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第4章 第4話 Using immune system◆

 赤井は素民が寝静まるの待ち、ごそごそと床を起きだす。

 抜き足差し足で壁際に近づき、氷室から老女の見せてくれた毒の結晶の小箱を取り出し、机の上に置いた。

 結晶インフォメーションボードで解析した赤井は、指先に小さな傷をつけ、傷口を直に毒物に押し付ける。

 指先がピリピリと痺れる感覚、……想像以上の激痛を味わう。

 傷口はすぐに癒えるので、親指、人差し指、中指……と順に使って傷口を晒す。

 一つずつ、慎重に。

 指先が腫れてきた。

 赤井は不死身でも、許容量以上に神体に毒が回れば危険だ。

 それに、苦しくないわけではない。


”分かってはいたけど、辛いなあ……”


 右手でインフォメーションボードを繰り、彼は自らにアナライズをかけステータスを見守る。

 情報に注意深く目を配りながら、その時を待っていた。

 窓枠の外を懇々と降る雪に気を紛らせ、息を深く吐いて身を蝕む刺激を甘受する。 

 黙々と繰り返す作業。

 指先を傷つけては、生傷を毒の結晶に晒す。

 深く、免疫記憶に刻みつけるように。

 じわりと、柔らかい部分を焼かれ浸食されてゆく心地。

 捌いた毒物が数十個を超えるころには、毒に蝕まれ手首まで腫れあがっていた。

 毒が混然一体となって体内をぐるりと巡り全身が拒絶するように発熱しているのが、情報によって手に取るように分かる。


”大丈夫、耐えられる。この苦痛は仮初のものだ、リアルではない”


 ただの電気刺激、痛覚シグナルにすぎないのだ。

 リアルの体、桔平本体は現実世界の保存液の中で達者にしている、だから不安になることは何もない。

 グランダの時と比べたら、毛ほども痛くない。

 彼は何度となく言い聞かせる。

 耐えがたい時間をやり過ごしていると……


「あかいかみさま……怖い夢をみました。祝福してください」


 背後から不意に声をかけられ、体がこわばる。

 メグが目を覚ましたのだ。

 メグの睡眠は浅くなってきていた、また悪夢をみたようだ……その大半は現実世界の夢である。


『少し待ってもらえますか』


 赤井はメグに背中を向けたまま、作業を一時中断する。

 視線を合わせない赤井を訝しみ、メグが布団から抜け出した。

 しまったと思うより先に、メグは机の上の物体を目撃する。

 毒結晶をきつく握りしめる手が彼女の視線を奪っている。


「な、何をしているんですか、やめてください!」


 メグが赤井の手を握りしめる、苦痛を遠ざけ、正気に立ちかえらせようとする。


「一体何のために! どうしてそんなことをするんですか!」

『まあメグさん、落ち着いてそこに掛けてください』

「まずやめてください! でないと話を聞きません」


 赤井は根負けし、結晶を手放した。

 彼女は木製の粗末な椅子に着座し、赤井の首に抱きついた。

 今にも泣きだしそうな声を出し


「かみさまは私達には、危険なことをしないでください、無理をすると心配ですと仰います。なのにあなたはご自分を粗末にする、そんなのおかしいと思います」


 抱擁したいところだが、赤井の手は毒にまみれている。


『メグさん、私とあなた方は違う。神は不死にして不滅です、何も危険なことはありません。決して同情などしないでください。あなたの思いやりは、どうか人にのみ向けてあげてください』

「では、せめてそうしなければならない理由ぐらい教えてください。理由がわかれば、納得できることもあります」


 メグは嘆き、両手で顔を覆いながらそう言うのだ。


”確かにその通りだよ。彼女にはまだ教えていなかったことがたくさんある。現実世界に戻れば思い出すだろうから積極的には教えていないけれど、これもその一つだ。教科書の一つでも読んでもらえばいいんだろうけど、今は少しずつでいい”

『あなたの過去の思い出は、あなたの脳が覚えている。異物が体に侵入した痕跡は、あなたの体が覚えています。毎年の流感から回復して元気になるのはなぜでしょう。何があなたを病原体から守ってくれるのでしょうか』

