第110羽
「で、どこで拾ったって?」
寝起きということもあって、いまいちフル回転しない脳みそがもどかしい。
俺が子ネコの背中に乗っている幼児を指さして言うと、ラーラが反論する。
「レビさんレビさん。女の子は物じゃないんですから、拾ったとか失礼ですよ」
いや、『本日一番の収穫』というお前の表現も十分失礼だろうが。
「そういう細かいことは良いから」
話が進まないので突っ込みは心の中だけにとどめておく。
「ちょっと納得できませんけど……、まあいいでしょう。先ほどルイやモフモフちゃんと一緒に少し奥の方まで行ったのですが――」
ラーラの話では、ここからしばらく森の奥へ向かったところで見つけたとのことだった。子ネコの運動をメインにして、ときおり果実や薬草を採取しながら、少しずつ森の奥へと入っていったところ、少し開けた草地に倒れていたらしい。
あわてて息を確認すればどうやら単に眠っているだけのようだったが、見回してみても保護者らしき人影どころか人っ子ひとりいない。軽く周囲の探索をし、加えてしばらく幼児のそばで待機してみたものの、一向に迎えが来る気配もなかった。
で、さすがにそのまま放置するわけにもいかないため連れてきた、ということだ。
「親とはぐれたんだろうな」
「普通に考えればそうですね」
状況だけ見ればただの迷子だ。だが――。
「場所がちょっと奥過ぎるよな……」
森の浅いエリアは家族連れがキャンプやハイキングを楽しむことも多く、国が設置している管理事務局もある。だがこのあたりはひとけも少なく、管理の目も及ばない。
確かに危険が少ないとはいえ、子供連れで来るようなところじゃあない。ましてや子供がひとりでというのはおかしな話だ。
「ふえ……、だあれ?」
俺とラーラがふたりして頭を傾げていると、不意に女の子が目を覚ました。
まだ意識が覚醒していないのか、目をこすってキョロキョロとあたりを見回している。
見た感じ、歳は三、四歳くらい。着ている服は街中で普通に見かける子供と変わりない。こげ茶色の髪の毛をつむじの部分でちょこんと縛っているのが、幼さをより強調していた。
「ママ……? ママどこお?」
周囲を見渡しても知った顔がないことに気がついたのだろう。困惑を浮かべていた目にじわじわと涙が浮かび始めた。
「ママー! ママあああ!」
あー、やっぱり泣き始めたか。
地球だろうと異世界だろうと、泣く子に勝てないのは世界共通である。
「あらあら、泣いちゃいましたね。どうしましょうか?」
「しばらく泣かせてやれ」
今は何を言ってもムダだ。この状態をすぐに泣き止ませるのは母親でも無理だろう。しっかり泣いて感情が和らぐまでは俺たちに出来ることなどない。
そうは言っても放っておけないと、ラーラが必死になだめること数分。少し泣き声がおさまってきた。
「ママああ! ――ヒック。 マーマあ……!」
頃合いかな?
俺はポケットからルイのおやつ用に持ってきたあめ玉を取りだし、包みを取ってから女の子の口に放り込んだ。
「ママあああ。 ママ――?」
突然口の中に広がった甘味に、意表を突かれて目を瞬かせる女の子。とりあえず落ち着かせることには成功したようだ。
「ンー」
子ネコの背にまたがったままキョトンとした表情を見せる女の子に、ルイが声をかける。
「だぁれ?」
「ンー」
「ママはどこ?」
「ンー」
会話が成り立っていないが、少なくとも自分と同じ年頃の子供がいることで気持ちが落ち着いたのかもしれない。
ルイの反対側からラーラが声をかける。
「私たちと一緒にママを探しにいきましょう」
「おねえちゃん、だぁれ?」
「私はラーラです」
「らーらちゃん?」
「ラーラお姉ちゃんです」
「らーらおねえちゃん?」
「そうです。良い子ですね。あなたのお名前は?」
「ゆりあはね、ゆりあっていうの」
「そう、ユリアちゃんですね。この子はルイ、そして今ユリアちゃんの乗っているのがモフモフちゃんです」
「ンー」
「にゃあ」
ユリアと名乗った女の子は、ここでようやく自分が子ネコの上へまたがっていることに気がついたらしい。一瞬ぴくりと肩を跳ねたが、すぐに興味津々といった風で子ネコの体を撫ではじめた。
まだ幼いがゆえに、猛獣であるネコをよく知らないのだろう。先入観がない分、すんなりと子ネコを受け入れていた。
「にゃん」
子ネコの方にしても、幼子に荒く撫でられているにもかかわらず嫌がったりしていない。確かにこの状況では非常に助かるのだが、ますますコイツの野性味が薄れていっているようで心配だ。ちょっと人に慣れすぎじゃなかろうか。
