第115羽
ティアの歌声が混乱をおさめたおかげで、大惨事とならずに済んだ夏祭りのステージまわり。
やがて魔法具の方も機能を回復したのか、徐々に魔光照の明かりが周囲を照らしはじめた。
怪我をした人間もいるし、観客席のパイプイスはぐちゃぐちゃだしで、すぐさま元通りというわけにはいかないだろう。
そんな混迷の残響がただよう空気の中、手に持ったきんちゃく袋からどんぐり飴を取り出して頬張っているのは空色の髪をツインテにしたちびっ子魔女である。
こんなときでもお前の食欲は平常運転なんだな。
「はべまふか?」
アーモンドを頬袋に入れたハムスターのように、ぽっぺたをふくらませてラーラがどんぐり飴をすすめてくる。
いい歳した女の子が、口の中に物を入れたまましゃべるんじゃないよ。まったく。
せっかくなので黄緑色のどんぐり飴をひとつもらって口に放り込む。メロン味だった。
「どうするの、お兄ちゃん? 当分再開されそうにないよ?」
ニナの言う通り、突然のトラブルに対応するので手一杯な感じのステージまわりは、イベントを予定どおり進行する余裕がないらしい。
まあ俺たちの場合、座ってゆっくりするために来たわけだから、別にイベントの進行が遅れたところで気にもならないのだが。
「なんだかんだ言って、結構な時間座ってたしな。そろそろ他の場所も見て回るか?」
「そうっすね。第五街区の方とか見てみたいっす」
「よし、じゃあ行くか……って、あれ? ルイは?」
ふと気が付いてみると我が家の座敷わら――じゃなくて希少種ゴブリンが見当たらない。
あちゃー、もしかしてまた迷子になっちまったか?
「ルイ? おーい、どこだ? ルイ!」
あたりを見回しながら呼んでみるが、聞き慣れた鳴き声は返ってこない。真っ暗になったあの混乱の中、どこかへ行ってしまったのか、それとも混乱していた人たちに流されて行ったのか……。
どちらにしても早く探さないと。これだけ大勢の人間がいる中で幼児サイズのルイを見つけ出すのは大変だ。
と、そこで俺はふと気づく。こういう事態に陥ったとき、真っ先に騒ぎはじめるルイ大好きっ子のツインテールがずいぶん大人しいことに。
「おい、ラーラ。ずいぶん落ち着いてるけど、熱でもあるのか?」
「失礼ですね、レビさん。私が落ち着いていたら何か問題でも?」
「問題はないけど違和感はありまくりだな。以前ルイが迷子になったとき、一番騒ぎ立てていたラーラがそうも平然としているのは」
実際、海でルイが行方知れずになったとき、その発見の報に水上を駆け抜けてきた『ルイまっしぐら』状態のラーラを見ていただけに、今の落ち着きようは奇妙な感じがする。
「ふっふっふ。私とて日々成長しているのですよ、レビさん」
全く成長の気配が感じられない胸を張って、ツインテ魔女が言う。
「へー、そうは見えないっすけどね……」
エンジがラーラの頭頂部と同じ高さへ掌を水平に置き、そのまま自分の胸元あたりにスライドさせる。
「なんですか、黒綿菓子もどき。何か私に言いたいことでも? ……あと、ニナさん。両手をワシワシとさせて、獲物を狩るような目をするのはやめてもらえますか?」
先手を打って予防線を張られたニナが、見るからにしょぼんと肩を落とす。
いい加減そのセクハラ体質直せよ、お前は。
「で? ルイがいなくなってもラーラが落ち着いていられるその理由は?」
「実は海でルイがいなくなったときの教訓を活かし、今日はルイの着ていた浴衣にあらかじめ探知魔法をかけておいたのです!」
得意げに宣言するラーラを見て、「おおーっ!」とニナが感心したように驚く。
「あー、なるほど。それで探知すればすぐに居場所が分かるって事か?」
「正解!」とラーラが誇らしげに言う。
「それで、実際のところルイの居場所はどこなんだ?」
「ちょっと待っててください。今探します」
ラーラはそう言うと、目を閉じて魔法の詠唱を開始した。
