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にわにはにわにわとりが  作者: 高光晶
第五章 海には夏が、温泉には浴衣美人がよく似合う

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第98羽

 ティアたちと合流した俺は今、浜辺で考えごとをしながらぼんやりと海をながめていた。


 視線の先ではルイとラーラが波打ち際で砂を使ってお城を作っている。ルイはともかくとして、一応成人しているはずのラーラが何の違和感も無くその光景にとけこんでいるのはある意味怖い。しかも本人は心の底から楽しんでいる気配がする。


 先ほどまではボール遊びを楽しんだり、スイカ割りをしたりと、子ネコのことなど無かったかのように夏の海を満喫していた。


 俺はこんなにもあの子ネコが気になっているというのに、ラーラたちはそうじゃないのだろうか? ルイなんて去り際、ずいぶん心残りがあるようなそぶりを見せていただろうに。そんな事を遠回しに訊ねてみたら「あのモフモフは捨てがたいですが……、なんだかんだと言っても結局野生のネコですし」というラーラにしてはそっけない返事をもらっただけだ。手に入らないモフモフには用が無いといわんばかりの冷たい答えだった。


 うーむ……。

 野生の子ネコを心配するなどと、もしかして俺の方が特殊なのだろうか?


 確かに人間にも害を及ぼす猛獣であることは間違いない。しかしこれから先あの子ネコが一頭だけで生き抜く困難を思えばやるせない気持ちになる。生まれてそう時間のたっていない子ネコが一頭だけで生き抜けるほど、自然というのは生やさしいものでもないはずだ。


 アメンボのような虫だって小さな体に五分の魂を持っている。生きたいと思うこと、生きようとあがくことはどんな生物にも許される権利だと思う。害獣、猛獣だからとスッパリ切り捨てたくないというのは世間知らずの甘えた考えか、それとも傲慢(ごうまん)というものか……。

 手のひらを太陽にかざしてみる。見えるのは逆光で暗く染まった手のひらだけだ。

 世界が違うから見えないのか、それとも元々地球でも見えないものなのか。前世で一度くらい試しておくべきだったと益体(やくたい)もないことを考える。


「ずいぶん浮かない顔をされていますが、どうかしましたか?」


 そんな俺の奇行を心配した銀髪アシスタントが声をかけてきた。昨日と同じく後頭部で結わえられたポニーテールと、それによってあらわになったうなじの白さがやけにまぶしい。


 ネコに遭遇したことはティアたちに伏せてある。

 無防備にもノコノコと子ネコに誘われて森の中へ行って親ネコにご対面しました。なんて言おうものなら間違いなく熱々の砂浜に正座させられて、お小言を頂戴することがわかりきっているからだ。


 当然のごとくとなりに座ってくるティア。俺はその姿を目に入れつつ、初めて出会った時のことを思い出していた。

 俺とティアが初めて会ってからもう三年がたつ。今でこそ二つ名を持つほどのイカレチート娘に育ったが、出会った頃のティアはそうじゃなかった。馬鹿げた魔力はもっていたらしいが、まだまだ戦う術を持たない良いところのご令嬢、しかも魔眼のせいで他人との接触を恐れる内気な性格だった。

 おそらくその時点であっても、当時の俺より遥かに強かっただろう。ただその力をどう使ったら良いか知らなかっただけで……。


「なあ、ティア」


「なんですか、先生」


 最近やや色の濃くなってきた瞳がこちらを向く。


「初めて会ったときのこと、憶えているか?」


「忘れるわけがありません。先生に命を救っていただきました」


「命……までは大げさだろ。逃げる手助けはしたけど」


 ティアが目を閉じてゆっくりと左右に首を振る。その度に銀色の尻尾がふわふわと揺れた。


「あの時の私は魔力こそ多かったですが、身を守る術など何も知りませんでした。力はあっても弱かったんです。実際、まったく魔力が無い先生に比べて、大きな魔力をもっていた私の方が役立たずでしたから」


 まあそれは仕方がない。あの頃のティアはまさに『深窓(しんそう)の令嬢』だったのだ。周囲を腕利きの護衛に囲まれて守られているのだから、自分の戦闘技術を磨く必要などありはしない。


「あの時見た先生の勇姿は今でもまぶたに焼き付いています」


 いや、勇姿って……、結局小細工を駆使して逃げ回っていただけなんだが。幸い相手も動きが鈍かったし、魔法を使うような人間もいなかったからな。


 俺がそう言うと、ティアは目を丸くして大きく瞬きをする。


「……ご存じなかったんですか?」


「何を?」


「あの一帯が魔力を制限されていた特殊な場所だったことです」


 はい? なんだそれ? 初耳だぞ?


