第7章 第8話 From here◇◆
カウントアップを設定したインフォメーションボードに目をくれる、筋骨隆々とした体育会系構築士ヤクシャは、韋駄天も真っ青な高速飛翔で禁書の暗号から導き出されたキャビアン町の洞窟に舞い降りた。到着するなり洞穴の入口を厳重に封じていた岩蓋を、アトモスフィアを一点に集中させた衝撃波で豪快に粉砕する。
日没までに一刻も早く鍵を探し出し、持ちかえらなければならないにも関わらず彼はどこか余裕を滲ませている。
しかも、その余裕を裏付けるように、ここまでわずか3分もかかっていない。彼は大きく息を吸い込み、その息吹で辺りの土煙を吹き飛ばす。
『おじゃましまっす』
地に足もつけず、翼を美しくしならせ文字通り洞窟内部に飛び込んでゆく。侵入者である彼を待ち受けるのは左右から押し潰さんと迫る壁、天井から酸の豪雨が降り、奈落へと続く落とし穴が咢を開く。数々のトラップが彼の背後で立て続けに発動したが、その何れとして疾風と化した彼を捉えられない。
一気に数十メートルをひとっ飛びに侵入した彼は、目ざとく何かを視とめると、浮遊したまま急ブレーキをかけ、ぽりぽりと茶髪頭をかく。
『えー、こんなとこに図書館かよ。たまげたなあ』
彼が面食らったのも無理はない。人を寄せ付けない趣のじめじめとした洞窟の奥に、半地下式の構造であるにもかかわらず、床から天井まで聳えんばかりの本棚の列、奥の見えない立派な図書館が待ち構えていたのだ。
『トリニティカレッジ図書館みたいだな』
彼は現実世界の図書館を思い浮かべ、呑気にそんな感想を懐く。書架に並ぶ黄色い表紙の装丁から推測するに、禁書のようだがタイトルすらも書かれていない。
『んで、どうしろってんだ?』
本来、このようなイベントは主神と素民が協力して半日から数日という時間をかけて取り組むもので、構築士、それも使徒が単独でこなせるようにはなっていない。それをヤクシャが単独で、それも数分で何とかしようとしているのだから、いかに無謀か、いや間に合う訳がないとモフコは言ったのだが聞き入れなかったので仕方がない。何か変わったものはないかと彼はぐるりと館内を巡ってみたが、館内に人の気配はなく、不気味な静寂に包まれている。
図書館の内部に林立する太い柱には、一本一本邪神の眷属のリアルな彫像が彫り込まれ、彫像の上には鬼火のような青い火がちらちらと揺れ、影を浮かび上がらせていた。
『まさかここにきてこの禁書全部読めなんて言わないだろうなあ水埜さん。俺そーゆーちまちま系は苦手なんだよなー』
自他ともに体育会系を自負している彼のことである。しかしどうやらそのようだと気づくと、きりっと別人のように真顔になる。誰も見てないなら、やったるか、彼はそう思い直したようだ。素民の目があるなら”主神より目立つ”ことは間違いなく控えるところだが、今は自重する理由もない。
『オン』
ヤクシャは両手でいくつかの印を結び、
『ヴァジュラ』
ずらりと数セットの真言を唱える間に、彼の額には黄金の輝きを放つ三つの眼が開眼し火炎の光背が現れた。ごうっと彼を中心に放たれた熱風に煽られ、紙屑のように吹き飛ばされ舞い上がる書架と禁書が、館内の静寂を破る。
彼が前管区から持ってきたアバターのベースとなっている金剛夜叉明王の持つ五眼のうちの一対。それは虚偽や仏敵を見抜くといわれている。
『マハームドラ・マニ・パドマ』
彼の纏っていた装束は紅蓮の炎に包まれ蒸発した。前管区では専用の耐火性の衣装だったので問題なかったが、この管区で開眼すると膨張した筋肉と光背の熱量によって着込んだ衣装が焼けてしまうのが難点だ。
『ジバラ・プラバルタヤ・フーム』
