5日目 光竜討伐3 ~根城の中 迷走~
竜の根城と化した別邸に、突入した勇者様。
その後に従うが如く、共に駆けるみんな。
別邸の大扉を潜ったところで、りっちゃんは私達とは別の道を行った。
竜を閉じ込める為の結界。
その準備の為に、別邸の各所に結界の要を作りに行くそうです。大変だね。
一応りっちゃんと協調しての計画なので。
私達は竜の近くまで行ってから、身を潜めることになります。
結界の発動を確認できたら。
その時はいよいよ、光竜討伐のはじまりです。
私の先を行く、一人の青年。
道など知らぬのに、先導するが如く。
誰よりも真剣な顔、誰よりも必死な足運びで先頭を行く。
それは誰か?
勇者様じゃありません。
何故か、サルファです。
とっても意外なことですが。
真面目で必死な様子なんて、欠片も似合わないのに。
何があった、サルファ…。
私が釈然としない顔で前行く背中を眺めていると、ロロとリリが顔を顰めた。
体力にはそれなりに自信があるつもりだけど、それと走力は別問題。
持久力はあるけど、私の足ってそんなに早くないんです。
だから、ちびっちゃくても強靱な人外生物の2人に手を引いて貰ってたんだけど…
チビ竜達は私を引っ張りながらも、大層余裕のあるようで。
どうやら、その優れた聴力で気に入らない会話を拾ってしまったようです。
曰く、前行くサルファと勇者様が、こんな会話を交わしていたらしい。
「サルファ、どうしてお前がそんなに力を入れて…」
「何言ってんの、勇者の兄さん! だって美少女だよ! 絶世の!
…それもまぁの旦那の実妹ってんなら、期待も一入ってもんじゃない!!」
「お、お前………なんというか、ぶれないな」
「俺は世界の可愛いお嬢さん達とお近づきになる為にいる☆」
「サルファ、お前すごくキメ顔なところなんだが、言ってる内容酷いぞ」
「男なんてみんな、一皮剥いちまえばみんなこーなんだよ!」
「俺まで一緒にされたくないなー…」
「勇者の兄さんみたいな恵まれたヤツにゃわかんねーよ!! 滅べイケメン!」
「本当に酷いな!? 酷すぎるだろう!?」
サルファのテンション、高すぎだと思う。
これから戦いに向かおうって緊迫感、0じゃん!
というか、先から異様に意欲が高いのはソレが理由!?
「お前、そんなに浮かれて…俺の記憶が確かなら、お前リアンカに迫ってなかったか?」
「やだねぇ、真面目な勇者の兄さん! 狙うなら一挙両得に決まってんだろ!」
「お前、最低だな!?」
「ふっふっふ…妹ちゃん解放の時に活躍して目立てば、リアンカちゃんも俺のことを見直すこと間違い無し! ついでに救出に尽力した俺に対する妹ちゃんの好感度も激UP間違い無し! ………完璧だ!!」
「もう一度言うぞ? 最低だな、お前! この節操なし!」
「男に何と言われようと、痛くも痒くも」
「…じゃ、リアンカからなら?」
「場合に寄っちゃ、状況次第で大・歓・迎…!」
「何を想像しているのか知らないが…ドン引きだよ、サルファ」
「じゃ、そんな訳なんで。俺、勇者の兄さんのお手伝いより妹ちゃん救出優先するんで!」
「あー………もう、勝手に好きにしろ」
これから戦おうって時に、本当に何て会話してるんだか…。
でも、まあ、確かに。
サルファ…サイテー。
その発言内容のあまりの酷さに、顔はどうしても引きつった。
こんな大人には、なってほしくないし。
反面教師にするにも、あまりに酷いけど。
私は弟分の肩をがっしり掴んで、目を真っ正面から合わせて言った。
「あんな大人にはなっちゃ駄目よ?」
「安心してよ、リャン姉。なりたいとも思わない」
私の弟分は、今日も良い子でした。
ちびっ子竜達は、大変有能でした。
仮にも元は魔王の別邸。家捜しするには広すぎるっての。
こんな所を当てもなく探し回る羽目になっていたら、絶対に戦う前にへとへとだよ。
…まあ、敵はでっかいので、ある程度の見当が付けられない訳でもない。
でも、やっぱりそれでも確証無しに家捜しはげんなりするモノです。
この別邸に来るの初めてだし、誰も正確な見取り図とか知らないし。
それで迷いでもしようものなら、とんでもない時間のロスだし。
本当に、何の当てもなかったら私は当に草臥れていたと思う。
そんな時、迷える子羊(物理的に)な私達の大きな力となってくれたもの。
それがリリとロロの2人でした。
「叔父様の気配、あっちからします」
「やっぱり氏族長の跡取りだけあるな。気配が大きいお陰で掴みやすい」
「隠密とか、隠蔽には向いていませんねー…」
光竜の所在をあっさりと突き止め、アッチの方、アッチの方と私達を誘導してくれたのです。
勿論、別邸内の構造なんて分からないので、偶に行き止まりにもぶち当たったけど。
それでも方向と距離だけでも分かって、誘導してくれる。
それは何とも心強い導きでした。
「ロロ、リリ、良い子良い子」
「わぁい、リャン姉さんに誉められた!」
「誉めるのは歓迎するけど、頭は撫でないでくれ。恥ずかしい…」
無邪気に喜ぶリリと、頬を染めて気恥ずかしそうに俯くロロ。
どちらにしろ可愛らしい2人の反応に、心が和む。
戦う前からお役立ちを果たした2人を、私は存分に可愛がってあげた。
具体的に言うと、頭かいぐりかいぐり。
ちゃんと整えてあった2人の髪が、無惨なことになった。
愛玩動物の様に可愛い反応を返す2人の姿に、どこかから羨ましげな視線を感じた。
そんな気がするけど、振り向いてみても特に変わったものはない。
真剣な顔で何事か話し合う勇者様やサルファ、副団長さんがいるだけ。
…気のせい、なのかなぁ?