「で、あそこにいるのがレビおじちゃんです」
「おじちゃん?」
こらこら。何でお前がお姉ちゃんで、同級生の俺がおじちゃんなんだよ。そりゃ中身は確かにおっさんだけどさ。
「ユリアちゃんはどうしてあそこで寝ていたのですか?」
「んっとね、んっとね、おじちゃんのうしろついていったの。たんていさんごっこしたの」
「おじちゃん? って、アレのことですか?」
だから人を指差してアレとか呼ぶんじゃねえよ。
「ううん、ちゃいろいかみのけのおじちゃん。もっとせがたかいおじちゃん」
ユリアちゃんが首を振って否定する。
「知っているおじちゃんですか?」
「ううん、しらないおじちゃん」
ヒアリングはラーラにお任せである。こういうとき、ラーラの幼そうに見える外見は利点になるな。子供が自分と同格の存在として認識してくれるから。
にらむなラーラ。俺は何も言ってねえだろうが。
モフモフ触感で癒しを与える子ネコ、同年代に見えるルイの笑顔、そしてとても大人には見えない童顔ラーラのおかげで、ユリアちゃんの警戒心もちょっとだけほぐれたようだ。なにぶん相手が幼児なので話を聞き出すのには苦労したが、少しずつ状況が判明してきた。
ラーラが訊きだした話をまとめるとこうなる。
ユリアちゃんはお母さんと一緒にお花摘みのため森までやって来たらしい。お花摘みって言ってもトイレに来たわけじゃなくて、部屋に飾る花を採取に来たということだ。
で、お母さんがご近所のママ友と井戸端会議に花を咲かせているとき、暇をもてあましてあたりをブラブラしていると、なぜかひとりきりで道をはずれて森へ分け入る男を発見。探偵になりきって男を尾行していたが途中で見失ってしまい、気がつけば森の奥にひとりきり。結局泣き疲れて寝てしまった。ということらしい。
ただ、少々気にかかることはある。ラーラが言うには開けた草地でユリアちゃんを見つけたと言っている。だがユリアちゃん自身は草地なんて知らないと言っていた。ずっと木があるところを歩いていたという。
幼児っていうのは自分が興味を持っていることにしか意識が向かないから、単純に気がついていなかっただけとか、勘違いしているだけとかいう可能性もあるがね。
また、見つかった場所がかなり森の奥だったことも気になる。大人の足でも歩いて二十分以上かかるようなところだ。ユリアちゃんが嘘をついているとは思えないが、幼児が自力であんなところまでたどり着けるもんだろうか?
「レビさんレビさん。さっきから何をうんうん唸っているのですか?」
「ああ、いや別に。とりあえず管理事務局に連絡してみてくれよ、ラーラ」
「それが……、ちょっと圏外みたいです」
ああ、そりゃそうか。これだけ奥に来れば個人端末の通話機能も届かないわな。
「しゃあねえ。少し歩くか」
子ネコの背にユリアちゃんを乗せたまま、俺たちは森の管理事務局がある場所へ向けて移動を開始した。
「すごいすごーい! ふわふわー! たかーい!」
動物の背中で揺られるという初めての体験に、ユリアちゃんは迷子ということも忘れてはしゃぐ。言葉が通じないながらも楽しそうにルイへ話しかけ、ラーラとの会話で笑顔を見せるようになる。
やがて十五分ほど歩いたところで個人端末の通話圏内に入り管理事務局へ連絡がつくようになった。
「――はい。そうです、今そちらに向かっています。――はい。行き違いになるとまずいですし。ええ、そうしてください」
ラーラが事情を説明したところ、ユリアちゃんのお母さんから迷子の届け出と捜索願いが出ている事がわかる。
「レビさんレビさん。このまま管理事務局へユリアちゃんを連れてきて欲しいと言うことです」
「んー、ちょっと遠回りになるけど仕方ないか。――ユリアちゃん、今からお母さんのところへ行くんで、もうちょっとがんばってな」
「うん、わかった! れびさんちゃんおじちゃん!」
俺の名前がわけ分からんことになっていた。
道中ラーラがオレのことを「レビさん」と呼んでいたもんだから、ユリアちゃんが全部混ぜ込んでしまっている。
「ルイ、すまんがまだ歩けるか?」
「ンー」
「悪いな。疲れたら俺がおぶってやるから」
さらに森の管理事務局へ向けて歩くこと二十分。待っていたお母さんと再会を果たしたユリアちゃんだったが、その直前に子ネコの姿を見て周囲の人々が軽いパニックになってしまったのは…………まあ、俺の配慮不足だったな。




