第7章 第14話 Unlocked◇◆
グランダ、モンジャ、ネスト連合軍の展開するカルーア湖沿岸の戦場では、連合軍はグランダを中心に据えた編成で塹壕や土塁、石塁で守りを固め、本拠地としては仮設神殿を利用している。
『はい次! はいお前も! 出直してこーい』
この時点でモフコを第三区画へ見送っていたヤクシャは、防衛ラインの最前線にいる。インフォメーションボードを念入力で巧みに操作し赤井たちの状況を適宜チェックしながら、あたかも流れ作業のように眷属たちを片っ端からなぎ倒し、掃討してゆく。
ヤクシャが見繕ってわざとに手をつけず取りこぼした、比較的小さ目のサイズの眷属や元人間の異形には、モンジャ、グランダ、ネストの連合軍構成員らが半物質武器を手に、馬乗りになって襲い掛かる。
“赤井さんの調子はどうかなーっと。あーやっと邪神倒せたか。んじゃいよいよクライマックスかなー”
とんとん拍子とはいかないまでも、赤井はヤクシャの想定した邪神撃破の予定時刻を大幅に遅れてはいない。及第点ではある。
『終わりも近そうだし俺らも、もいっちょがんばるぜー。残り片付けるぞー』
ヤクシャは楽しげな笑顔で振り向き、さも簡単なことのように片手拳を振り上げ、息の上がった戦士たちを鼓舞する。しかし、素民たちの返事は「へーい」だの「ふへー」だのとだらしのないものだった。ヤクシャは興ざめだ。
『ありゃ、皆さんもうお疲れかなー? じゃ俺がやるかー。そーらよっ、と。オーン』
振り上げたままの片手を、空中を掻くように引き降ろせば、数体の眷属が彼のアトモスフィアに掴まれて拘束される。
『バソロ・チシュター・ウーン』
マントラを唱えた瞬間、秘術によって内部から爆ぜてアトモスフィアを孕ませた火炎が四散する。その幻想的な光景を目撃した構築士は、打ち上げ花火のスターマインを見ているようだ、と形容するだろう。彼の業は鮮やかで端正で、共に戦う素民たちを魅了し、勇気づけ続けた。
「残り、どれくらいいるのでしょうか。少しは減ってるの……かな」
トーチに照らされ、顔を上気させたコハクが弱音を含んだ声をあげる。
何故コハクがこの場所で参戦しているのかというと、結局、邪神殿からメグと共にモフコに強制連行されて仮設神殿まで戻ってきたからだ。強制連行の理由は、コハクに何かあったら白椋に申し訳が立たないから、というのものである。
しかしコハクはそれを不服として、戻って早々ヤクシャの元に馳せ参じ、八面六臂の活躍を繰り広げている。これではモフコの配慮が何ら意味をなさないんじゃ、とヤクシャは呆れたが、本人のやりたいように任せている。
眷属の数は確かに削っているし、コハクも一体一体、力の限り斬り伏せてきた。しかしそれを補うかのように、新たな眷属がどこからともなくカルーア湖や、タコヤキの方角から生じているのだ。
誰もが暗闇から無限に敵が生じるような錯覚を覚え、連合軍もいまだ士気は高いが、先の見えなさに疲労困憊となって、交代で塹壕や仮設神殿周辺で休む者も目立つ。負傷者も多少なり存在したが、邪神殿から戻ったばかりのメグとナズが、夜を徹して治療にあたっている。
矢なども段々と底を尽き、用意していた痺れ薬も消費が激しい。補給が追い付かず的の外れた矢を拾って再利用している者も現れた。これ以上自軍の損耗率があがると攻守逆転するな、という状況を見定めたヤクシャは、支援の比率を上げてゆく。
「ヤクシャ様。朝日が昇るまでに、これは終わるのでしょうか……」
連合軍の一兵士も不安を拭えないようだ。焦りを募らせる彼らに、ヤクシャは陽気に笑いかける。
『ほれ見ろよお前ら。向こうの空が輝いてんだろ? あれは神様たちが頑張ってんだ、だから終わるさ。もうすぐな』
遙かなる地、タコヤキの雲底には雷鳴が轟き、光条が昏い天を引き割くように縦横無尽に駆けめぐっていた。
『向こうはもっと苛烈な戦場のようだぞ』
「確かに……そうですね」
「精鋭部隊の活躍に賭けようか」
「神様とロベリア様もいらっしゃるし」
ヤクシャの激励に、我にかえったのだろう、連合軍の兵士たちは少しずつ士気を取り戻した。
『勝つさ、俺たちは!』
ヤクシャのそれは勝利することが、予め分かっているかのような口ぶりだった。彼の言葉は、赤井に対しての忠誠心の現れだとコハクには捉えられた。彼女はあまりに直球なヤクシャの言葉に、どきりとした。向こうの空は確かに輝いているが、コハクの、何がしかのフィルターのかかった視界から見ればヤクシャの周りも、潤沢なアトモスフィアで輝いて見えるのだ。
『あ! そっか。まだやってなかったな、アレ』
ヤクシャは思い出したように連合軍に向き直ると、
『加持すんぞー。力抜けよ』
「火事? 火事する!?」
「それは困る!」
混乱する戦士たちに、違ぇよ! と苦笑しつつ、何やら両手を軽く広げ、”アディシュターナ”と呟くと、指先をくっと上に引き上げるような仕草をとってみせた。すると彼らの全身から光子の湯気のようなものがゆらゆらと立ち上りはじめた。
「な、何ですかこれは」
『チャクラ開いたから、プラーナーが通じて経時回復してくんだよ。体、どんどん軽くなっていくだろー?』
これは素民に対する広域回復術であり、軍神として前任を務めた彼の得意とする業だった。指定した一定範囲に存在する素民の筋疲労や諸々の精神ストレスを取り去り、すみやかに活力を充填させるというものだ。
『あ、この管区じゃプラーナーって言わないんだったな。何だっけ……その、やる気だ、やる気でてきたろ!』
ヤクシャは有能なのだが体育会系な性格をしているだけあって、案外、バトル以外のアガルタ的なこまごまとした演出には無頓着な男だった。
