第4章 第6話 Ghost and spirit◇
【アガルタ第二十七管区 第3391日目 第二区画内 第2日目】
【総居住者数 2870名(第二区画内 958名), 総信頼率 99%(第二区画内 100%)】
【アガルタ歴9年106日 午前8時45分】
赤井班、ネストの森探索開始十数分後に班員数が当初の人数より一人減るという体たらく。
出足をいきなり挫かれちゃったよ。
ほかの班はどうなったとインフォメーションボードを見ると、エトワール先輩は速攻増えた人を見破ったみたいだ。
見破るの一瞬だったよ!
先輩読心術持ってるし、早速戦闘を開始してる。
そんで敵はどいつだ?
でも……先輩何を相手に戦ってる?
誰が増えたのかとボード上を注視しても、私には何も見えてない。
そもそもカメラに映ってない、超速度で移動してるとかじゃない。
透明人間と戦ってるみたいだ、先輩にだけ見えてるのかな、それはそれでこわい。
先輩の所持してる武器について少々触れておくと、構築士は素民に文明発展のヒントを与えるような近代的な道具(武器)を使ってはいけないという大前提がある。
素民に近代兵器を見せてはいけない。
その時代の文明レベルに応じたものを使う。
となると私らが使えるのは剣、弓、棍棒、槍、そのあたりの原始的なもの。
私の武器は杖以外の何物でもない。
エトワール先輩は実力的には私より断然上なんだけど、立場的に天使だから神様より強かったり目立ちゃいけないってことで、派手な戦闘は控えて地味にしてる。
どう地味かというと、素民の目には見えないほど細い導体のワイヤに熱やら電流やらを通じたものを意のままに操り、攻撃対象をワイヤで足をふん縛って動きを止めるなりして穏便に決着をつける。
地味っしょ? 天空神ギメノグレアヌス役で大迫力弾幕アクションバトルやってた頃とは雲泥の差。
だからといってしょぼくはない、スマートな印象。
だから素民には、先輩が念力的なものを使って相手の動きを止めてると思われてるんだけど、先輩の獲物、今日はいつものワイヤじゃない。
ワイヤの他の武器といえば、司教服みたいな服の下に切れ味鋭い、スローイングナイフを暗器としてシースごと腰に巻いて隠し装備してるけどそれ使うつもりなのかな。
先輩が両手を腰に回しナイフを素早く腰から抜き出す。
右、左と両腕を大きく振ると、何もない場所に向けて十本のナイフが放たれた。
ナイフは先輩のアトモスフィアによって意思を授けられたかのように直線的な軌跡を描き目標を攻撃している……らしい。
目標が見えないし。
敵は先輩の攻撃をうまく躱してるんかな?
それとも仕留めたんかな、見えないな。
敵が攻撃を仕掛けてくる前に、手加減なしの先制攻撃を仕掛けて畳んでしまう寸法みたいだ。
先輩のナイフは柄にワイヤがついてるので、ワイヤを引き込むと手元に戻ってくる。
右手四本、左手四本と、計八本が手元に戻り先輩は指の間にナイフを挟んでる。
ってことは二本命中してるのか。
先輩は命中したナイフについていた二本分の蛍光色のワイヤを手放した。
オレンジと黄色のやつ。
しゅるしゅると先輩の手を離れたワイヤがのたうち、ほの暗い森の中でも先輩に攻撃のための導を示す。
先輩のワイヤの色は十色。
なるほど、透明人間にナイフを突き刺すことによって目印をつけ、更にワイヤの色によって敵性が区別できる。
先輩は間髪いれず、命中したナイフによって知覚した攻撃目標に衝撃波を浴びせた。
勢いよく掌底を突き出した瞬間、暴風による爪痕が発生。
発射地点を中心に木々が爆ぜるように薙ぎ倒されてゆくから衝撃波の通過痕は見えるけど、肝心の敵が見えないな、カメラが認識できない設定でもかかってるのかな。
追い討ちをかけるかのように、先輩は大きく息を吸い、口元に筒状に丸めた右手を宛がい、その中に息を吹き込むように一気に吐き出す。
その軌跡を僅かに掠めた全てのものを凍てつかせる、エトワール先輩の爆氷の息吹だ。
木々は薄氷に覆われ凍てつき、急激な冷却に耐えられず縦に引き裂かれ、氷柱が地を貫いて一直線に目標を追尾するかのように柱の道を作る。
音声こそ聞こえないけど、氷が地面を貫いて絶対すごい音がしてる。
なにあの業、諏訪湖の冬の湖とかにできる”御神渡り”でしか見たことないよ。
氷柱の一本一本が数メートルあるし、どうやって冷却したの?
