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にわにはにわにわとりが  作者: 高光晶
第六章 日常の裏側にはきっと誰かの企みがひそんでいる

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第116羽

 夏祭りが終わってから一週間。


「あー、るいちゃんともふもふちゃんだ!」


「ンー」


「にゃうん」


 子ネコを連れていつものように町外れの森へ散歩に行くと、花摘みにきていたユリアちゃんと偶然会った。

 森で迷子になっていたところを保護したあの日から、ルイたちを見かけるたびにこうやって声をかけてくれる。ルイや子ネコもまんざらでもなさそうで、言葉は通じないものの良い関係を結べているようだ。


「こんにちは。これからお散歩ですか?」


 ユリアちゃんのお母さん、タニアさんが微笑みながらあいさつをしてくれる。


「ええ、いつものように子ネコを連れて森まで」


 最初はユリアちゃんが子ネコに近寄ることに良い顔をしなかったのだが、何度か交流を持つうちに考えを改めたらしい。子ネコが危険ではないことをようやく理解してもらえたようだ。


 少しずつではあるが、町の人間も子ネコを受け入れてくれるようになってきている。


「えー! いっしょにあそぼうよ! るいちゃんたちもいっしょがいい!」


「ユリア。わがまま言っちゃだめよ」


「ああ、構いませんよ。別にどうしても森に行かなきゃいけないというわけでもありませんし」


 以前であれば周囲の子ネコに対する警戒が強かったため、人が多い場所にはあまり長居したくなかった。だが今は子ネコに対する恐怖心もずいぶん薄れてきている。『不可視の(おり)』で行動範囲を制限しておけば大きなトラブルは起こらないだろう。


「それで良いよな?」


「ルイとモフモフちゃんが居る場所、どこであろうとそこが私のユートピアです」


 まあ、ラーラはそう答えるだろうな。


「先生がよろしいなら、私も問題ありませんが」


 そのとなりで、珍しく散歩について来たティアがうなずいた。


「やったー! ありがと、れびおじちゃん!」


 おじちゃん……。その呼び方が定着しちまったのか……。


「るいちゃん! あっちでおはなのかんむりつくろ!」


「ンー!」


「にゃあ!」


 ガックリとうなだれる俺をよそに、ユリアちゃんたちは花が咲き乱れる広場を走って行くが、途中で何かを思い出したのかすぐに引き返してきた。


「どうした、ユリアちゃん?」


「あのね、あのね。もふもふちゃんのなまえってもふもふちゃんなの?」


 ん? モフモフちゃんの名前って、子ネコの名前ってことか?

 そういえば付けてなかったな。いずれ野に返すつもりだったし、下手に名付けて情がうつっても困るし……って、もうすでに情はうつっている気がするけど。


「特に名前は決めてないなあ」


「えー! そんなのかわいそうだよ! だったらゆりあがつけていい?」


「そりゃべつに構わないけど」


「じゃあね、じゃあねー……」


 ユリアちゃんはひとしきり考え込んだ後、パッと満面の笑みを浮かべて宣言した。


「ふわふわでしろいからゆきみたいでしょ? だからゆきちゃん!」


 安直だとは思ったが、相手は幼児。さすがにそれを指摘するほど俺は鬼じゃない。

 それに『ユキ』という名前は別に悪くない。少なくともラーラや俺のネーミングセンスよりはマシだろう。


「るいちゃん、ゆきちゃん、いこう!」


 ということで流れのまま名前を付けられた子ネコ改めユキを連れ、ユリアちゃんが再び走って行った。



 それから一時間ほど、俺たちは広場でのんびりとしていた。


 ユリアちゃんたちは花を摘み、その花柄(かへい)を編みあわせて腕輪や冠を作ってはお互いを飾り合う。すでにルイやラーラも腕や首、頭まで花の装飾で一杯になっていた。


 暇をもてあました俺も試しに作ってみるが、どうにも上手くできない。花柄を編みあわせて輪っか状にするのが意外に難しいのだ。

 まっすぐつなげようとしているのに、左右へクネクネと曲がってしまうし、間隔も一定にならない。


「レビさんレビさん。予想通り不器用なんですね。ものすごくいびつな輪になってますよ」


 うっせえな。簡単に見えて、やってみると結構難しいんだよ。


 俺のとなりではティアがそのチートっぷりを発揮している。「どこかの工芸品かよっ!」と思わず突っ込みたくなる程の作品を作り上げては、タニアさんを飾り立てていた。タニアさんがどこぞの貴婦人みたくなっている。

 大人の女性にそれはどうなの? と思わないでもないが、本人はちょっと恥ずかしそうにしながらも、まんざらでもなさそうだった。


 別に花飾り作りでラーラやティアに勝ちたいとは思わないが、『予想通り不器用』なんてレッテルをラーラに貼られて悔しくないと言えば嘘になる。


 くそ、輪っかさえ形になれば、そこに花を飾り付けるくらい何とかなりそうなんだが。

 何か土台というか、ベースになる物があれば……。


 そう思ってポケットの中をまさぐっていた俺の手が、何かを探り当てる。


「なんだこれ?」


 首を傾げながら取り出して見ると、手の中にあったのは小さく平らな箱。

 フタをあけてみると、入っていたのは花を象ったひとつのブローチ。銀色のフレームに白、水色、蒼色の花をデザインした見覚えのある物だった。


 うわ、これっていつぞやに買ったティアへのプレゼントじゃねえか。すっかり忘れてた。

 そういえばレストランの一件からしばらく、ティアとの距離感が微妙な時期に渡しそびれてそのままだったよ。


 え? 何でさっさと渡さなかったのか、って?


