」


「ンー!」


 それを離れたところから見守るのは、家の主である俺と正体不明の希少種ゴブリンであるルイ。


 ここは我がレバルト邸、その庭である。

 決して広いとは言えないスペースを縦横無尽(むじん)に駆け巡るのは、ちびっ子空色ツインテール、黒モジャ頭男、白い子ネコ、そしてやたらと丸いニワトリもどきの二羽だ。


 きっかけは些細(ささい)なものだったと思う。


 最近、以前とは異なる意味で注目を浴びはじめたユキの身を案じて、ラーラが我が家のセキュリティに疑問を投げかけた。


 俺にして見れば、本人(本猫)自体が探索者からもその力を恐れられる猛獣なのだから、ラーラの心配は杞憂だと思っている。

 加えて日中は、銀髪チート娘ことティアまで我が家に常駐しているのだ。生半可な探索者はおろか、軍隊の一個小隊くらいなら平気で撃退してしまいそうな過剰戦力だろう。


 それにラーラは知らないかもしれないが、うちの庭にはユキですら尻尾を巻いて逃げ出すほどの猛者(もさ)が居る。ニワトリもどきのチートイとリンシャンである。

 ティアだユキだという前に、そもそもこの二羽のゾーンディフェンスを抜けられる猛者などそうそういない。実際、こいつらは我が家に忍び込もうとした盗人(ぬすっと)を、返り討ちにしたことが何度もあるのだ。


 だが、まさか両手で抱えられるほどの小さな鳥。しかもどう見ても戦闘向きでなく、空を飛ぶことすらままならない外見の二羽がそれだけの実力を持っているということに疑いの眼差しを隠せないラーラが、「いっぺん戦ってみなければわからない」と言い出すまで時間はかからなかった。


 結局、その時たまたま家に来ていたエンジを巻き込んで、模擬戦をしようということになったのだ。

 最近ようやくユキに慣れてきて、ときおり顔を見せるようになってきていたエンジにとっては、災難以外の何物でもなかっただろう。


 二羽の実力を知る俺の指示でユキをラーラ陣営に入れ、ラーラ、エンジ、ユキ対チートイ、リンシャンの模擬戦が行われるに至った。

 俺の見立てではこれでもラーラたちに勝ち目はないだろうと思っている。ティアがラーラ側に入れば、話は別だろうけどな。


 ラーラの唱えた魔法が効果を現しはじめる。

 たいして広くもない庭の地面に魔法陣の光が灯り、リンシャンを包むようにして、白い網のようなものがまとわりついていた。

 しかしその白い網はリンシャンの全身を包んだと思った次の瞬間、突然パキンという枯れた音を立てて砕け散る。


「え!?」


 予想外の結果に驚きを隠せないラーラ。


「にゃ!」


 ユキが後ろ足で地面を蹴り、チートイへ飛びかかる。

 鳥とは思えない奇妙な鳴き声をあげながら、チートイがサイドステップでそれを避ける。相変わらず見た目を裏切る敏捷性だ。


「そこっす!」


 避けた先を先読みしてエンジが小剣代わりに持っている小枝を叩きつけようとして――。


「ぐはん!」


 いつの間にか回り込んでいたリンシャンの突進を脇腹に食らった。

 苦悶の表情を浮かべて崩れ落ちたモジャ男はそのまま動かなくなる。

 エンジ終了。


「バインド!」


 再びラーラの魔法が放たれる。

 いくら庭とはいえ、街中でバンバン攻撃魔法ぶっ放されちゃかなわんからな。ラーラには支援魔法限定で使用するようにあらかじめ言ってある。

 どこぞのダンディ様みたいに野球場クラスの広い庭があるならともかく、うちの庭はテニスコートくらいの大きさしかない。手元が狂ってとなりの家にでも当たったりしたら、とんでもないことになってしまう


 ラーラが唱えたのは、どうやら相手の動きを妨害する支援魔法のようだ。染み渡る水のような光がリンシャンの足もとに広がっていき、そこから揺らぎ立つ薄緑の光がツタのごとく短い足へ絡みついた。


「にゃー!」


 すかさずユキがリンシャンを押さえつけようと腕を振り下ろすが、それをあざ笑うかのようにニワトリもどきはコロコロと転がって避けていく。


 妨害魔法意味ねぇー!