液体窒素を構築……だと素民が窒息して危険だし複数混ぜてるっぽいなあれ。
構築が速すぎなのは、平時からプリセットで構築とかかけてるからだ、さすが先輩、抜け目ない。
やってることは口元に当てた手の中で迅速構築かけ、高圧で圧縮生成した寒剤か冷媒だかをアトモスフィアを乗せた吐息の爆風で飛ばしてるんだろうけど、どう見ても天使が氷を吐いてるファンタジックな光景だ。
少なくとも素民にはそう見えてることだろう。
目標に刺さっていると思しき二本のスローイングナイフが、恐らくは先輩の超冷却にトラップされ中空で凍り付いてる。
透明人間の封じ込めに成功したっぽい。
この間、わずか2分。またたく間の決着だ。
エトワール先輩はスローイングナイフを腰におさめ、目標に飛翔で近づいてゆく。
頼もしいその背がライブ画面を右から左へと横切っていった。
そこで先輩はフレームアウト。
攻撃目標も捕捉したところで先輩はすぐにカタがつくだろうし、あの人はベテランだからあまり心配してない。
寧ろ先輩は私とロイのことが心配な頃だろうと思う。
あ、先輩のことよりロイの班が気がかりだったよ。
今度は5カメ(ロイ班)のライブウィンドウをクローズアップに切り替えて凝視していると、ロイはまだ人数が増えたことに感付いてない。
神槍で叢を薙ぎ、後続の人たちが歩きやすいよう草を適当に刈って、時々後ろを振り返りながら先頭に立ち皆を率いてる。
すぐ後ろにいる年配の御家人が足をとられたら、手を貸してあげてる。
何という気配りのできた子だよ。
つか早く点呼して、おたくの班、一人増えてますよ?
ロイは先輩のように読心術持ってなかったとしても、全員に幾つかの気の利いた質問を出せば”最初からいなかった” 人間を見破ることができそうだ。
敵が先輩のパターンと同じく透明人間だったりすると厄介だよな……。
ロイの獲物はもっぱら神槍、飛び道具持ってないから先輩と同じ作戦もできねーし。
私はロイ班のライブウィンドウをズームアウトして、ロイ班全員がフレームに入るよう映し出した。
数えてみると、確かに一人多い。
誰が増えたのかわからないけど、全員人間の姿をしてるし私にも見えてる。
てことは、見破って攻撃を加えた瞬間に透明人間になるのかな。
先輩、透明人間と戦ってたし。
どうするんだロイ。
早く気づかないと隙をついて背後から襲われるかもしれないぞ!
『ロイさん……早く気づいて!』
私が手に汗握りながら観戦するさ中、ロイは後ろのネスト後家人と談笑中。
緊張感ないな。
あ、でもその御家人の人、後ろの人にも話しかけてるな。
ん? ロイの言葉を伝言してるっぽい? 会話の内容を後ろの人に伝えてくれとでも指示したんかな。伝言はロイの後ろの、さらに後ろの人にも伝えられた。
そんな伝言ゲームせずに皆に呼びかければいいのに。
早く警戒態勢に入らないとヤバイよロイ。
伝言が前から三番目の人まで伝わったところで、ロイが先に行っててくれ、的なジェスチャーをしつつ皆に呼びかけた。
トイレ? 皆はロイをその場に残し先を急ぐ。
……ロイは四人目まで見送ると、四人目と五人目の間にさっと腕を突き出し五人目以降の列の進行を無言で止めた。
どういうこと?
