3日目 カーラスティンの魔獣の森2 ~ミツバチ色の硝子瓶~
今回も引き続き勇者さま視点でお送りしています。
やがて辿り着いた場所は、森林地帯にぽっかりと開けた場所。
大きな大きな湖。大きすぎて、ちょっと湖には見えない。
その中央に、島影が見える。
鬱蒼と木の生い茂るそこが、どうやら次の目的地。
『カーラスティンの森』らしい。
響き轟く獰猛な獣の鳴き声に、今から疲労感が物凄い。
まるで森の中、隔離される様な島。
其所へ渡るというリアンカ達の言葉に、顔が引きつりそうだった。
「勇者様に一つ、前置きというか注意があります」
湖端の船着き場、そのボートに乗り込みながらリアンカが言った。
初めて見る真剣な顔に、不吉なナニかを感じる。
「何か、前もって言っておかないといけない、何かがあるのか?」
「うん。凄く重要」
そう念を押されると、此方としても姿勢が変わる。
自分の喉が、勝手に唾を飲み込む音がした。
「この『カーラスティンの森』には沢山の魔獣がいますが、絶対守るべき決まりもあります」
勿体ぶった物言いに、此処に初めて足を踏み入れる俺とサルファが緊張感を高める。
隣で、落ち着かない様子のサルファがふよふよと手を動かしている。
なんだ、その動き。
一瞬、変な動きに気を取られた。
その間にリアンカが次の言葉を続け、言葉の理解に幾ばくかの時間を要する。
「此処では勝手に魔獣を殺してはいけません。むしろ許可があっても殺してはいけません」
……………。
「は? なにそれ?」
呆気にとられた様な、サルファの声が聞こえた。
本当に、なにそれ。
俺の言いたいことを全て無視して、小さな小舟は島へと向かう。
おい、重量オーバーじゃないのか?
3人乗りのボートは狭かった。
その後、5人で乗り込んだボートが沈みかけた記憶は、本気で思い出したくない。
どうにかこうにか島に辿り着けたのは、幸運の神の加護のお陰だろうか。
転覆の危機に瀕し、まぁ殿が船を下りてくれたお陰かも知れない。
「ああ、そういや俺、空飛べたわ」
普段あまり空を自力で飛んだりしないから、うっかり忘れていたという。
忘れないでくれ。頼むから、忘れないでくれ。
ついでにとリアンカを抱えて空に逃れてくれたお陰で、重量オーバーの危機は脱した。
見方を変えれば、あれは沈みそうな船から避難しただけにも見えたけれど。
…俺と副団長殿、あとついでにサルファを見棄てただけのような気がした。
遠目に見るよりもずっと広く、島は大きかった。
その至る所から、魔獣の声と魔力の明滅を感じる。
ホントに何ここ。
ちょっと、魔獣の生息地にしても密度がおかしい気がするんだが…
そしてこれだけ寄り集まっても、魔獣同士が互いに争う気配が感じられない。
それもまた異常で、此処はなんなんだ。
森の中に付けられた、小道。
どう見ても人の手による小道を辿り、森の中心地を目指すという。
強者のオーラか、まぁ殿は襲われない。
そしてまぁ殿の庇護下にあるリアンカも襲われない。
だけど俺や副団長殿は別だ。
道々歩いているだけで、道の端、葉陰から木陰から飛び出してくる影。
鋭い牙と爪を有する、魔獣。
小型から中型の、危険種が襲いかかってくる。
毎回律儀に、俺たち人間の男限定で。
副団長殿は大きな見た目とは裏腹に、鋭く苛烈な動きを見せる。
予想以上に素早く、手にした鍋で魔獣を殴り飛ばしていく。
軽々と重量のある獣を吹っ飛ばす姿は、唖然とするほどに圧倒的だ。
でもそれよりも、俺には気になることがあった。
「って、鍋か!」
その背に負った、立派な武器の存在意義は…?