魔法の事はよくわからないが、詠唱の長さからしてそれなりに難易度の高いものなのだろう。ラーラが自分で成長したと主張するのも、決して誇張ではないらしい。
「見つかりました!」
ラーラが目を開き、ステージの方に顔を向ける
「あそこです!」
探偵モノのマンガで犯人を突き止めたときのように、その背景へ『ババーン!』と効果文字が展開されていそうな立ち振る舞いでまっすぐ指をさす。
ラーラが示したのは、現在イベント再開のために大あらわとなっているステージの横。ステージ裏手へと通じる茂みだった。
ぞろぞろとラーラに誘導されてそこへ行ってみると、茂みの中から満面の笑みを浮かべながらルイが現れた。
「ンー?」
「あ、ホントに居たっす」
「ほら、どうですかレビさん。これでもう私とルイを引き裂くものは――」
「お前、どこに行ってたんだよ?」
ひとり悦に入るツインテ娘を放置して、俺はルイに問いかける。だが当然返ってくるのは「ンー!」の一言だけだ。
こっちの言葉は理解しているのに、ルイの言っていることが分からないのは不便なもんだな。
こんなときはティアの魔眼みたいな能力があればって思うけど……。そういえばティアはルイの言いたいことが分かっているんだろうか? 今度訊いておこう。
「ん? ルイ、お前なに持ってんだ?」
ふと見れば、ルイがその手に何かを握っている。
「ンー」
俺が訊ねると、ルイは小さな手を開いて持っていた物を見せてくれた。
「なんだ、これ?」
その手にのっていたのは桜色の物体。何かが割れた破片だろうか? 金属やガラスとはまた違った質感の……、陶器みたいなものか?
「なんすかね、これ?」
のぞき込んだエンジたちも首を傾げる。
「どこで拾ったんだろうな?」
見覚えがあるような……、気のせいのような……。
「さっきの騒動で壊れた舞台装置の一部かもしれませんね」
俺が眉を寄せて考えていると、ラーラがそう指摘する。
確かにその可能性も十分あるな。あの混乱状態だ、いろいろ壊れていてもおかしくはない。でもそうすると、壊れた装置の一部を持ち出しているのはあまりよろしくないのでは?
そんな考えが頭をよぎったとき、ルイが俺の浴衣を引っぱってきた。
「ンー!」
どうも、俺をどこかへ連れて行こうとしているようだ。
「なんだ? ついて来いってことか?」
俺はルイに引っぱられるまま、茂みの中へと足を踏み入れる。
「おいおい、どこに連れてくんだよ」
「ンー」
ルイは俺を引っぱったまま、スタスタと進んでいく。
茂みといっても公園の真ん中だ。そこまで深いものではない。せいぜい周囲からの視線がさえぎられる程度の規模だから、ルイと俺の足はすぐに止まった。
「なんだ、これ?」
周囲から草木にさえぎられたその場所に、半径二メートルほどの不自然な空間があった。
おそらく人為的に草を刈り取られたであろう地面に、明らかな人工物が置いてある。それは台座のような形状をしており、そこを中心にして周囲一体を無数の破片が囲んでいた。
その破片はもともとひとつの物体だったのだろう。強い力で無理やり割られたような印象を受ける。
どうやらその破片のひとつが、ルイの手にあった物のようだ。
「これ、なんだと思う?」
俺の後についてきたラーラたちにも訊いてみるが、みな一様に首を傾げるばかり。
「魔法具……の一種でしょうか?」
「うわ、すごい。これまた見事にバッラバラだね!」
「イベント用の備品じゃないっすか?」
確かにイベントで使うための備品を置いていたという可能性はある。
「でも、イベント用の備品をこんなところにわざわざ置いておくか? 備品置き場は備品置き場で用意されてるだろうし」
「それもそうっすねえ」
「もしかすると、不法投棄の類いなのでは?」
それはあるかもしれない。
どっちにしても、あまり関わり合いにならない方が良さそうだ。こういうのは関わってもろくなことにならない、たぶん。
で、そういう嫌な予感に限ってよく当たるのは、何も俺だけのことじゃない。アンタだって身に覚えがあるだろう?