演出は構築士の命! と言ってはばからないモフコからすれば許されざる緩さであるが、そもそも赤井が27管区における、他管区でいうところの神気やフェイス(信頼の力)や気(道教管区)、プラーナー(仏教系管区)、ルーハ(千年王国)、バイタル(28、29管区) etc.の統一呼称の詳細を決めていないので、設定に忠実か否かもへったくれもないのである。
「いや何というか、元気とは違うような気がしますが、でも力が沸いてきました」
『神様が呼称決めてないからな』
つまり、設定を決めていない赤井が悪い、という単純な釈明でお茶を濁す。
「おお……こいつはいい」
どこからか無尽の闘志が、疲労した戦士たちの身体の中に滾々と漲ってくる。これで戦える、いけそうだという声がそこかしこで上がる。
コハクにも沁み通る、ヤクシャの豪然たる質感のアトモスフィア。体奥から未知の能力を引き出し、生命力が整えられてゆく。白椋から授けられていた穏やかで優しいアトモスフィアとは異なるが癒しの効能もあるようで、身体がすっと軽くなり気力体力ともに充実し、目覚めたばかりのように爽快だった。
コハクはじんわりと彼のアトモスフィアの感触を確かめながら
”ありがたいけど、でも、でも白の女神の巫女でありながら、異世界の使徒のアトモスフィアを受けるだなんて……しろのめがみさまに、何て”
次に白椋と見えたら、どう申し開きをすればいいだろう。背信にならないか。律儀な彼女が、柔らかな桃色の髪の毛をかきあげながら信仰心の問題に頭を悩ませていると……。
『おーい、コハクー。そんな悩まんでも、加持は暫くしたら消えるし』
ばつが悪そうに笑うヤクシャだった。
『悩むなら別に戦わんでもいい。モフコさんも言ったと思うけど、お前異世界の人間なんだから。実戦経験もないしな』
確かに彼女は白の女神の巫女であり、異世界の戦いに参加しなくてもいっこう構わない。が、コハクは何もせずにはいられなかった。それは、キララの活躍を目の当たりにしてしまったからかもしれない。同じスオウで、年もそう変わらないというのに彼女とはあんなにも差がついて……私は……。と、劣等感に苛まれてしまった。
白の女神は、神通力があってもなくてもコハクを認めてくれるが、それに甘えず彼女は素民の役に立つスオウだという、具体的な証を手に入れたかった。
「実戦経験がないのは、ここにいる皆さん同じだと聞きました」
コハクの主張するようにグランダ軍を含め、戦争経験のある素民はここにはいない。27管区が赤井の庇護によって長らく平和のもとにあったからだ。
「なら……めがみさまの巫女として、人助けをするのは当然のこと」
新しい自分に会いたい、キララのように眠れる能力があるというのなら引き出したい……。コハクはそんな好奇心にも駆られるが、それはキララによって刺激された結果だ。
『なるほどねえ。気概は褒めてやりたいが』
ヤクシャは相槌の代わりに、指先で回していた小型の法輪をぴっと投げ放った。それは大きく弧を描きコハクの頬の真横を飛越し、彼女の背後から今にも襲い掛かろうとしていた中型の眷属の額にめり込んだ。そうされるまで、コハクは敵の気配を察知することができなかった。
『その前に、集中を切らさないことな』
コハクはまだ相手を助ける立場にはなく、助けられる方なのだと自覚した。
「は、はい……ごめんなさい。気を付けます」
これには反論の余地もなく、愛用の聖剣の柄を両手で握り直し素直に謝罪する。実力が伴わないのにいきがるのは、誰にとっても迷惑でしかないと自らを戒める。
苛烈な集団戦闘は暫しの間続いた。コハクも、その後は油断をせず等身大の自分と向き合いながら、必死に戦った。それは白の女神の異世界の、神聖エルド帝国女王という立場に於いては容易に得ることのできない、訓練ではなく真に迫った戦闘経験だった。
己の生死をかけた、命を擦り減らすような時間は長く体感されるが着実に過ぎてゆく。彼女がキララのそれを見て期待したような変化は、コハクには生じなかったが……
「神雷だ!」
誰かが叫んだ。カルーア湖の向こうで黒雲のかかる空に、ひときわ大きな厳霊の一閃が引き裂き、太い火柱が大地に突き刺さった。
「あかいかみさまのだ……何か起こったのか……」
赤い神の操る神雷は、以前と比して力強く大出力になったのは知っていた。出力が大きすぎて、金属鎧を着た兵士はたまに神雷に当たるものもいたぐらいだ。戦士らは神雷の瞬きに驚き、手を止めないながらも視線を向けた。
にしても、大規模すぎる。一体何ごとだ、と素民たちの間に動揺が走った。
『あー……うまくやったんだなー』
ヤクシャは正体をみとめるなり愉快そうに腕組みをして、伸びをするように背中をそらせた。遠くに見える雲を貫くそれは夜空に色濃く影を落とし、距離の離れた場所からでも優に眺望できる。しかし素民は、事態を飲み込めずただ仰天するばかりだった。
「うわああ、何だあれは!」
「あれじゃまるで……何で、あんなになってしまったんだ」
その先の言葉は、発するに憚られた。その姿は、素民たちが忘れかけていた”神”という存在への、畏怖の念を呼び起こさせるには十分だった。
『いーい感じで外れたなぁ。しっかり目におさめとけよ』
素民たちの眸に映しだされたのは、神話の幕開けともいうべき壮麗なる眺望だった。
*
『まぁだ、だよ』
五感が全力で拒否感を示すようなおぞましい声がして、振り返った私の前にいたのは、薄汚れた革のフードをかぶった少年だった。パッと見少年だけど、明らかに様子がおかしい……。うわー何か出た―! ホラー映画で一番怖いのって、子供だったりするよね!? やめてよ私ホラー苦手だって言ってるじゃない! 分かってるのか……分かってやってるのか水埜さん。
