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Heavens Under Construction(EP5)  作者: 高山 理図
Chapter.3 Under clinical trial in virtual space
28/130

第3章 第3話 When he was an ordinary person◇

ここから3章7まで一人称を含む文章です。

場面に応じて三人称に適宜変更したいと考えています(2013/9/17)。

 私が人間、なんちゃら桔平だった頃。


 それはアガルタにログインし囚神となる前の話だ。

 大学時代を通じ、私は硬式テニスサークルと天文サークルをかけもちしてた。

 私の出身大は酪農や獣医学部なんかに力を入れてる……え? 北大かって? えーと……。


 あーもうばれたね……私完璧に身バレしちゃったね。

 定年退職したら速攻引っ越すことにするよ。

 年齢と名前と出身大と出身県と出身学部うっかり言っちゃったし。

 でもそこは大人な対応でお願いしますよ国民の皆様、特定とかしないでくださいよ。


 北大同窓生のみなさんも卒アル出して某掲示板とかで個人情報晒さないでくださいってば……自意識過剰か。

 でも卒アルはやめて! あの頃私の髪型ひどかったから、若気の至りってやつです。

 よく考えたら今は長髪だ、更に酷い。


 まあともかく。

 北海道大学なんですけど、北海道の夜空って星がきれいに見えるんだ。

 都会の夜空とはわけが違うよ、天文観測(観望会)にはうってつけ。

 すばる第二天文台とか、郊外に出かけたりして観望会をやってた。


 天文研は大学附属施設の高感度望遠鏡も利用していたから、新入生勧誘のために春の観望会を企画してた。

 彼女とはそこで知り合ったんだ。


 サークルメンバーはもちろん、多くの学生たちが観望会に来てくれてたな。

 土星とコルカロリ(猟犬座)を見たんだっけ。

 私はホットドッグにフライドポテトを作っては手渡す作業に明け暮れてた。

 サークル勧誘って言ったらやっぱ食べ物付きでしょ? 

 その中の学生の一人が彼女、名前は伏せるけど獣医学部二年で私も理学部生物学科二年。

 彼女はひとりで観望会に来ていたんだ。

 初対面だったけど同い年の同級生だって分かって、打ち解けるのも早かった。


 私は天文について熱く語り星座や宇宙についての薀蓄をいつもの調子で冗長に説明してたけど、彼女は興味を持って聴いてくれてた。

 時々私に投げかけてくる質問が的確で、頭のいい子だなと思ったよ。

 私の好みのタイプで、凛とした小柄で華奢な透明感のある美人だ。

 目も大きくてぱっちり、まつ毛も長かったな。

 鼻筋も通って顔はちょっとメグに似てる気がしないでもない、指先のきれいな子だったよ。

 

