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にわにはにわにわとりが  作者: 高光晶
第六章 日常の裏側にはきっと誰かの企みがひそんでいる

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第114羽

 御輿(みこし)(かつ)がれたパルノが通りすぎても、誰ひとりとしてその心配をする人間は居なかった。

 なんとも薄情な人間ばかりである。俺を含めて。


 俺たちは両手いっぱいに食べ物を持って、イベントが行われている広場へと足を運ぶ。

 町の主要道路が交差するその広場は、中央に大噴水、そして周囲に広がる天然芝もどきで構成された大きな公園として普段使われている場所だ。

 だが今は広大なスペースの半分を使用して、大がかりなステージが組み立てられている。その周囲は簡易パイプイスが並べられた即席の観覧席となっていた。


「レビさんレビさん。ようやくお腹も落ち着いてきたところですし、この辺でステージを見物しながら休憩にしませんか?」


「ンー」


 お前らの胃袋は底なしか?

 あれだけ食っておいて、まだ満腹にならねえのかよ。


「でも何もやってねえみたいだぞ?」


 見ればステージはすっからかん。観客席に座っている人間はもちろんいるが、ほとんどが空席だ。座っている人間もステージ目当てというより、むしろ休憩用のベンチ代わりに座っているという感じだった。


「ちょうどイベントとイベントの合間みたいっすね」


「次は何時から始まるんだ?」


「えーと……、十分後からっす。イベントの内容は…………歌のコンテストみたいっすね」


 ようするにカラオケ大会みたいなもんか。


「まあちょうど良いんじゃねえか? 休みがてら見ていこうか」


 そんなこんなで俺たちはガラガラになっている観客席の一角を占領すると、座って両手の食べ物を消費しはじめた。


 おい、そこの残念な妹。たぶん飛び入り参加とか無理だから。うろちょろせずに大人しく座っとけ。受付窓口とか無いだろうから。


 思いのほか疲労を訴えていた足を休めつつ、焼きとうもろこしを食べ終わる頃に周囲の席が埋まりはじめる。その後、焼き鳥を完食した頃にはステージ上へ司会役のお姉さんが立ち、コンテストがスタートしていた。


 歌のコンテスト自体はいたって平凡な展開だった。

 一般から(つの)った参加者がステージのそでから現れ、ひとり一曲歌っては反対側のそでに消えていく。その合間を司会役がつなぎ、出場者や曲の紹介をするという感じだ。


 特に点数をつけたり優勝者を決めるわけでもないらしく、歌い終わった人へ向けて適度な歓声と拍手が送られるだけの退屈な展開。特別な盛り上がりはなかったが、歌い手は事前に審査されているのか、全員素人にしては上手だった。


 エンジが見たパンフレットによれば、大トリに有名なアイドルグループの出番が控えているらしい。そのアイドルグループは最近立体映信(りったいえいしん)で人気急上昇中の三人組。学生三人組の女の子アイドルで、芸能界に(うと)い俺でも知っているほど、今一番の注目株らしい。

 周囲を見回せばいつの間にか観客席のほとんどが埋まっていたが、おそらく観客の大部分はそのアイドル目当てに来ているのだろう。


「ようするに(てい)のいい前座というわけですね」


 はむはむとクレープにパクつきながらラーラが言った。


 そんなわけで、申し訳程度の盛り上がりを見せながら歌のコンテストは粛々(しゅくしゅく)と進んでいく。


 俺も適当に飲み食いしつつ、のんびりとそれを見物していた――のはついさっきまでの話。


「次に歌ってくださるのは、こちらの方です」


 司会の女性による歌い手紹介に、俺は飲んでいたジュースを思わず吹き出した。


 紹介にあわせて舞台そでから出てきたのは、背中にまっすぐと伸びる整った銀髪の少女だった。

 普段とは違い、淡い青を基調とした涼しげな浴衣に身を包み、薄い水色の瞳は伏し目がちでよく見えない。が、毎日のように顔をつきあわせている俺にはそれが誰だかすぐ分かる。


「ご存知の方も多いかと思いますが、先日行われたフィールズ大会で準決勝まで勝ち進んだチームの一員であり、白氷銀華(フロノレス)の異名でも知られているティアルトリス嬢です!」