まあ、いいや。ちびっ子達が可愛いし、細かいことは。
可愛い子供の頭を存分に撫でられるのも、姉貴分の特権だよね!
私は子供達の柔らかくてさらさらな毛触りを存分に堪能した。
そうして、進むこと暫し。
私達はついに、辿り着いた。
此処まで近づけば、その圧倒的な存在感は魔力に鈍い私でも分かる。
この扉の向こうに、人攫い竜がいる。
誰とも知れぬ誰かの、息を呑む音が酷く耳障りに響いた。
必然的に私達を率いる形となっていた勇者様が、最後の確認と私達を振り返る。
覚悟を決めろと、その目が言っている。
もう、此処を過ぎたら引き返せないのだと。
「皆、心の準備は良いか?」
「いまさらー」
「…引き返すなら、今の内………って、おぉい!!?」
勇者様の声は驚愕に裏返り、彼は本来の言いたかったことを半分も言えなかった。
なんでか?
それはね。
何を考えているのかは、知りたくもないけど。
突入前最後の有難いご高説述べようとした勇者様を、見事に放置で。
こちらに何の確認も取る前に。
サルファの野郎が空気も読まず、すたこらさっさと扉を普通に開けちゃったから。
何の溜めも躊躇いもなかったよ、アイツ。
そうして私達は何の最終確認もしないまま。
ノリと勢いと惰性と勢いで。
強いて言うなら、強制的に。
光竜の待ち伏せる、大扉の向こうへと行く羽目になったのです。
ちなみにりっちゃんの結界は、私達が別邸内を彷徨っている間に既に発動していました。
それもあっての行動かも知れないけど。
それでも、決戦前に少しくらい溜めようよ、サルファ。
空気の読めない男の行いに、勇者様は微妙に気落ちしている様でした。
勇者様はメンタル面弱いんだから、あまり虐めないであげて!
ぼそっとそう言ってみたら、勇者様の肩がますます沈んだ。
開け放たれた扉の先は、大広間だった。
ちょっとちょっと、敵さんがいるには王道すぎない?
わかりやすすぎるほど、簡単なナシェレットさんの行動に笑顔も乾く。
勇者様は私みたいな感想は抱かなかった様で、緊張した面持ちです。
昨日、虹龍相手に暴れた後だし、色々と思うところがあるんでしょう。
何にしろ、ナシェレットさんが虹龍よりも強いことは明らかなんだから。
後先考えない行動の数々はアレだけど、あんなんでも竜。
腐っても最上位種の竜だし…苦戦を余儀なくされるかと、ちょっと不安になる。
その気持ちを宥めたくて、仲間達の顔を見回すと…
勇者様
…お貸しした剣を片手に、鋭すぎる目つきで前を見据える。
きりっとしているせいか、普段の3割り増しキラキラして見える。
副団長さん
…その腕に抱えるは、伝説の名酒ドラゴンスレイヤー。背に負うは現職魔王。
ある意味、最強の装備品が異彩ながらも最強感漂うオーラを放っている。
サルファ
…下心と欲望にまみれた顔は、よく言えば前向き。貶めて言えば好色なにやけ面。
この顔を見ていると、せっちゃんを守ってやらねばと強く思うね。
ロロイ
…気怠そうにしながらも、一切の気負い無しに肩を竦める、その姿。
今まで何をやって来たのか知らないけれど、謎のどうの入り方は揺らぎもしない。
リリフ
…言うまでもなく、目がギラギラしていた。身体全体に過剰な力が入っている。
燃える殺意は一直線、真っ直ぐに叔父へと向けられていて、止めないと虐殺に走りそう。
………。
……………。
……うん、何だか大丈夫な気がしてきた。
不安? ソレ何? お空に上に飛んでったよ。
…心境も、↑という感じになってしまうよ。
心強いと言えば強すぎる仲間達の顔ぶれに、不安も緊張も消えたけど…
逆の意味で、最悪の場合を想定してしまう。
グロいのとか、血がぶしゃーっとか、あんまり見たくないなー…。
真っ赤に染まった未来を連想して、ちょっとだけ気が滅入った。
私達の、気負いと殺意と混沌とした欲望。
それぞれがそれぞれの思惑を抱える、サルファや副団長さん。
この場で全くの善意と正義感を発揮しているのは、見事に勇者様ただ独り。
…ああ、勇者様を見てると心が和むなぁ。
子竜達とは別の意味で、心がほわっとした。
ほわっとなるくらい、他が酷いとも言う。
色々と酷い面子だけど。
でも、目的だけは一致している。
ナシェレットさんをボコるのだ。
それだけの為に、そしてせっちゃんを取り戻す為に。
その為に私達は此処までやって来ました。
主に頑張ったのは、勇者様(孤立無援)だけど。
そんな私達の胸の奥、義憤とやる気と欲望。
其処から発せられる熱気に当てられたのか。
大広間の奧。
全ての生き物が身を竦ませる様な、凶悪にして強烈、痛いほどの音の連なり。
破壊力を秘めた音の矢が、私達の耳を突き刺す。
偉大な力を持て余した、竜の咆吼を聞いた。
ナシェレットさんと戦うまで行きませんでしたー…