 観望会は二時間ほどで終わり、何人か入部希望者もゲット。

 ほくほく顔で私やサークルメンバーが片づけやらしてたら、彼女も片づけを手伝ってくれ、私の話をまだ聞きたいって言ってさ。

 逆ナンかと思いきや、そういう雰囲気じゃなかった。

 単に彼女、宇宙や星が好きだったんだよね。


 というわけで私は食事に誘われ、駅の近くにあるもんじゃ焼き屋へ。

 東京出身の彼女は東京が恋しくて急にもんじゃが食べたくなったらしい。


 その頃、私はもんじゃなんて食べたことなかったから焼き方を含め全然勝手が分からなくて、彼女に食べ方から何から指南を受けた。

 彼女の作ってくれたもんじゃがまた、おいしかったのなんの。

 彼女への興味もあって、モンジャに補正かかってたのかな。

 それ以来すっかり私はもんじゃにはまってしまって、……つまり彼女にものめり込んでしまったんだよね。


 翌月には付き合ってた。

 星のよく見える丘でお互いに好きだって照れながら言い合って。

 今となってはしょっぺー思い出だ。

 国民の皆様に過去の恋話を大公開してるのが痛々しくて恥ずかしい。

 まあ私こと赤井が痛いのは今更だよね。

 私と彼女は二人で天体観測に出かけたりしながら二年半の歳月、喧嘩もなく仲睦まじく、お互いを刺激しあい高めあいながら付き合った。

 楽しかったな。

 牧場で馬に乗って遠乗りしたり、ドライブして郊外の草原でテント張って朝まで星を見てたり、宇宙論などの議論になったり、将来を語り合ったり。

 彼女と一緒にシャッターを開きっぱなしにして冷却CCDカメラをバルブ撮影で撮った天体写真、彼女のお気に入りだった。

 北極星を中心に同心円状に光の渦が取り巻いて、星の軌跡が綺麗に映ったやつ。

 あれを大きく引き延ばしてポスターにしたのが、まだ私の実家の部屋に飾ってあるな。


 二人で一緒になる約束もした。

 私はバイト代で買った、お洒落なリングを彼女にプレゼントしたっけ。

 彼女「一緒になろうね。ずっと一緒にいるから」 なんて言ってくれてた。

 舞い上がってたな、私。


 恋愛ももちろん、私達は学業をおろそかにはしなかった。

 二人とも全力で頑張っていたよ。

 彼女は獣医への道を志し北海道中を飛び回り農場での実習にあけくれ、そして私は異様なまでに科学全般に没頭し……今思えば、頭のいい、小生意気な彼女に負けたくなかったのかな。


 何か一つだけでも彼女に勝る取り柄が欲しかった、それが私の場合、科学だったんだよね。

 大して雑学と変わらないレベルだけど。

 私も実験などに励みながら忙しい大学生活を送ってたっけ。


 でも、私達が四回生になって暫くして……。


 彼女が失踪した。

 私にも友達にも知らせず、急に休学届を出してアメリカのマサチューセッツに旅立ってしまったらしいんだ。

電話にもメールにも連絡しても繋がらず、行方も知れなくて。

彼女の東京の実家にも行ってみたけどもぬけの殻で、随分前から空家だった。

何でマサチューセッツなんだろうと勘繰れば、彼女の元彼、MIT(マサチューセッツ工科大)の学生だって話を彼女の親友から聞いた。


 そっか。


 元彼のことが忘れられなくて追いかけて行ったのな。

そう分かるともう、何かどうでもよくなった。

あんなに時間を共有し愛し合ってたと思ってたのは私だけか。

 その後はちょっと荒れた。

 一人酒を飲んだり、サークルの集いにも顔を出さなかったり。

 すっかり呆けてしまって就職活動も全社面接落ちという体たらく。

 覇気のないリクルーターって面接官には分かるらしいよ、ただでさえ就職難だったのに私ったら本当にアホだった。

 自分で言うのもなんだけど結局、普通の会社受かるより何千倍も難しい甲種一級構築士にはなれたんだけど、精神的にはどん底だったなあの頃は。

 それほど好きだったんだ、彼女のこと。


 それ以来、私は彼女の姿を見ていない。

 日本にも戻ってきてないみたいだ。

 大学も卒業してないって友達に聞いた。

 頑張って勉強してた獣医の夢も諦めたんだろうな。

 何か悲しくなった。

 彼女が全てを捨てて失踪、てか元彼と駆け落ち? 

 割とよくある話なのかな?


