第3章 第4話 Siblings and the clinical trial◆
メグの告白への返事は、赤井は結局曖昧にしてしまった。
「付き合って」と言われたでもなく、傍にいさせてと言うのに『駄目です』と断るのもまたおかしな話。
困った挙句、赤井はメグに、もう黙って消えたりはしないから心配しないでと言うと、メグは安堵したようだ。
その日の話は終わった。
やんわりとはぐらかした形で。
優柔不断な男で申し訳ない、と赤井は不甲斐なく思う。
翌朝。
グランダの復興を手伝うため、赤井にメグ、ハクにユイにサチ、そしてハクの弟子十人は旅立ちのときを迎えていた。
彼らはモンジャの民が用意した弁当を手に手に、ロイには何度も「危険なことはしないで無事に帰ってきて下さい」と念押しされ、日の出とともにグランダへ出発だ。
人数が多いのでエドのアイの背も定員オーバー。
他に交通手段もないので、徒歩でまったりと赴く。
アイの背には薬草や食糧などの荷物を載せ、一行は森の中を湖に沿ってグランダを徒歩で目指す。
アイは、オレンジ色と白のシマシマの毛が生え、赤井は喜んでいた。
エトワールの姿が見えないが、彼は飛べるのでグランダで合流するだろう。
モンジャの地を出発して二時間も経たないうち、まだ幼いサチが森の木の根に足を取られたり、木の実を拾って歩いたり皮のサンダルが足に合わず靴擦れができて痛いとぐずり行程が遅れる。
メグが気を遣いアイの背にサチを乗せようとしてもサチがアイを怖がる。
仕方がないのでハクがサチを背負ってはみたものの、今後はハクが疲れて遅れる。
結局赤井がサチを負ぶる。
先頭に立ってインフォメーションボードで地形図をもとに最短ルートをとりながら、岩や小枝のある危険な森の中を裸足で歩く。
彼にはサンダルも靴も支給されていないので、地味に痛い。
”靴擦れする履物があるだけましじゃないの、サチ”
と、赤井はしみじみそう思う。
そのサチは赤井の背に揺られ、どうやら退屈してきたらしく、
「サチがかみさまをかわいくしてあげるねー」
赤井の毛で三つ編みを作ってはほどいたりしている。
母親のユイは赤井の髪が三つ編みになったり解かれたりするのを申し訳ないと思ったらしく、サチに黄色と紫の糸を渡すと、手際よく黄色と紫のストライプの帽子もどきを作っていた。
さすが編み物上手なユイの娘で、手先が器用だ。
「あかいかみさまの、お帽子できた!」
サチは出来上がった帽子を赤井の頭にかぶせたはいいが、赤髪に黄色と紫の帽子で目に優しくない警戒色になっていた。
『ありがとうサチさん。気持ちだけいただいておきます』
帽子も服もアトモスフィアにやられてボロボロに朽ちてしまうのだ。
「えー……あげるよう。じゃ、えとわあるさまのお帽子には?」
『私も彼も、人のものを着ることができないので』
素民から構築士への貢物は、一切NGだ。どんな理由があるのかは分からない。
「ふーん……そっか残念」
時折休憩を入れつつ、歌を歌ったりぺんぺん草の実のおこわと果物の弁当を皆で広げたりなどしながら湖畔のトレッキングは続く。
慣れない遠足で素民たちがうっすら汗ばんできたので湖での行水も行程に入っている。
昼過ぎには湖畔のビーチで休憩だ。
男性は汗を流すついでに腰布一丁で泳ぎ、メグもサチも下着で気持ちよさそうに水泳。
サチは犬かきでスイスイ泳いでいる。
眠そうにしていたユイに赤井は『サチさんのことは私が見ていますよ』と言って寝かせる。
早起きをしてお弁当を作っていたので、くたびれたのだろう。
この湖はモンジャ集落ではカラナ湖と呼び、グランダではサブレマ湖だったが、呼称を統一しようという話になり、やはり赤井に命名権が発生しカルーアと名付けられた。
彼は他にもテキーラ、マティーニ、ウォッカなどで悩んでいた。
カルーア湖は透明度も回復してきて水位も安定し、元の姿を取り戻しはじめている。
赤井の落雷で湖の生態系を壊滅させたかと思いきや、小魚が群れを成し泳いでいた。
今後は環境保全や水質浄化に努めようと誓う赤井である。
少し白波が立っていたので、赤井は神通力で風を和らげ凪ぎの状態にする。
湖面は太陽の光を受けて鏡面のように穏やかだ。