顔は皺だらけ、歯は抜け、眼は白目がなく、奇妙なまでに老いている。
勿論、これは素民じゃない。
叫びたいのをこらえつつ、即座に杖を跳ね防御の構えを取ろうとした時、夜風に吹き煽られたなびく濃紺の髪が私の視界に入った。ん? これ誰? ロベリアさんが私のすぐ後ろにいた。ロベリアさんは白銀の鎧を着て、腰に佩いていたロングソードを手に取り、構えている。
『失礼を!』
ロベリアさんは言うと同時、私の神杖を背後から蹴り込む。体重を浴びせかけ、相手への間隙に持ち込む。抜いた剣で突きも加えようとしていたところだった。ところが相手は私の杖をひょいと体軸をずらして避け、ロベリアさんの剣を素手で払うようにたやすくはたき落とし、次の瞬間には手刀で彼女の右手首を刎ねていたんだ。
ちょ! うわロベリアさん――――!?
横薙ぎの攻撃に転じようとしていたロベリアさん。想定外の負傷に呻き声をあげ、手首には斬撃の切断痕が浮かぶ。でも構築士たる彼女の回復力は高く、傷口は即時に再生し接合し、傷口はほどなく薄くなって消えた。
『よくも……やりましたね』
静かに闘志を燃やしながら反撃を企し、凛々しく表情を一変させたロベリアさん、素早く手をかざすと、落ちた剣は彼女の手元に吸い寄せられ戻ってくる。ロベリアさんは剣にアトモスフィアを通じ、ぼんやりと人魂のような青白い光が剣を包み込み始めた。
え、なにこれ。本領を発揮しかけた元戦女神を、少年は臆することもなく軽く受け流す。
『熱くなったらだめだ。先に仕掛けてきたのはそっちだろう』
「おい……貴様、ふざけるのもいい加減にしろ!」
ここで噛みついたのはキララだ。ロベリアさんじゃなくてキララがやる気出してきました! ええーっ、あなたがですか!? あなたちょっとお呼びじゃないから!
『キララさん、下がっていてください』
私がたしなめるけど、聴いちゃいない。キララ出てこないでマジで話がこじれるし相手違いだから。この少年何か怖いし危ないから――っ! キララは手の甲に変な模様が出てからというもの、興奮しやすくなってる、猛犬注意だなこれ。何なんだろう、このキララの模様……? スオウシリーズに特徴的な何かの模様なのかね。今度現実世界スタッフに聞いてみよう。
ともかく、そんなキララは問答無用で相手の間合いに踏み込んでゆこうとするので、私は片手でキララの首根っこ掴まえた。飛び出していかないように。
『一体、どういうことですか』
話があるなら聞くよ。確かに、敵同士だからといっていきなり闘わなければいけないという道理もない。少年は粘つくような声で私に問いかける。
『ねえ、あるよ。知りたいんでしょう。眷属になった人間を、元に戻す方法』
嘘だろ……あったのか!
確かに、眷属になった人間を元に戻す方法は存在する、とタコヤキ民は言っていた。でも禁書の中には手がかりはなくて、ロベリアさんがメグの記憶を看破した中にもなかった。だから、諦めていたんだけれども。
そっか、水埜さん用意してくれてたんだ……。その方法聞きたいけど、聞いてもいいものなのか。
『ここ、持っていきな。それで皆、元通りになるよ』
少年は自らの心臓を指先でトントン、と示した。持ってけってさ。心臓を抉れ、ってことなのか。
革のローブをはためかせながら底意地の悪い顔を作ってみせて、チャンスは一度きりだと仄めかす。
『教えたからね。後は、あんたの責任だ。じゃあ、いくよ』
異形の少年は言いたいことだけ言うと、空気を吸い込む。すると息を吸えば吸っただけ、風船に空気を吹き込んだかのように全身が膨れ上がっていく。その大きさたるや、どこぞの特撮系怪獣かと見紛うまでに達した。更にクリーチャーの中には、それまでとは段違いの熱量を持つ明確なエネルギーコアが出現。……脈動し、疑似生命が吹き込まれたようだ。
『水埜が、乗り込みました。今です』
ロベリアさんが教えてくれるけど、私にも分かる。悪役構築士は素民の前に姿を見せてはいけないから、中からこの巨人を操縦するつもりなんだろうな。
『姿は見せてないけど、出てきちゃったね、水埜ちゃんも……これで二人目だー』
一人目は言わずと知れたエトワール先輩です。顔が見えなければいいという発想のエトワール先輩と水埜さん……。さらに水埜さんの乗った巨人型クリーチャーは立て続けに二体の、明らかにこれまでのものとは違うと一目にわかる大型眷属を召喚し、左右にはべらせる。
「うわあああっ、何か出たー!」
「うろたえるなって!」
それらは何か臓器形成に失敗でもしたような、不完全を具現化した姿の怪物。触手のある奇形腫に似てる。あーもうルックスが完全にグロ。どくんどくんと青黒い血管が脈打ってるところがもう私的にだめ。素民トラウマになるよこれー。
さっさと片付けたいけどロベリアさんとモフコ先輩に素民の保護を任せるとしても、三体同時相手はキツイかなと頭を悩ませていると、
『私たちが、左右を片付けます、よろしいでしょうか。神様は正面の相手を』
ロベリアさんが早口で私に確認する。私達って誰だ? 精鋭隊と一緒に闘うって言ってるのか。
『でもロベリアさん、一人で二体はきつくないですか……?』
『私たちなら、ご心配なく。できます。おそれながら、他を気にする余裕はないかと』
それほど水埜さんの乗ったやつは手ごわい、って言いたいみたいだ。
『え、私は何すればいい?』
何か手伝ってくれようとするモフコ先輩はえーと、乙種構築士だから闘えないんだっけ。
『応援? と、できれば皆さんの防御のサポートを』
と、私がお願いしたところ
『わかった! 私応援する!』
サポートどこいった?!
