第100羽
はい、こちら現場のレバルトです。
今私が居るのは浜辺から適度に距離を置く、閑静な竹林の中に立てられた建物。オーシャンリゾートへの観光客向けに営業している旅館の一室です。
広さはおおよそ十二畳といったところでしょうか? 畳の香りが落ち着く和室となっております。
部屋の中には布団を納める押し入れと、季節の花を飾られた床の間があり、そして障子をはさんだ広縁には旅の疲れを癒すマッサージチェアが置かれています。ベランダの向こうに見える海の景色を目にしながらマッサージを受けるひとときは、旅で疲れた心と体をきっとリラックスさせてくれることでしょう。
残念ながらすでに日は落ち、外の風景はハッキリと見えません。ですが、月明かりに照らされて揺れる水面と周囲の緑から聞こえてくる虫の声、そして大きめの窓から部屋へ入り込んでくる涼やかな風が何とも言えない趣を感じさせます。
再び室内に目を転じてみましょう。本来であれば部屋の中央に配置されているはずの座卓は、とある事情で部屋のすみに追いやられています。
もちろん就寝時は畳の上に布団を敷いて眠るため、座卓をよせるのは当然ですが、時間はまだ八時過ぎ。床につくのは少々早い気がいたします。
では一同を集めておしゃべりでもするのでしょうか? それとも旅先の宿で定番となるカードゲームに興じるのでしょうか?
いいえ、どうやらそのように和気あいあいとした雰囲気ではないようです。
室内には合計八名の人間がおります。男女の内訳で言うなら男性三名、女性五名となるでしょう。加えて約一匹――いえ、一頭でしょうか。全身毛むくじゃらの白い生物が私のそばで丸くなり、膝の上へ頭を乗せています。いわゆる膝枕です。
はい、ここ大事ですよ。膝枕、ひざまくらです。
つまり私、現在座っております。それも体育座りでもなく、あぐらをかいているわけでもありません。ふくらはぎと太ももを密着させ、向こうずねを畳につけて背を伸ばしている状態――つまり正座でございます。
同じく正座で私の両隣に座っているのは苦労性の弟クレスさんと頭モジャモジャのブレない男エンジさん。
そんな私たち三人の前には、立ったままこちらを見下ろしている四人の女性。
私の正面には、両手を腰に当てていつも以上に冷たい視線を向けてくる銀髪のチート少女ティアさん。湯上がりでほてった肌は本来の白さに加えてほのかに赤みがかっており、妙になまめかしい印象を与えます。しっとりと濡れた銀髪から草原を駆ける風のようにさわやかな香りが漂ってきています。
さすがに浴衣姿では大股を開いて仁王立ちというわけにいかなかったのでしょう。裾の先からのぞく素足はきっちりとそろえて閉じられていますが、表情は能面のようになっております。
ティアさんの横でニヤニヤと乙女らしからぬ表情でこちらを見下ろすのは、残念な妹のニナさん。どこからどう見ても事態を楽しんでいらっしゃる様子が隠しきれません。わざとらしくティアさんと同じポーズをとり、楽しそうな視線を私に向けておられます。
ウルフカットの金髪はすでに乾き始め、一部分がややカールし始めているようです。身長こそそれほど高くありませんが、大人しくさえしていれば贔屓目を差し引いてもそこそこの容姿ではないかと思います。口を開くと途端に残念なこととなりますが。
ニナさんの後ろでオロオロとしているのは、泣きぼくろがチャーミングな元奴隷娘のパルノさん。桃色のショートカットはお湯に濡れてぺたりと頭にくっついております。普段はダボダボの服で目立たない隠れ巨乳が、浴衣の薄い生地によってあらわになってしまっています。
そのうろたえようはいつもと何ら変わりがありません。ティアさんと私の顔へ交互に視線を移し、その都度何か言いたそうに口をパクパクとさせます。ですがやはり口から出てくるのは「え、えーと……」とか「あ、あわわわ」などのように何の意味も成さない言葉未満のうめきばかりです。
少し離れた場所から困ったような表情でこちらを伺っているのは、窓の受付職員であるアルメさんです。普段は頭の後ろで結ばれている翡翠色のロングヘアが背中へ流れるままに下ろされ、いつも以上の色気を醸し出しています。よく手入れされているその髪は、ティアさんの銀髪に勝るとも劣らぬ艶を見せ、まるで女子力の高さを無言で主張しているようです。
浴衣の薄い生地では隠しきれない巨大メロンを持つ彼女は、私の視線からそれを隠すように両腕を前で交差させております。ご心配無用ですよ。私、透視能力は持っておりませんので、浴衣に隠された中身を見る術はありません。え? シルエットから想像されるのもイヤ? それは失礼いたしました。しかしながら私も健康な成人男子。想像するなと言われてもなかなか、そこは、それ、難しいものがございまして……。
さて、残るおひとりは立っておりません。かといって私たち男性のように正座しているわけでもございません。その方は今現在、私の正面にしゃがみこんでひたすら白いモフモフを楽しんでいらっしゃいます。
それがどなたか、言うまでもありませんね。あ、ちなみに性別不明の希少種モンスターはすでにとなりの部屋で布団に潜って夢の中へ旅立っております。良い子はもう寝る時間となっておりますので。
つまり消去法で最後のおひとりは空色ツインテールのラーラさんとなります。湯あがりということで今現在はツインテールをほどき、ティアさんやアルメさんと同じロングストレートという普段見せないお姿ですが、行動はいつも通り本能まっしぐらです。
私の傍らで丸くなっている真っ白の物体をひたすら欲望のおもむくままにモフりまわしては、そのやわらかさに目をとろけさせているようです。果たして今の状況がきちんと把握できているのでしょうか?
