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女の子になれる機械  作者: 半ノ木ゆか
第五話 僕が僕であるために
25/25

#25 性別とは何か

 会計を済ませ、試着室のカーテンを閉めた。ワンピースを壁にかけ、シャツを脱ごうとして止る。このままだと服にメイクが付いてしまう。


 見回すと、脇に小さな籠があった。白いフェイスカバーが入っている。一枚を被り、シャツを脱いで、ワンピースに首を通す。


 ウィッグを被ると、その髪が滝みたいにぱさりと視界を塞いだ。首にさらさらとかかり、くすぐったい。被る角度を整えて、優しく櫛を通す。一歩下がって、壁の姿見を見る。


 鏡の中に人影が見えた。茶色い長い髪を垂らしている。暑さのためか、頰はほんのりと赤い。長い睫毛まつげをぱちぱちと動かして、黒目がちの目で僕を見つめ返してくる。他の誰でもない、高校生の僕がそこにいた。


 太い首や筋肉質の脚は、長い髪やワンピースでも隠しきれない。でも今はそれでいい。自分らしいメイクやファッションを、僕はこれからも探し続ける。一生追いかけても、本当の自分には辿り着けないんだから。


 試着室から飛び出すと、店員が目をぱちくりさせた。でも、すぐに笑顔になって言った。


「とてもお似合です」


 耳が火照る。


「ありがとうございました!」と、店員の声が後方に聴こえた。涼しい風を切り、プラスチックの髪を靡かせて、待合せ場所を目指す。


 地下の通路で立ち止り、スマホを取り出した。時刻は十一時五十八分だった。辺りを見回す。汗で背中が湿っている。


 地上への階段を駈け登る。出口の先に白い雲がたなびいている。飛び出すと、そこは駅前の広場だった。温雨香ぺトリコールがツンと鼻を突く。敷き詰められたタイルの先に、見覚えのある後ろ姿があった。


「みんな、お待たせ!」


 僕の声に三人が振り返る。


「かすみちゃん!」


「かすみ」


 シュシュと朝顔が目を丸くして、僕を迎えてくれる。無事を確めるように、僕たちはそっと触れ合った。僕の服や髪を見て、朝顔が穏やかに微笑む。驚きと嬉しさの入り交じった表情で、シュシュが目を潤ませた。


「かすみさん」


 声をかけられる。僕は二人から離れ、前を見据えた。


 空色のシャツを羽織った新宮医師が、銅像の傍に立っていた。僕を冷静な表情で見つめている。その目に僕の姿が映り込んでいる。瞳の中で、空色のワンピースが靡く。


 雲間から光が射し、僕と新宮医師を照し出した。花壇の花々がそよぐ。ウィッグの髪が風をはらむ。新宮医師は溜息をつき、それから満面の笑みで頷いた。


「あなたの意思はよく解りました。三ヶ月間の治験、お疲れさま」


「お疲れさま!」


 シュシュと朝顔と肩を寄せ合う。もみくちゃにされながら、僕も笑顔で言った。


「三人も、お疲れさま!」


「朝顔ちゃん、髪型変えたの?」


 彼女は、胸まであった髪をウェーブボブにしていた。癖っ毛をいじり、嬉しそうに答える。


「シュシュのお店で切ってもらったの」


 僕はびっくりして彼女を見た。シュシュが胸を張る。


「美容師として、個人で働ける場所を見つけたの。ビルの中に小部屋が沢山あってね、美容師一人につき一部屋づつ貸し出してくれるんだ。……わたし、お仕事楽しい」


 彼女はくりくりした目を細めて笑った。


「地毛が伸びたら、また切らせてよね」


「もちろん! 絶対に行くよ」


 僕たちは小指を絡ませた。


「最後に、皆さんにお渡ししたい物があります」


 新宮医師の声に、僕たちは背筋を伸ばした。


 彼女はハンドバッグから、小さなジッパー付の袋を三つ取り出した。中には黒い粒々が入っている。


「恵美ちゃん、ありがとう」


 一袋受け取って、シュシュが言った。僕も貰って、青空に透かして眺めた。中であさがおの種がしゃらしゃら鳴っている。朝顔は宝物のように、胸のポケットに仕舞った。


「いただきます」


 木陰に腰掛け、食べたかったアイスクリームを並んで食べる。勢いよくかぶりついた僕は、目をぎゅっと瞑り、頭を抱えた。四人で笑い合う。


「この街には、いろんな人がいるんです」


 シュシュが耳を傾ける。朝顔がスプーンを止める。僕は顔を上げ、行き交う人々を眺めた。


 木漏日の下で新宮医師が言う。


「体は女性で、心は男性という人。男性にも女性にも恋をしうる人。体の性別がどちらとも言い切れない人だっています。でも、分類しただけで相手を知った気になってはいけないんです。性別は、その人の性質の一部に過ぎないんですから。直に会ってお話して、その人自身を見てあげなくちゃね」




 女の子になれる機械(終)

挿絵(By みてみん)

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