『神様、ご武運を』
ロベリアさんからトン、と背中を押される。あ、ここにいちゃマズイって言ってるのか。素民たちが水埜さんから直接の攻撃を受けないよう配慮して、私は水素燃焼光でいまだ明るい夜空へと舞った。
『腕に自信のある者だけが、私のあとに続きなさい』
ロベリアさんはキララやヌーベルさんたち素民を率い、二体の巨人に向けて同時に衝撃波を放った。目に見えて動きを鈍らせた怪物の足元を、素民たちが削りにかかる。
「言われなくとも! 覚悟しろーっ!」
あ、キララが特攻かまして切り刻みに行ってる。
強いなーキララ、腕力もスピードも前より格段上がってるうえに、闘気みたいなのを剣に纏わせてる。それを見て、後に続くオッサンたち。
「やーっ! とりゃー!」
グランダ・モンジャ勢は言うに及ばず、タコヤキ素民の皆さんも互いに連携を取り合って活躍中。ちょっと逃げ出そうとしていたアオノリさんも、とりあえず参加してる。
ロベリアさんは、いい感じに素民の活躍が引き立つよう援護しつつ攻撃を先導。切り取られた怪物の肉片は片っ端から水素の燃焼光の中に投げ込んで、復活できないよう後始末してる。
そろそろ私は私の相手に集中しよう。
気を引き締めていると、水埜さんの乗った巨人が、タコみたいな吸盤のついた触手を鞭のようにしならせ、上空に浮揚していた私めがけて攻撃を放ってきた。
私は物理結界と杖で防御しつつ何回かは躱すことに成功したけど、防壁はやがて次々と触手によって切り払われ、気が付けば、すぐ目前にそれはあった。
『え……!』
っと思った時にはもう遅かった。
黒刃のように変形した触手によって、私は脳天から脇腹にかけて切れ味よく切断されていた。触手が眉間を通過する。破綻する直前の視覚によって認識できた。居合で竹を試し切りされたように思いきり切れ味よく、私は空中で斬られた。
嘘だろ……こんなことって。
『いやー! 赤井神様ー!』
モフコ先輩の悲鳴が私の頭上を掠めたように聞こえた。ロベリアさんとキララも私の名前を呼んでいる。束ねられていた自我が、解けて壊れていきそうだ。
でも。
落ち着け、落ち着こう。
転写された自我そのもの、疑似脳に最初に言い聞かせる。
私は死なない、思い出せ。脳を騙さなければ、恐怖で押しつぶされてしまう。
これは現実ではないから、死なないって。痛みはまだ、認識できない。
第二撃を防ぎ時間を稼ぐために、無我の境地で神炎・神雷を放つ。脳をやられて加減ができなくて、これまで私が発揮したことのないほどの大電力を放出しているらしかった。雷撃による感電で、水埜さん入りクリーチャーの動きを、数秒間完全に止めた。そして稼いだ僅かな時間で、あることに気付いたんだ。
私の神体とともに、私からは死角になってるけれど、アレもまた一刀両断にされてるじゃないか、って。
だから。もしかしたら。これは――チャンスだ。
完全な状態でなくてもいい。
でも、起動エネルギーが何分の一かに減っていてはくれないか。 一縷の望みに託して……!
”至宙儀を……起動!”
額に集中を込め念を飛ばす。
ヴン……と、ほどなくして僅かな、ささやかな応答の振動を感じた……動いたようだ。
サイケデリックなショッキングピンクのきらめきと共に、至宙儀の演算中枢、太陽のような天体のみが私の手の中にすっぽりとおさまってコマンド待機状態に入っていた。 私が手にしたそれは、紛れもなく丸裸にされた至宙儀の本体そのもの。でも、歯車にするための遊星を持たない中枢の機構のみで、一体何ができるんだろう?
