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第2章 第16話 Against the supercell◆

【アガルタ第二十七管区第一区画内 第3346日目 居住者数 1861名 実質信徒数 351名】


 ブリリアントの悪役演出のおかげで、赤井の有効信徒数がうなぎのぼりだった。

 ブリリアントのやり口は老練で手練れている。

 グランダの街の上空から見下ろしていたブリリアントは、嵐によって不安定になった空に両手を高らかに掲げた。

 そうかと思えば、分厚い雲に向けてズドンと熱い大気の渦を穿ちこむ。

 一見、ロイが雨雲を呼んだのと同じ方法に見えるが、熟練構築士では威力が違う。

 ブリリアントが空に放った空気によって、雲に鉛直方向の大穴があき、ドーナツ状の台風の目のようなものが生じた。


 赤井は何が起こるのかとインフォメーションボードを注視していると、ブリリアントの投じた一撃で周辺の気圧が急激に降下してゆく。

 ……もう十ヘクトパスカルも下がった。局所的低気圧の生成だ。


”さすがは先輩、低気圧生成なんて私にもロイにもできない高等テクです。グランダの存亡を脅かす天災の前触れ、壊滅的な被害を与えそうな予感がするよ……”

「雲の渦がこっちに近づいてくる! 嵐がくるぞ!」


 誰かが怯えて叫んでいる。

 平静を装いつつ内心慌てる赤井と、大声で喚き散らすグランダの民を、ブリリアントはお手並み拝見とばかり悠然と見下ろしている。

 グランダの街の中にある軽い物質から順に、暴風にさらわれ吹き飛ばされてゆく。

 最初は土埃が巻き上げられ、やがて小石がピシピシと。

 目に埃が入って泣きべそをかく民も続出。

 子供は天変地異の連続に大泣きだ。

 遂には小さな礫なども空へと巻き込まれ、危険極まりない暴風域を成している。

 雨も強く、雲が段々と垂れ下がってくる。

 激しい落雷を伴う豪雨となりそうだ。

 赤井は横殴りの雨に打たれながら、どうしたものかと不安そうなグランダの人々に警戒警報を発令。


『暴風雨が強まっています。飛来する礫に気を付けながら各自家に戻り、戸締りをして絶対に家から出ないでください!』


 台風が来た日の引率の先生のようだった。

 対流層の分厚い雨雲が、ブリリアントの強い上昇気流で刺激されますます活性化してゆく。

 巨大マッシュルームのようなキノコ雲が成長中だ。

 あまりの大きさに全貌は赤井にも掴めないが、空を真っ黒にするほどの尋常ではない大きさだということは分かる。


”しかもマッシュルームがゆっくりと水平方向に大回転してますけど……何かこの雲、変すよ先輩!”


 インフォメーションボードを手元に引き寄せ、超巨大積乱雲にアナライズを開始。

 解析して三秒ほどで、Supercellスーパーセルの文字が出現した。


”スーパーセルって何!? 名前からしてもうヤバイ。雲のラスボスみたいなやつか”

 

 自然科学方面の知識にはめっぽう強い赤井も、気象学は何故か門外漢だった。

 現実世界では世界気象管理機構(WWO)の気象管理士たちによって世界気象はマイルドに管理されているので、嵐や台風、異常気象にはなじみがないし、気象による災害などもう過去の産物だ。

 旧世紀の衝撃映像特集で見たことある程度。


”中学校の道徳の時間でそういうの習ったよ、当時の人々の不便な暮らしと災害による被害に、当時は大変だったんだなと思いを馳せたりしたっけ。そういや感想文も書かされた”


 そんなレベルだった。


 森羅万象、自然の力が荒ぶるこの原始時代。

 自然の猛威に一人では立ち向かえないが、知識と諸解析ツールがあるだけましか、と赤井は気を取り直す。

 ブリリアントのスーパーセルは小規模低気圧メソサイクロンを伴う巨大積乱雲、という結果になっている。


”それって積乱雲のバケモノって解釈でいいんだよな”


 解析画面にはスーパーセルが起こす、上から吹き降ろす暴風ダウンバーストの風速値も出ている。風速、九十メートル……百十メートルに達していた。


”何すかこの風速、台風も裸足で逃げ出すって! マッシュルーム型の雲の底が渦を巻きながらグランダに向けて漏斗状に徐々に垂れ下がってくるし! どわーこっち来ないで!”