 その姿を目にした途端、それまでのおざなりだった歓声が一気にボルテージを上げる。


「はーい、そこのお父さん方。あんまり興奮しすぎると、となりの奥さんに脇腹つねられちゃいますよー。家に帰ってからの修羅場は責任持ちませんので、ハメ外し過ぎないようにねー」


 司会者の言葉に観客席から笑いがこぼれる。


「さーて、観客席が妙なテンションになってしまいましたが、さっそく歌っていただきましょう。ティアルトリス嬢で、曲は『遠き日の四○四』です!」


 司会者による曲紹介でスピーカーからイントロが流れはじめる。


「えーと、……姐さんもバイトっすかね?」


「さあ……。『少し用事がある』とは聞いていたけど……、これのことだったのかな?」


 リンゴ飴片手のニナに訊ねるが――。


「すごーい! ティアさんキレイー! ほらほらお兄ちゃん! ものすっごくスーっとしてギュッて感じだよー!」


 まともな返答を期待した俺がバカだった。


 そうこうしているうちにティアが歌い始めた途端、それまでざわついていた観客席が静まりかえった。


「へえ、すごいじゃないか……」


 ティアが料理しながら鼻歌を歌っているのはよく聞いている。だがこうしてまともに歌っているのを聞くのは初めてのことだ。


 拡声魔法具によって会場中に歌声が響きわたる。

 新緑の草原を駆け抜ける風のような声。ゆったりと語りかけるように(つむ)ぎ出される言葉のひとつひとつが、夏の暑さを忘れさせてくれるようだった。


 ところが、その容姿にも劣らぬ可憐な歌声を会場中の人々が静かに聞き入っていたその時、突如として周囲を照らしていた明かりが落ちてしまう。


「な、なんだ!?」


「どうした!?」


「おい、何があった!?」


 ステージを照らしていた照明だけでなく、露店の照明や街灯までもが消え去ってしまい、周囲が突然の闇に包まれた。スピーカーから流れていた曲も同じようにして止まっており、聞こえてくるのはざわめく人々の声のみ。


 いきなりの出来事に、人々へ動揺が広がっていくのを感じた。


 ステージの照明が落ちるだけならまだわかる。夏祭りのために作った仮設のステージだ。不備があったとしても不思議じゃない。

 だが、露店や街灯の明かりもすべて消えるというのはおかしい。そこまで一度に故障が発生する可能性などほとんどないだろうし、街灯に至っては昨日今日設置したものじゃないのだ。


「レビさんレビさん。なんだか少し前にもこんな事がありませんでしたか?」


 近くでラーラの声がする。


 確かに以前、アルメさんとレストランで食事をした時にも同じような事があった。

 突然魔力が消失し、魔力をエネルギーにした照明である魔光照、それに魔力扉が停止した。加えて人間が魔法を使うことすら出来なくなったのだ。


「みんな、魔法は使えるか?」


 少し間が空いてラーラたちの返答があった。


「……………………ダメですね」

「あれ? なんで? 明かりがつかないよ、お兄ちゃん!?」

「変っすね、なんか失敗するっす」


 あの時と同じか。


 違うのはここが野外って事だ。幸い地下のレストランと違って星明かりがあるので、完全な暗闇というわけではない。最初はいきなり暗くなったんで何も見えなかったが、少しずつ目が慣れはじめたのか、周囲がぼんやりと見えるようになってきた。


「明かりが消えているのはこのあたりだけみたいですね。駅の方には明かりが見えます」


 ラーラに言われて駅の方向を見れば、確かに明かりが見える。かなり距離があるのでこちらへと届く光はわずかだが、そのおかげもあって完全な暗闇ではないのが幸いだ。


 だが、あの時と違うこともある。人の多さだ。

 最初は小さかったざわめきが、だんだんと大きくなり始めた。近くで小さな子供の泣き声が上がる。暗い中を無理に動こうとしてパイプイスにつまずいたり、人にぶつかる音が聞こえだした。言い争う声も増えている。


 レストランと違ってここには大勢の人がいる。レストランのときはせいぜい三、四十人。だがこの場には観客席を埋めるほどの人間がいた。座席数を数えたわけじゃないから正確な人数はわからないが、多分二百人以上がいただろう。加えて周囲の露店前にいた人間も含めればその倍以上が巻き込まれているんじゃないだろうか。