赤井も多少泳ぎたい気はあれど、誰か溺れないよう湖のほとりの岩に腰かけて、夏場のプール監視員のように素民たちを見守る。
湖の透明度は高いので、誰かが溺れていても陸からすぐわかる。
『あまり遠くに行ってはなりませんよー。急に深くなりますからねー』
以前の素民は水に入るなり溺れていたが、集落全体のカナヅチ率も下がってきた。
赤井は漁をするヤスが溺れないよう泳ぎを教えたが、ヤスが水泳を広めたのだろう。
メグもサチも下着が薄いので、湖面から上体を出すと胸のラインが見える。
スケスケ水着は素民には刺激が強すぎたようだ。
股間を押さえて湖から上がれない素民たちは脚がつって溺れる前に煩悩を払拭してね、と、赤井は男性特有の生理事情を懐かしく思い出しつつ。
建築士ハクの率いる弟子たちのなかに、ラウルという兄妹がいた。
ハクの筆頭弟子が兄ラウルだ。ラウルは銀髪碧眼の美男子ルックスで、色男。
背もこの時代にしては高く線が細いので非力なのかと思いきや、重そうな木材を片腕で軽々と運ぶ力持ち、そのギャップがたまらないのかモンジャの女性に人気だ。
低いハスキーボイスなところもたまらないらしい。
妹はヒノで、塗装担当で左官業もこなす有能な女大工だ。
力仕事はしないが、内装で能力を発揮するタイプ、兄と同じく銀髪碧眼の美女だ。
女性の髪形は長髪が殆どという集落で、ショートボブとは斬新だ、と赤井は思う。
黄色の布で髪の毛をざっくり巻いて、左上腕に唐草模様の刺青を入れている。
カラフルな石のネックレスもデザインセンスが光る。服装も個性的で、上半身はタイトな黄色と白のストライプのチューブトップ。下はゆったりの白い巻きスカート。
その先進的な服飾センスに、彼女は本当に素民なんだろうか? と赤井は疑ったこともある。
泳げないヒノは赤井の隣に座って見学だ。
集落の裏山で採れた、甘い木の葉をくっちゃくっちゃ、とガムがわりに噛んでいる。
「まーた兄さん、メグのことばっか見てる」
くすくす笑いながら兄貴を冷やかす。
赤井が興味のないふりをして相槌を打っていると
「メグは昔っから、無防備なんだよねえ。兄さんなんてほら、あんなにメグのこと見てるのにさ。ちっとも気づかないの」
赤井がモンジャを不在にしていた間、メグは集落の男性陣からモテにモテていた。
メグは容姿も端麗ではあるが、きょとんと小首を傾げたり、相手の言葉を小声で繰り返したり、さりげなく相手を気遣い手伝ったり、そうでいてしっかり者で、いちいち小動物っぽい仕草がまた男心をくすぐるのだろうと赤井は分析している。
プロポーズだけでも何度されたか分からないそうだ。
特にラウルはメグにぞっこんで、二回ほどプロポーズをしていた。
一度断られてもめげないそのガッツは見習いたい、と赤井は舌を巻いたものだ。
”あー思い出した”
そういえば第一区画解放前、赤井はラウルに肋骨を折られたことがあるのだ。
メグを巡っての恋敵ということだったのか、そう思うと合点がいく。
今となってはラウルをはじめ集落の民の異変はおさまっているし、彼らの記憶ももう曖昧なので真相は分からない。
ラウルは漢気に溢れる頼りがいのある男なので、ラウルとメグが結婚しても赤井は心から祝福できる。
”メグも私なんかに拘ってるよりその方が幸せだよね。でもメグの方がさ……”
需要と供給のミスマッチが起こっていた。
うまく素民同士で恋愛してくれればそれにこしたことはない、と赤井は思う。
メグの幸せを考えれば当然のこと。
家庭を持ちアガルタで優しい母親になって、健やかに子供を育んでほしいと思う親心だ。
そんなことを考えながらヒノに
『メグさんは相変わらず、男性に人気ですね』
と話題を振ってみると
「かみさまって人の心が読めるんだって? 本当かい?」
銀のまつ毛のついた青い瞳で、ヒノが赤井を凝視している。
『ええ』
「人間のこと見てたら、面白くて仕方ないだろう? 誰が誰を好きで……ってのが全部分かるんならさ。ねえかみさま、あたしの好きな人を当ててみてよ? わっかるっかな~?」
小馬鹿にしたように挑発するので、
”いいのかなそんな生意気な態度取っても。私本当に心読めますし容赦なく当てますけど恥ずかしいのはヒノの方ですよ?”