 垂れ下がる漏斗状のマッシュルーム雲が地上と繋がれば、巨大竜巻のようになる。


”北アメリカ大陸っていうと昔は竜巻のメッカでしたもんね!”


 ブリリアントはカナダ人。

 郷土を思い出してやりたくなる気持ちはわからないでもないがこの威力だ、グランダなど簡単に壊滅しそうだった。


"そんな……素民たち脚遅いし竜巻から避難できませんので、先輩がご希望してる旧世紀の衝撃映像百連発みたいなスリル映像撮れませんって!"


 などと念話で叫んでみたが、ブリリアントには届かない。


「アカイの言うとおり避難して、絶対に家から出るな!」

「スオウ様、あなた様もお逃げください!」


 キララも民に命じるが、グランダの民はキララの言葉をよく聞き入れる。

 彼女が民のためにどれだけ心をくだいていたかを知っているからだ。


 グランダの民はキララの命令で各々の家に大慌てで避難した。

 大混雑の末、干潟の汐がひくように人々が家に逃げ帰ってゆき、メグ、ロイ、キララと及び腰になった数人の兵士、ナオとナオの父が残った。


『ナオさん、クレイさん、キララさん。あなたたちもどこか安全な場所に隠れて。メグさんロイさんもどこか民家に入れてもらって』


 しかしキララは聞く耳を持たずロイもメグも避難する気ゼロだ。

 スーパーセルを目の当たりにしたロイが表情を引き締め、雲底を見上げ赤井に判断を仰ぐ。


「不吉な雲ですね。いかがなさいます、赤井様だけの力でこの嵐を鎮められますか」

『力は及びませんが、やるしかありません』


 背後からいきなり誰か赤井にひしっと抱きついてきた。

 赤井は振り向かなくても誰が抱き着いてきたのかわかる。

 この温かな力の波動、メグだ。


「あかいかみさま。私、まだ力をあげられてる?」


 赤井の背越しに、メグの体温と彼女の信頼の力が浸透してくる。

 腰にしがみついてぎゅっとしてくる。

 力が足りないと言ったから、律義に信頼の力を神体に直接伝えているのだ。

 空気を介して間接的に力を送るより接触して伝えた方が力は伝わる。


『ええ。メグさん、あなたの力を感じていますよ』


 赤井は素直に嬉しかった。


「私がかみさまにしてあげられること、これだけだけど。どうか無事で皆を守ってって、心を込めて祈っているの伝わっているかな」


 彼女と別れて一年経っても、メグには相変わらず邪心がなく心は澄んでいた。

 赤井はほんの少しだけ、メグが純粋すぎて心配になる。

 彼女の心の主成分は良心と相手を思いやる心で、それが神にとっての養分であり糧であり、注がれれば心地がよいのだ。

 温かな光のシャワーを浴びているように恍惚としてしまう。


「何を呑気に遊んでいる!」


 赤井がうっとりと我を忘れていると、キララに呆れられていた。

 そのキララはいつの間にか弓と矢筒を背負って長剣も二、三本腰に下げている。


『あなたこそ何をするつもりですか』

「天空神様を止める。差し違えてもだ」


 キララに刺激されたロイも戦闘に志願する。


「赤井様、俺も一緒に戦います。あなたは俺たちの集落にいた頃のように万全ではありません」


 ロイは赤井の状態を分析したうえで、心配していた。

 しかし赤井はブリリアントと一戦やり合うにしても段取りがというものがあり、はっきり言って加勢は邪魔なのだ。


『あなた方は他のことで手を貸してください。キララさんは精錬所の全ての炉の火を落としてください、あと、燃料を水底に沈めて』


 戦闘もしくは竜巻によって精錬所が破壊されれば、グランダが確実に火の海になる。

 グランダは城壁に囲まれているので、風が内部で回って火災が瞬く間に広がるだろうと赤井は推測する。

 その際、溶炉が壊れ出火すると被害が拡大するので、明らかに燃えそうなものは全て水に浸けて延焼を食い止めてほしかった。

 キララは精錬所と高炉がどこにあるか分かっているだろうし、炎の扱いも心得ているのでキララが適任だ。


『ロイさんはここで物理結界を展開し、建物の被害を最小限に食い止めてください』

「承知いたしました、赤井様」


 ロイは聞き分けがよかった。 