ルイが手に持ったかけらを捨てさせ、さっさと立ち去ろうとしたその時、突然俺たちを呼び止める声がする。
「おい! そこで何やってる!」
一斉に振り向いた俺たちの目に、ライトをこちらへ向ける警邏の男が映った。
警邏の男は周囲に散乱する破片を一瞥すると、目尻を吊り上げて怒鳴りはじめる。
「公園にゴミを捨てるなど、けしからん!」
「え、いや……、オレたちは違うっす」
「何が違うんだ!? さっきそこの子供が捨てるところもちゃんと見ていたぞ! くだらん言い逃れをするな!」
どうやら夏祭りの警備にかり出された警邏隊らしいその男は、こそこそと茂みに入り込む怪しい一行を見つけ、後をつけてきたらしい。
ちなみに言わずともわかると思うが、その怪しい一行とは俺たちのことである。
茂みの中に散乱する破片を、俺たちが不法投棄したゴミと勘違いして、警邏の男はとくとくと説教をしはじめた。
正直こっちは良い迷惑である。しかもいくら俺たちが捨てたものではないと弁解しても聞く耳をもってくれない。どうやら、こうと決めたら考えを改めないタイプの人間らしい。
「きちんと片付けてゴミを持って帰るのなら、今日のところは見逃してやろう」
果てしなく納得のいかない展開ではあったが、俺たちが怪しく見えるような行動をしていたのも確かだ。警邏相手に騒ぎ立てて事を大きくした場合、余計面倒なことになりそうだったので、しぶしぶながらも俺たちは散らばった破片を集めて大人しく持ち帰ることにした。
『終わりよければすべてよし』という言葉があるが、今回はまったくの逆である。身に覚えのないことで警邏に説教され、おまけに余計な荷物を抱えるはめになっては祭りを楽しむどころではない。せっかくの雰囲気が台無しだ。
結局テンションも駄々下がりになった俺たちは、早めに切り上げて家路へつくことにした。
どうすんだよ、このゴミ。
「それでそんな……、えーと、……ガラクタを持って帰ってきたんですか?」
翌日、袋一杯に詰まった桜色のゴミ――もといガラクタを見て、自称アシスタントの銀髪少女が困り顔を見せた。
普段のティアならば眉をしかめて仁王立ちになるか、冷たいジト目でじわりじわりとこちらのヒットポイントを削ってくるシチュエーションである。だが、今日のティアは言葉にも態度にも全くトゲがない。
ティアが朝やってくるなり、昨日のステージで見せた歌声をベタ褒めしたら少し恥ずかしそうに照れていた。
「お父様のお知り合いがイベントのプロモーターをされていまして、出場者が足りないからどうしてもと頼まれてしまったんです。知り合いに見られるのはちょっと恥ずかしかったので……」
ということで、俺たちには内緒にしておいたらしい。
広い夏祭りの会場で、しかも一曲歌うだけの短時間だから、まさか俺たちに見られることはないだろうと思っていたそうだ。
ただ、歌を褒められて悪い気はしないのだろう。今日のティアは机の上に並べられた桜色のゴミを見ても、困り顔を見せる程度の反応しか見せない。
最初は俺もさっさと捨てようと思っていたのだが、よく見れば破片のひとつひとつは表面がつるつるで手触りもよく、気品のある光沢すら放っている。しかも割れ方も粉々という感じではなく、それぞれがしっかりとした形を保ったままだ。
元通りにくっつければ、案外オブジェとして見栄えが良いんじゃないかと、今朝になって思いはじめた。
なんかこう、立体パズルみたいでおもしろそうだし。
あ、こらルイ。破片を勝手に持ってくな。
おい、そこのモフモフ。それはオモチャじゃねえ。タシタシ猫パンチすんな。
むう……、組み上げて復元するのはちょっと無理だろうか?