「それは……かみさまのご加護だと思っていました」


 メグはどこまでいっても純真で素直だった。

 全幅の信頼、その気持ちは赤井にも嬉しい。

 メグによってこの世界で生かされたと言っても過言ではない、と赤井は振り返ってみてそう思う。

 彼女は彼にとってかけがえのない存在、特別な一人となりつつあった。


『いいえ。あなたが病気と闘う力は、あなた自身に備わっているのですよ』

「どういうことですか?」


 不意打ちでロイが横やりを入れてきた。

 メグとの話し声が聞こえたのか、いつの間にかロイが起きて傍らに陣取っている。

 彼はメグの肩に毛布をかけた。


『これを免疫系といいます』

「反応式で教えてください、これまでのように分子式で記述できないのですか」

『可能ですが、情報が多すぎてあまり実用的ではありません。生化学を学ぶにはもっと視野を広げなければいけません。分子は立体構造をとり、相互に作用をしあい、複雑な振る舞いをみせます』

「して、それと赤井様の奇行が、どう結び付くのですか」

『まあ聞いてください』


 彼らを夜更かしさせず早く寝かせなければ、と思えど、赤井は指先を傷つけては次々と毒を自らに押し込み、気を紛らわせるように訥々と語った。

 できるだけ簡略化し分かりやすく説明したので、ロイもメグものめり込んで聞いている。

 獣の毒は全てタンパク質のもととなるポリペプチドだったので、赤井の免疫系が毒の情報を記憶することができるのだ。

 電子論文を見ながらコンストラクトでそれぞれ解毒薬を造るという方法は非効率的だ。

 現実世界にはない毒物なので、一つ一つ自分で解毒できる構造を考えて構築しなければならない。


 一方、免疫系は人間の脳よりよほど利口だ。

 安全かつ迅速に解毒剤、つまり毒に対する抗血清を量産する。

 ネストの民が、これ以上獣の毒に怯やかされずともよいよう、赤井自身を解毒薬へと創りかえる。

 彼がしていたのはそういう作業だった。


”奇行ではないんだよ。私は理にかなわないことは、したくないスタンスなんだ”

『というわけで私の血清を無菌的に希釈し、予め民に接種しておけば受動免疫が誘導されるでしょう』

「! ……そうだったんですか」


 神体は高い免疫を持ち不浄を受け付けないので、少しでも毒が体に入れば抗毒血清が一瞬にしてできる、それは人間の性質とは異なっていたが、免疫反応の速さが助かった。

 インフォメーションボードを見ながら、毒物に対する抗体ができてゆくのを確認していた。

 明日まで熟成させれば、立派な解毒血清として機能するだろう。


『納得してくれましたね?』

「納得しました」 


 赤井が微笑むと、二人とも安堵したように口をそろえた。

 幾分、憐れみを込めた視線が突き刺さる。

 赤井は水盆の中に両手を差し入れ入念に洗うと、約束通りメグを祝福し、ロイにも祝福をした。腫れ上がった両手で擁く二人の両肩、いつになく神通力を込めていた。普段と違う感覚をロイが疑問視する。


「赤井様? 毒物で御身が痛むのですか」

『いいえ』

「では、どうされました」

『メグさん、ロイさん、あなた方ははじまりの人であり、私の大切な人です。どうか――』

”お願いだから、このままの君たちでいてほしい。しかし成長する、君たちは変わってゆく。このままではいられない、よく分かっている”

”この先何があっても、私は君たちを救ってみせる。それだけの覚悟はしていたつもりだ。でも更なる覚悟を、私はしていなかった”


 彼はきたるべき未来を受け入れて、小さく一つ頷く。


『明日があるのに、遅くなってしまいました。……寝ましょうか』

「はい」「そうしましょう」


 素直で、いい返事だ。

 赤井は彼らがそう育ってくれたことに感謝した。


「おやすみなさい、あかいかみさま」


 床に就いた赤井はメグとロイに両側から寄り添われ、今という時間の稀有をかみしめ、過ぎゆく時の非情を憂う。 

 パトロールを終えたエトワールが戻り、川の字で寝ていた赤井に念話でただいまと言った。


”しけた顔をしているな赤井君。ロイのことを考えていたのか”

”先輩は前の管区で暴君になってしまったロイを見たんですか?”