ロイは口元を押さえる仕草。
五人目以降の人々に、声を出すなと指示を発してるみたい。
不審そうな顔を向ける五人目に彼はぽしょぽしょ耳打ちすると、また伝言ゲームのように後ろに連鎖的に伝わってゆく。
背後で行われている伝言ゲームに気付かず、前を行く四人との距離はどんどん離れてゆく。
完全に二群に分かれた。
伝言が最後まで伝わると、急に動きがあった。
ロイが突然大声を出したっぽい!
彼の号令を待っていたかのように、全員が進行方向、向かって左に全速力で走り出した!?
――ただ一人、ロイから情報を聞かされていなかった、
前から四人目の男を除いて!
伝言は前から三人目までしか伝わってないんだ。
だから四人目の彼だけは何故かその場に伏せた。
何で地面に伏せたの!?
とにかく四人目だけ違う行動をとった。
彼らとその男との行動の違いが何を意味しているのだろう。
四人目はきょろきょろと周囲を見回して慌てて立ち上がり、皆と同じ方向に疾走するも、一度地面に伏せた手前、出遅れた歩数の差はデカい!
他の班員はロイの指示通り、後ろも振り向かず全速力で森の中を横方向に駆けてゆく。
なりふり構わず、重い装備の詰まった背嚢を放り出して駆け出してる人もいる。
突如として始まった十一人の男たちの全力での徒競走!
しかし四人目の男は思いのほか俊足のようで、じりじりと先頭集団との差を詰めてきた。
すると猛烈な勢いで先頭を走っていたロイが急停止をかけ背後を振り向き、四人目を迎え撃つ攻撃姿勢へ転じた。
神槍を両手で進行方向Y軸に掲げると、彼の背後に向けて白い障壁が進行方向Z軸に展開される。
ロイの眼前に出現した、半透明の障壁は――。
『なっ!? ロイさんそれは……』
それって物理結界だ--!?
何であの子物理結界張れるのよ!
まさか強羅大文字焼さんから奪い取ったアトモスフィアを大切に体内に含ませて非常食みたいに持ってたわけ?
いやそんなわけない、別に大したエネルギー量じゃなかったよ?
てことはまたありとあらゆる方法でチャージしてアトモスフィアを蓄えてたのかな。
ちょっ……ロイってば神通力に頼りすぎ!
誰だよロイに神通力の便利さを教えちゃったの、私かよ。
私でしたねすみません。
とにかく彼、神通力を使ってる!
物理結界は術者を中心にドーム状に展開するのが一番簡単だけど、それだと結界中が真空状態になって窒息するからロイは一面のみの壁として展開する。
やったことない人はふーん、って感じだろうけど結構難しいんだよそれ。
わかるかなー、わかんないだろうなー。
通常の二倍ぐらいのエネルギーと集中力を使う。
でもロイはそれに留まらず、面となった物理結界を四人目さんに向け楔形になるよう折り曲げた。
角度鋭っ! 目視でおよそ35度!
四人目さんは急に止まれずロイの張った障壁に真正面から激突やむなし、うわー大惨劇の予感!
『っ!?』
血飛沫飛び散るかと思いきや……四人目さんは刃物のように研ぎ澄まされた物理結界に裁断されて額から左右にぱっくりと割れ……スライムのように液状化し溶けて土くれとなり、黒い霧となって蒸発した! 人としておかしいでしょそれ!
つーことは……人間じゃなかったのか。
ロイお手柄、物理結界ひとつで、ろくすっぽ戦わずして決着つけた!
物理結界にぶち当たったぐらいじゃ、人間は蒸発しないし威力はしれている。
せいぜい血まみれになるぐらい。
……でもそれは平面だった場合ね。
結界の威力は面より線の方が高く、結界を楔形にした場合、衝突時の圧力はZ軸直線上に集中する。
全力疾走して壁に激突して死ぬ人はあまりいないけど、鋭い刃物に額から全速力で突っ込んでしまえば確実に脳味噌割れる。
だとするとロイ、一人増えたことに最初から気づいてたのか。
読心術もなしにどうやって見抜いてたの?