彼は慣れた手つきで上腕をさらりと撫でると、その腕には除災霊符の刺青が露わになっている。刺青を実体化させ、皮膚から引き抜くように霊符をシートのように実体として手の内に収めた。虹色の鮮烈な輝きを放つ霊符は、旋風を巻き起こしながら彼のアトモスフィアを吸収してゆく。
『万物の真像を捉え』
肉眼を閉ざし三つの天眼のみで図書館を見渡すと、いくつかの書籍がどす黒い色彩を放って見えていた。彼は真贋を見極めるなりそれら数冊を本棚から宙に浮かせ、一気に手元に引き寄せ肉眼を開き、天眼を閉じた。すかさずインフォメーションボードに禁書をくぐらせ全ページをキャプチャし、デジタル化されたオブジェクトをトーストを重ねるように空中で積み上げ、上から実体化した霊符を押し付ける。
『遍く虚実を暴き出せ』
霊符はヤクシャの一声で黄金色のアメーバ状に変形し、立体オブジェクトを覆うように食らいつく。オブジェクトから青い炎のエフェクトが上がり、黄金の流体と蒼炎の光が乱舞する。
霊符が禁書を喰らい尽くしたあとには、解読された暗号が炎を纏い、燻りながら浮遊していた。ヤクシャは指先で暗号を操り、一列に整列させ読み取る。
『ふむふむ、手前から十三本目の柱、左から三列目の彫像の首を?』
図書館内の柱を数え、すたすたと足早に近づく。黒光りする邪神の石像を冷めた眼差しで見上げ、両手で顔面部分をわっしと掴んだ。
『右に90度、左に45度、おまけに右に180度捻る……と。うりゃ、うりゃ!』
あてずっぽで捜しても分からなかっただろうなー、とヤクシャは一人ごちながら彫像の首を無理にゴキゴキと捻る。石像の首からは湿った異音がしていたが、彼は気にしていない。暗号の指示をこなすと、周囲の変化に神経を尖らせつつ暫し待つ。
石像は時間が経つにつれ発熱し、やがて炎に包まれた。
『あ、燃えた燃えた!』
灰の中から煤けたブロック状の金属が煙を上げている。彼は満足そうにきゅっと口角を上げると、戦利品を無骨な掌にしっかりと握り込む。
『鍵ってこれだよな……ん?』
僅かな空気の変化を敏感に感じ取る。
各柱の台座から物音ひとつさせず燃えた石像以外の全ての石像が消え、ヤクシャを取り囲んでいたのだ。
『はは、あっさり帰してくれるわけもないか』
石像は大きく液状にたぷんと波打つと、一体が二体へ、二体が四体へと増殖してゆく。石像が生身の異形になったようだが、彼は怯む様子もない。石像は四方八方からヤクシャめがけて一斉に襲い掛かってきた。肉の石像と化したそれらはヤクシャに群がっては貪食せんと折り重なり包み込み、黒く蠢く肉の団子と化す。
『こんなんで足止めするつもりなのか……ねっと!』
鋭く閃いた青白い光が、肉塊の隙間から眩く零れた。
内側からのアトモスフィアの圧力に耐えられず、肉塊は千切れとび、破片は図書館の本棚を豪快に吹き飛ばし煙と轟音をあげる。ヤクシャの発した熱にあてられ、グラフィックは分裂しようとするもあえなく雲散霧消する。
『今ので終わりだったのかな』
赤い神の擁する使徒のうち最強と目される第三使徒は任務を遂行し、図書館の天井をその拳でぶち抜き、日没を迎え夕闇迫る空へと高く舞い上がる。残り時間はあと十二分。赤井との約束を守ることができ、彼は安堵の息をついた。
『間に合ったっぽいな、あとはこれを赤井さんに届けるだけ……あ』
邪神の神殿の奥、赤井のもとまで鍵を届けようと思ったが、そうしなくてもよいことに気付く。善は急げとインフォメーションボードを立ち上げ赤井に呼びかけようとして、その直前にやけに肌が涼しすぎることに気付く。
『やべ、衣装着なきゃ』
ヤクシャさんじゃなくてヘンシツシャさんですか、
などとインフォメーションボードに出た赤井にボケられることは全力で避けたかった。
*
ところで耳の不自由なコンソメさんと私でどうやって意思疎通をはかればいいんだ、筆談? なんて一瞬考えたけど、
「俺が先に行く、タコヤキの民として、俺が行かなきゃいけないのや。あんたを巻き込むわけにはいかないのや」