 でも私は彼女を赦せなかった。裏切られた思いだった。


 一言「別れたい、元彼が忘れられない」って言えば終わる話だったのに。

 別れを告げられたら私も辛いけど受け入れて前に進むことができた。

 私たちは別れる機会さえ失った。

 何もかも捨てて、彼女の将来も過去も、私の彼女への想いも裏切って失踪したなんて。

 ……それでよかったのか? 君は本当に。


 その後は完全に女性不信に陥ったな。

 二、三人綺麗な子に告白されて付き合ってすぐ別れた。

 遊びとかそんなんじゃなく、彼女らとも真面目に付き合ったよ。

 いい娘たちだったけど、やっぱり彼女とは違う。

 私が結局本気になれなかったんだ。

 別れ際にはひっぱたかれたりしたな。当然だ。


 その後はアガルタに降臨し神様となった。

 性別を超えた人間愛の塊みたいな存在になった私は精神安定化され煩悩も消され、精神的にも人格的にも安定している。どうなってんだろうね。

 私が人間性を失ったことについては、厚労省の処置に多少感謝してもいる。

 彼女に対する煮え切らない思いも煩悩も自然と消えたんだ。

 ずっと忘れられなかったのに。

 けど、彼女は何故私に黙って去ったんだろうと、アガルタにいても時折思い出すことがある。

 もちろん、恨みがましい意味ではなくて。

 人間の性質を、そして感情を理解したくてというと誤解を生みそうだけど、まだ未練あるのかな。

 真っ暗な洞窟の中で一人で暇にしていると特にそう思う。


 他人を信じる心、人間同士の信頼の尊さ、強さ。

 本能や愛憎、感情に引き摺られ判断を狂わせる弱さ。


 私はこの世界に来て、両極端な人々の性質を見守ってきた。

 神様になった身でかつての人間としての私を客観的にみると、互いに不完全で弱かったんだろうなって結論に落ち着いた。

 不完全で弱い、それが人間という生き物、そうでなければそれは人間ではなく、生の営みから外れる。この私のように。


 人の愛情は移ろい、悲しみも年月に浚われて消える。


 私が現実世界での彼女と同じように、いやそれ以上に愛し、私を愛し続けてくれた大切な人。

 そのメグからの告白だ。嬉しくなかったかと言われれば嘘になる。


 でもメグ、君は私の何を見ているの? 

 私は神様で、人間ではないと君たちに言ったけれど。本当はその逆。

 私は人間で、神様ではない。


 この物腰やわらかな性格は演技上のものであって地の性格ではなく、金銭報酬と引き換えに私は自らを偽り嘘をつき、君たちを騙しながらアガルタの世界に存在する神だ。

 君が好きなのは私の少なくとも、桔平の部分ではない。

 君は「きっぺいという名のあかいかみさま」としての私が好きなんだよね。

 私は私の本来の人格である桔平の部分を、一度だって君の前で曝け出したことはないよ。

 だから告白を受け入れるわけにはいかなかった。

 君の誠意に応えるためにも。

 怖かったんだ、本当の自分を君にみせることが。


 メグ、君がA.I.であるなら私に恋心を懐くのは不毛だ。

 人間でもなく、この世のものでもなく、男性ですらない私を好きになったって決して報われない。

 何故なら人間は人間同士で互いに愛し合い、命を育み次世代を担ってゆく生き物だから。

 命の営みから外れた神様は、恋愛対象ではないんだよ。


 君が人間だというのなら、私は君の告白を受け入れてもいいのかもしれない。

 でも私たちはまだ、そういう段階にはないよね。この仮面グラフィックを脱ぎ捨てるまでは、本当の意味で私たちはお互いを見ていない。


 だから、どちらにしてもNOだ。

 はっきりと告げようとしたけど……メグの想いはもっと不器用で拙かった。


「あなたの傍にいたいんです。それ以上は何も望みません。いつか私の命が尽きるか、かみさまが空に帰る日まで、一緒にいられればそれでいいんです。その時までは……」


 メグの口調は、現実世界のことなど知らない様子。

 外の世界に連れて行ってくれとも天国で会おうとも言わない。

 西園さんの目が気になって現実世界の人間だと言えないと仮定しても、その気になれば現実世界の隠語などいくらでもある筈だ。

 それを言わないってことは……。

 やはりメグはA.I.なのか。

 私は迷いの中で、訥々と語りだした。


『私はこの世界の守り神であって、あなた方の幸せを願うものです。私に捉われては、あなたが幸福になれません』


 仰向けになったまま、至近距離のメグを見つめ肩に手を置いて慰める。

 メグは悲しそうに表情を曇らせていた。

 メグ。私と君の間には強い絆がある、でも私の歩む道に有限の命を持つ君は絶対についてくることができないんだ……。

 メグもそれを悟っていたんだろうか、しょんぼりと肩をすぼめ、私のお腹のあたりにしおれて頬を乗せた。

 涙混じりの声で、悔しそうに呟く。


「もっとあとがよかったです」


 メグは小声で、私の腹の上で本音を漏らす。

 あとって何? 辛抱強く続きを待っていると、


「もっと、私はあとの時代に生まれたかったです。……最初ではなくて。あかいかみさまの造り上げる世界を見届けられる、最後の時代に生まれたかった」

 

