第112羽
『ところ変われば品変わる』とはよく言ったものである。
節操のない日本人たちによって持ち込まれた風習や食文化は数え切れないほどある。この夏祭りもそういった文化のひとつだ。
大通りに立ち並ぶ露店の数々、夜空を明るく彩る花火、男たちが威勢良く担ぎ道を練り歩く御輿、その様子は日本の祭りをかなりの割合で再現している。
ただ、やはり完全に同じというわけでもない。というか、祭りの露店に至っては魔法の影響もあってかなり独特のものに進化している。
例えばラーラとルイが食べている綿菓子。地球の綿菓子と比べると奇妙なほどにカラフルだ。
地球の綿菓子はザラメを溶かして遠心力で飛ばすことにより、糸状に変化したアメを割り箸などで絡め取っている。その製造工程上、二色以上の綿菓子を作るためにはザラメをとっかえひっかえして長い時間をかける必要があるし、複雑なデザインは難しい。
ところがこの世界には魔法というものがある。遠心力ではなく魔法の風を制御する事により、製造工程で混じることなく同時に二種類以上の色や味を綿菓子につけることができるのだ。
これにより綿菓子は複数の色や味をいかに美しく見せられるかという、ある種アート的な食べ物として進化していた。二種類三種類は当たり前。一般的には五種類程度、腕の良い風魔法使いの手にかかれば七種類のレインボーカラーも作ることができる。
当然その出来映えは作り手の風魔法に左右され、綿菓子は露店の中でも一、二を争う『魔法の技術力がハッキリと現れる』出し物だ。ところどころに見かける『七種類ミックス可能』という看板が出ている露店は客足が絶えない。
「レインボー綿菓子は高すぎます」
文句を言いながら五色カラーの綿菓子を頬張るラーラ。そのふくらんだ頬は不満ゆえか、それとも単に綿菓子が口いっぱいに詰まっているからなのかは分からない。
手に持った割り箸に残っているのは半分ほどに減った綿菓子。五つの色が複雑な渦巻き状に絡み合う、見ていて心が不安定になりそうなデザインだった。
他にも定番の食べ物は一通りそろっている。
新鮮なイカの身を木串に差して甘ダレを付け焼くイカ焼き。体長十メートル近くなる大型のイカが素材となっているのでゲソ一本でも電柱なみの太さがあるが、下ごしらえをきちんとすればやわらかくて食感は良い。
イカ焼きと並んで露店の定番であるタコ焼きもある。だがこの世界のタコ焼きは残念ながらタコが入っていない。
過去に日本人たちが血眼になって探し回ったらしいが、結局それらしい生物を見つけることができず、森で採れるキノコの一種で代用しているのが実情だ。小さな豆粒ほどのキクラゲっぽいキノコ、それがタコの代わりに入っている。なのに名前は『タコ焼き』のままであるという不可思議な状況は一体誰のせいなのだろう。
食べ物以外でも異世界ならではの違いが見られる。
泳ぐ金魚をポイと呼ばれる用具ですくう金魚すくい。日本に居たころは「赤や黒なのにどうして金魚なんだろう?」と疑問に思っていたが、この異世界ではそんな心配はない。
なぜなら水槽に泳いでいるのが紛う事なき金色の魚だからだ。
そのため「どうして金色じゃないのに金魚っていうの?」と大人を困らせる子供もいない。ただ、その形状は金魚というよりほとんどメダカである。
おそらくこの金魚すくいという文化を持ち込んだのも日本人であろうが、どうしてこうなったのか本人を一晩ゆっくり問い詰めたい気分である。
金という色にこだわった結果、金魚とは似ても似つかない魚に行き着いたのか。それとも金魚を探し回ったが見つからず、なかばヤケクソになって金色の魚で代用したのか。当人に聞かなければ本当の事情は分からないが、とりあえず現在の状況に落ち着くまで紆余曲折があったであろうことだけは想像できた。
でも文化を輸入するならきちんと誤解のないように伝えて欲しいものである。外から新しい物を受け入れて魔改造するのが日本人の性とはいえ、金魚すくいと銘打っておきながら、肝心の金魚が完全な別物というのはある意味詐欺じゃなかろうか。
「ふっふっふ。子供の頃『乱獲者』と称された私の腕をお見せしましょう」
いや、ラーラ。その称号ってむしろ不名誉なやつじゃねえの?