何なら戦術だけ見ればエトワール先輩より効率いいじゃん。
「地面に伏せろ!」みたいな言葉が、「走り出せ!」の合図だったのな。
ロイは四人目だけ情報を与えないよう、伝言ゲームで前後の人たちに伝えていたんだ。
ロイは僅かな時間で偽者を見破り、戦わずして最も効率的に異形を強制排除する作戦を組み立て、それを敵に気取られぬよう実行してみせる。
凄すぎてもう……えっぐ。
ロイは野外生活時代、ヤスさんと共に狩猟もやってたからその経験が生きてるのな。
ヤスさん、獲物に自分を追わせて急に方向転換して攪乱する作戦を好んで使ってたから。
私の胸中に渦巻いたのはロイ班全員無事でほっとした気持ちが半分、ロイの行く末を恐れる気持ちが半分。
彼に秘められた実力は、まだまだこんなもんじゃないよな。
彼が神通力を知ったのが僅か一年前。
ここ一年で、その力の性質を理解し尽くしてる。
そろそろ彼に神通力の使い方を真面目に教えた方がよさそうだな。
いつか大怪我しそうだし。
尋常ではない適応力、そして状況分析力。
彼こそがフォレスター教授(面識ないけど)の構築した、特殊任務を帯びた高度学習型A.I.なのか……ライブ画面を逆再生して見る限り、彼は私のように一人ずつ班員の人数を数えて確認していない。
そっか、数を数える必要がないんだ。
振り向いた僅かな時間で情報を完全に記憶し、情報並列処理で人数が増えていることに気付く。
それがA.I.というものだ。
グラフィックを直接読み取り情報を識別、情報は1qubitも失われず正確に彼の脳で再現され、誰が偽物なのか看破すべく演算する。
その手の情報処理能力にかけては、A.I.は人間の比ではないよ。
彼の情報処理能力の正確性と迅速性は、生脳のコピーでしかない疑似脳を使う私の比ではない。
同様に、身体能力も人間の反射速度を超えているし。
来るべき未来。人間の私が彼に敵うんだろうか。
私は彼を止められるのか? この先暴君となるかもしれない、彼を――?
「何を立ち止まって呆けているアカイ、こちらは一人減ったのだぞ!」
ロイの将来を憂慮していると、すぐ耳元で聞こえたキララの声で我に返った。
他の班もだけど、うちの班も大変だ。行方不明者がいたんだっけ。
うちの班だけ神隠しになってる。
神隠しっていっても私の仕業じゃありませんけど。
最初に班員全員の顔を見て点呼しておけばよかったよ。
今となっては誰がいなくなったのか分からない。
顔を覚えてもいなかったし。
すると、赤井班の中でも最年長っぽい、白髪まじりの長身のおじさんが声を潜め
「神様、これは悪霊の仕業かもしれませんぞ」
とか真面目に言っちゃってる。
『そうですか悪霊の仕業ですか、悪霊なら仕方がありませ………………ん? ……して、悪霊とはどういうことです?』
「この森は邪神ギメノグレアヌスに呪われているのです! 邪神の手先の悪霊が我々を惑わせているのです!」
「おお、恐ろしや恐ろしや」
大の大人が悪霊を信じているという点が滑稽ではあるけど、皆が興奮気味に話してくれる。
それを聞いていたキララ、
「ギメノグレアヌスはアカイが滅ぼしたが、まだ影響力があるのか?」
今なんてった?
キララがどさくさに紛れてそんなこと言ってる。
いやいやいや! 何ちゃっかり私だけのせいにしてんのよチミ、翼竜姿の先輩にとどめ刺して八つ裂きにしたのはあなただったでしょ!
全部が全部私のせいにしないでよ人聞き悪いなあ。
でも悪霊、ねえ……。
科学信奉者の私は肯定も否定せずもやや引き気味にコメント。
『悪霊、ですか……』
「そうです悪霊です! 神様の御力で何とかなりませんか、聖なる力で浄化して退けるとか!」
だからオカルト系は勘弁して。
私、霊とかからきしダメだって前言ったでしょ?! 聞いてなかった!?
