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明かされるティアラの過去


「今日はありがとうございました!」


 じっくり魔道具を選ぶこと二時間。レインは、百個以上の中から十個の素晴らしい魔道具を選び抜いた。

 しかもこれらをタダで持って行っていいというのだから、お得なんて言葉では言い表せない。

 巨人族の懐の深さを知ることになった二時間である。


『うむ。また来たまえ。ティアラもな』

「気が向いたら来るのだ。……もう当分は遠慮しておくが」


 ライオのお喋りに付き合わされたティアラは、少し疲れた様子で自分の肩を揉んでいた。

 魔道具に夢中になっていたレインは気付かなかったが、二人は二時間ずっと話していた気がする。疲れてしまうのも無理はない。


 ティアラはもう嫌だと言わんばかりに、作業場の扉を閉めた。

 やっとライオから解放されたため、ティアラはふぅとため息をこぼす。

 もう日が暮れ始めていた。この時期は日が落ちるのが早い。あっという間に一日が終わってしまった気分である。


「レイン、これからどうしたい?」

「そうだな。そろそろ日が暮れそうだから……今日はこの集落の宿屋に泊まろうかな」


 ただ――と、レインは付け加える。


「明日はリリアとの約束があるから、早起きしないとな」

「…………レイン」


 リリアの名前を出した瞬間に、ティアラの空気がガラッと変わった。何かマズいことを言ってしまったのか。怒っているという雰囲気ではないが、何だかいつもと違う。冷静だけど冷静じゃない。

 二人の間に沈黙が続いた。

 ティアラが何か言いたげであるため、レインからは口を開かずに彼女の次の行動を待つ。


「実は……今日ここに来たのは、借りものを返しにきたからだけではない」

「え?」

「……ち、近くに思い入れの強い場所がある。そ、それに、素晴らしい絶景もあるのだ。レインも気に入ると思うし、我としても一緒に見たいと思っているのだが……な?」


 ティアラは覚悟を決めたように息を呑むと、いつもとは違ってたどたどしく提案を始める。言っていることにおかしな箇所はないのだが、それにしてはやけに緊張しているように感じた。


 普通なら「大人しく付いてこい」と言って、強引にレインを連れて行きそうなものなのだが……今のティアラはやけに慎重だ。一世一代の告白をしているような雰囲気である。

 レインがどうしようかと考えていると――


「ダ、ダメ……か?」


 ティアラは上目遣いでレインを見た。

 その視線は弱弱しく、断ったらとてつもない罪悪感に苛まれそうだ。ドラゴンというよりは小動物と言っていい。

 こんな風に見られたら、レインの取るべき選択肢はただ一つ。


「ダメじゃない。行ってみたいよ」

「ほ、本当か! よし、付いてくるのだ!」


 さっきまで不安げだった表情が、レインの一言によって一気に明るくなる。

 いつものティアラに戻ってくれたようだ。あんな姿は今までで初めてだったため、戻ってくれて正直安心した。


 やっぱりレインとしても、こっちの自信満々で引っ張ってくれるティアラの方がいい。

 ティアラはレインを運ぶために、昼の時のようにドラゴンの姿にへと変身する。


『ちゃんと乗れたか? では飛ぶぞ』


 ティアラは慣れたように、レインを乗せて羽ばたいたのだった。



「完全に初めて見る地域だ……こんなところがあったのか」

『人間界で言うド田舎だからな。普通なら、こんな辺鄙な地域には誰も来ぬ』


 二人が飛んでいる地域は、名前すら付いていないような田舎。魔界に住んでいる者だとしても、何か本当に特別な理由がない限りこんなところには訪れない。とにかく本当に静かだ。

 何となくであるが、ティアラには似合わない地域と思えた。


 わざわざ自分をこんなところに連れてきた理由はなんだろう。レインは考えるが、何も頭に浮かんでこない。


『そろそろ見えてくるはずだ。まだ残っていたらな』

「残っていたら……?」

『――あった。降りるぞ』


 ティアラは何かを見つけると、目的に向かって急降下した。レインはしっかり掴まって、身体の重心を低くし風の抵抗を受けないようにする。もう手慣れた一連の動作だ。

 着地する瞬間にティアラは一度フワッと羽ばたき、衝撃でレインが怪我をしないように地に足を付ける。

 ここは……村?