 ユキが二度三度と腕を振るっても、そのすべてを右へ左へと転がるだけでかわしてしまうリンシャン。

 目の前で繰り広げられる光景は毛糸玉にじゃれつく家猫そのものであるが、猫役のユキに楽しんでいる気配はこれっぽっちもうかがえない。むしろあれは必死な表情の(たぐ)いだ。


 リンシャン一羽を捕らえられずにいるユキへ、今度はチートイが反撃を開始する。白い毛玉に向けて、白い羽毛に包まれた丸い体が砲弾のごとく一直線に飛んだ。


「にゃっ!?」


 さすがにネコといったところか。不意の攻撃に何とか対応し、身をひねってチートイの体当たりをユキがかわす。


 だがしかし、それは偶然だったのだろうか。それともチートイの狙い通りだったのだろうか。ユキが避けたチートイ砲弾の射線上には、空色ツインテールの姿があった。


「え!? エ、エアシールド!」


 予想外の飛来物に、あわてて防御魔法を唱えるラーラ。詠唱の早さだけならピカイチだけに、かろうじて防御が間に合った。

 だがとっさに展開されたシールドでは、チートイの体当たりに耐えられなかったらしい。ガラスが割れたような甲高い音を響かせてシールドが破られ、そのまま勢いを保ったチートイがラーラの顔面に激突する。


 ラーラの軽い体が吹っ飛んだ。


「おいおい、顔面だったぞ?」


 ちびっ子魔女は鼻血を出しながら、あおむけに倒れていった。

 エンジに続いて、ラーラも陥落だ。


 最後となったユキは、コロコロと転がり続ける二羽に囲まれるなり、うずくまって尻尾を股に挟んで耳を伏せる。完全に降参の体勢だった。


 情けねえな、元野生児よ。

 二羽相手ではとうてい勝ち目がないことを、これまでの経験で学習しているのだろう。


「はい、そこまでー。チートイ、リンシャン、もう良いぞ」


「ンー」


 二羽は俺の合図で転がるのをやめる。

 二羽とも一声鳴いた後、チートイが突然しゃがみ込んだかと思ったら、その上にリンシャンが飛び乗って雪だるまじみた体勢を取り、おもむろにひなたぼっこをはじめた。相変わらず存在も行動も謎な二羽だ。


「おーい、エンジ! 大丈夫か?」


 脇腹にリンシャンの体当たりを食らって、悶絶(もんぜつ)していたエンジがよろよろと立ち上がる。


「だ、大丈夫っす……」


「無理すんなよ。まともに食らっちまったからな」


 しかもボクシングで言うならレバーブローの位置じゃないだろうか? 相当痛いと思うなあ、さっきのは。


 ラーラの方は鼻血を流しながら目を回している。年頃の娘とは思えないひどい顔になっていた。

 後ろ向きにぶっ倒れたんで心配だったが、下がやわらかい土だったので強打はしていないようだ。


「……天日干しでは……、生産量……、甘さ優先……、グラム単価……」


 うわごとのようにつぶやいているが、その内容はさっぱりわけわからん。まあ、起きていても似たようなもんだけど。


「おい、ラーラ。しっかりしろ」


「うぅ……、レビさん。……私の干し梅パラダイスはどこに?」


 普通ならここで「まずい、頭を打って混乱している。すぐに病院へ!」となるところだが、ラーラの場合これが平常運転である。


「どんなパラダイスかは知らんが、ここは俺の家だ。とっとと鼻血をふけ」


「鼻血?」


 自分の鼻を指でこすり、その指が血にまみれたのを見てラーラがつぶやく。


「おぉ、鼻血したたるいい女……」


「いや、そんな表現聞いたことねえよ」


 俺がハンドタオルを差し出すと、それを受け取ったラーラはゴシゴシと鼻をこすって血をふき取る。

 そんな乱暴にふいたら……。あーあ、やっぱり。顔中に血がこすれて赤の迷彩塗装みたいになっちまってるぞ。


「立てるか?」


「…………レビさんレビさん。こういうときは抱えて運んでくれるものじゃありませんか?」


 そうか?

 まあ、怪我人だし背負って行くくらいは構わんが。


「ほら、乗れよ」


 背中向きになって(かが)んだ俺を見て、ラーラは不満そうな表情を浮かべる。


「こういうときはお姫様だっこと相場が決まってるものですが」


 え? そうか?

 まあ、別にどっちでも良いけどさ。どうせ運ぶのはリビングまでだし。


「ルイ、エンジ、ユキ、行くぞ」


 他のメンバーにも声をかけると、ラーラの背中とヒザの裏に手を回して抱え上げる。

 うわっ、軽いなコイツ。見た目がアレだから予想はしていたが、想像以上に軽い。片手で抱えて行けそうだ。


「レビさんレビさん。まさか重いとか考えてませんよね?」


「いや、むしろ軽すぎてビックリしてるくらいだ」


「……そうですか。では岩か何かで、もう少し重さを追加しておきましょうか」


「何でだよ。わざわざ重くする意味がわかんねえよ」


 鼻血を出していようとお姫様だっこされていようと、ラーラはいつも通りのラーラだった。



「どうしたんですか、その血は!? ラーラさん、怪我してるじゃありませんか!」


 リビングに入るなり、ラーラの負傷に気づいたティアが治療箱を取り出してくる。


「チートイの体当たりをまともに食らったんだよ。なんだかんだ言ってあいつも手加減してるんだろうけど、当たり所が悪かった」


「あへで手加減ひてたんでふか?」


「ラーラさん、今しゃべらないでください」


「はひ」


 俺の言葉に驚いたラーラが反応するが、鼻血の手当てをしていたティアに怒られて大人しくなる。


「そりゃあな。本気のあいつらはあんなもんじゃないぞ?」


「あの子たち、強いですからね」


 珍しく苦笑いのティア。


「ティアなら勝てるだろ?」


「どうでしょう。自信はありませんけど……」


 え? マジで?