悪霊退散すればいいわけ?
悪霊ってどうやって退散させるの?
専門家じゃないし悪魔祓いの方法知らないよ。
何なら悪霊に鼻で笑われそう、念仏唱えるって言っても南無阿弥陀仏なのかアーメンなのかすら分かんない、霊が何の宗教信じてるのかとか気にしたこともないし。
あーでも現実世界では霊とか信じてないけど、ここ仮想世界だから悪霊がいても不思議じゃないんだよな。
だって言われてみれば神もいるし、現実世界にはいないよね神って?
不適切発言かなこれ。
その前に神も霊も信じてないんだけどさ。
先輩が透明人間と戦っていただけに、あまり強くも否定できない。
『……と言われましても、まず私は霊が見えないのです。霊感もありませんし』
「え!? 神様なのに見えないんですか!? 神眼とかで見えるんじゃないんですか?」
無茶言わないでよ、神眼って何?
私の目って視力がいいことを除いては、今のとこ集中してやっと人体の中身(骨とか)が見える程度。
X線程度の解像度しかないよ。霊も見えないし。
で、霊だって? できることなら一生出会いたくありませんよ。
「それは偶々霊を見たことがないだけでは。もしくは神様の御威光で霊が畏まって出てこないとか」
「そうかもしれないな。しかし俺は悪霊を度々見たことありますよ」
ん?
「俺も。ネストにも頻繁に出ますよ」
んん?
何言ってるのこの方々。
「黒い半透明の影みたいなのだよな、顔が白い。闊歩していました」
本気で言ってる?
「仮面を被った悪霊です、夜中にネストの牧場を歩いてるのを見ました」
目撃情報多数じゃんこれどうすんの……黒くて半透明で顔が白いって第二区画の人、悪霊とかやっちゃってるんかなあ。
やめてー!?
そんなの来たら私どうやって戦えばいいのかわかんない。
「神霊が実在するのですから、ただの霊がいて何の不思議もないでしょう」
誰かがそんなこと言う。
いや、そこは不思議です。
ネスト民、皆揃って私のこと神霊だと思ってたの?
そりゃないよ。
ちゃんと血も通ってるし体温もあるよ私、透けてもないし足もある。
『私は実存する神で、神霊的な存在ではないものですから。霊となるとよく分からないのです』
「神様にも分からないことがあるのですか? 神様と名乗るからには造物主なのだと思っていたが違うのですか? では、神様が”知らないもの” は、誰が造ったのですか?」
ほかの人が矢継ぎ早に疑問をぶつける。
私って造物主……じゃないよね?
ほかの構築士の方々が二十七管区を造ってくださったわけなんだけど。
私の仕事はどっちかってとクリエイターではなく管理者、統括者って感じ。
どう答えても間違ってるような気がして返事に困っていると、
「確かに、天空神ギメノグレアヌスには実体がなかった。神とは、我々が姿を見ることもできず決して触れることのできない、人間には届かない偉大な霊なのだと思っていた。しかし……この神は赤い血を通わせ、肉体を持ち、熱を帯びる。神霊が、人を救うために肉体に宿り、人に近づき、命に近づいたからだ。彼は罪の穢れに満ちた我々を擁き、祝福を授け苦しみを拭い去る。私たちは彼の恵みを、彼の命をこれほど近くに受けることができる、私たちは幸いだ。彼の温かな神体に、人の身でありながら触れることが許されたのだから」
先ほどに引き続き、キララがフォロー。
巫女王をやっていただけあって、神に対する一定の宗教的理解があるみたいだ。
こじつけ解釈な気もしないでもないけど。
神霊が実体に宿ることを受肉っていうんだっけ。
私が透明人間ではないのは、受肉した神だからだ。
素民たちと喜びを分かち合い、苦しみを共有するため、そのための肉体。
私の本当の肉体は現実世界、彼らから見ると神々の世界にあって、意識だけでログインして……それって霊の状態なのか。
私は受肉してこの世界に降り立って民を導いている。
そして約束の日(最後の審判の日:二十七管区開設の日)、この世界の民の人口は削減され、神の眷属(現実世界の人間)がこの世界に押し寄せて神の世となり、千年王国を築く……何か現実世界での宗教の構図と似てる? 現代社会の縮尺版といえそう。
そう考えると、後ろめたい。
だって私がしてるサービスは、遠い未来に降臨するであろう神の眷属(現実世界の人間)のためであって、突き詰めて考えれば素民の為ではないんだよ。
でもそんな事情を知らない彼らから見れば、私って壮絶に神秘的な存在なんだろうな……。
そりゃ私だって、現実世界で自称神ですとか言う人がいたらまたまたご冗談を……と流すか、そっとしといたげるもんな。
にしても私は何の根拠があって「神」だと素民に吹聴して回って騙してるんだろ?