『それを言うなら私こそ』
こんな感じで通路内を疾走しながらちゃんと会話できてる。私の声って脳に直接響く感じで耳の不自由な人にも聞こえるらしい、そんなの知らなかったけどコンソメさんに言われて気付いた。
『コンソメさん気を付けて、何かいますよ!』
「言われなくたって分かってるのや。てかあんたの声は頭の中に入ってきてうるさい! 少し黙っててくれや」
『す、すみません。音量を落とします』
え、何でこのヒト私に敵意剥き出しなの? そうこうしてる間にも通路の奥から地を這うような呻き声が聞こえてくる。催眠波攻撃してるっぽいけど私らには通用しない。
『先に行きますので、ここで待機してくださいね』
息を切らせたコンソメさんの返事を聞かず一気に追い抜き、私は細い通路から半洞窟天井の大広間的な場所に踊り出る。広っ! 広いから真っ暗! 私夜目が利くから見えるけど、石畳の床の上に環形動物な大型眷属が奥の方にどかーんと鎮座してる。そいつヒルを超でかくして側面に突起つけたような感じのフォルムで、タールのような黒い粘液に覆われ、粘液が波打ち蠕動してる。眷属は背後の黒光りする大きな金属製の門を守るようにその巨躯の一部を門に吸い付け、こちらをうかがってる。今にも攻撃してきそうな態勢で。門番かな。
『ブルアアアア!!』
おおう……吠えた。そしてその息が生臭いのなんの。五感に訴えかけてくる想像を上回る気持ち悪さに、背筋がぞわぞわくる。できれば一刻も早く倒してしまいたい。
後から入ってきたコンソメさんはというと、槍を構えたまま足がぴたっと止まった。
相手がデカすぎて呑まれまくってるけど無理もないな。コンソメさんを力いっぱい激励してみる。
『コンソメさん、勇気を出して! 協力して戦いましょう』
「いや、昏すぎて何も見えねえや……」
『な、なるほどそうでしたね』
そっか素民には見えない暗さだ。照明がわりに杖から光弾を放つと、その光めがけて眷属の首がひゅっと伸び、大きな吸盤状の口を開けて光弾をバクンと喰らった。何今のこえー! 光に異様に反応する性質があるのか。
『すぐに終わらせましょう!』
とは言ったものの、こっからが長丁場だった。暗闇の中で奮闘すること二十分後。光を出さないように気を付けながらコンソメさんと共に早期決着を目指していたんだけれども、侮っていたよ。
『はあっ……』
なんじゃこりゃ、一切の攻撃が通用しない。こっちがつつかない限りあまり攻撃はしてこないけど斬りつけても焼いても凍らせても何をしてもダメージを与えられないし堪えてもいない様子。何かゼリーを攻撃してる感じ。ボードないからエネルギーコアもわかんねーわ無視して先に進もうにも門の前に居座っちゃってどきそうにないわ。
『これは予想外に難儀ですね』
第三区画、普通に倒せない敵が多すぎて正攻法効かなすぎで困る。
『かくなるうえは……』
こいつの体内に飛び込んで内部からエネルギーコアを捜してみるか? とか考えていたら
「はあっ、はあっ、ど、どうする? 落とし穴でも開けるんかや?」
コンソメさんは昏くて見えないのに闇雲に戦ってたから、何回かコケたりして身も心もかなり消耗してる。倒せないなら、コンソメさんの言うとおりこれ以上時間もかけられないし落とし穴を開けて落とすのもいいかもしんない。幸い、このフロアの下は空洞みたいだ。
『そうですね、それも妙案です』
「そうと決まったら俺が奴をひきつける、光を貸してくれや!」
『っ!? 光なんて持っていたら、真っ先に襲われますよ!』
「門の前からあいつをどかさないといくまいや? それは誰がやるんや? 同時にあんたができるんか?」
そういやそうか。今のままだとあいつ、門を守るように梃子でも吸い付いてるから、落とし穴作っても落ちてくれないだろう。