「私は? 私も何か少しでも手伝いたいです」


 赤井の背中から遠慮がちなメグの声が聞こえる。

 メグも何か仕事が欲しいのだ。

 メグには、キララをエドに乗せて金属精錬所を回り、重病人の介抱をお願いしますと言いつけた。

 メグも嬉しそうに「はいっ!」と返事がよい。キララは不服だった。


「待てアカイ、そんな雑事はどうでもいい。余も残って共に戦うぞ」

「あかいかみさまの言うとおりにしよう、早く!」


 メグはつべこべ言うキララの手を引きエドの背に引き上げようとするが、キララは抵抗する。


「ええい、そこの男! 汝が炉の火を消しに行けばよかろう!」

「ええっ! 私がですか?」


 おろおろと遠巻きに見守っていたナオの父にキララの指名が飛び火した。


「早く、誰でもいいから急ごう!」


 結局メグとキララはすったもんだした挙句、キララではなくナオの父とナオをエドに乗せ、ロイが無理やり居残ろうとしたキララをエドの尻に乗せた。

 ロイがエドの尻を勢いよく叩くと、エドは吠え哮りながら路地へと走り去って行く。

 エドは大型肉食動物であるので、四人が乗ってもびくともしない。


「赤井様、ところであの奇妙な雲はどうして風を巻き上げるのですか?」

『上空と地上との間の温度差によって気圧の差が生じ、上昇気流が起こります』

「温度差? ……温度差であのようになるのですか。気体は溶液と同じ振る舞いをするのでしたよね」


 ロイはぶつぶつと温度差という言葉を繰り返した。


”ん? ロイってば流体力学が気になるお年頃?”


 ロイも17歳だ。

 現実世界では高校二年生だな、と赤井は想像する。

 ロイは物理学にも興味を示していたが、赤井は教えていなかった。

 アガルタ二十七管区に現実世界の物理学が通用しなかったら、と懸念したからだ。

 彼は得た知識はすぐ応用しようとするので、下手に教えて間違っていると責任が取れない。

 それはともかく


『ここはあなたに任せます。ですが決して無理をしないように』

「承知しました。赤井様、せめてこれをお使いください。こちらの方が切れ味も鋭い」


 ロイは彼の自慢の槍を赤井に手渡そうとする。 

 槍は鉛色で三メートルほどの長い金属の柄、刃渡り五十センチ、幅六センチほどの木の葉型の長い刃物がついている。スピアという西洋槍に似ていた。


”スピアって中世ちょっと前ぐらいの槍じゃなかったっけ?”


 ロイ個人の知識・技術レベルは中世に進んでいるらしかった。

 素民たちは弥生時代で取り残されているというのに……。


『ロイさん、私は相手に刃物を向けるつもりはありません』


 それは赤井のポリシーでもあった。


「では、絶対に負けないと約束していただけますか?」


 ロイが赤井を試すような言葉を投げかけたのは初めてだった。

 赤井は面食らって返事ができない。そこでロイはすかさず


「確約できないなら、強がらずこれをお持ち下さい。あなたならわかるはず。まず折れません」

『確かにそのようですね、でも何と言われても私は武器を持ちませんよ。それに私は死にませんしね、大丈夫ですよ』


 というのは、ブリリアントが負けるという八百長シナリオがあるからだ。

 槍を持たずとも負けはすまい。

 赤井がそう高をくくってロイを安心させるように微笑んでいると……


「いい加減にしてください! 何を生ぬるいことを仰っているんです!」


 ……ロイは声を荒らげ、赤井を大声で叱りつけた。


”この子キレる子だったっけ!? 初めてだよ。ロイが反抗期だよ!”

「たとえ不死身でも、万全を期して臨まなければ敗れる確率が高まる。死せずとも負ければあなたもグランダも俺たちの集落も窮地に追いやられる。あの者の力は強い、俺にも分かるほどに。あなたが敗北したら、この世界はどうなるのです。あなたのくだらないこだわりの為に、勝機をむざむざ捨てるつもりですか! そこから何が得られるというのです、俺は利点を見いだせない。したがって、あなたに敗北は許されません」

”……何て隙のない論破。そこまで言うか? 闘争心を剥き出しにして怖いよロイ”