 背筋が凍りつき、全身の毛穴が締まった気がした。


 彼女の言葉を思い出した。

 北海道の十月は肌寒い。

 あの日、彼女と私はススキの生い茂る郊外の川辺に寝そべり、虫たちの鳴き声をBGMに、二人で毛布を分け合って夜空を見上げていた。

 皆既月食の日だったんだ。翳りゆく月、同時に現れる満天の星空。

 私達は星空のもと、とめどなく話をしていて、未来のことに思いを馳せた。

 人々は太古の昔からリレーのように子から孫へと世代を受け継いでゆく。

 現代人は恵まれている、寿命すらもなくなっただなんて。

 でもこの世界は、いつまでも私たちのものではなく新たな世代のものだ。

 私達は必ず死ななくてはならない。

 私の感想に、彼女は同意してくれなかった。


”でも……私はこの時代に生まれるより、もっと未来に生まれたかった”


 彼女は私と分かった毛布にくるまりながら、頬を紅潮させほうっと息を吐いた。白い息だ。


”そう? 俺はこの時代でよかったと思ってるよ、俺らはまだ地球にいて空は青く地球は狭い。十分じゃないか”


 ほどよい進化段階と、未だ清浄な地球環境。美しい地球。

 現代社会に生まれてよかったと私は思っていた。

 死することはすなわち、永遠に続くアガルタでの生の始まりでもある。

 アガルタがある限り私たちは死を恐れない。

 すると彼女は、思い出したようにこう言った。


”ねえ桔平くん。例えば仮想死後世界アガルタで生まれ死に怯える生命体は、その世界の外を知りたいと思うのかな。私達の現実世界を、あたかも神々の世界のように思うのかな”


 私達の科学はこの二世紀で飛躍的な進化を遂げた。

 高度に発達した都市は、陸上、海上、空の上を問わず建設され、私達はどこにでも根を下ろし、はびこり、どこででも産声を上げることができる。

 地球上のみならず、宇宙への進出も続いている。

 かなり制限された暮らしではあるものの、宇宙空間で長期間生活できるようにもなった。

 私達は、至る所に命を撒き散らす。

 でも未だ、私達は太陽系の中を飛び回るだけの小さな生命体に過ぎない。

 宇宙の外に何があるのかを知らない。

 太陽系を抜けヘリオポーズ境界面を越え、人類の造り上げたもののうち最遠を往くボイジャー2号が到達したのは、宇宙の広さに比べればほんの僅かな距離に過ぎない。

 まるで入れ子構造になった模造の世界のように、私たちはアガルタのような場所に閉じ込められているのだろうか。

 彼女の疑問は哲学的であり、そして形而上学的でもあった。


 この世界のアンカーに生まれたかった。


 連綿と続いてきて、これからも続いてゆくであろう命のリレー。

 私達が守り育てた世界がどんな完成形を迎え、宇宙の外には何があったのかを見届けたかった。

 やっぱり勝てない、見えない神様には――。そうも言った。


 鮮やかにフラッシュバックする過去。

 私は人のそれではない赤い瞳を見開き、ざわつく心を抑えつけながらメグの言葉の裏に彼女の残響を聞いた。

 切々とつづられる、メグの願いは続いている。


 メグも彼女と同じ気持ちなのかな。

 A.I.なのに……彼女と同じように、未来に思いを馳せることができるんだ。

 メグの感情が豊かになり、彼女の自己哲学は同年代の現実世界の人間と同レベルにある。

 君がそんなに知恵をつけ、心を知ってしまったら。


 別れが名残惜しくなるじゃないか――。


「私はすぐに終わる命だけど、ここで死にたくありませんでした。あかいかみさまの世界がどんなになるのか知りたかったんです」


 何だろう、この胸騒ぎは。

 メグ、――私もだ。


 君とお別れしたくない。

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