”ああ。この管区は違うかもしれないと思っていたが……どことなく片鱗を窺わせるな。最初はいいんだ、最初は”


 ロイというA.I.は優秀で、ハイロードの片腕としてハイロードを信頼し、構築を助けてくれるが……問題は百年もするとハイロードを脅かす知性と実力を身につけ、ハイロードの支配に甘んずることをよしとせず、クーデターを起こし神殺しをなそうとするのだそうだ。

 そして、彼を見限ったハイロードの手によって殺処分されてきた。


 このパターンが何度となく起こり、蒼雲と白椋の世界でも既にロイは殺害されたとのこと。

 二十七管区に残った彼だけが、現在稼働している最後のA.I.だ。

 故 フォレスター教授によって非常に繊細なバランスで造られたA.I.であるため、パッチなどが当てられないのだという。

 しかしそのバグがなければ、間違いなく彼は重要な極秘任務を遂げられる。


 重要任務が何かということは、エトワールもあずかり知らない。


”ん? 今百年後って、ロイって何歳まで生きるんですか?” 

”ああ、ロイは構築士と最後まで寄り添う不老のA.I.なんだよ。不死ではないけれどね”

”そんなの、酷ではないですか?!”


 周囲に血のつながりがなくなっても、一人だけ死なない孤独、無限に続く時間。

 閉じ込められた世界。

 二十二歳の赤井が、彼の先を歩み続けることができる殊勝な人間であるとは言い難い。

 容易に追い越されてしまう。


”そして未来のロイが、だらしなく、成長もしない自堕落な私を見たとき……認められない、赦せないと思うかもしれない。無能な神に成り代わってやろうと、彼ならば殺意を懐くのかもしれない”


 A.I.の中でロイだけが、世界を、そして宇宙を知りたがっている。

 行き場のない苛立ちと閉塞感を感じはじめている。


 彼にとっての神々の世界、現実世界の姿。赤井は彼に千年も真実を隠してはおけない。隣で眠る、ロイの穏やかな寝顔を見つめていた。

 そのとき、赤井は閃いた。

 ――そして気付けば、こんなことを言ってしまっていた。


”彼を、この管区の維持士にしてはどうでしょう”

”は!?”


 現実の世界のこと、仮想世界という概念、根気よく話せば彼ならばきっと理解できると赤井は思う。

 この世界がヴァーチャルで、素民は現実世界の人間の福祉のために造られた存在であるという、A.I.にとっては受け入れがたい過酷な事実。

 彼は哲学し、悩み、もの想うA.I.だ。

 赤井が接した大勢の素民の中で、そらの仕組みを知りたがるのは彼だけだった。

 そんな人間味あふれる彼を、真実を知らないまま仮想世界の中に閉じ込めて、現実世界に戻るときにお役御免とされるなど……。


”人間の都合よく使われてたまるかと、謀反だって起こしたくなるかもしれない”


 もし「世界の真の姿を知りたい」というロイの気持ちを尊重できるなら。

 神は完全な存在などではなく、現実世界の人間が演じているキャラクターだと。

 それが分かれば、そんな気も起こすまい。


”私、伊藤さんにかけあってみようと思います。却下されるかもしれませんが、ロイは適任だと思うんです。明日から彼を、そのつもりで育てます”


 エトワールは暫くの無表情の末にぎょっとしたような顔になり……。

 やがて満面の笑みで手打ちした。


”赤井君! 君はたまにいいことを言う!”


 

 翌日、森に降りようとする約五十人の武装した民が、ネストの牧場に集まった。

 主に体力のある城下町の民だ、称号こそないが、御家人にあたる。

 集まった男性一人一人に赤井はその危険性と効果を説明し、軽く問診して、希釈した解毒血清を針で無菌的に接種した。


 魔の森探検隊のパーティ編成は以下のようになった。


 モンジャからは、赤井、エトワール、ロイ、ラウル。

 グランダからキララ。

 ネストからパウル、ミシカの兄。


 女性陣は留守番だ。

 キララはどうしてもという希望があったので連れて行くことになった。

 その他ネスト民の、戦えそうな面々。

 ラウルは縦穴に手すりをつける作業を任されていたが、今日一日は探検隊に参加することとあいなった。


「神様のお薬を受けた今なら、毒が回っても平気なんですね?」


 豪華な甲冑らしきものを着て凛々しいのはパウルだ。


”うん……多分としか言いようがないな”