 エドと戦いすぎて好戦的になったのだろうか、外見も内面も逞しくなりすぎている。

 鼻たれ小僧だった彼が今や赤井に説教だ。

 あまりの剣幕にたじろいでいると、駄目押しのようにきつくとどめをさす。


「あなたはこの世界を創りあげてゆく神様で、そのための強い志があるのでしょう。ならば負けないでください、ここで終わりにしないでください」


 棘のある言葉は全て、赤井を思ってのことだった。

 思いを込めた言葉はそれと相応の、質量を持っているのだろうか、と赤井は思う。

 一言一言が胸に重く響く。

 ロイは以前の、赤井の言葉を忘れていなかった。

 赤井はロイに、この世界を創り上げてゆく決意を語ったのだ。

 共に歩みたいと願う、ロイのけなげな心が見えている。


「世界を創りあげることを、諦めないでほしいんです」


 その時赤井が彼に対して懐いたのは、焦燥感だったのかもしれない。


 彼らが出会ったとき、ロイはうんと子供だった。

 子供扱いしてかわいがっていたロイだが、彼はもう分別のある大人になってしまった。

 そう遠くないうちに彼は心身ともに成熟し、二十二歳の赤井の精神を追い越してゆくのだろうと分かった。


 そして彼は赤井の人生とすれ違ってゆく。

 彼らは仮想の中に生き、そして仮想の世界に死ぬ。

 現実の世界がどのように在るのかも知らずして――。


 赤井と彼の間の精神面の差はもう感じられず、純粋なだけの少年ではない。

 彼を子ども扱いしてはならなかった。

 彼らは人工知性であり仮想世界の住人であっても、体も心も成長してゆく。

 現実世界の人間が彼らの信頼を得ようとする為には、一歩先を歩もうとする強い意志と、たゆまぬ努力を必要とする。


”私はいつまで彼らを失望させずに演技を続けられるんだろう。演技ではなく本物の神様になるぐらいの意気込みでやっても、一体どこまでやれる? 今のままではいけない。私もまた、変わってゆかないと”


 赤井がアガルタに入って九年、文明を進めようと焦るあまり彼らの能力向上を課題としてきた。

 しかし赤井が素民たちのように自己研鑽したかというと、不十分だったと彼は痛感する。


『ごめんなさい、私が間違っていました』


 思い知ったのだ。素民を成長させるばかりでなく、赤井自身も成長しなければならないということを。何故なら彼の心は完全なる神様ではなく、不完全な人間なのだから。


『考えを改め、全力で挑みます。ロイさん』


 赤井は神杖をロイに与え、代わりに彼の心のこもった槍を受け取る。


「申し訳ありません。あなたに”間違っていた”なんて言わせてしまって。人間が神様を謝らせてしまって。あなたにはもっと自信を持ってもらいたい」


 ロイは赤井の無謬性を信じている。ロイの先をゆく人間にならなければ、と赤井は反省した。


 彼の槍はずっしりと重厚で密度が高く、丁寧に鍛えてある。

 手に吸いつくような握り心地、申し分なしだ。

 ひやりとして神通力が淀みなく流れる、伝導性もよい。

 素材を解析すると、炭化タンタルなどというレアメタルが検出された。

 さらにチタンコーティングで摩耗を防いで…… 


『これだけ強靭な槍を、よくぞ鍛えましたね』

「あなたから学んだこととあなたの神通力を用いて応用したまでです、俺の力ではありませんよ」

 

 赤井ならば構築を使ってしか作れない作品だった。


”きれいに使って、後で返してあげないと。あれ……なんか上から影が差してきて暗くなってきた。風も轟々とうるさいんだけど”


 何が起こったのか……と上空を見上げると。

 ブリリアントがいない! その代わり、蝙蝠のように黒い羽根の生えた爬虫類系モンスターがグランダに覆いかぶさるように羽ばたいていた。

 全身を黒い鱗で覆われ、二本のトサカのついた頭部には黒光りする大きなクチバシ、両腕はなく飛膜状の翼がある。蝙蝠に鱗を生やし、巨大化して頭を鳥に挿げ替えたような。


”でけえ! バッサバッサ羽ばたいてる! 羽ばたくたびにスーパーセルからの風が強くなってないか!?”


 架空生物というより鳥に近い。

 何かドラゴンとか龍とかそんなファンタジックな代物ではなく、実際の恐竜……プテラノドンあたりを意識させるデザインだった。

 まさかと思って赤井がアナライズをかけると、構築士ブリリアント(翼竜形態)と出る。


”で、出た――――!!”


 ブリリアントは待ちくたびれたか、恐竜もどきに変身してしまったようだ。


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