「仕方がない。此処の魔獣は殺すわけにはいかないからな」
「殺したら償え、賠償金払えって迫ってくるもんね」
「誰が!?」
「此処の主」
「…賠償金、払うのか?」
「払わないで良い様に、殺さないんだ」
さも当然とばかりにそう言う彼等とは、やはり価値観の相違が窺えた。
しかし言外に殺したらとんでもないことになると、釘を刺されている様にも感じた。
…結局、俺も副団長殿の配慮に倣った。
もしも殺したせいで、何かのっぴきならない状況に陥りでもしたら…
用心すべき事は、見習っていて損はないだろう。
俺は襲いかかってくる魔獣を、全て鞘に収めたままの剣で叩き伏せていった。
調子の良いサルファはさっさと逃亡を図ろうとしたが、成功したのだろうか。
身の危険を感じるので、ちょっと隠れるとかほざいて木陰に消えたが…
その消息を、誰も気にしない。
命くらいは案じてやるべきかもしれないが…
俺自身、サルファのことは早々に意識からかき消えた。
「きりがないね」
やがて、まぁ殿に抱えられたリアンカが言った。
万が一にも俺達のとばっちりを食らわない様に、まぁ殿がリアンカを保護していたが…
大人しく抱えられたままのリアンカが、中々進まない道行きにうんざりした様で。
「勇者様ー、魔獣達と遊ぶのは後にして、早く行こ?」
遊ぶ!? 遊ぶときたか!
俺としては、いま結構必死なんだが!
「だが、そう言われてもっ 無視して進む訳にも、行かないんだがっ」
此方は四方八方、前から背後から魔獣の爪に狙われている。
それで無視して進めるほど、俺は神経図太くなれない。
下手したら大怪我大惨事だろう。
だからこそ、結論として後回しは無理だと伝えた。
ああ、伝えた。
伝えたところ…
リアンカが、不満そうに頬を膨らませた。
え、なんだその反応。
「むぅー…こんなところで足止めされてちゃ、カーラスティン姉弟の元まで辿り着けないよ?」
「そうは言うが…って、カーラスティン『姉弟』!? 姉弟、ってなんだ!?」
「カーラスティンさんちの双子のご姉弟ですよー。この森の主なんです」
って、もしやまたもや、何処かの誰かの個人名!?
目的はまたしても、観光名所という名の名物変人を指しているのか!?
唖然としてしまう俺の反応など気にもせず、リアンカが溜息をつく。
ゴソゴソと己の懐を漁り、やがて取り出した物は。
手の平サイズの硝子瓶。
あからさまに、『開けるな危険』と書かれた赤い紙で封印されている。
ソレを一体、何に使うつもりだ。
俺の顔は怪訝、目は訝しげ。
「えいっ」
思わず口も半開きで見守る中、彼女が瓶を投げつけた。
俺に向かって。
「って、人に向かって物を投げるな!」
「我慢しようね!」
「して下さい、じゃなくてしようね、か! 強制か!!」
リアンカが投げつけてきた謎の硝子瓶。
小さく、意外に速度のあるソレ。
しかし俺の身体は考えるよりも先に、勝手に反射で動いていた。
俺の身体にぶつかる前に、手が咄嗟に空中で硝子瓶を掴み取る。
別に避けても良かった。
だが、本能的に何やら危険を感じたのか。
俺の手は、万一滑ったりしない様、しっかりと硝子瓶を握り締めていた。
…が。
俺の両手が、それぞれ剣と硝子瓶で塞がっている姿を見据えて。
リアンカからの第二射。
間をおかず、再び投げつけてきた。
鋭いソレに、硝子瓶を握った方の手が再び動く。
閃かせる様な動きで、手の中に増える硝子瓶。
二つめの瓶を、俺の手は勝手に掴み取っていた。
だが、しかし。
「…っ フェイントか!」
一回目の投擲で学習したリアンカは、今度は工夫を交えて投げていたらしい。
彼女の学習能力の高さと、小器用さは称賛に値する。
何しろ俺を、俺の反射神経を、まんまと欺いてみせたのだから。
ガッシャァァァァァァッ
「……!?」
そして、投げつけられた3つめの硝子瓶が、俺の胸に着弾した。
脆く繊細な作りの硝子瓶が、胸の金具に命中して我砕ける。
弾け、飛び散った硝子瓶。
そして拡散する様に広がり、飛び散った中身。
ナニかの、液体。
それは黄色くて、黒い色をしていた。
硝子瓶 →瓶ではなく、中身がミツバチ色。