奇跡を起こせるから?
不老不死だから?
そんな表面的なものじゃなくて、このアガルタという死後世界で私が果たすべき「神」という役どころを、少なくとも演技や仕事以上に、もっと精神的、道徳的な意味で深く理解しとかないといけないよな。ロイが暴君になっちゃうっていう他管区の話も、どうもこのあたりの「神」に対する素民と構築士の考え方のズレにあるような気がしてきた。
そういうところを、西園さんは私に理解してほしかったんだろうなあ……ちょっと伝わりにくかったけど。
彼女、私のことずっと人間扱いせずに「神様」って呼んでたし、そう呼んでたのも意識的になんだろうな。
そのためのアガルタ内千年監禁勤務なんだろうし。
私の抜本的な意識改革も必要だ。なりきるにも覚悟がいる。
でも、たった今、彼らに必要とされているなら――どんな言葉をかけても、彼らを裏切ってしまうような気がした。
「引き返して捜しましょうか、どこかではぐれたのかもしれませんし。ちょっとお前捜してこい」
私が色々考えていた間に、上司が部下に使いっ走りを命じてる。
ネスト王の御家人みたいな人たちだから、上下関係が割とはっきりしてる縦割り分担型ぽい。
あ、でも
『待ってください、単独行動は危険です』
もうこれ以上行方不明者が減ってはいけないから、私は赤井班全員にアナライズをかけて個人データをボード上に取り揃えた。これで全員のステータスがわかるよ。
うっし、これで誰が減ってもすぐ気付く。
『引き返さなければなりませんが、団体行動をとりましょう』
なーに。
ものの十分しか歩いてないんだからすぐに見つかるさ。
お気楽に考えていた私は見通しの甘さを思い知る。
どこだどこだと呼びかけながら、いつの間にか森の入口にまで戻ってたよ。
勘弁してよ、ギャグかよ。
先ほど皆でプー太郎と総力戦やらかした場所には死骸がある、死骸が二体減って十六体しかないけど……えーと。うーん、細かいことはいいんだよ!
『妙ですね、一列にならんで歩いていたのにどこではぐれてしまったのでしょうか』
迷子さんどこいった?
私の声って実は数キロ単位で届くから無線放送かけちゃう?
でも獣たちも呼び寄せちゃいそうで迂闊に大声出せない。
はぐれたっていうか、確実に拉致られてるよね。
困惑していると、キララが何かを思い出した。
「あー……そういえば、一匹グローリアがはぐれてうろちょろと浮遊していた場所があったが」
「それは不自然ですね、グローリアはとても臆病な植物なので、付着する相手がいないときは木の洞に隠れているものです」
ネスト民が重要証言。
そこじゃん! 失踪した人の背中にいたグローリア君が宿主を見失ってうろちょろしてたんだよきっと! そこ行きましょうよ!