 当然人数が多ければ多いほど――。


「おい、お前どさくさに紛れてなにやってんだ!」


「はあ! しらねえよ!」


「ちょっと! やめてよ!」


 ――混乱も大きくなる。


 周囲を包むざわめきは、戸惑いの広がりを経て騒乱の気配を見せていた。


「兄貴、ちょっとヤな感じっす」


「同感だ。みんな、バラバラに動くんじゃないぞ」


「まずいですね、レビさん。このままだと先日と同じパニックになります」


 ラーラの言う通り、あたりの混乱は時間を追うごとにひどくなっていった。

 男の声で怒号が飛び交う。

 女の子の泣き声が聞こえる。

 中年女性の悲鳴が響く。

 若い男が罵声を吐く。

 パイプイスが立て続けにぶつかる音が鳴り渡る。


 このままパニックまで一直線かと思われたその時、喧騒の隙間から何かが聞こえてきた。


 ――歌だ。


「この声……」


「誰かが歌っていますね……」


 俺たち以外にもその声に気づく人間が出はじめた。

 騒然とした場を吹き抜ける風のように流れる声。


「ティアか」


 普段からさんざん耳にしている慣れた声だ。周囲がどれだけ騒がしかろうと、間違えようがない。

 暗くてよく見えないが、ステージの上から聞こえてくる。


 あいつ、伴奏も拡声魔法具もナシで歌ってんのかよ。


 ステージに近いところから波が伝わるように、波紋を広げるように、ゆっくりとその変化が波及していく。次第に落ち着きを取り戻し始めた会場に、小さく、だが確かな旋律となってティアの歌声が響き始めた。


「きれいな声……」


 若い女のつぶやきが聞こえる。


 やがてティアの歌は人々の喧騒を完全に包み込み、突然の暗闇に混乱した場を(しず)めてしまう。


 ティアが歌っているのは、遠い故郷を想う望郷の歌。かつて音楽界に突如あらわれ、それまでにない新しい風を吹き込んだ革命児ミオ・キサラギが作曲した歌だ。


 ゆったりとした曲調のため、伴奏なしのアカペラでもその魅力は十分に伝わる。


 星明かりだけが頼りの会場にたったひとりの歌が響きわたる。


「あ、レビさん。魔法が使えるようになったみたいですよ」


 会場にひとつふたつと魔法の光が灯り始める。

 その数はまだ少ないが、ようやく明かりを得て人々に安堵(あんど)の表情が戻った。


 だが、魔光照の復旧はまだのようだ。いくつかの明かりはいずれも魔法で出したもので、拡声魔法具も沈黙したままだった。


「おやおや、ティアさんのところが暗いままですね――マジックライト」


 ラーラがステージ上のティアを照らすため、そそくさと魔法の光を生み出す。


「おや? 私以外にも同じ事を考えた人がいたみたいです」


 ステージ上に複数の光が現れる。ラーラとほぼ同時に、ステージ上に向けて魔法の光を出した人間が他にもいたらしい。

 またたく間にステージとその上で歌うティアが数多の光に照らされる。


「うはっ! ティアさんキラッキラだね、お兄ちゃん!」


 この時ばかりはニナの言う通り、ティアはまぶしく輝いていた。


 というか、輝きすぎだろ。どんだけマジックライト使ってんだよ。

 ステージ上には三十くらいの光が浮かんでいた。輝くを通り越してすでに目がくらみそうだ。


「これはちょっと明るすぎますね。でしたら……」


 ラーラは自分が作った光をいったん消し去り、今度はほのかに青い色のついた光を生みだした。

 やはりこれも同じ考えに至った人間が複数いたのだろう。一度ついた光が消え、色つきの光が生まれたり、光が減ったのを見てさらに他の人間が新しく光を作ったりと、結果的にステージ上ではアイドルコンサートで見かけるような光の演出が生み出されていた。


「わー、すごーい! じゃあニナはティアさんの声をババーンと!」


 横にいたニナが何やら詠唱する。その魔法が完成すると同時に、ティアの声が突如大きくなって聞こえ始めた。

 どうやら拡声魔法具の代わりに、声を拡大させる魔法を使ったようだ。


 夏の夜空にティアの歌声が響きわたった。色とりどりの光に照らされ、浴衣姿の銀髪少女がステージの上で声を奏でる。その声はニナの拡声魔法に乗って、ステージ前だけでなく周囲の夏祭り会場全体に広がっていった。


 気がついた時には周辺の喧騒もすっかりなりを潜め、涼やかに歌うティアの声に聴き入る人の群れが静かに立ちすくんでいた。


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