第108羽
強い日差しが照りつける中、我が家の庭で駆けまわる二羽のニワトリと子ネコ、そして希少種ゴブリン。俺は木陰に腰かけ、その様子を目にしながらとなりに座るツインテール魔女っ子から事情を聞いていた。
「フォルさんからは『レビィにアドバイスをしていた』と聞いただけです」
「何でそれがレストランで食事するのにつながるんだよ」
「簡単な推理ではありませんか。フォルさんが服飾街から出てきたところでそう言ったのです。ということはレビさんが服飾街でフォルさんにアドバイスをしてもらうようなことをしていた、と考えられます」
「……」
「レビさんが普段着を買うのに、わざわざフォルさんへアドバイスをしてもらう必要なんてないでしょう? そうすると誰かへの贈り物か、あるいは普段着ないような服を買っていたということになりますよね?」
「……」
「それでティアさんに話を聞いてみたら、なんでも夕食を外で食べるという話じゃないですか。これでピーンときました。面白そうな気配がする、と」
いや、途中までの推理はともかくとして、最後のセリフはどう考えてもおかしいからな。
でもこれでようやくラーラたちがあのレストランに来ていた理由が分かった。
どうも俺に服のアドバイスをしたあと、フォルスは服飾街を出たところでラーラにばったり出くわしてしまったらしい。フォルスも俺のお食事デートうんぬんは話さなかったようだが、その口からポロリとこぼれた断片的な情報をもとにして、ラーラは真実へたどり着いたのだとムダに胸を張って言った。
普段はチョロいチビッ子のくせに、いざというときは女の勘を発揮するんだな。こんなのでもやはり女子は女子か。
俺が家を出てから待ち合わせ場所に向かい、レストランに入るまで一部始終を見ていたらしい。何という羞恥プレイ。
「あの爆発や事故がなければこっそりのぞくだけのつもりだったのですが……」
おいおい、まさかあれでバレていないとでも思っていたのかよ?
「闇に紛れて熱烈な抱擁とは……、レビさんも意外にゲスいですね」
「人聞き悪いな、おい!」
確かにあの時、意図せずとはいえティアを抱きしめてしまったのは間違いない。
だがそもそもあれは相手がアルメさんだと思っていたのだし、それ以前に危険から護るためやむを得ずやっただけだ。断じて下心があったわけじゃないぞ。
「という大義名分の下に、いたいけな少女のか細い体を強く抱きしめて――」
「ちょっ! お前それ間違ってもティアの前で言うなよ!」
「私がそこまでデリカシーのない人間だとでも?」
空色ツインテール娘が心外なと言わんばかりに眉を寄せて言う。
むしろその反応の方が心外だよ! お前、欲望の前では自重とかデリカシーとか全く関係なくまっしぐらじゃねえか! 単に欲望の対象がスイーツとかルイとか子ネコだからまだ良いものの、ちょっと方向性を誤ったらすぐに道を踏み外しそうなヤツが言うセリフじゃないぞ!?
「ふふふ。ルイとモフモフちゃんがじゃれながら丸いニワトリたちと戯れる……、すばらしい光景です。私が長らく求め続けていた楽園が今ここに……、うふふふ」
庭で遊ぶルイたちを見てラーラが恍惚の表情を浮かべていた。
いや、ホント。こいつの将来大丈夫か? 他人事ながらすごく心配なんだが。
「はあ……。お前らが俺の後をつけてきた理由はわかった。けどまあ、正直そんな事は大した問題じゃないんだけどな」
「と、言いますと?」
「もっと大変な問題が起こっているだろうが」
「はて、大変な問題? ……………………おぉ、そういえばモフモフちゃんにまだ名前をつけていませんね」
「そうじゃなくて」
大変な問題というのは、俺たちがレストランにいたとき巻き込まれたあの事故だ。
レストランだけに限っても、直接的な被害はないもものパニックのせいで怪我人が大勢出た。レストラン自体も内装の被害などは甚大だ。
当然レストラン以外でも被害は発生していた。
爆発が起こったのは、ホテルのとなりに建っていたビルの研究施設だった。もともとは危険性のほとんどない研究をするための施設だったらしいが、事故後の調査で違法な魔法実験を行っていたことが判明したらしい。
どのような魔法実験だったのかは報道規制のため公表されていないが、研究施設のあったビルでは爆発の被害で数名の死者と多数の重軽傷者が出ている。となりの建物、しかも地下のレストランにまであれだけの衝撃が伝わってきたのだ。爆発地点はさぞひどい状態だろう。
加えて爆発後に起こった魔法が使えない状態。あれは俺達のいたレストランだけの話ではなかったらしい。原因となった研究施設を中心にして半径五百メートルくらいの範囲で、一時的に魔法が使えなくなったため、他の場所でも大混乱が発生していたそうだ。
「単純に魔法が使えなくなるだけではなく、魔力自体が消失していた感じでしたね」
事故当日を振り返ってラーラがそう言う。
「魔力自体が?」
ラーラはこくりと頷き、当時の状況を説明する。
「レストラン中の魔光照が完全に消えていたことからもわかるように、魔法の発動がどうこうというより、魔力そのものが消えたと考えるのが妥当でしょう。魔力による身体強化も無効化していましたし」