『ですが……もし失敗したらあなたは』
光で刺激なんてして、もし逃げ遅れたらアイツにひと呑みにぺろりとやられちゃうよ。するとコンソメさんは激怒して
「俺ができないってバカにしてんのか? そうやってあんた本心では俺を見下してるんや!」
え、何でいきなりそんなこと言うんだ……と思って読心かけたら、彼、重度の人間不信でした。耳が聞こえないことで彼は実際にこれまで辛い思いをしてきたみたいだ。彼は唇の動きを読んである程度他の人の会話を聞き分けている。
でも、周囲は聞こえないと思って彼の面前で悪態をついたり悪口を言ったりする。コンソメさんはそれを知っている。それは想像以上に神経を磨り減らし、やがて彼は人間不信をこじらせて人との関わりを避け、急にキレたり暴れたりするのでまともな仕事もなく、誰もやりたがらない危険な用心棒の仕事をすることになった。だから彼は人一倍功名心があって、町の人たちを見返したいという思いが強いんだ。一癖ある人なんだな。
『馬鹿になどしていません。私はあなたをタコヤキの英雄だと思いますよ』
たった一人、立ち向かおうとしている彼に敬意を表して真面目にそう言うと、コンソメさんは憮然とした顔をした。
「あんた、自分はバケモノみたいな力を持ってて、昨日あれほど滅茶苦茶な事をしてよくそんな心にもない口先だけの言葉が言えるもんや。俺が一体何をしたんや!」
お、おおう……褒めたら逆効果だったよ。こういうのは素民が言うべきだったか。難しいな、まだ活躍してないからお世辞はいらないってことなのか。そこまで言われたら彼の男気をかって、危ないけど囮役を任せることにするよ。その方が彼にとってはいいんだろう。
『わかりました、ではあなたにお任せします』
私は神杖を敢えて発光させ、コンソメさんにしっかりと手渡した。コンソメさんは何も語らず、一つ大きく頷いてそれを受け取り、ぎゅっと握りしめる。
『ゴア……グルァ――!!』
眷属は光を見て異様に興奮しはじめ不快な雄叫びを繰り返した。やべー音量、鼓膜が破れそうだ。やはり光を見ると攻撃性が増すっぽいよ。
「ぬおおおおりゃあああ!」
コンソメさんは杖を高く掲げ、気合の雄叫びを上げると、脇に槍を構え、意を決し鬼気迫る表情で眷属めがけて一気に駆け出した。
コンソメさんはわざと煽るように杖を持ったまま全力で眷属に接近し、今にも襲われる寸前で、槍で突き、体を躱した。眷属は門に吸い付いているので、一定の距離以上は追ってこないという目算だ。
『た、頼みましたよ』
コンソメさんが命がけで囮役をやってくれている間に私は闇に紛れて眷属に近づき、床を等間隔に破壊して少しずつ穴をあけてゆく。眷属は何より光に反応し発狂して、私の方を見向きもしない。
「こっちや! お前の相手は俺や、この化物が!」
言葉巧みにあまりにも上手にコンソメさんが煽る。
「ぐふあっ」
眷属の長くしなやかな尾に薙ぎ払われ、勢いよく壁に叩き付けられるコンソメさん。彼は短くうめき声を上げ、床にへばった。一撃で伸されたか、そう思っていたらよろよろと血を吐きながら杖をつき、立ち上がる。骨が折れたか? 折れてるな、彼は生身の素民だ。眷属の怪力に耐えられるわけがない。それでも恐怖に耐え、立ち向かおうとしている。
『コンソメさん!』
「俺に……かまうなっ! あんたは自分のことをするんや!」
彼は眷属が私に興味を示さないよう、怒号を上げて注意を向けている。ならば私も助けまい。彼はよろめきながらも再度突進し、彼を襲った尾に深々とその槍を埋めた。何度も、何度もふらふらになりながら繰り返す。時に薙ぎ払われ、時に嬲られ……それでも彼は諦めない。コンソメさんのあまりのしつこさに、怒り狂った眷属が門から離された! よし今だ!
「うぐあっ! くそーっ!」
と同時にコンソメさんが遂に腕を噛まれた――!