 ティアでも勝つ自信ないって、どんなバケモンだよあいつら。


「ああ! ラーラさん、服にも血がついてるじゃありませんか!? すぐに洗濯しないと跡が残ってしまいますよ!」


 見れば確かにラーラの服が血で汚れてしまっていた。指で鼻をこすったときにでも散ったのかもしれない。

 いつも愛用している白いローブじゃなくて幸いだったけど、それでも放っておくと染みになってしまい目立つだろう。


「すぐに着替えましょう! 待っていてください、着替えを持ってきますから!」


 ティアがあわててリビングを出て行った。


 着替えなんてあったっけ? 俺の服だと大きすぎるし、ルイの服だとさすがに小さいよなあ。

 そんな事を考えていたとき、俺の耳はパサリと何かが床に落ちる音をひろった。


「ん?」


 音のする方を振り向くと、そこに立っていたのはユキの背中を撫でるルイと、その足にまとわりついてじゃれるユキ。下着姿のラーラと、それを見て目を丸くするエン――――、っておい!


「ちょっと待て! 何でお前は脱いでるんだ!?」


 危うくスルーしそうになった俺はあわててラーラに視線を戻す。

 血で汚れたワンピースを足もとに脱ぎ捨て、白い肌をあらわにしたツインテール娘がそこに立っていた。


 身に付けているのは、上下おそろいになった明るいグリーンの下着だけ。いや、「お前ブラいらねえだろ」とか思っていたけど、こうしてブラで強調されているのを目の当たりにすると、わずかながらもふくらみがあるように見えない事もないような気がするかもしれない。


 まあ相当控えめな事に変わりはないんだが……。


「脱がないと着替えられないではないですか」


 首を傾げたラーラの空色ツインテールが揺れて、かすかなふくらみの上にかかる。


「そういうことじゃねえ! 何も今脱ぐ必要ねえだろうが!」


 こいつのメンタリティは、男子の前でも平気で着替える小学一年生レベルで成長止まってんのかよ!


「つーか、この状況でティアが戻ってきたら――ってコラ、エンジお前逃げんな!」


 これから起こりうる事態が容易に想像出来たのだろう。危機回避能力の高い黒モジャのっぽは、早々に身をひるがえしてリビングから出て行った。


「と、とにかく早く服を着ろ! ティアが戻ってくる前に――」


「お待たせしました、ラーラさん。すぐにあちらの部屋で着替え……を……」


 しかしときすでに遅く、俺の背後から我がチートアシスタントの声が聞こえてきた。


 ああ……、やっぱりこうなるのな。


「…………レバルト先生? 何をしてらっしゃるんですか?」


 背中が寒いよママン。


 物騒な雰囲気を察したユキが、一目散に逃げ出した。お前はこんなときだけ野生の本能を発揮するんだな。

 次いでルイがユキを追いかけて出て行った。薄情者め。


「レバルト先生?」


 氷点下の世界から聞こえてくるような冷たい声が、さあ振り向けと呼びかける。


「あ、いや、何にもしてねえぞ! 俺は何も、本当だぞ!」


「だったらどうしてこちらを向かないんですか? いつまでラーラさんの下着姿を見ているつもりですか?」


 ぐはあ! このままだとラーラの下着姿から目を離さないスケベ野郎ってことじゃねえか! でも振り向いたら、多分そこには雪女顔負けの女夜叉(やしゃ)があああ!


 恐る恐る首を回して後ろを向く。多分マンガ的に言うなら『ギギギギギ』という効果音付きのぎこちない動きで。


「あ、あのな、ティア。俺はホント何もして――」


「言い訳は後で聞きますので、しばらくそこに立っていてください」


 振り向くなり俺はハンカチで目隠しをされ、その上からご丁寧にも氷の輪っかで頭をぐるりと一周包んで固定されてしまう。


「さあ、ラーラさん。向こうに行って着替えましょう」


「別にここで着替えても構いませんが?」


「ダメです。向こうで着替えましょう」


 ティアがラーラを連れて部屋を出て行く気配がした。


 えーと、ティアさん?

 あんまり時間かけないで戻ってきてね?

 これ、結構冷たいんだよ。いやホント。十分なお仕置きになってるんだけど。


「なんで俺だけこんな目に……」



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