と、赤井も挑発を受けて立ち
『ロイさんですね。彼は凛々しく頼もしい青年になりました』
「ちょ! 違うっ……たら!」
水遊びをする素民たちに視線を向けたまましれっとヒノの想い人を当てると、彼女は顔を真っ赤にして赤井の口を塞ぐ。更に口だけではなく
”ちょ、絞めないで首を! 兄は骨折るし妹は首絞めるし、兄妹揃って私に殺意が感じられるよ!”
赤井がゲホゲホと噎せていると、我に返って手を放す。
”態度が分かりやすいなー、ヒノは”
「ご、ごめんっ」
素民たちの尊敬を集める集落の守り神の首を絞めてしまって、さすがのヒノも悪びれる。
『それは申し訳ありませんでした、私が間違っていたのですね』
「んー……違うっていうかー……違わないっていうかー」
返事に困ってもじもじとしているのを、赤井は微笑ましく見ていた。
ロイもメグと同じで、これまた女性にモテる。もともと文武両道のワイルドでタフな青年であったところ、神通力を得てリーダー格となってから更に人気が沸騰した。
メグとロイの二名の始祖は、異性からモテすぎて同性から嫉妬されていた。更に赤井が二人と特に懇意にして嫉妬される。二人に対する素民たちからのやっかみは、以前ほどではないにしろ多少はあった。
「でも、違わないっていうか、違うっていうかー」
ヒノはまだやっていた。
ロイは女性より学問や集落の自治に興味があるようで色気もない。ヒノも告白の方法やタイミング、ライバルとの競争で色々頭を悩ませているようだ。赤井は少しだけ意地悪く、ヒノを追い詰める。
『違わないということは好きなのですね、ロイさんのこと』
「だ、だ、誰にも言わないで、ね?」
『ええ、秘密にしておきます』
彼女がほてった顔を隠すようにひしっと抱きついてきたので、よしよしと頭を撫で祝福を施す。
赤井は老若男女、いつでも誰でも平等に抱擁する。
いやらしい意味はまったくない。
”ロイと両想いになれるといいね、どうなるか分からないけど”
彼女の男勝りな部分はワイルドなロイに多少影響されているふしがある。
赤井は個神的に、ロイには姉さん女房が似合うと思っていた。
「じゃあ、ロイには好きな人っている? 誰かは言わないでいいから」
彼女は赤井の腕の中で顔を伏せたまま体をこわばらせて尋ねる。ロイの本心を知るのが怖いようだ。
”……聞きたくなるのは女心なのかな”
『今はいないようですよ』
「よかったあ~」
ヒノはへなへなと脱力した。
”ん? それでよかったのか?”