近づきすぎたんだ! 吸盤状の口の中に腕を噛み込まれ、鋭い牙がならびそれらが彼の腕を飲み込もうと蠢いている。彼は逃れようと必死にもがいてるけど、今にも腕を食いちぎられそうだ。眷属はコンソメさんを丸呑みにしようと襲い掛かる。
『そうはさせません!』
私は僅か数点で支えていた床石を仕上げに一気に蹴りぬく。と同時に、コンソメさんの腕に噛みついた眷属を叩き切って救出する。奴を乗せた床は大きく傾くと自重によって奈落に吸い込まれていった。数秒して、ドオン、と派手な水音が聞こえた。落とし穴はかなり深かった筈だ。
「ど、どうだっ!」
ひやひやしながら耳を澄ませて暫く待ったけど、這い上がってはこないみたいだ。私は飛翔禁止エリアで飛べないから、コンソメさんを抱えて、抜けた床の淵に片手でぶら下がる形になってる。
「やった……のか?」
『そのようですね。ではコンソメさんは英雄ですね!』
「お、おう……」
今度はその言葉を素直に受け止め、はにかんだような笑顔を見せるコンソメさんは名誉の負傷だ。床上に這い上がって、満身創痍になった彼の傷を手早く治療していると、ロベリアさんが眷属の催眠から目覚めた素民の皆を引率して連れてきてくれた。
『神様、ご無事ですか』
『ロベリアさん、皆さん。体は異変ありませんか』
『眷属から発せられる催眠波が聞こえなくなったので、彼らも目がさめたようです。どうやら終わったようですね』
まだ皆半分寝ぼけてる素民が大半だけど。
『コンソメさんが敵をひきつけてくださいました、彼は負傷しましたが、そのおかげです』
「おーすげー。一人だけ眠らされずに、すげー根性あるオッサンだな」
「た、たいしたことはしちゃいねえや」
皆に労われる彼は、少しだけ誇らしそうだった。彼の雄姿を皆に見てもらえなかったのがちょっぴり残念だ。
『落とした眷属が下から這い上がってこないうちに進みましょうか、倒したわけではないんです』
『そうですか、では急ぎましょう』
馬鹿でかい鉄門を開こうと、押したまではよかったものの。押しても引いても叩いても、私とロベリアさんの二人分の怪力でも何をしてもびくとも動かない。イヤンさんがほわたーとつついてもだめ。何で? 進めないのこの先?
『神様、これをご覧ください』
ロベリアさんがこそこそ囁くのでよく見りゃ、門にインフォメーション使用可能表示が出てる! せっかくなのでボードを立ち上げ、構築で酸やアルカリ、熱でも試してみたけどとけない。
「え、マジどうすんの? ここで足止め?」
素民も私達も焦りはじめていると。
「おや? これを見てください。何かを差し込むような穴がありますね」
更にクワトロさんの指摘で気づいたけど、扉の下の方にさりげなく穴が二つある。穴といっても、まるっこいわけじゃない。複雑怪奇でいびつな形をしてる。
『確かに、何かを嵌め込む感じですねえ……何を嵌め込めばよいのでしょうか』
何だろ。穴に入りそうなおさまりのいいもの持ってませんけど。もしかして禁書イベントすっ飛ばしてきちゃったのがいけなかったんだろうか、段取り無視とかするもんじゃなかったな、一旦地上に戻らなきゃいけなかったりしたらどうしよう。
『赤井神様ー、もしもしーまだ元気っすかー元気っすよねー』
そんな頃合いを見計らったかのように、陽気で軽快な体育会系野太いボイスが立ち上げていたボードから聞こえてきます。ヤクシャさんからの通信だ。何だろうかこの緊張感のなさは、このヒト蒼さんとは違う種類の直球な軽さがあるよね。まあヤクシャさん的には本当に第三区画とか楽勝以外の何者でもないんだろうけど。私は結構ぎりぎりのドキドキでやってるんだよ、経験ないから。
あれ、ヤクシャさんのコスチュームがさっきと変わって鎧から軽装になってる。ま、気にするほどでもない。
『そちらはどうですか』
向こうは無事、素民の皆さんはモンジャに辿りついて日没前に避難できたみたいだ。
『構築禁止エリアを抜けたんすね、そりゃなにより。実はあのあと、第三区画で禁書見つかったんすよ。で、色々あったんすけど禁書を手がかりに”鍵”をゲットしたんす。これ邪神の神殿の攻略に必要なんじゃないかなと思うんすけど』
『まさに今困ってるところでしたよ! 門についている窪みに嵌めるものを探してるんですが、それはヤクシャさんがお持ちってことですか』
『これなんすけど、どっすかね』
どどんとインフォメーションボードに映し出される掌大の立方体ブロック。白と黒の幾何学的なしましま模様がついてる。うーん、惜しい、それちょっと形が違う。
『この窪みとは明らかに形が違いますね。ですが、鍵というからにはいずれ必要になるのでしょう』
この先進むのには絶対必要不可欠……なんだけどそこで問題なのは私がヤクシャさんとこに取りに行くか、ヤクシャさんがここに持ってきてくれるかしないと。私が今から素民連れて戻るのって無理くさくね? だからといってヤクシャさんに来てもらったら地上がヤバい。申し訳ないけどロベリアさんにひとっ飛び行って来てもらうかなー、なんて考えてたら。ヤクシャさんはお気楽だった。
『そっちに現物持っていくと間に合わないんで、キャプチャした3Dデータ転送するっすわー。特にアトモスフィアを帯びてたりもしてないんで、別に現物じゃなくレプリカでもいけると思うんすよ。ちょっと試してみてくださいな』
その発想はなかった! キャプチャ!!