 赤井は若干自信がないが、神血で造った抗血清というと普通は超チートだから、最悪即死はないだろうと信じている。


「勇気が湧いてきました! これで恐るるに足らずです!」

「父上、その意気ですよ!」


 自信を取り戻したパウルと、ミシカの兄もやる気になったところで、さてどこから森に降りようかという話になる。


「城の地下に、森への出入口として使っていた通路があります」


 城の地下から長い階段通路を下り、わらわらと数珠つなぎになって駆け下りる。

 固く閉ざされた岩扉を開け、魔の森に至る。


『よいですか、何かあったらどんな些細なことでも呼んでくださいね。毒のある生物に噛まれたら、すぐに私かエトワールさんを呼んでください』


 一人ずつに呼び笛を持たせた。赤井が武装した民を森の入り口に集めチュートリアルをしていると……


「赤井様!!?」


 ロイが声をあげた。

 赤井がふと振り向くと、背後に拳大の綿毛のようなものが無数に寄り集まっていた。

 青い蛍光色の胞子のようでふわふわとしていた。

 毒があってはいけないので、ロイが神槍で薙いで追い払おうとする。

 綿毛のように軽い謎物体は、ふわり、ふわりとロイの槍を避けた。


『あれ? 何でしょうこれは』


 インフォメーションボードを見ると、「蛍光植物、グローリア」と出ていた。


「アカイ、背中にびっしりついているぞ。何だその光るのは」


 キララが赤井の背から一つつまみ上げると、青く光る菱形ブローチのような形状だ。

 彼女がそれを茂みに捨てると、ひょひょひょ、と元のように綿毛化して漂い、また赤井の背にぺとり。先ほどより発光を強める。

 おかげで赤井の背中は明るくなっていた。


”インフォメーションボードでは500ルクスって出てるんだけど。明るすぎじゃね? 蛍光灯いらずだよ”


「ああ、これは精霊の導きとして知られ、心のきよらかな者にしか寄り付かない植物です。危険を遠ざけるとされ、滅多に見られないものですよ。こんなに集まっているのは、神様のお越しを待っていたからでしょう」


 縁起の良いものを見たとばかり嬉しそうなのはパウルだ。

 気に入った人の背についてくるらしい。


”植物なのこれ? ちょ、青い菱形のブローチをよく見ればヒラメみたいに目がある! きょろきょろっとこっちを見る。かわいいような……気もしてきた”


 赤井を凝視し……全身がぽっとピンクになった。

 照れたようにも見える。


『かわいらしい植物ですね、グローリア』


 グローリアは照れたまま、菱形が更に変形してピンクのハート形のブローチになった。

 第二区画の構築士の遊び心に感心し、この様子だと、ド派手だと思われる精霊の登場シーンが楽しみだ、と赤井は心おどる。

 赤井の背にくっつくスペースがなくなると、グローリアは仕方なくといった具合に素民の背にも一人一匹ずつとりついて、思い思いのブローチの形に変形した。背中が好きなのだ。

 

 エトワールには一匹も来なかったので、天使なのに心が汚い人認定されるのは天使的にどうかと思った赤井は何個か分け与えた。


”グローリアくんたちには先輩の過去の悪事がバレてるみたいですよ”

”情けと施しはいらんぞ赤井君”


 武士は食わねど高楊枝、闇米食わぬなどと言っていたエトワールにひっつける。

 グローリアは全身で拒否反応を示し、ペカペカ点滅して嫌がっていた。


『では、参りましょうか。みなさん、お気をつけて』

『ん……あそこにいるのは』


 鬱蒼と茂る森の二十メートル奥で、熊のような動物が仁王立ちになっていた。

 黄色くバカでかく、赤チョッキを着たような模様がついている。

 木の幹に顔を近づけていた。蜂蜜でも飲んでいるのだろうか……と目を奪われていると、こちらに気付いたようだった。


”ちょ、見ないでこっち! 大人しく蜂蜜でも食ってりゃいいのに!”


 振り向いた熊は予想以上に凶悪な顔をしていた。

 セイウチほど長い牙をむき出しにして四つんばいになり、毛を逆立てる。

 パウルと兄上様が同時に抜刀。


「い、いけません! 威嚇しています。縄張りに入ってしまったようです、あれは強烈な毒を持っています」


 猛毒熊は赤井たちめがけ、憤怒の唸り声をあげながら突進してきた。


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