『その場所はどこでしたか、すぐ戻りましょう!』
キララの記憶を頼りに、彼女の足取りを追いながら再度、森の奥へと進む。
赤井班のメンバーも物音に慎重に耳を傾けながら下草を踏み分けていく。
「このあたりだが……お、まだ浮いていたな」
迷子のグローリア君、真っ青になって綿毛姿で空中を縦、横、斜めとうろちょろしている。
宿主を見失って慌ててるっぽい。
私が手を差し伸べるときゅ~んとかいいながら、クラゲのような動きでひょひょっと空中浮遊して私の手の中に着地。
何なんだこの癒し系植物、現実世界で売り出したらマニア層から人気出そうだ。
それはさておき
『グローリア、あなたの宿主とはぐれてしまったのですか』
「きゅんきゅん、きゅーきゅー」
かくかくしかじかで……と身振り手振り(殆ど青蛍光の綿毛がもこもこ動いてるだけだけど)で説明してくれる。
顔よく分かんないけど申し訳なさそう。
”拙者としたことが不覚!”とか言ってる気がする。気のせいかな、ちょっと責任感強すぎだよね別に植物にそこまで期待してないし。
つか私、いつから植物の心も読めるようになってた?
これも伊藤さんのパッチのおかげか。
要するに、背中にとまってたんだけど背中で眠ってたら急に見失ってこの辺りではぐれた、捜してるけど見つからない、かたじけないでござるみたいなこと言ってた。
またアキバ系かよ……違うか、武士口調なのか。
すると私の背中にひっついてるグローリアの集団がきゅーきゅー言って彼(?)を責め立てる。
”おぬし責任とって自害しろ一族の風上にもおけん!”
みたいなこと聞こえたけど気のせいだと思いたい。
『まあまあ、グローリアたち喧嘩しないで。なにも自害しなくていいですから』
「どうした、何かわかったのか?!」
『宿主はこのあたりのようですよ、捜しましょう!』
インフォメーションボードの哨戒画面をサーモグラフィに切り替え私の視界に被るように垂直にセット。
こうするとサーモグラフィのように見えるから、人も動物も居場所が詳らかに分かる。
怪獣にエンカウントしないよう気を付けながらおっかなびっくり周囲を捜索したところで、インフォメーションボードは木の陰にすっぽり隠れてるオレンジ色の熱源を捕捉していた。
『おや』
よかった迷子さん見つかった、ちゃんとはぐれずついてこないとダメじゃないですか! と、大木の裏に廻ってみたら……おっさんが蔦的な植物に雁字搦めにされて木の幹に縛り付けられてる。
角刈りのおっさんが身動きとれず簀巻きになってる!
口を蔦に塞がれて声が出ないみたいだ。もごもごいってる。
「んーんー! んんんーんー! (神様ー! 助けてくださいー!)」
『な、なんてこと! 誰にやられたんですか!』
私が蔦を素手で千切ろうとすると、無数の触手が私の手に絡まってきた。
『わっ……ちょ、』
私の体が手前にぐらりと傾く。
蔦としてありえないほどの怪力で私の手首に巻きつき、木に縛り付けようとする。
蔦っていっても一本一本が人の腕ほどある太さ。それが蛇のように触手をくねらせる。
誰かがオッサンを蔦で縛り付けたわけじゃなくて、蔦が絡め取って木に縛り付けたみたいだ。
蔦の先の吸盤が私の手首にプチプチとくっついて、蛭のような吸盤から陰圧を感じる。
血が吸われてる気がする、まさか吸血植物だったりする!?