「ああ、なるほど……、箝口令(かんこうれい)が敷かれたわけですね。確かに模倣(もほう)犯が出ては困りますし……」


 一人で納得顔の銀髪少女だが、俺にしてみれば三年越しの新事実。過ぎたこととはいえ食いつかざるを得ない。


「どういうことだ?」


 私も後から聞いた話なんですが、と前置きをしてティアが話し始める。


「あの時、どうやら私の魔力を押さえつけるために特殊な魔法具を使っていたようです」


「特殊な魔法具?」


「周囲一帯の魔力を吸収し、魔法や魔力を使った身体能力強化を妨げるものだったとか。完全に魔力を消すことは出来なかったようですが、魔法の行使は出来なくなりますし、身体能力強化がほとんどできなくなるため動きは鈍り、魔力の弱い人であれば体調不良になってしまうとか」


 なるほど、ティアが大きな魔力をもっていることなど、見れば大抵の人間が気づく。だがその魔力を活用した自衛手段を持っているのかを判断する情報がなかったのだろう。魔法や身体能力強化を警戒して魔力封じを考えるのは自然なことだ。


 それにしても――。


「……全然気がつかなかった」


「ただ、効果範囲の制御が出来ないものだったらしいですね。私ひとりに効果を及ぼせばよかったのでしょうが、結果的に周囲一帯に効果が及んでしまったらしく、犯人たちもかなり動きが鈍っていました。エンジさんもずいぶん顔色が悪かったと思いますけど、気づいていなかったんですか?」


「まったくもって……」


 だからこそ魔力で身体能力強化もしていない俺がうまく立ち回れたわけか。

 もともと魔力に頼らない俺だからこそ、魔法具で魔力が吸収されても影響が無かったのだろう。対して相手は普段とは違い魔力の恩恵が得られず体が思うように動かなかった。今さらながら明かされる衝撃の真実ってところだな。


「あの時は我ながらがんばったと思っていたんだがな。まさか相手がハンデを背負っているだけだったとは……」


「いいえ、先生――」


 落ち込む俺の手をティアが不意に握る。突然のことに反応できない俺をよそに、彼女はその透き通るような白い両手でそっと俺の手を包み、目を閉じて微笑みながら言った。


「確かに先生に相手を圧倒する強い力はありませんでしたが、力が無くても私たちを必死に守ろうとした強さを私は知っています。あの時の私にとってはその背中がとても頼もしく思えました。他の誰が先生のことをどれだけ悪し様に言っても、私にとって先生が命を救ってくれた勇者様であることに代わりはありません。だからそうやってご自身を卑下するのはやめてください」


 もしかすると俺の耳は真っ赤に染まっていたかもしれない。こんな至近距離でティアのような女の子に手を握られ、笑みを向けられて、平気でいられる自信は正直持っていないのだ。


「あの時、弱かった私は先生に救われました。だからこれからは私が先生をお守りする番です。先生に害及ぼす者を退けられるだけの強さを、いつか身につけて見せますので」


「そ、そうか……」


 今でも十分に強いだろうに、それ以上強くなってどうするんだよ、この銀髪チート娘は? 


 光栄と言えば良いのか、限度を考えろとたしなめた方が良いのか、判断に困りながら――かつ若干ヒキつつ――なんとか返事をする。


 だがまあ、事実や今後のことはともあれティアが俺に救われたと思っているなら、俺があの時やったことにも意味があったというわけだ。少なくとも余計なお世話では無かったといえるだろう。


「力はあっても弱かった……か」


 ティアの言葉が脳裏に焼き付く。


 あの子ネコはおそらく強い。

 魔力を持たない俺は当然のこと、ラーラやエンジでも太刀打(たちう)ちできないだろう。ニナやクレスなら何とか対処できるかもしれない。


 だがあの子ネコは弱い。

 生まれて間もない子ネコには大自然で生き抜く知恵や経験が無い。

 例えラーラやエンジが相手でも無傷というわけにはいかないだろうし、傷が癒える前に連戦を()いられればいずれ不覚を取ることもある。


 強い敵から逃げる、あるいは戦いを避けて自己の保身を(はか)(すべ)。最小限の労力で獲物を狩り、餓死という未来を極力遠ざける術。彼我(ひが)の力を()(はか)り、戦いの結果を事前に知る術。普通は親ネコの庇護(ひご)下でそういった上手く立ち回るための経験を積むのだろう。だがその機会が失われたあの子ネコは、常に危険を(おか)しながら経験を得ていくしかない。


 もちろん経験によらず本能で回避できる危険だってあるかもしれない。だがそうで無い場合はどうか? 野生の獣であれば、教訓を得たときが命果てる瞬間となってもおかしくない。


 生きる強さというものは純粋な力と異なるものだ。

 そういう意味であの子ネコは力があってもまだ弱い。

 だからそんな子ネコの姿に、あの時のティアが重なって見えてしまう。

 我ながら馬鹿な考えだとは思う。その反面、釈然(しゃくぜん)としない感覚の理由がわかり、妙に得心(とくしん)してしまう自分もいた。


「やっぱ、知らんぷりってのもスッキリしないよな……」


「え? 何がですか?」


「いや、なんでもねえ」


 明日の午後には帰途へ着く予定だ。自由になる時間はそれほどない。


 よし。朝一番にでも子ネコの様子を見に行こう。

 ティアに同行してもらえば危険はないだろう。様子を見に行ったからといって何が変わるわけでもないが、このままモヤモヤした気分のままってのは嫌だしな。


 そうして形らしきモノを浮かび上がらせた俺の決心は、結局空回りすることになる。


 こういうのを何て言うんだろうか?

 『下手の考え休むに似たり』? ちがうな。

 『案ずるより産むが易し』? それもちがうか。


 ともかく事態は俺のアクションを待たず進展した。加えて言うなら俺が予想もしていなかった方向から勝手にやって来たわけである。



2019/09/07 誤字修正 始めて → 初めて

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