天体が陥没し、にゅるりんと演算中枢の顔が現れる。相変わらず不気味だけど、どこか愛嬌がある。やあ、久しぶり、と呼びかけられた気がした。完全な形で起動してあげられなくて申し訳ない、と伝えると、鼻で笑われた。私、一刀両断にされてる状態だし……不完全なのはお互い様だろう、と言わんばかり。こりゃ相手にされてないな。
◆objective time mode(客観時間モード)
◇subjective time mode(主観時間モード)
以前と同一の選択肢の出現は、ささやかな安心感に繋がる。
選んだのは当然主観時間モード。客観時間モードだと時計そのままに時間経過するからね、そうなったら私、今斬られてるから水埜さんにトドメさされて終わる。ここにきて、そんなヘマはしない。キイーンと耳鳴りのような音がして、周囲の景色が停止した。よし、この27管区世界で私だけが行動できる主観時間の中に入り込んだ。これから先、至宙儀が主観時間モードをクローズしない限り、刻が動くことはない。
んで十分に時間を確保したうえで、やれることといえば。
◇orbital input(軌道入力)
よし! ……念選択でここまで動いた。あとは数式で念入力する。
式ではイメージを捉えにくいだろうって? この式に基づいてグラフを書いたことがある。なんで私が平常心なら気恥ずかしさをこらえながら入力するに違いないけど、今はそれどこじゃない。私は唯一といっていい、起動方法に賭けている。
x^2+(y-x^(2/3))^2=1
もしかすると、知ってる人も多いと思う。ラブ・フォーミュラっていう、数学マニアには有名なやつだから。この軌道というかグラフは、それは綺麗なハートマークを描くんだよ。
ハートを描く数式のバリエーションは他にもたくさんあるけど、これは式がシンプルで美しくて、最もよく知られたやつ。だから試してみようと思ってたんだ、これが間違いだというなら、まだいくつか試したい式はある。
でも……演算中枢はふんわりと私の手を離れて、輝く虹色の光子の尾を靡かせながら軌道を描きはじめた。入力を受け、アウトプットの段階に入ったんだ……至宙儀から何か反応があるらしい。いいぞ、ビンゴ!
◆Do you want to invoke protocol 01?◆
(プロトコル01を起動しますか?)
返事はYES。
やっぱり、プロトコル01はラブ・フォーミュラだったんだな……伊藤さん、ベタな人だよね。
私が前回至宙儀を起動したとき、至宙儀の中にプログラムが予め2つ入ってるって気づいてたじゃん。あれ、他のプログラムは何だろうってずっと思ってたんだよ。そんで伊藤さんに聞いてみたんだけど、答えは教えてくれなくて、代わりに「1番目は、構築士がアガルタ世界で素民に対して最初に持つべき心構えを示した方程式です、遊星一つで動かせますよ」とか言ってたんだ。
それ聞いて、じゃあこれだろって思って入力したら当たってしまったよ。伊藤さんの意味するところが熱いハートを持て、ってことなのか、素民に情愛を持って接しろ、ってことなのかは分からないけれど。
とにかく、正解だ。
不細工顔でなおかつ無愛想な、小型の太陽にも似た演算中枢は、私に問いかける。
◆What do you want?◆
(何を望んでおられますか)
そんな表示が至宙儀の周囲にショッキングピンク色の帯状のテロップとなって出現した後、至宙儀の演算中枢のグラフィックにノイズがかかり、球体が大きく歪み始めた。あれ、何で? 今いいとこなのに……何か手順間違ってた? っていうか普通に至宙儀の駆動エネルギーが足りなくて強制シャットダウンに入りそうなのか。せめて神体の制御を解除した後でにしてよーたのむよー! というわけで大至急、至宙儀にオーダーを返す。
もしかしたらここで、水埜さんを倒してくれ、なんて願をかけたら叶うのかもしれないけど、それだと眷属になってしまった素民が人間に戻りそうにもない。逆に、眷属になった素民たちを戻してくれー、という手もあるけど、水埜さんは弱点を示してくれたわけだし、犠牲者は眷属になってしまった人だけではないので、悩ましい。てなわけで、実現可能なラインで願う。
”制限を解除してください。私の神体にかけられた、サイズを規定する制限です”
齟齬がないように念じる、齟齬があったら万能の神具だからシャレにならない! あと、細かいことだけど身長じゃなくてサイズにしとかないとオーダーが通らない。”身長”は人間に使うからダメでした、とか言われたらもう無念すぎるし。
◆I can do everything...◆
(私は何でもできますよ)
ニヒルな感じの笑いを浮かべる至宙儀さん、小癪! その全能感あふれる厨二マインドくすぐられる名前に違わず、マジ仕事できる御方。
最近知ったんだけど、主神や構築士はもともと巨人並みのサイズなんだけど、素民と意思疎通が図れるように素民サイズにデフォルトで設定されている。そのデフォルトを解除すれば、元の巨神サイズに戻る。サイズ的に怖すぎて子供泣くと思うけどね、うん……。
かわいげのあるサイズの、親しみやすい神様キャラ目指してたんだけどま、いっか。またタコヤキ民に邪神扱いされるかもしれないけど、仕方ない。
◆Now, let me begin.◆
(さて、はじめましょう)
至宙儀さん、お顔を引っ込めのっぺらぼう状態になると、ギュイイイインとやや控えめに収縮をはじめ、遂に一点収束を果たす。
直後、私の脳髄かどこかで何か弾けた。弾けたってか、全身の皮膚という皮膚が破れんばかりの感じ。何かヤバいよヤバイヨこれ。太い血管切れたか? いや、そういやもう水埜さんに脳天かち割られてたの思い出した。主観時間が動き出したと同時に神経回路の途中で止まっていたシグナルが脳にぶち込まれて激痛にも見舞われ、更に至宙儀が変容を促しているんだろう。
でも、傷はすっかり癒えて真っ二つにされた肉片はすっかり癒合している。よかった、至宙儀はシャットダウンしたけど、間一髪だ。
『うぉおおォ――!!!』
気持ちよく腹の底から吠え、両手を突き上げ大きく伸びあがると同時に巨大化が始まった。制御が解けたんだ! 天高く、心のむくままどこまでもいけそうな気がしてくる。ああああ気持っちいい――! 私別に猫背じゃないけど、大きく伸びれば気分も爽快だ。やべ、夜間なのにこのサイズで叫んだら近所迷惑もいいところ。
このままいけるとこまで……って大きすぎやしないか!?