 そりゃアンタ、しょうがないだろうが。

 何となくティアの態度が落ち着きはじめたと思ったら、今度は夏祭りの件でまた微妙な感じになって、ついつい後回しにしてたら……。


 は? 今渡しちまえ?


 いやいやいやいや、ちょっと待て。アンタは俺に衆人環視(しゅうじんかんし)の中、さらし者になれと?

 タニアさんはまだ良い。既婚者だし、大人の女性だ。ユリアちゃんもまあ良いだろう。まだ小さいからな。ルイはどうせしゃべれないし、子ネコだってそうだ。


 だがラーラはまずい。


 あの空色ツインテールは身長も胸も自制心も足りないが、そのスピーカー能力は抜群だ。ラーラに見られでもしたら、きっと明日の夕方にはニナやエンジの知るところとなっているだろう。それは避けたい。


 第一、俺たち以外にもこの公園には大勢の人であふれている。ここでプレゼントを手渡せとか、何の罰ゲームだよ。


 何? だったら花飾りに(まぎ)れさせて渡したらどうか、って?


 …………おおぅ。アンタ頭良いな。


 なるほど、花輪とか冠の花飾りにそれとなく紛れ込ませておけば、この場の雰囲気ですんなりと渡せるってことだな。

 よし、そのアイデアいただきだ!


 そうと決まればさっそく。


 俺は小箱からブローチを取り出すと、摘んだ花の花柄をそのフレームに結びつけていく。ベースがしっかりとしていれば変にバラけることもない。三十分もしないうちに、ブローチを中心とした花飾りは、手のひらを少しはみ出るくらいの大きさにふくらんでいた。


 赤、青、白、黄色。様々な色を組み合わせたそれは、まるで結婚式場で花嫁が持つブーケのミニチュア版。


 ……あれ?

 おかしいな? なんでこんなことに?


 花輪を作る気だったのに、気が付いて見れば輪っかとは似ても似つかない形状の物体が出来上がったでござる。


「こんなはずじゃあ……」


 ピロリンと着信音が鳴り、俺の端末にローザのメッセージが現れる。


《大家さん。ブローチをベースにしても輪っか状にはなりませんよ?》


「いまさらなツッコミありがとよ! できれば作りはじめたときに言って欲しかったけどな!」


《いえ、そこから私には思いもよらないテクニックを駆使して、輪っかに仕上げていくのかと思いまして》


「今までの作品(しっぱい)見てりゃ、俺にそんな技術がない事くらい分かってるよね!」


 突然声を張り上げた俺に、ティアが驚いて声をかけてくる。


「えーと……。先生、それは何ですか?」


 こんなはずでは、とブーケを手にして固まっていた俺の手元を、横からティアがのぞき込むんだ。


「うーん、花の冠を作るつもりがいつの間にやらこんな事に……、失敗だ」


 考えてみれば当然である。ネックレスみたいに輪っか状の物をベースにすればともかく、ブローチを土台にしたところで輪にはならない。


 おい、そこ! 笑うんじゃねえ! 元はと言えばアンタのアイデアだろうが!

 こんにゃろー。いつかそのムカツク顔に、一発入れてやるからな!


「失敗作ですか? でも小さな花束みたいで可愛いですね」


「作り直しだな」


 ブローチをペンダントトップにするような感じで作り直すか。


「いらないのなら、それ私にいただけませんか?」


「ん? そりゃ構わんけど」


 もともとティアにプレゼントするブローチを紛れ込ませるのが目的だしな。

 俺はこれ幸いとばかりに、ブーケもどきの花束をティアに手渡す。


 ティアはそれを嬉しそうに両手で受け取ると、一瞬驚いたような表情を見せ、視線を花束に落とす。


「あの……、先生」


 彼女にしては珍しく、遠慮がちに口を開いた。


「なんだ?」


「これ、本当にもらって良いんですか?」


 どうやら受け取ってすぐ、違和感に気づいたらしい。

 そりゃそうだ。花の中に金属や鉱石でできたブローチが入ってれば、その重さは明らかに変わる。


 そしてよく見れば、花の真ん中に装飾品らしき物が入っているのも分かるだろう。いくら周囲が色とりどりの花で飾られていたとしても、光沢のある銀色はそれなりに目立つ。


「まあ、なんだ。いつも頑張ってくれてる感謝を込めてってことで……」


 ここで真っ正面から顔を見て言えれば良いのだが、恥ずかしすぎてティアの方を向くことができない。視線をそらして言い訳がましく口にするのが精一杯だ。


 それでもティアは俺のそっけない態度など気にもせず、嬉しそうに言った。


「ありがとうございます。大切にしますね」


 銀髪少女が花束を胸にそっと抱き寄せると、大輪のひまわりを思わせる極上の笑顔を浮かべた。







◇◇◇(終)第六章 日常の裏側にはきっと誰かの企みがひそんでいる ―――― 第七章へ続く

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