『や、やめなさい、焼きますよ!』
蔦にやめろと命じても聞いたこっちゃない。そりゃそうだ、蔦だし。
「か、神様が大変だ!」
ネスト民が応援して剣を振り回そうにも、剣を絡めとられて二次災害が出そうだ。
『いけません巻き添えをくらいます、あなた方は離れて! 手出しは無用です』
「しかし!」
私の背中のグローリア君、宿主である私に危険が迫っていると知り綿毛に戻り飛び立ったりエアバッグになったりして、しっちゃかめっちゃかしてるけどあまり助けにならない。
何なら蔦に巻きつかれて簀巻きにされてきゅーきゅーいって降参してる。
脅しもきかないとくりゃ、肉体言語で分からせるしかないか。
グローリア君にも犠牲者が出てるし、かくなるうえは有言実行。神通力を纏い掌を数千度に加熱し、高熱で絡みついていた蔦を焼き切った。
焦げ臭い煙がその場に立ち込める。
蔦は面食らったのか、しゅるりと炭化した触手を引っ込めた。
私はその隙に、蔦を焼きながら捕まっていた人を救出。
おじさん、血を吸われてふらふらしてる。
私は両手をおわん型にしてポカリスエット的な生理食塩水を掌の中に構築。
おじさんの口元に差出し直に飲ませたげる。
エトワール先輩みたいに力技で点滴とかぶち込めないから、とりあえず水分と電解質補給だ。
おじさん、私の手の中から直接がぶ飲み。
喉がカラカラだったみたいだ。あんま飲むと血が薄くなるけど。
『十分に飲んでください、大丈夫ですか?』
「申し訳ない、おかげで助かりました! 悲鳴を上げる間もなく捕まってしまいました。怪獣のみならず、ネストの森にはこのような危険な植物が生い茂っているのです……っ、危ないっ!」
『……って、!?』
おじさんに背後を指されて気付いた時にはもう遅い。
蔦が私を本格的に敵認識したのか、束になって襲い掛かってきたところだった。
完全に油断をしていた私の腰に、腕に、首に絡みついてきつく締め上げてくる。
引きちぎろうにも完全に腕を抑え込まれて後ろ手にされてしまった。
頭にも巻きつかれ、声にならない。
『――……!』
「か、神様!? なんと!」
ネスト民が右往左往してるうちに、大木の幹に押し込められるようにして、大量の蔦にふん縛られて木と同化した状態になってしまった。
蔦の中の吸盤から容赦なく吸われてゆく私の血液。
やべー完全に息できねー、窒息しても死にませんけど。
「アカイ! 何をやっているんだ――!」
蔦の塊の外から、絶叫に近いキララの声が聞こえる。
そんなに泣きそうな声で真剣に心配しないでよ、こっちの立場ないじゃない。
ここまでやられたら正当防衛ってことで本気出していいよね。
二十七管区の環境に配慮する厚労省職員を演出してたけどもーやめた。
私も容赦なく全身に酸化アセチレン炎を纏い、全触手を本気の火力で木を一本分、消し炭にしてやった。服も顔も炭で真っ黒になったけどどうせすぐオートクリーニングされるから気にしない。
そして平静を取り繕い、不安にさせていたキララに呼びかける。
『これしきのことで私が挫かれると、本気で思いましたか?』
「そ、そんなわけないだろう! しかしその姿。アカイではなくてクロイになったな、いい気味だ」
キララがほっとしたような顔を向け、珍しく冗談めかして笑った。
冗談か……この子も明るくなったもんだ。
あれ、でも私馬鹿にされてんじゃん?
『私は黒くても赤井ですよ』
「ふふ、違いない。アカイはアカイだ。黒くても、白くても、アカイはアカイだ」
私がいつものように微笑みかけると、安堵して彼女はまたくすりと笑った。
しかし……その穏やかな微笑が凍りついたように引きつり、キララの青く透き通った瞳がいつになく大きく見開かれた。彼女の異変につられるように、私も背後をゆっくりと振り向きキララの視線の先を辿る……
私たちの背後には、不気味な黒霧が辺り一面に立ち込めていた。
視界が奪われ、方向感覚を失う。
霧を掻き分けるようにして、何者かがこちらに歩み寄ってくる。
黒い影だ……やがてその影が私とキララ両者にとって、人として識別できるほどの距離となったとき
「母上……様?」
「に、西園……さん?」
私たちは同時に、夫々異なる女性の名を呼んでいた。
そこにいたのは、黒一色のスーツに身を包み、髪をまとめ黒縁メガネをかけた現代女性。
口元に微笑みを浮かべ、何かを訴えたそうな視線でこちらを凝視している。
間違えようもない、私の担当官。
西園 沙織――。
なぜあなたが、ここにいる!?
そして何故、キララは彼女を ”母上” と呼んだんだ。