『組成も送るっす。んじゃ、そっちの健闘を祈ります』
グッジョブすぎるよ! データと組成をもとにこっちでレプリカを造ればいいんだな。やー部下が優秀だと助かる。
『ヤクシャさん、ありがとうございました。夜間の守りを頼みます』
『おっすおっす、こっちは任せて赤井神様こそ気を付けて』
でーきたーレプリカ~! 構築して実際に手にとってみると、何か黒と白のしましま模様は単に塗り分けられてるわけじゃなくて二つの金属が組み合わさってできてる。しかも白と黒の金属の間には、微妙に隙間がある。何だこりゃ?
『何でしょうね、この構造。ただのブロックじゃないような……どうも引っかかります』
ロベリアさんに見てもらうと、彼女は捩じったり回したりとあらためた。眉間にしわを寄せて一生懸命だ。何か可愛いなーロベリアさん癒されますよ。彼女にみとれてる場合じゃない、私も考えないと。
『神様。これ、分解したりできないでしょうか。例えば、数パーツほどに』
『というのは……』
それって……立体パズルってこと!? あ、そっか! どこをどう分解していいのか分からないし、互いにしましま模様ががっちり噛みあってるけど、言われてみれば外せそうではある。ということは、これレプリカだし壊しちゃっても構わない。もう一回作ればいいんだし。となると
『よろしければ皆さんも手伝ってください』
「これ外すのか? どうやって?」
一番最初に外した人が優勝ですとか言いながら、ロベリアさんは勿論、素民の皆にもレプリカのパズルを作って配って回った。力任せに外そうとしても外れるもんじゃないから、こういうのは頭脳と人手が多いほどいい。皆にもやってもらおう。
「誰か解けたかー?」
「口を動かす間に手を動かせ!」
「だってわかんねーんだもん」
無情にも時間は過ぎてゆく。その間、誰一人解法を見つけられず、パズルはびくともしない。イライラばかりが募る素民の皆さん。コハクとキララなんて半分諦めて投げてるし。何だよスオウシリーズ二人、高度学習型A.I.なんだからもうちょっと頑張ろうよ、そういうパズルとか得意そうなのに。イヤンさんと狩人兄弟……には期待してない、あいつら力づくで外そうとしてる。ヒカリとクワトロさんとアオノリさんが頑張ってるけど、どうだろう、手こずってるみたいだ。
落ち着けー焦るなー! 集中力と根気が肝心だ!
『な”っ』
ロベリアさんが、それどこから出た声? って感じの小さな悲鳴をあげた。
『どうしましたか。何か分かりましたか?』
おおっ、ブロック型だったのが若干噛みあわせが緩んでる! それどうやってやったの!
「さすがロベリアさまだ!」
「あかいかみさまより頼りになるな」
もー、あなたら好き勝手言ってなさいよ。できなかったのはお互い様じゃないの。
『で、でもここから先がつかえています』
再び行き詰まりしゅんとするロベリアさん。でも彼女のお蔭で解決の糸口が見えてきた。試行錯誤してるうち、
『っしゃー! 解けました!』
「しゃーって何だ」
『いえなんでもないです』
嬉しくて地の性格も出るってもんだよ。
「なんだー神様が優勝かー。つまんねー」
うまくハマれば嘘みたいに力まずにするりと取れたよ。クリア時間は16分35秒だ、かなり時間をかけてしまったな。取りあえずその2つのパーツをイヤンさんばりにほわたーと門のくぼみに突っ込んでみる。適当に突っ込むと、窪みから光が溢れだした。あれ、嵌め込み方も場所も超適当だったけどいいのかこれ。ピシッと扉に青白い亀裂が走る、鍵が作用したみたいだ。扉の向こうから怪しい光が射し込んできた。開くのか? 開くみたいだ。でも待てよ……呑気に門を見上げていた素民たちの顔がひきつる。
「え、え? え――!?」
「た お れ る――! こっちくんなー!」
ちょ、何でこの扉、左右にじゃなくて手前に開くの!?