私の娘や妹というわけではない彼女ですが、その将来が非常に不安になってしまいます。周囲の空気を全く読まず、自らの欲求を最優先するその図太い神経には、いつもながら感嘆の念を禁じ得ません。悪い意味で。
以上、緊迫した空気の現場からレバルトがお伝えいたしました。ではスタジオにマイクをお返ししまーす。
「どこにマイクを返すとおっしゃいましたか? レバルト先生」
あれ? もしかして声もれちゃってた?
「いや、気のせいだろ」
「ふーん、そうですか……」
うわー、ティアの冷たい視線が一段階アップした。これ以上ふざけるのはまずいか。
「何で僕まで……」
俺のとなりで正座するクレスがぼやく。
今、俺たちは目下のところ非常に肩身の狭い立場に追いやられていた。
露天風呂で男湯と女湯の仕切りとなっていた柵を、どこからか入り込んできた子ネコが押し倒してしまい、その結果丸見えとなった女性陣のあられもない姿を目にしてしまったことが原因だ。
もちろん意図してやったことではない。だがうら若き乙女たちのすっぽんぽん状態を目にしてしまったのが事実である以上、面倒なこととなる前に説教をくらって相手の気がすむようにしてしまった方が良い。そんな風に俺は思うのだが、普段説教をくらう機会がほとんどないクレスにはそう思えないらしい。
「しょうがねえだろ、見ちまったもんは見ちまったんだし」
「にっしっし。クレスの目には誰の裸が映ったのかなー? パルノさん? ラーラさん? まさかニナのボディに釘付けだったなんてこと無いよねー?」
「ね、姉ちゃん!」
ニナがここぞとばかりにクレスをからかう。
「チョーとばっちりっすよ、兄貴ー」
「いや、お前が言うか!?」
むしろエンジは自分から積極的にのぞこうとしていたはずだが。この三人で一番反省を見せなきゃならんはずの人間が何を言ってんだか。
「レ・バ・ル・ト・先生?」
「ハイッ!」
左右に向かって口を開く俺に向け、不穏な気配を撒き散らしながら銀髪娘が声をかけてくる。思わず背筋がピンと伸びるが、決してこれは怖いからではない。やっぱり人とお話しするときは、キチンと背を伸ばして相手の顔を見ながら話すべきだと思うんですよ。それが礼儀ってヤツだしね。決して怖いからじゃないぞ。ホントだぞ。ホントだからな。
「別に私は裸を見られたことをどうこう言っているわけではないですからね。先生がのぞきをしようとしていたわけじゃなく、あれが事故だったことくらいは分かっています。そりゃ、見られて何とも思ってないというわけじゃありませんし……。は、恥ずかしかったのには代わりありませんし……」
自分で言っておいて思いだしたのか、ちょっとうつむいて赤面するティア。口調もそれまでの詰問調からうってかわって絞り出すような話し方に変わる。
「と、とにかく! 問題はそのネコです! どこで拾ってきたんですか!?」
恥ずかしさをごまかすように、ティアが俺の膝でくつろぐ子ネコを指差した。部屋の中にいる全員の視線が子ネコに向けられる。
「おおー、背中も良いですが意外に足まわりのフワフワもすばらしいですね。まさにモフモフという表現がふさわしいフワフワ感。ネコ恐るべし」
そこにいるのは子ネコ……と、全員の視線を集めても微動だにしない――というか視線に気づきもしない――ちびっ子魔女がいた。子ネコは俺の傍らで丸くなり、ラーラはひたすら子ネコの体をモフモフと堪能していた。
もう誰かコイツ何とかしろよ! 裸見られた羞恥心よりモフモフする欲望の方が勝るとか、女子として色々問題ありすぎだろ!
「え? ネコのことなら僕関係ないよね?」
「なんだ、正座して損したっす」
俺の左右で共に正座していた薄情者どもが、ティアの言葉を聞いて我知らずとばかりに逃げ出した。
「いや、拾ってきたわけじゃないぞ! ホントだって! 勝手に露天風呂へ入ってきたんだから!」
「それにしてはずいぶんな懐かれようですが?」
ティアの視線は変わらず冷たい。
「懐いてんの……かな? これ?」
「ネコが人の膝に頭を乗せてくつろいでいるなんて聞いたことがありません。どこからどう見ても懐いているようにしか……」
ラーラにモフられても噛みつきすらしないおとなしさが、子ネコへ対する俺たちの警戒心をすでに解きほぐしている。最初は怯えて気を失いそうになっていたアルメさんも、危険がないと分かったのか、近付いて様子を伺いながら言った。
「兄ちゃんって昔から動物に好かれる体質だったけど、まさかネコにまで懐かれるとは……」
一転して傍観者の立ち位置となったクレスも好き勝手な感想を口にし始める。
「え、えと……。その子ネコって、昼間の子ネコですよ……ね?」
おずおずと近寄ってきたパルノが余計なことを言う。正直なところ、今は口をつぐんでいて欲しかった。
「昼間の……? どういうことか、きちんとご説明いただけるのでしょうね? レバルト先生?」
パルノの顔をチラリとうかがった後、振り向きざまに見せたティアの表情は、まさに氷の微笑みと呼ぶにふさわしい。その微笑みは周囲で見守る者達の心胆を寒からしめるものであった。
というか実際に寒いんですが。
あの……、ティアさん? お願いだから周囲の温度を無意識に下げるの、やめてくれませんかね?
湯冷めしちゃいそうなんですが。
…………へっくしょん!
2016/10/15 脱字訂正 ちびっ子魔女いた → ちびっ子魔女がいた