水埜さんの入っている邪神とほぼ同じサイズになったんですけど。これ大丈夫?
……まだまだ巨大化してるんだけど、どこまでサイズアップするの? 自分では止められない、まさに巨神だ。自分的にダイダラボッチサイズは超えてると思うし、最早かわいげのあるサイズじゃない。素民の皆さんや第三区画の風景がミニチュアみたいに小さく見える。
素民踏まないように気を付けないとな、踏んだら邪神扱い待ったなしだ。と気付いて申し訳なさげに浮遊する私。
「あかいかみさまー、なんでそんなに大きくなっちゃったんですかー?」
『何ででしょうねー』
真面目にやってきたから……ってボケてる場合じゃない。あー素民の皆さん面食らってる。ってかロベリアさん以外全員口あけて、戦闘中なのに肝心の前とか見てねえ。私、まさかの敵扱い!
その隙にロベリアさん、頃合いだとみたんだろう。
目も醒めるような剣さばきで二体の巨人を切り刻み、ミンチにしてすりおろした。ちょ、あなたの剣、全然敵に触れてなかったよ!? 刃が空気を切る音はしたけど……。ロベリアさんって、気合とかで衝撃波的な技巧で相手斬れるんだ……強すぎ。知らなかったよすげー!
『はあっ……』
ロベリアさんは小気味よい音を立てて剣をおさめ、白銀の鎧の上から首にさげていたペンダントのチェーンを手繰り、偏光するクリスタルの鍵型のペンダントトップを取り出す。その鍵をチェーンから引きちぎり、空に浮遊させる。そして双手の掌底を天地に向け、彼女は天を仰ぐ。
『死せる者、いにしえの英雄の魂よ』
何か言いましたね!
どさくさに紛れて素民には聞こえないように、何か死霊召喚しようとしてますよねー!?
『序列第1から336まで、我が呼び声にこたえ、冥界の門を通りきたれ』
ロベリアさんが何やらぶつぶつ唱えると、辺りの空気が変わった。彼女の細く美しい指先を中心に、シアン色のラインのかっちょいい超複雑な大型魔法陣っぽいのが展開された!
さらに魔法陣ぽいその紋様の内部からは、人型シルエットのぼわんとした光弾がロケットのような音と共に猛烈な勢いで飛びだす。私、語彙少ないので上手く状況説明できないけど、何かすげースタイリッシュなことになってる事だけはお伝えしたい!
この場所だけファンタジー世界だー! ロベリアさんファンタジー的ヒロインだよこれー!
出てきた人魂っぽいのが眷属の肉塊をアメーバのように溶かして貪食散らかしてる!
『キャーロベリアちゃん素敵ー! ムービー撮っとかないとー!』
モフコ先輩、それは応援ではなくて個人的なコレクションだと思います。
ひょえー……まさかその気になりゃロベリアさんって死霊召喚していつでも邪神始末できたの? 第三区画だから奥の手は温存してたのかよ。敵を欺くには味方から、を体現するような彼女の手腕に圧倒される。私はもう至宙儀呼びだすほど余裕なしでカッツカツなのに!
あ、素民いるのに顔こわばってた。まずいねこれ。
私は素民たちに向けていつものように愛想笑いをすると
「こわっ! その大きさで笑わないで下さい!」
「ぐわあ――! 何ですかその大きさはー!」
「やめてくださいよー!」
素民から予想外の反応が! 不評ー! 地味に酷い事言われてる……もういいや気にすまい。
『ウケルー! 何それでっかくなっちゃったの――?!』
モフコ先輩が追い打ちをかけてくださる。
そっか、神杖は巨大化しないから得物がないや。徒手になるな。
でも水埜さんの乗った巨人型クリーチャーは、腕は触手だけど辛うじて人間型をしているから比較的戦いやすそうだ。
一撃必倒の心意気で転移をかけ相手の懐に飛び込みながら、拳を繰り出す。
最初は軽く拳を握り、ナックルパートは捻らず速度を重視し縦に向け、徐々に灼熱の神通力を纏った拳を固めてゆき、対象を打ちぬく。左胸のあたりを正確に捉えたが、よろめきはすれど倒れない。うん……今の私の重量の攻撃に耐えきるとか、相手もさるもの。
続いて頸部をひっつかみ、左手で上腕を引っ張り込んで相手の上体を崩し、前屈し腰に担ぎながら干上がったポンデリン湖の湖底に投げ飛ばす。首投げっていうんだっけ。水埜さんの乗ったクリーチャーは地響きをたて、受け身を取らず切り立った岩場に打ちつけられる。野戦では地面の状況というのは武器になるため、ただの寝技への繋ぎではないというのはヤクシャさんに教わったことだ。
私は高く跳び上がり、垂直方向からダイヴで突きこむように蹴撃。全重量と垂直落下の重力、スピードを乗せて弱点と示された左胸のあたりに累積ダメージを加える。クリーチャーごと地面には罅が入り、衝撃で波打ち、めくれがった。
手応えを感じながら顎に掌底を打ちこみ、人中に突きを入れ、脳への衝撃で昏倒を目指す。
攻撃は狙い通りだったけど、引き戻そうとした手首を触手で掴まれ、そのまま回転をかけ関節技の状態に持ちこまれた。捩じ切られるのを防ぐため私も空中で回転を打って受け流す。それとともに回転力を利用し、動作終わりに横打ちを仕掛ける。
打撃は手の甲で払って捌かれた。暫しの攻防ののち、腕を外側から巻き込まれてロックされ、防御に転じようとしたが間に合わず、鳩尾に会心の一撃を受けた。
”うぅわっ……!”