 いや、村と言ってもこじんまりとした家が何個か建っているだけ。さっきまでいた巨人族の集落に比べたら、規模も何もかもお粗末なものだ。

 それに、見たところ誰も住んでいないように思える。果たしてこれは村と呼んでいいのだろうか。


「ティ、ティアラ。ここは何だ……? 思い入れが強いって言ってた気がするけど」

「もちろん思い入れがある。だって、ここは我が生まれ育った場所だからな」

「生まれ……育った? ここで?」

「つまるところ故郷だ。もう誰も住んでいないがな」


 ティアラは村の真ん中で両手を広げた。

 正直、ティアラがこの小さな村で育った過去が想像できない。

 てっきりティアラは、もっと魔界の中心的な場所で、数え切れないくらいの竜人に囲まれながら、何不自由ない悠々自適な生活をしていたと勝手に思っていた。


 それが現実はこうだ。名前も付いていないような田舎の村で、数人の竜人のもと、苦労して育ったことが窺える。


「まさかこんな村で過ごしていたとは――って驚いただろ?」

「う、うん。ごめん」

「謝る必要はない。むしろそれは我にとって誉め言葉だ。こんな村出身でも頂点になれると証明できたのだからな」


 ククと浮かべる笑み。ティアラは自分の出身地をコンプレックスと思っていない様子だ。

 まぁ、ティアラがそんな小さいことを気にするとはレインも思っていない。むしろ、彼女ならモチベーションに変えてしまうだろう。


 これに関しては意外でも何でもなかった。


「でも……誰も住んでいないのはどうしてだ? もしかして、他の村に移り住んだとか?」

「いや、全員死んだからだ」

「へ、し、死んだって――」

「正確に言うと殺された、だな」


 何気なく聞いたレインの一言だったが、これは明らかなミスだった。このボロボロの廃村状態になっている姿を見て察することもできたはずなのに……考えが足りなかった。


「我が子どもの頃。この村は違う竜人の村と争っていてな。最終的に負けてしまったのだ」

「……ティアラは無事だったのか?」

「我も死にかけていたが、どうにか息を吹き返したような気がする。が、実際あまり覚えていないのだ。昔から生命力は凄かったらしい」


 今まで語られなかったティアラの過去。この機会がなかったら、レインは一生聞くことがなかったかもしれない。人間と同じように、竜人にも同種族同士での争いは存在するようだ。

 レインとしては、ティアラが生き延びてくれていたことに感謝しかなかった。


「その日から我は一人で生きることになってな。どうにか強くなろうと努力したものだ。今では良い思い出だな」

「ずっと一人って凄いな……」

「ま、ライオ爺のように気にかけてくれる者はいたがな。渡る世間に鬼はないのかもしれぬ」


 ライオとの関係はそこから生まれたのか――とレインは納得する。そんな過去があったのなら、ライオがティアラに会いたがっているのも分かる気がした。本当に自分の娘のようなものだ。


「ティアラが強い理由が分かったよ」

「そうだろう? 敗北が人を強くさせるのだ」


 そう言うと、ティアラはどこかに隠していた花を一つの家の前に捧げる。この行動から察するに、ここが昔住んでいたティアラの家なのだろう。ところどころ崩れているが、年月が経っている割には綺麗に思える。まるで誰かが手を加えているような――。


「ティアラはよくここに戻ってくるのか?」

「一応数年に一回はここに戻ってくるようにしているのだ。戒め――というやつか。まあ墓参りとも言う」


 ティアラは家に生えている草などを軽く掃除する。今は誰も住んでいない家と言えど、元々両親と住んでいた思い出のある場所。気持ちだけでも綺麗に残しておきたいようだ。こういった感情は竜人も人間も大きく変わらない。

 ティアラはちょいちょいとレインを近くに呼ぶ。


「レインをここに連れてきたのは、父と母に顔を見せるためだ」

「顔を見せる?」


 ティアラはレインの肩を掴むと、一緒に膝を曲げてしゃがんだ。

 よく見ないと気付かなかったが、足元には何個かの石を積み上げたものがある。どうやらこれが墓ということらしい。


「いずれパートナーになる男なのだ。紹介しておくのは礼儀であろう。何か言ってみろ」

「え、あ、よろしくお願いします……」

「うむ、まあそれでいいか。我が一族に恥じぬ男にしてやろう」


 ティアラはレインの頭をポンと叩く。自分より何十倍も男らしい貫禄。

 果たしてティアラに見合うような男になれるのだろうか。……自分が納得できるまで頑張るだけだ。


「というわけで挨拶も終わったな。それじゃあ丘まで移動するぞ」

「お、丘? どうして急に」


「最初に言ったであろう。絶景を見せてやると。ここから距離は遠くない。ドラゴン状態になるまでもないのだ」


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