魔力そのものが消失する。それはこの世界において異常な事態である。
そこら辺に生えている雑草や、道端に落ちている小石にすら微量な魔力が宿る世界で、一切の魔力がなくなるというのは常識的に考えられない。
もともと魔力がなく、その恩恵も全く受けていない俺にとってはどうということはない。だが普段から身体能力を魔力で底上げし、息を吸うかのごとく魔力をまとっている他の人間にとって、それは背筋がぞっとするような恐ろしい話だろう。
確かに魔力を封じる魔法具自体は存在する。
犯罪者の身柄を拘束する際に使われる拘束具には、着用者の魔力波形を乱すことで魔法の発動や身体強化を妨害する機能がある。
だがそれはあくまでも対個人の魔法具だ。魔力を封じるには魔法具が対象者の体に直接触れている必要がある。
接触もなしに、しかも半径五百メートルという広範囲にわたって魔力を消失させる魔法具など聞いたことがない。
…………………………いや。
聞いたことは……あるぞ。
海でティアが言っていた三年前の……、確か周囲一体の魔力を吸収する特殊な魔法具の話。そういった魔法具の話は一般に知られていない。当然違法、もしくは未完成の魔法具なんだろう。
後でティアにも話を聞いてみたいんだが……。うーん。レストランの一件からどうにも気まずいんだよなあ。
いや、別にケンカしているとかってわけじゃないし、ティアも普通に毎日来てくれるんだが。なんというか、お互い顔をあわせづらいって感じ? ルイや子ネコがいなかったらきっと息が詰まりそうになっていただろう。
「身体強化が無効化されていて幸いだったんだろうな。あんなパニック状態で身体強化した人間が暴れ回っていたら、俺みたいなのは巻き込まれてあっという間にボロクズになっていただろうし」
「それは否定しようがありませんね」
「ティアが俺に抱きかかえられて大人しくしていたのもそのせいか。さすがのティアも魔力がなければ力を発揮できなかっただろうし。悪気がなかったとは言え、ティアには申し訳ないことをしたな」
「それは違うと思うのですが……」
「いやいや、いくら何でも身体強化がない状態なら俺の方が力は強いぞ」
「そういう意味ではないのですけど……」
俺ってそんなに非力だと思われているんだろうか? これでも人並みの筋力はあるんだぞ? というか、魔力による身体強化が出来ない分、平均以上に体は鍛えられていると思うんだが。
「勘は鋭いくせに変なところで鈍いんですね、レビさん」
「勘は関係ねえだろう」
「はいはい。さて、私はルイたちともうひと遊びして来ます」
そう言ってラーラはあきれたような表情を俺に向けた後、愛すべきゴブリンとモフモフへ突進していった。
まったく。何をわけのわからんこと言っているんだ、あの魔女っ子は?
え? 何? 俺が悪いの?
何でよ? はあ? 朴念仁? 俺が?
どういうこと? 分かっているんなら教えてくれても良いだろ?
へ? 爆ぜろ?
いやいや、何で俺が爆ぜなきゃなんねえんだよ。
っていうか、アンタが言うとシャレにならねえんだから、軽はずみなこと言うなよ。
そんな風に抗議していた俺を、胸からぶら下げた端末の着信音が現実へ引き戻す。
《大家さん、この前買ったブローチ渡さないんですか?》
画面をのぞき込んでみれば、ローザからのメッセージが表示されていた。
もちろんここで言うところのブローチとは、服飾街で購入した例のアレである。
「むう……、正直今はそんな空気じゃねえしな」
別にケンカをしているわけじゃない。ティアだって怒っているとか機嫌が悪いとかいうわけではなさそうだ。単にお互い気まずい空気をまとっているだけで、距離がつかめないという感じだろうか。
《そうでしょうか? むしろ今こそ絶好のタイミングだと思うのですが?》
しかしなあ。下手に刺激して状況を悪化させたくないのが正直なところだ。
いつまでもこの状態が続くわけじゃない。しばらくすればティアも普段のように接してくれるようになるだろうから、ブローチを渡すのはそれからでも良いじゃないか。うん、そうしよう。
《まあ、大家さんがそう言うのなら、私がとやかく言うことじゃないのかもしれませんけど……》
「けど?」
《そんな大家さんには、我が月明かりの一族に昔から口伝されている言葉を贈りましょう。この言葉は古来より、相手に己の至らなさを痛感させ反省を促すと同時に、奮起させて物事へ真摯に立ち向かう契機を授けるという慈愛の精神より生まれました。心してお受け取りください》
「お、おう」
改まった感じの説明が表示された後、いったん端末の画面から全てのメッセージが消えて黒一色に染まる。
そして訪れるわずかな間。
完全なる黒と化した画面がローザの沈黙を表していた。厳かな気配に息を飲んでローザからのメッセージを待つ俺。しっかりと間を置いて、十分な溜めの後にその一言が白文字で表示された。
《このヘタレ野郎》
………………なんじゃそりゃあああああ!
2021/03/05 誤字修正 紳士に立ち向かう → 真摯に立ち向かう
※誤字報告ありがとうございます。