『危ない!』
扉がこっちめがけて倒れてきたよ。座り込んでいたみんなの頭上めがけて。慌てて飛翔し、素民が潰れる前に扉を支える。そしてずっしりと重すぎて今日二度目に腰にくる私。今、私が支えないとスペース的に下敷きになってたよね素民の皆さん。
「おお、かみさま反応早いな。さすがだ」
『ど、いたしまして。お先にどうぞ、できれば重いので急いで』
扉を支えていた私は一番最後に部屋を出て彼らに追いつくと、扉の向こう側の素民が皆揃って足を止めて突っ立ってる。
『どうしたんですか? 先に進まないのですか? ……あっ』
扉の奥は、果ても見えないほどの薄暗く広い地下水だまりだった。こりゃ先に進めるわけがない。透明度の高いその水の下には、青く不気味な照明でライトアップされた超高層ビル群というか水中都市が沈んでいるのが見える。
「街、のように見えますな。これが街であればおそらく、世界最大でしょう。しかし禍々しいですな……」
暫定的に世界最大都市と認められているグランダの規模の比じゃない、とクワトロさんは言いたいんだろう。
「これが街、であればそうだな」
グランダ王のキララも反論はしなかった。文句も出ないほど、でかすぎるからだ。コハクも頷いてるから、白さんの世界の大都会より大きいのかな? ヒカリが思わず身を竦め、こんなコメントをする。
「この世のものとは思えない景色ですね」
つかね、なにこの水中ジオフロント。
よく見りゃ気合入りすぎじゃない。
ここ地下の筈なんだけど何故か上の方は満天の星の降り注ぐ夜空が見える。青く澄んだ不気味な水の下に、底の見えない広大な街なみが見渡す限り広がって建物の一部はちょびっと水の上に顔を出している。果てなく続く水面世界は、ポンデリン湖の面積とか余裕で超えてるじゃん。何とも幻想的な光景だ。それに水中の街並みがすごい。ロマネスコって野菜があるんだけど、皆さん知ってる? フラクタル図形なカリフラワーとブロッコリーの掛け合わせの品種。あんな構造で大小の建物が水中に縦横無尽に自由奔放に生えてる。
ここは異次元なのか、亜空間なのか。
水埜さんいいのこれ? 文明レベル、数十世紀レベルぶっ飛んでるけど。何なら現実世界より進んじゃってるし区画解放後もこれ残ってたらアガルタ上層部に怒られると思うんだけど。
「人間が住んでいれば、街だがな。一体、水中にはナニが潜んでいるのやら。決してよいものではなさそうだぞ」
キララも強がって笑ってるけど、背中から冷気が這い上がってくるようだ。
『水没都市……この下に邪神がいるのでしょう。私達が目指すはこの水底です』
しばし時間を忘れて、私たちは水上から水中都市の光景に魅入る。道なき道の、どこを目指して進んでゆけばいいのかな……っと思案しながら。ロベリアさんは深度調査とエネルギー反応を調べてくれている。先に進めばよいのか、それとも水中に進路をとればいいのか。
観察していると、水底のうんと深くに、少し明るくて開けた広場のような場所が見えていた。その広場の中央には、祭壇っぽいものがある。
『うん? 何でしょうかあれは』
ここからは遠すぎて、多分素民には見えていない。目を凝らしてみると、広場は半透明のドームのようなもので覆われている。なにあれ……。インフォメーションボードを使って拡大すると、少女と思しき人影が、祭壇の上に転がされていた。目隠しとさるぐつわを噛まされ、手錠と足枷で繋がれ、彼女の身体は小刻みに痙攣している、喘いでるみたいだ。でも待って……その服、その黒髪……。
『メグ……さん? メグさん!』
「メグだって!?」
目隠ししてても分かる、間違いない。メグ、そんなところに連れて行かれて、一体何をされていたんだ?
こうしちゃいられない!