息が止まる! ……あれ、でも思ったほど痛くないな。
巨神化すると防御力も攻撃力も上がってるのか?
続いて放たれた回し蹴りに吹き飛ばされながら、背中から地に落ちる前に空中で一旦急停止をかけた。巨神化した私が勢いのまま墜落とか大規模破壊行為になるから! ソフトランディングの後、即座に脚を旋回させ跳ね起きるも、構える間もなく左蹴りが飛んでくる。私はそれを下受けで外へ払って流し、すかさず胴部へカウンターで直突きを入れる。距離を詰めての迎撃、効いたらしい。相手の焦点が大きく揺れる。ここだ……!
『はあっ!』
迷わず左胸に、指先を抉り込ませる。――仕留めた!
胸部には風穴があく。私、元々怪力だからね。打ち抜いたついでにエネルギーコアを握り込む。コアは結晶化して、赤黒い輝きを放っている。決着、ついたみたいだ。
水埜さんがログアウトする前に、最後にどうしてもお伝えしておきたいことがある。
水埜さんへ言葉をかけた。
『私はこの管区と素民のことを、以前からも、そしてこれからも決していい加減に扱うつもりはありません。その意図をお伝えすることができず、申し訳ありませんでした』
謝らないとな……水埜さんの真剣な気持ちと、第三区画という作品を蔑ろにしちゃったこと。
『ですから、見ていて下さい。今は未熟かもしれませんが……必ず、よい死後世界にしてみせるつもりです』
聴いていたかどうかは、分からない。でも 結晶を抜かれた巨躯は干からびた茶褐色の肉片となって、ジャーキーのようにボロボロと朽ちて、身に着けていたフードを残し、体は崩れてしまった。辛うじて残った触手からは白炎が上がっている。吸盤型触手なんだけど……これビジュアル的にタコヤキだね何か。これやりたかったのかな水埜さん。
干からびた肉片が再生してこないのを、慎重に見極め、ようやくの勝利を噛みしめた。
私は握り締めた結晶を両手で包む。
これ、どうすれば異形と化した素民たちが元に戻る?
結晶を眺めていると、何か呪印みたいなの見つけた。ん……これ、何か模様が半分に割れてる感じだな。割印みたいになってる。よく視れば、何か水埜さん入りクリーチャーの着ていたフードのベルトのバックルに割印の片割れっぽい模様がある。バックルのついた帯を引き抜くと更に、帯にびっしりとアルファベットや数字に似た文字、そして一定間隔で割印が……。
こんな感じになってる。
◆FAIGLWHIBAE◆AHGIWVLAHDEL◆OQOIUVNAHBDEER◆WOIUVNVHAOVA◆TQEIFOWJBHAIEKC……
あら、これ暗号だな。普通に順繰りに読もうと思ったけど、意味をなさない。
うーん……数列使うのかな? と思ったけど解読うまくいかない。
そこで私、色々やった挙句、割印のある部分でつづら折りに帯を折り返してみた。
◆FAIGLWHIBAE→↓
↓←LEDHALVWIGHA←◆
◆→OQOIUVNAHBDEER→↓
↓←AVOAHVNVUIOW←◆
◆→TQEIFOWJBHAIEKC…………
こんな感じになった。そんで気づいたんだ。折り返した先頭の部分、縦読みしたら単語になってるって……。FLOATONWATER、つまりFLOAT ON WATERという単語が浮かび上がってきた。
『なるほど』
私は素民たちが見守る中、カルーア湖に移動し、水面におもむろに結晶を浮かべた。
すると結晶は無数のシャボン玉のような泡となり、儚く舞い散ってゆく。
『おお? ……お?』
泡の一つ一つがぷかぷかと、陽の差してきた空の間を漂って……もしかして、そうか、眷属と化した素民たちの中に吸い込まれていってるんだ。異形と化していた素民たちの姿が、段々と人間らしさを取り戻し、変化は解けてゆく。
邪神殿の中から、ハトが豆鉄砲喰らったような顔で生還を果たした素民たちが続々と現れる。それを見た精鋭隊たちは、ほっとした表情を浮かべた。
『素民の救済手段、残していてくださってありがとうございました』
もはやこの世界から退場しようとしている彼女に、私は小声で届かない言葉をつぶやく。水埜さん……第三区画の素民たちを見放してはいなかったんだな。
メグの記憶はどうなったかな、なんて未練がましいことも頭によぎりつつ……。
水埜さんの乙種一級構築士としてのアカウントは解除され、彼女はログアウトを果たす。
区画解放イベントが終了したからか、インフォメーションボードにアラーム音が鳴り、ウィンドウが自動的に拡大した。
【第三区画解放。任務終了……確認】
ボード上にアナウンスが入る。区画統合手続きのため、管区時間は一旦停止。
どうやら、今度こそ終わったみたいだよ。
『はい、確認しました』
私は確かな手つきで、少しばかりの自信とともにインフォメーションボードのボタンを押した。
するとマップが出現し、それまでグレーで表示されていた第三区画がカラーになり、アガルタ基点区画に統合されたことを示す。
あれ? でもマップはさらに、ぐいーんと波紋が広がるように拡大してゆく。
第三区画がもともと表示されてたけど、海のほうまで拡大してるんだ。これ……ちょ、ま! どゆこと!? 遂には海の上のひょっこりひょうたん型の島、今ロイが迷い込んじゃってるカラバシュ群島までもグレー表示からカラー表示に切り替わった! これって……第三区画と同じように、第五区画も基点区画に統合されたってことなんだよ。何で?