「お子ちゃま用の破れにくいポイ使えば、誰だって楽勝でとれるに決まってるっす」
横からエンジが口を挟む。エンジの言う『お子ちゃま用の』とは、魔力が発現する前の子供が使うポイのことである。
この世界で使う金魚すくい用のポイは二種類ある。ひとつはこの世界独自のポイで、形状こそ地球の物と同じだが紙が張っていない。これはちょっとした魔法具の一種だ。使用者の魔力を使って薄い膜を張り、紙の代わりに金魚をすくうことができる。
もうひとつは魔力がまだ発現していない子供用のポイだ。魔力がない子供には、地球と同じように紙を張ったポイが手渡される。かなり破れにくい紙を使っているので、大人が使えば水槽の金魚相手に無双状態だろう。
当然それは大人が使うものではないが、見た目幼いラーラのことである。黙っていれば子供用のポイを手渡されかねない。それをエンジは言外に指摘したわけだが、そうすれば「失礼な! ちゃんと魔力張り用のポイを使いますよ!」と、当然のごとくラーラが反発する。
「それよりそのモジャ毛が水面に映って目障りですからどいてください」
エンジは水面にその姿を映すことすら厭われる。哀れな男だ。
「お兄ちゃん! 勝負しよ! 勝負!」
そんないつも通りのやりとりを傍目に、元気印の残念妹がポイを片手に寄ってきた。
「いや、ポイに魔力張れない時点で俺不戦敗じゃねえか。最初から勝負になってねえよ」
この歳になって子供用ポイを使うのも情けないし。
「俺はお前らのを後ろから見てるわ」
「えー、じゃあニナの後ろで見ててね! ラーラさん! エンジさん! いざ勝負!」
こうして始まった身内限定金魚すくい一本勝負。
参加者はラーラ、ニナ、エンジの三名である。
ターゲットは水槽の中を機敏に泳ぎ回る金魚という名の金色メダカ。
「制限時間は三分な。その間に一番数多くすくったヤツの勝ちだ。金魚の大きさは関係なしだからな」
ということで俺は時間計測係だ。
「じゃあ……、スタート!」
さっそくポイに魔力を流して金魚を狙い始める三人。
最初に金魚をすくい上げたのは自信満々だったラーラだ。
「まずは一匹です!」
開始早々十秒も経たないうちに一匹目。大口を叩くだけのことはある。
そのまま立て続けに二匹目、三匹目をすくい上げるラーラ。
「こっちも一匹っす!」
ラーラが三匹目をすくい上げたところで、エンジがようやく一匹目をすくい上げる。
「あらあら、モジャ男さんはようやく一匹目ですか。モジャ毛が水面に映って金魚が怯えているんじゃありませんか?」
「ムカつくっす!」
ラーラはああ言うが、別にエンジが下手なわけじゃない。
この金魚すくい、魔力を薄い膜にして金魚をすくうことから、魔力の強さや得意属性よりも細かい制御の力量がものを言う。ポイに魔力を込めすぎると頑丈な膜は張れるが、強い魔力を恐れて金魚が避けようとしてしまう。かといって魔力が少なすぎると金魚の勢いや重さを支えきれず破られてしまうのだ。
そういう点から考えると、細かい魔力の制御に長けたラーラには向いていると言えよう。魔力量は決して多いと言えないラーラだが、その扱いや細かい調整は得意とするところである。
一方、人よりも大きな魔力を持つからといって、常にそれが利点となるわけではない。金魚すくいに限って言えば、緻密な制御ができない魔力は金魚を怯えさせるだけである。
その典型的な例がラーラのとなりにいる金髪ウルフカット娘だ。
「ああー、何で逃げるのー! そりゃ! あっ、跳ねた!」
人一倍魔力量に恵まれたものの、生来のがさつな性格により細やかな魔力制御とは無縁の生き方をしてきた妹である。
その行動スタイルは小細工無用、正面突破、猪突猛進。生まれ持った才能により正面から力でねじ伏せることに慣れたニナにとって、ポイへ薄く魔力を張るという作業は明らかに向いていない。案の定、ポイに強く魔力を込めすぎて、金魚から逃げ回られていた。
「あー、もうまどろっこしい! そっちがその気なら……!」
逃げ回る金魚相手に腹を立てたニナ。
「逃げられないようにすれば良いよね!」
そう言ってポイを水中に沈めると、水槽の角へ向かって金魚を追い立て始める。
金魚たちはニナのポイに込められた大きな魔力に怯えて逃げようとするが、行き着く先は水槽の端、行き止まりである。次第に水槽の角に密集し始める金魚の群れへ、ニナのポイが襲いかかった。