『焦ってはなりません!』
思わず水中に飛び込もうとしたとき、ロベリアさんが私の心を読んでいたかのようにはしっと私の手を掴んだ。
『罠かもしれません。いえ、100%罠です』
『でも……そうであったとしても私は往きます!』
『神様! ではせめて私が代わりに!』
メグが苦しそうにしているのに、指を咥えて水上から見て見ぬふりなんてできない。私はロベリアさんの制止を振りほどくと、何も恐れず水中に飛び込んだ。水は冷たく凍えるようだったけれど、水質は普通の水だとインフォメーションボードに出ているから問題ない。
少し明るくなっている半透明のドームで覆われた広場に、私はわき目もふらず潜水をしてゆく。飛び込むなり眷属が襲ってくるかと思ったけど、何も出てこない。敵も、そして人影すら見当たらない。無我夢中で潜った。数十メートルほど潜ると、だんだんと辺りは暗闇に閉ざされてゆく。
水中の高層建造物からせり出した広場風のテラスを覆っているドームは、まるで何か魚卵を包む膜のようだ。迷わず膜を突き破って中に入ろうとしたその途端!
『ぬああっ!』
膜に触れた瞬間、神体に激痛が走り煙が上がった。白衣は焼け落ち、ゼリー状の膜に触れた全身が爛れ、血が滲んでゆく。何だこの膜……。い、痛えっ! 全身が疼く! インフォメーションボードに組成が出ない! ロベリアさんの言うとおり、水埜さんの罠だ。多分、神通力に反応して全身を焼くようになってる。しかもこのゼリー状の膜、身体からとれやしねえ。
『う……ううっ、メグさん!』
ドーム状の膜の中には空気があり、メグはその中の空気を辛うじて吸っているようだった。ここに攫われて、閉じ込められて長いのか、ドーム内の二酸化炭素濃度が異様に高い。彼女はもう窒息寸前だ。それで震えていたのか、顔も真っ青だ。
『こ、構築!』
自分のことは後回しに、まずはドーム内を酸素で満たす。メグには触れず、手錠と足枷の鎖を切る。メグから呼吸の粗さが消え、ゆっくりと自由になったその手で自ら目隠しと猿轡をとった。
現れたその顔はメグだった、紛れもなく、本物のメグだ。すぐにでも抱きしめたいけど、このゼリー状の粘液が彼女についちゃいけない。私は彼女に手の届かないほんの少し離れた場所で彼女を見守る、メグはぼんやりとした視界で眩しそうに私を見ていた。私は猶も粘液に体を焼かれながら、それでも痛みよりも思わず込み上げてくるものがある。
『メグさん……』
ところが、私を見て何度も目を瞬かせたメグが、ようやくのことで私に投げた第一声は思いもよらぬ言葉だった。
「あなたは……誰、ですか?」
『メグさん。どういう、こと……ですか?』
訳もわからないまま、いけないとは思いつつ私は無意識的に看破をかけていた。彼女の首には、水埜さんが外したのか、看破防止ネックレスがかかっていなかったから。怖いことが続いて、少し混乱をしてるんだ。私はそう思って疑わなかったから……。
でも――。そうではなかった。
そうではなかったんだ!
看破を試みるうち、痛みを忘れ、震えが止まらなくなる。
彼女の記憶の中から、私の存在だけが完全に。すっぽりと消えてなくなっていた。
「あなたは、誰ですか?」
メグはあどけない表情で、それこそまったく悪びれることもなく小首を傾げながら、今度は先ほどよりはっきりとした発音で二度目になる質問を重ねた。
『私は……』
喉が灼けて、声は枯れていた。それでも私は絞り出す、彼女が名を欲しているのなら、答えなくてはいけないという気になった。メグは帰ってきた、そしてここにいる。今にも手の届く距離に。
でも、私の知るメグは……彼女は帰ってこなかった。
名乗ろう、この世界での名を。
私たちはまた、ここから……。
『私は赤井といいます。よろしくね、メグさん』
メグは暫くの間、私の目を見ていた。唇をふるふると震わせ、私の名の由来に納得したようだった。彼女にとっては初対面なんだ。
「本当だ、あなたの瞳と髪の毛、赤くてきれいな色してる。でもどうして、泣いているの?」
『……あなたに、会いたかった』
そう、答えるしかなかった。メグは私につられて、悲しそうな表情を見せた。
彼女はどうして私がそう言ったのか、理解できなかったんだろう。