『えーと……』
私はごっしごしと目をこすった。第五区画だよ? 何だこれ?
『あのー第五区画ってまだ解放されてないんですけど……表示間違ってますよ』
何かの間違いじゃないかなー、いや確実に間違いでしょ、と思うんですけど。誰かー説明してスタッフ―! 現実世界スタッフ―! ……ってことで、コールボタンをポチる。
『はい……ええ、はい。なんですって?』
マップの表示は合ってますが……、とのこと。ウィンドウに出てきて説明してくれたのは八雲プロジェクトマネージャーです。
チョ、マテヨ! これ合ってるの!? ということで事情を聞いてみると。
『えーと、ロイさんがやっちゃった?』
しかも高度質量兵器落として、クリーチャーを物理結界内ですり潰したって!? 第五区画の悪役構築士さんが造ったやつでしょ?! 常識的に考えて第三、第四区画よりダンチに強いやつだ。それロイ一人でやったって話なの!?
唖然とする私。こちとら第三区画で四苦八苦してたのに。
状況が飲み込めなくて涎出た。私のこの図体のでかさで涎落しちゃまずいから、こっそり拭う。
後で、その時の録画見せてもらおっと。
しかしマジか……すげーな! 軌道計算とか私でも絶対無理! って、今は27管区世界に衛星軌道はないのか。アガルタは平面世界だから計算いらないのか。いずれ惑星型にするんだっけ。でも今後、27管区が惑星型になったりでもしたら、ロイは簡単に気付いちゃいそうだな。だってちゃんと惑星型として計算しないと投下座標に落ちないしズレちゃうから、素民はともかくロイにはバレるよすぐ。
誰だ。そんな衛星兵器とか教えちゃった人!
私じゃないよ教えてないし、物理系は特に教えなかったの。だって現実世界と法則違うんだし。なのに構築後の座標を調整して質量兵器で叩き潰すとか。
てか物理結界耐えられた? カラバシュの街、どっか吹きとんでね? マップはきれいにみえるけど……。
『想定外、でしたかね? 赤井さん』
八雲PM、私をおちょくってる感じの訊き方。
『んー、ちょっと想定外なんてもんじゃないです』
この八雲PMって人、伊藤さんのPMとして代わりに採用された人なんだ。白人とアジア人に由来する外見で見た目かなり若いのが物凄く怪しい。
私より年下かも……なわけないから、アンチエイジングにお金かけてんのか、とか内心思ってたら
『実はもっと想定外なことがありましてね……』
『と、申しますと?』
八雲PM、いかにも困ったといった表情で切りだす。胡散臭い表情になってるけどあなたホントに困ってるんですか?
『ロイはさる神具を手に入れてしまいました』
神具って……まさか第五区画で拾った? 第五区画って神具とか落ちてるお宝どっさり区画だったの? と疑問渦巻いてリアクションに困っていると、超神具と呼ばれるものだそうです。
『ヤバいものですか?』
ヤバい……八雲PMが不敵に微笑んでいます。この人の笑顔、裏ありそうで超怖い。警戒しすぎか。
『至宙儀も危険な神具の分類に入るものなのですが、ロイが手にしたものはもう一回り危険です』
八雲PMいわく、正しく起動できないと大変なことになるらしく。
『そこでロイにそれを、使わせないでほしいのです』
私の口から、それを起動することを禁じてほしいとのこと。
それお預け! って言ったら分かりましたって素直に手渡す子なんだけど。
ロイが拾ったものなんだし、何か私がそう言うのも心苦しいな。
『あれは現実世界に影響を及ぼす神具です。あれ一つで、世界が滅びかねない』
今、八雲PM何つった?
『でも、仮想世界の中からどうやって影響を及ぼすんですか?』
もしかして、全世界のネットワークを掌握する系なのかな。衛星落すコマンドを実装してるとか……だったりすると、ヤバいよね~。
ロイにはもう衛星落とす発想があるわけだし。
うわああぁそりゃやべえええ――――!
『わかりましたね? A.I.が玩具にしていいものではないんです、あれは元々、米国アガルタが所有、管理していました』
私は頷くしかなかった。まずその危険な神具を誰に貰ったのって話もありますが……想定してたより大変な事が起こっているってのは分かった。そして八雲PMがそれを阻止するために、米国アガルタから送り込まれた維持士か何かだってことも何となく仄めかしてる。
だってそれ、アガルタ世界のA.I.が自分の意志で現実世界に影響する神具使えるとか、もうヤバすぎでしょう。伊藤さーん、出てきて解説してくれませんかー!? なんてなことを思いながらも
その時私は、これまで思いつきもしなかったことを考えてしまったんだ……。
仮想死後世界アガルタが、その中に住まう生命体が、現実世界に強く作用して、アガルタにいながらにして現実を改変してしまう可能性を――。
八雲PMが通信切って、追加表示でた。
【 オファーが91件 あります 】
オファー多いな。
あ、でもその前に私、どうやって元のサイズ戻ればいいんだっけ?