「それー! 大漁ー! ざっばーん!」
逃げ場のなくなった金魚の群れをすくい上げるニナのポイ。雑なすくい上げ方のため、大半の金魚はこぼれ落ちてしまったが、それでも一気に四匹獲得である。なんという力技。
「むむむ、やりますねニナさん。ですが私もかつて『乱獲者』と呼ばれた女。負けるわけにはいかないのです」
開始から一分半が経過して、現在はエンジが四匹、ラーラが七匹、ニナが九匹という状況。
一匹ずつ金魚をすくい上げるラーラに対して、追い立ててまとめてすくい上げるという力技で対抗するニナ。ラーラがじわじわと数を稼ぎリードしたかと思うと、ニナがすくい上げに成功したタイミングで逆転するといった展開。抜きつ抜かれつの争いとなった。
「ンー♪」
そんな争いをよそに、ルイはひとり子供用のポイを使って金魚をすくって――いないな。
「なにやってんだお前? 金魚すくわないのか?」
「ンー」
水槽を見つめたままルイが生返事する。
ルイは幼児扱いということで、魔力を必要としない紙の張ったポイを使っている。
もっとも、先ほどから見ていたが、ルイは一向に金魚をすくい上げようとしていなかった。ポイを水中に差し込んで、すくい上げるでもなく、金魚を追い立てるでもなく、ときおり小刻みに動かしているだけだ。
よく見てみると、ルイの差し込んだポイを挟んで何匹かの金魚が激しく動き回っている。
威嚇でもしているのだろうか? 体の大きな金魚が一匹、体の小さな金魚たちへ勢いよく突っこもうとしてはポイに行く手をさえぎられている。ルイは自分のポイを差し込むことで、大きな金魚の邪魔をしているようだった。
もしかして大きな金魚から他の小さな金魚を守っているつもりなんだろうか?
金魚すくいの遊び方としては完全に方向性が間違っているのだが……。まあいいか。誰かに迷惑かけているわけでもないし。見れば露店のおっちゃんも、通りがかったお姉さん方もルイの様子を見てほっこりしていた。
現在のところ金魚すくい勝負はエンジが六匹、ラーラが十三匹、ニナが十二匹となっている。
「もう一匹です!」
ラーラが十四匹目をすくい上げてリードを広げる。
残り時間は三十秒。その差は二匹だが、ニナのひとすくいは三匹、四匹となる。まだ勝負は分からない。
ニナの方を見ると、水槽の角へ大量の金魚を追い立て終わったところだった。ラーラが安全圏まで突き放そうと十五匹目に狙いを定める横で、ニナが勝負をかける。
「これで逆転! どかーんと大漁! それぃ!」
ニナが金魚の群れを下からすくい上げ――――ようとしたその時、ピンという高音と共にポイが金魚たちを素通りした。
「あれれ?」
突然の大空振りに首を傾げてポイを見るニナ。
「あー、嬢ちゃん。残念だったな。焼き切れだわ」
「ガーン! あとちょっとだったのに!」
露店のおっちゃんが告げた言葉に、ニナは頭を抱えて天を仰ぐ。
魔力の膜を張るポイは紙ではないから水に濡れても破れることがない。しかしそうなると『魔力が続く限り延々と金魚すくいを続けることができる』という問題も発生するのだ。それでは露店側も商売あがったりである。
だから通常、ポイのフレームには単純な魔力回路が組み込まれていて、一定量以上の魔力を流したり長時間魔力を流し続けると回路が焼き切れて使用不可能になる。つまりはこれが金魚すくいにおけるゲームオーバーを表しているわけだ。
長時間ポイを使い続けるためには流す魔力を適量に保つ必要があるため、なおさら魔力の緻密で巧みな操作が必要とされるのだ。
おそらくラーラやエンジのポイはまだまだ継続して使えるだろう。だが強い魔力を流しすぎたニナのポイは三分間の勝負にも耐えられなかったらしい。
その後、ニナが途中退場する中、ラーラは見事十五匹目をすくい上げ、そこで三分が経過した。
「勝負はここまでだな」
結果、金魚の数はエンジ六匹、ラーラ十五匹、ニナが十二匹。終わってみればラーラの快勝だったが、ニナが最後のひとすくいを成功させていたら逆転していたかもしれない。
まあ、そういじけるなよエンジ。お前の六匹だって大したもんだぞ。ちょっと相手が悪かっただけだって。
次はお前がやりたがってた射的につきあってやるからさ。