「じゃー、かみさまの好きな人はメグ? あかいかみさまっていつも優しいけど、メグを見てるときは特に優しい目をしてるよ?」
特に意識していなかった胸中を探られ、ぎくっとする赤井。
A.I.でも女性は勘がいいな、と感心する。
”皆と同じように接しているつもりでも、違いが出ているのかな。平等かつ公平な態度をとるよう心掛けないと。メグロイに皺寄せがいくし、仕事にも差し支えるし”
『メグさんだけでなく、みなさんのことが大好きですよ』
彼は無難に、模範解答で応じておいた。
これでいいのだ、と彼は思う。
「メグー、サチーこっち来いよー」
「あたしもやるー!」
ヒノはラウルに呼ばれて手を振って立ち上がり、走って行った。
砂浜でヤシの実に似た果物を放り投げてビーチバレーもどきで遊んでいる。
彼女を見送り一人砂浜に寝そべって赤井がささやかな幸せを噛みしめながらほんわかしていると……。
赤井の頭上にぬっと黒い影が差す。
視線を上げればエトワールのご出勤だ。
しかし様子がおかしい。
エトワールは白翼の天使ではなくなっていた。
『どうしたんですか先輩その羽根の色は! 西園さんにやられたんですか!?』
自慢の白翼が真っ黒、まさにカラスの濡れ羽色になっていた。
これはこれでダークな感じでいいと赤井は思うのだが、エトワールは不機嫌なのか仏頂面を決め込んでいる。
”何? 日替わりで翼をカラーチェンジ、ってわけでもなさそうだし”
悪役だった際に、コスチュームが真っ黒だったので黒は飽きたと言っていた彼だが……。
どかりと砂浜に胡坐をかいて座り、疲れきって顎が出たエトワールは金髪頭をばりばりとかいて、苛立っていることが分かる。
『お疲れですね。滋養強壮ドリンクでも作りましょうか? あ……勤務中は飲食禁止でしたっけ』
『赤井君。ギリシャ神話で、”役たたずの白いカラス”はどうなったかね?』
『えーと、アポロンの怒りをかって罰として羽根を真っ黒にされて黒いカラスになったわけですけれども』
”それで翼を黒くされたんですか先輩。何というウイットに富んだ嫌がらせだよ厚労省上層部。ナルシストの先輩が一番こたえる懲罰ですよ!”
などと赤井が内心思っていると
『ナルシストっておいこら……言わせておけば』
『すみませんすみません! でも先輩、よくぞご無事で!』
エトワールはフリーランスで、クビでもおかしくはなかった。
素民がただのA.I.ではないという情報を赤井に漏らしたので、クビが飛びそうだったのだろう。
”真相がすげー気になるけど訊かない方がいいですね”
『西園よりもっと上の連中に延々と詰められた。5%減給されたうえ、別管区に飛ばされそうになったよ。流石に懲りた』
逆に言うとそれほど漏らすとまずい情報だったのか、そう思うと赤井は気になる。
始祖がただのA.I.ではないという情報は特に気になる。
情報は気になるが、エトワールが別管区に飛ばされては元も子もない。
ちなみに、黒翼は罰で、一週間そのままでいろ、とのこと。
おいたわしや、と赤井は同情する。
『先輩、もう私絶対にアガルタの秘密にかかわること何も訊きませんから! もう口を滑らせないで、頼みますからここにいてください!』
赤井は跳び起きて土下座でお願いだ。
神様が天使に土下座という構図、ビーチバレー中の素民が見てヒソヒソしているが、なりふりを構っていられなかった。
『そんなに私にいてほしいのかね? ん?』
腕組みをして赤井をチラ見するエトワール。
流し目で思わせぶりな視線は素民たちから見るとセクシーに見えたことだろう。
『その通りですよ、だって私の管区不人気なんでしょ? 他の構築士は誰も来てくれないし私完全に独りぼっちで構築遅れますよ。先輩のこと頼りにしてるんですこう見えて』
しかしそういう重大情報を悉く教えてもらえない理由があるなら知りたいところだった。
年単位で一人だけカヤの外というのも辛いものがある。
『もう私からは一切、あの件について口を割ることはしないよ』
『そうしてください。これからは私も先輩に尋ねません』
赤井がいじけて、正座でしゅんとしていると。
”なーんてな。最初から念話で話せばよかったな。ただし赤井君、リアクションは一切禁止だぞ”
エトワールの念話が聞こえてきた。
赤井はリアクション禁止と言われたので項垂れたまま念話を聞く。
”てかこればれてませんか?”
”いや、ばれない”
”そっすか”
”この管区は高次脳機能障害にまつわる臨床試験の治験下におかれている。神様役の君は重大な役割を果たしているんだ”
”治験てどういうことですか? 治験されているのは私? それとも……誰なのかわかりません、誰ですか”
”君ではないよ”
”人数は一人? 二人? 何人?”
それはつまり、アガルタ世界に、構築士以外の人間が入っているということだった。




